インタビュー
ホンダの新型EV「Honda e」開発責任者インタビュー “街中ベスト”を目指した理由とは
「まるは円満」という本田宗一郎氏の言葉をデザインに反映
2020年10月29日 08:30
- 2020年10月30日 発売
- Honda e:451万円
- Honda e Advance:495万円
本田技研工業の新型EV(電気自動車)「Honda e」は、リアにモーターを搭載し、かつ、リア駆動(以下RR)というホンダとしては非常に珍しいレイアウトが採用された。そこで開発責任者である本田技研工業 四輪事業本部 ものづくりセンター 完成車開発統括部 車両開発二部開発管理課 シニアチーフエンジニアの一瀬智史氏に、なぜそうなったのか、また、そもそもこのクルマはどうして開発されたのかなどについて話を聞いてみた。
50:50の前後重量配分に加えて左右も50:50に
――初めにお伺いしたいのは、航続距離に関してです。WLTCモードで283kmということですが、バッテリーを大きくするなどで、もっと長距離を走れるようなことは考えなかったのでしょうか。
一瀬氏:バッテリーをより多く搭載することで少し重くしてしまうと、このサイズでは逆に重心が上がってしまうのです。それを回避するためにはより長く広くしていくしかありませんので、Honda eで狙っている小まわりのよさや街中の取りまわしとは相反する形になってしまいます。このクルマは“街中ベスト”を目指していますので、このサイズがいいだろうということで、バッテリー容量等を決めていきました。
また、このバッテリー自体が骨格になるように何十箇所かで(いわゆるシャーシと)締結していますので、ボディー骨格の剛性も出しています。そのおかげでクルマとしてはよいところにでき上がっていると思います。
――確かにコーナリングも気持ちよかったです。
一瀬氏:一番効いているのは低重心だと思います。また50:50の前後重量配分に加えて、ガソリン車ではあまりありませんが左右も50:50で、本当にど真ん中に中心があるのです。普通であればエンジンとトランスミッションが横になるなどで、縦置きレイアウト以外は大体ずれるものなのですが、このクルマはど真ん中にできましたので、すごく素直な特性を持っています。従って、サスペンションはあまりいじらなくても基本がちゃんとできましたので、それほど足まわりと硬くしなくてもいいところが効いているのでしょう。あまりタイヤに頼らずに基本で曲がって、直進するようにしているのがこのクルマの一番よくできたところです。
Honda eは街中ベストなEVに
――Honda eは街中ベストということで開発されましたが、それはなぜなのでしょう。
一瀬氏:最初はヨーロッパのCAFE対応をどうしてもやらなければいけなかったので、電気自動車を作りましょうとなりました。また、CASEとかMAASなど、100年に一度の変革期といわれている自動車業界の中で、そこから先の未来を見たい、作りたいという思いがすごく強くもありました。そういった中で電気自動車を作る時に、これは環境対応としてやることになるわけですから、人が密集している街中の環境負荷が高いので、最初にやるのは街中でしょう。だから街中ベストなのです。
電気自動車の特性上、街中の方が合っていますので、未来の街中で、ホンダらしさ、いわばホンダのプレゼンスを上げたいという思いがあります。昔のようにホンダは匂い立っていなくて、なんとなくよいものは作っているけどな……、ともいわれますので、もっとプレゼンスを上げたい、ホンダの元気さ加減も出したいということもありました。これらからHonda eでやりたかった3つの狙い、街中ベストにしたかったし、最先端のものも載せたかった。そしてホンダがこだわっていた走りもあります。低重心をはじめ、ホンダはRRをあまり作ったことはありませんが、それらをやることによって重量配分の適正化やステアリングに関してもステアリングシャフトを長くしてわざわざ前引きのステアリングギアボックスをつけることでハンドリングをよくしたり、そういうところにもかなりこだわっています。走りも面白くてデザインもユニークで、コネクテッドなども個性的で新しい。すべてにこだわって“オタッキー”なクルマを作ったというのが狙いだったわけです。
――街中ベストとしてはサイズ的にもう少し小さくてもよかったようにも思いますが、これが限界ですか。
一瀬氏:これが限界ですね。後はバッテリーを小さくする方向にすれば当然できますが、このくらいのサイズが、一番バランスがよいのではないかと考えています。
――全幅が1750mmと3ナンバーになってしまうところが、日本においては少し気にはなります。
一瀬氏:無理すれば1750mmを切ることができるかもしれませんが、ちょっと無理はしますね。例えばタイヤを細くするとか、トレッドをもうちょっとだけ狭めるとか、そういうことを少しずつやっていけばできるかもしれません。ただし、今回幅は3ナンバーといいながら、カメラミラーシステムは車幅内に入っています。全幅1695mm、5ナンバーのクルマでもミラーが全幅より出ているものもありますので、それよりは幅は狭いことになります。
「まるは円満」という本田宗一郎氏の言葉
――デザインについてお伺いしたいのですが、ホンダN-ONEやこのHonda eでもN360のニュアンスをなんとなく感じます。なぜそういう方向になるのですか。
