試乗レポート

圧倒的な個性を誇るホンダの新型EV「Honda e」、Advanceと標準仕様の違い

所有したくなる普遍的な内外デザインなどは、幅広いユーザー層に訴えかけるプラス要素

Advanceと標準仕様の違い

 本田技研工業のBEV(バッテリー式電気自動車)として誕生した「Honda e」に公道で試乗! 154PSのハイパワー版「Advance」と、136PSの「標準仕様」の2タイプがあり、モーターが発生する最大トルクはいずれも315Nm(32.1kgfm)。後軸(後輪)のやや後方に駆動モーターを配置した後輪駆動(RR方式)を採用する。

 両グレードの走行性能差だが、加速力を決める最大トルク値が同じであることから、市街地を流れに沿って走らせる限りAdvanceと標準仕様の体感差はほとんどない。別日にテストコースで比較試乗した際には、80km/hを超えたあたりからAdvanceが力強く伸びもあったが、ストップ&ゴーの連続では両グレードともスムーズに走る。

 それより気になったのは乗り味が異なる点。これは装着タイヤのインチ違い(前後でもサイズが異なる)と、それに合わせたダンパー類のセッティングからきている。筆者の好みはトータル性能に優れた16インチ(横浜ゴム)を履く標準仕様だった。

 ハイグリップタイプの17インチ(ミシュラン)を履くAdvanceは路面状況を正確に捉える一方で、細かな上下動がやや目立ち、荒れた路面ではステアリングを通してザラつきを伝えてくる。後席でも試乗したがその印象は変わらずで、シティコミューター的に乗るのであれば標準仕様がおすすめ。

 ただ、この相違点があること自体、筆者は好意的に捉えた。標準仕様をしっかり造り込み、その上でAdvanceとして限界性能を高めるあたりに、ピュアスポーツモデルの初代「NSX」でグレードごとのセッティング違いが示された時と同じような、技術者の熱い想いが感じられたからだ。

 標準仕様でも納得のいく走行性能。その上でAdvanceの高められたコーナリング性能は確かなもので、テストコースでは高い旋回Gを保ちながら、ラインの変更も容易、外乱に対する収束も早かった。この先にHonda eのスポーツモデルが期待できるならば、筆者は徹底した軽量化をメインメニューとした“BEV版TYPE R”のような存在を望みたい。Honda eによるワンメイクレースなどの企画もおもしろそうだ。

今回試乗したのは10月30日に発売される新型EV(電気自動車)「Honda e」(撮影車はAdvance)で、価格はベースグレードが451万円、上級グレードのAdvanceが495万円。ボディサイズは3895×1750×1510mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2530mm。Advanceの駆動モーターは最高出力113kW(154PS)/3497-10000rpm、最大トルク315Nm(32.1kgfm)/0-2000rpmを発生
室内のデザインは移動しているときをはじめ、停止しているときの心地よさも重視し、シンプルで心安らぐリビングのような空間を目指した。そのため、パネルには自然な風合いのウッド調パネルなどを採用。世界初となる5つのスクリーンを水平配置するワイドビジョンインストルメントパネルも特徴的で、中央には12.3インチのスクリーンを2画面並べた「ワイドスクリーン HondaCONNECT ディスプレー」をレイアウト

 ところで、BEVの走行性能は「速くて静か」と表現されることが多い。実際、Honda eも速くて静かなのだが、そんなことはさておいて、乗り物としての魅力がたくさんあった。

 まず、運転感覚が違う。これまでの乗用車、少なくとも筆者がライブで体感しているここ30年間でいえば、公道を走るほかのどんなクルマたちとも違う乗り物に感じられた。具体的には操作に対するクルマの反応にタイムラグがない。正確には“ない”のではなくて、“こう動いてほしいな”と抱いたドライバーの気持ちを汲み取るようにスッと反応がはじまり、よきところで終息する。

「BEVならどれも感じられる動きだよ」と言うかもしれないが、前後だけでなく左右の重量配分を50:50に設計したHonda eの運転感覚はやはり新鮮。車両重量は1510kg~と日産自動車「リーフ」(1490kg~)とほぼ同じながら、Honda eの動きは軽さが際立つ。

「走行特性を決めるサスペンションの特性と各アーム長さ、そしてロールセンターと重心高、これらの最適値を前後左右で徹底して追求した」(開発者談)というが、Honda eに乗ると、筆者は半袖短パンのランニングウェアを纏って走り出した時のような爽快な気分に浸れた。

走行時に重要な役割を担う「シングルペダルコントロール」

 この爽快感に一体感を加えるのが「シングルペダルコントロール」。リーフの「e-Pedal」と同じように、アクセルを戻せば駆動モーターを回生ブレーキとして使用して減速。完全停止後は停止状態を保持する。ちなみにHonda eの最大減速度は0.18Gなので、リーフの0.2Gよりも気持ち少なめだ。

 Honda eには、さらにステアリングコラムに配置されたパドルシフターの操作で減速度の調整が可能。シングルペダルコントロールがONの状態では減速度は3段階から選べて、最大減速度は0.18(これが初期設定値)。シングルペダルコントロールをOFFにすると減速度は4段階に細かくなるが、最大減速度は0.1(同)に弱まる。ON/OFFいずれの状態でも、「+」表示の右パドルを引くと減速度が弱まり、「-」表示の左パドルで減速度が強まる。地味だが、これが使いやすい。

 市街地ではシングルペダルコントロールをONにした真ん中(2段階目)を最初に使い、アクセルペダルを踏む力を緩めると減速するシングルペダルコントロールに慣れてきたら、3段階目(▲0.18G)で停止したい位置に向かってペダル踏力を緩めながら停止させると便利だ。

 シングルペダルコントロールはスイッチ操作でON/OFFが可能で、ONの状態ではクリープ走行(Dレンジでブレーキペダルを放したときにゆっくり走行する)は行なわない。また、OFFの状態ではクリープ走行を行ない、アクセルOFFでは緩めの(内燃機関車両のDレンジ走行時に近い)回生ブレーキが働く。

 Honda eの回生ブレーキは駆動輪である後輪に掛かる(ここでの最大減速度が0.18)。加えて、通常の回生ブレーキ時、つまりアクセルペダルを緩めた場合であっても少しだけ前輪に通常の油圧ブレーキを掛けた回生協調ブレーキで車両の安定性を高めている。

 とはいえ、後輪主体で制動(回生制御)すると、たとえば滑りやすい下り坂では安定性が崩れてしまう。たとえば自転車で後輪のみに強いブレーキを掛けると横滑りしやすくなるが、それと同じ状態だ。そこで、車載センサーによって安定性が損なわれそうになると予測された場合には、前輪の油圧ブレーキ配分を瞬時に高めて4輪でしっかり減速し安定性を保つという。

 最小回転半径4.3mという小まわり性能もHonda eの個性を強めた。軽自動車「N-WGN」のFFモデルが4.5mだから、それよりも小さくまわる。試乗中、何度もUターンを繰り返し、試乗会場の特設コースでは3000個の段ボールで作られた激狭コースを激走(!)しながら確認。ちなみに、ステアリングの切れ角は左前のタイヤで説明すると、前方直進状態から右側(外輪切れ角)40度、左側(内輪切れ角)50度とそれぞれ大きく切れ込む。

3000個の段ボールで作られた特設コースで小まわり性能も体験できた

使ってみての○、この先に期待したいポイント

 ここまで前のめり気味にレポートしたが、ここからはちょっと落ち着いて機能を紹介してきたい。

 Honda e、真っ先に心に刺さるのはやはりこの外観。老若男女から愛されるデザインであることは、Car Watchをはじめたくさんの媒体で紹介されているとおり。新しくてどこか懐かしさを感じるのは、LEDを用いた丸型のヘッドライトやテールランプのもつ印象も大きい。

 ちなみに、この前後のウインカー表示はライト内をリング状に光らせるのだが、Car Watchでの掲載画像で確認できるように被視認性が抜群に高い。ボディサイズが小さなコンパクトカーは、存在や車両の動きを周囲に対して分かりやすく示すことが身を守る上でも大切で、その意味でもHonda eのウインカー表示方法は理に適っている。

被視認性が高い丸型のヘッドライトとテールランプ

 内装にも目を奪われた。その1つが世界初とホンダが豪語する5つのスクリーンで構成されたインストルメントパネル。水平配置のモニターは運転視界を遮らない高さに揃えられ、見やすさ(視認性)がとても高い。以下、順を追って。

「サイドカメラミラーシステム」

 2018年に量産乗用車として世界で初めてレクサス「ES」がオプション装備として設定した、いわゆる電子ドアミラー。Honda eでは「サイドカメラミラーシステム」の呼び名で、国産乗用車として初めて標準装備した。

 車内前方の左右隅に配置される液晶モニターには、一般的な鏡を使ったドアミラーの代わりに同場所に配置された、光学式カメラの映像が映し出される。光学式カメラは170万画素で、たとえばLED信号機などのちらつき(フリッカー)を抑える「LEDフリッカー抑制制御機能」を備える。

「使ってみての○」は、ドアミラー本体による死角が減ったこと。また、フリッカー抑制機能も優秀でLED信号の色も判読しやすい。さらに電費に直結する空気抵抗係数の改善にも寄与する。

170万画素のカメラを採用したサイドカメラミラー

「この先に期待したいポイント」は、液晶モニターの配置場所。これはステアリングを握る位置にもよるが、たとえば10時10分で握ると右の掌が右の液晶モニターと部分的に被ってしまうことがあった。加えて、トンネルや夜間で実感する表示遅れの改善。液晶モニターにはミリ秒(1000分の1秒)単位での遅れが避けられないが、暗くなるとその遅れをマイナス要素として意識しやすい。ちなみに、賞金総額が数億円規模のイベントも続出している「e-SPORTS」では、まさにミリ秒単位で応答遅れの少ない液晶モニターが選ばれているという。

液晶モニターの配置場所、トンネルや夜間で実感する表示遅れの改善に期待したい
「ワイドスクリーンHonda CONNECTディスプレー」

 12.3インチの液晶モニターを左右に2つ配置。カーナビ情報をはじめ各種アプリが表示でき、内容によっては左右の画面間で表示内容を移動させることも可能。主に右側はドライバー用、左側は同乗者用として使いながら、同乗者がタッチパネル操作して得た情報をドライバー側へと移動させることで、運転操作の集中度を下げることなく共有できる。GUIもシンプルで、直感操作ができる車内に適したHIMだ。

5つのパネルを水平にインストールしたワイドビジョンインストルメントパネル。中央には12.3インチのスクリーンを2画面並べた「ワイドスクリーン HondaCONNECT ディスプレー」をレイアウトし、左右画面の入れ替えも可能

「使ってみての○」は、左右間で2画面の内容を行き来させたり共有できたりするので、実質的な情報量が2倍以上に増えたこと。また、助手席側画面の操作表示部分が向かって左側に集約されているので、運転中のドライバーから手が届かない。“ながら運転”を誘発させない設計者の配慮だと感心した。

「この先に期待したいポイント」は、2画面は平面で構成されているため、車内に入りこむ斜光によって画面が反射し見えにくくなる。2021年に登場すると公表された日産「アリア」が装着するS字湾曲型画面などに見られるような、見やすさ向上を狙った柔軟な対応があるといいなと思う。

「センターカメラミラーシステム」
「センターカメラミラーシステム」のカメラ部はテールゲート内側の上部に配置

 従来の鏡を用いたルームミラーを光学式カメラに置換した、いわゆる電子ルームミラーシステム。積載スペースに遮られ後方視界が確保できない商用車に採用されていたが、ここ数年は軽自動車含めた乗用車への実装が進む。後席に同乗者がいる場合、頭部が鏡に入りこむため後方視界の確保がむずかしくなるが、リアウィンドウの内側に設置された光学式カメラの映像を映し出す電子ルームミラーであれば常にクリアだ。

「使ってみての○」は、同乗者に影響されない広域な後方視界の確保と、他の4つのスクリーンと液晶画面で統一されたことによるスッキリとした視認性の確保だ。「この先に期待したいポイント」は、状況によって車両後方を映し出すカメラの映像が見にくくなること。リアガラスの曲率に対して外光が屈折し、状況によって光学式カメラが複数の方向から光を受けてしまうようで、せっかくの映像全体が白飛びしてしまう。また、ミラー筐体そのものの位置調整領域も拡大したい。液晶モードでは目線にできるだけ“近づけて”、“正対視”することで視認性をさらに向上させることができるからだ。

電子ルームミラーの表示例

AERを伸ばすことだけがBEVが目指す未来の姿なのか?

 肝心のバッテリー性能はどうか。前評判では「充電1回あたりの航続可能距離(これを「AER/All Electric Range」といいます)が200km台じゃ使い物にならない」とか、「バッテリー搭載容量が圧倒的に少ない(Honda eは35.5kWh)」という意見が国内外から聞かれた。

 確かにその通りで、カタログ上のWLTCモード値はAdvanceで259km、標準仕様で283kmだから、冬場にヒーターを遠慮なく使って元気よく走らせれば170~190km程度まで落ちる場面もあるだろう。

「ありがたいことにたくさんの声をいただいており、その中にはAERを気にされる方々もいらっしゃいます。それに対し、Honda eでは急速充電を利用した30分間充電あたりの航続可能距離202km(Advanceの場合)の性能を確保しました」(Honda e開発責任者 一瀬智史氏)という。

 ここでの「30分間充電」というのは、急速充電スタンドを使用した一般的な1回あたりの充電時間。前述したHonda eの202kmはWLTCモード値の71.3%にあたる。もっともAERは車載バッテリーの状態、例えばSOC(State Of Charge/バッテリーの充電率)や温度などさまざまな要因によって計算通りに充電できなかったり、30分間よりも短い時間で充電が終了したりする。

 よって、Honda eがうたう202kmが達成できない場合があるが、それでもホンダが社内で測定した限りでいえば、「リーフ 42kWh」で144km(WLTCモード比44.7%)、「リーフ 62kWh」で137km(同29.9%)、BMW「i3 42kWh」で192km(同53.3%)と、Honda e が日常使いに便利な急速充電性能をもっていることが分かる。

 ホンダはこれまで「フィットEV」(2012年8月国内リース販売開始、2016年3月終了)やプロトタイプBEVに対して東芝製のリチウムイオンバッテリー「SCiB」を使ってきた経緯があるが、今や2輪車/4輪車ともパナソニック製のリチウムイオンバッテリーを採用する。「SCiBは優れたリサイクル性能を持っていましたが、Honda eが目指した短時間での急速充電性能との両立には至りませんでした」(技術者談)。

 話はズレるが、導入当初のiPhoneは日常使いであっても頻繁に充電していた。それが現在のSE機種は、当初モデルと大きく電池容量は変わらない(と外形サイズや重量などから推察できる)のに同じ使い方でも充電回数が減ったようだし、充電に掛かる時間も短い。スマートフォンなど端末用のバッテリーは小型小容量なので技術進化が早く、比べると車載用大容量バッテリーは遅い。ただ、車載用も着実に進化を続けている。

 2020年9月、ダイムラートラックAGはエネルギー密度が既存のリチウムイオンバッテリーの約3倍(理論値)とも言われる全固体電池を大型連節バス「eCitaro G」に実装すると発表、今年度中にはトヨタ自動車も続くとみられる。この先、全固体電池の普及量産化が進めば、Honda eの限られたバッテリー搭載スペースでAER500km以上という話も現実のものとして見えてくるのではないか。

 とはいえ、果たしてAERを伸ばすことだけがBEVが目指す未来の姿なのだろうか? 大容量バッテリーの長時間に渡る充電時間も課題として残る。それよりも、たとえば理想とする80%の性能で、30%低価格化することができたなら、それは1つのコミューターBEVが目指す姿なのかもしれない。技術革新とともに市場からの要望も変化する。ざっくり2050年あたりまでのBEVに求められるのは、ここ10年で浮き彫りになったBEVの課題に対する柔軟な解決策の提示なんだと思う。

 最後に改めてHonda eの魅力はどこか? 専用プラットフォームや前後左右の50:50重量配分、抜群の小まわり性能など、これらはHonda eがBEVであるが故の秀でた性能だ。ミリ波レーダーと単眼光学式カメラを組み合わせたHonda SENSINGを標準装備する点も、フュージョンコントロールによる信頼性の高さから個人的には大いに評価している。一方で、Honda eはいわゆるマルチな性能を持ち合わせていない。たとえばコンパクトカーを「広い車内=良好な使い勝手」といった尺度だけで判断すれば、Honda eは購入リストから外れる。

 でも、Honda eにはこれまでのクルマにはない爽快感や一体感がある。所有したくなる普遍的な内外デザインや5つのスクリーンなども、幅広い潜在的なユーザー層に訴えかけるプラスの要素。

 乗る人の感性に訴えかけるHonda eは、クルマ社会全体のHV、PHV、BEVなどすべて含めた電動化を推し進める上で重要な役割を担う。Honda eはそう思える新しい乗り物だった。

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員。著書に「2020年、人工知能は車を運転するのか 〜自動運転の現在・過去・未来〜」(インプレス)などがある。

Photo:安田 剛