一瀬氏:そういう意識はあまりありませんでした。このクルマは街中ベストで作るので、人に近づくことができるようにしたい、要は調和するというか、人と親和性の高いものにしたいという思いがもともとありました。
この“調和”というのは本田宗一郎が昔、「まるは円満だ」といっていましたので、今回もまると楕円を基調にものを作ろうとしています。そうやっていくとまるをヘッドライトに採用しました。しかも未来にいっても普遍的な形にしたいので、その時の流行りや彫刻的みたいなものではなく、普遍的なよいものを目指していくと、2BOXでは初代シビックなどによく似ている形がだんだん見え隠れしてくるのです。多分シビックも、当時のいいなと思っている形をやっていって、その結果、普遍的な美しさができたと思います。その普遍的な美しさをやっていくと2BOXだとこういうプロポーションになっていくわけです。そして最後に意識したのはN360ではなく初代シビックでした。ベルトラインのところに線が入っていて後ろで最後にキックアップしますが、そこはシビックをちょっと意識しています。
――そうするとシビックやN360はものすごくよくできたデザインだったということですね。
一瀬氏:そう思います。やはり突き詰めてやっていくと、なんとなくそういうニュアンスに近づいていくのですね。
――必然的にそこになっていってしまう。
一瀬氏:そうです。過去でも今でも、よいものは同じようなテイストになっていくのではないかと私は信じています。
――電気自動車のデザインは突拍子もないものと、そうではなく誰にもEVだと意識をさせないで、このクルマが欲しいと思った時に、EVだったのかと気づかせるようなクルマがあります。Honda eは後者ですね。
一瀬氏:普遍的とはそういうことです。デザイナーやわれわれの共通認識でいうと、キャビンが小さくてタイヤが四隅に踏ん張っていて、すごくオーバーハングが短くてという形が、みんながなんとなくよいなと思う形だと思っています。普遍的な美しさとは電気自動車とかガソリン車とかは関係ない。まさにそれを追求していることでいま、よい評価をもらっているのではないでしょうか。
ホンダファンがターゲット!?
――日本においてはどういったユーザーにこのクルマをアピールしたいと思っていますか。
一瀬氏:値段が高いというのもありますし、先進的なユーザーでないと受け入れないでしょうね。ある程度の富裕層でセカンドカーという位置付け。新しくよいものを買って、しかも大きいクルマでどうだ! という世界ではもうないよねとちょっと思っているような、時代の少し先に行こうとしている人たちに響いてほしいと思っています。従来のホンダユーザーとはちょっと違う匂いがする気もします。
――逆にホンダユーザーのコアな人たちが、こだわりの部分でさすがホンダと来そうな気もします。
一瀬氏:そういう人にも当然響いてほしいですね。最近ホンダは元気がないねとずっといわれ続けて、ホンダらしいクルマは何?という話もやはりありますので、そういう意味ではホンダらしいクルマにしたかった。いろいろなところにこだわったし、できもホンダらしいねと思ってもらえるようになっているでしょう。もしかしたら古いホンダファンが、これだよこれ! と来てくれると嬉しいですね。
FFで企画を進めていたものが“反乱”によりRRに
――一瀬さんとしてこのクルマで一番こだわったところはどこですか。
一瀬氏:こだわっていないところがないくらい、本当にすべてにこだわりました。まず、開発のフェーズでいうとこのクルマ専用のプラットフォームです。凝縮して小さくするためにはすごくこだわりました。それは街中ベストにするためです。実はもともとFF(フロントモーターフロントドライブ)で企画を進めていたのですが、やっていくうちに前にモーターがあると衝突安全面をクリアするためにオーバーハングが伸びてしまうとか、ドライブシャフトがあると小まわりが効かなくなってしまうことが分かってきたのです。
そこで“反乱”を起こしたある人がいて(爆笑)。これではできないという話になり、もともとやりたかった街中ベストを考えると後ろ(にモーターを搭載し駆動する)がいいよねと(反乱を起こした人が)いっているその後ろで開発陣も、315Nmのモーターを駆動するのにFFではなくてRRじゃないのと思ってもいたわけです。
こんなのできない! と反乱を起こした周りでも“そうだ、そうだ”といって、いまのレイアウトが実現しました。その結果50:50の重心バランスになり、走りも楽しくなるに決まっているので、そういったことも含めて方向性を決めながら変えていきました。確かに大変だったのですが、その人が反乱を起こしてくれたおかげでこの楽しいシャーシができたわけです。
それから大画面のインターフェースにもこだわりました。これもいままでの世の中にはないものです。これがよいなんて誰も分からないですよね、眩しいんじゃないのかとか、チラチラするのではないかとかいっぱい不安材料はありました。そこにカメラのミラーシステムまでつけて、こんなの運転できるの? というのを、運転できるね、これはこのように操作すればよいよねとか、いろんな議論がいっぱいありました。そういうところもすごくこだわっていますし、こだわってないところを探せといった方が早いかもしれません(笑)。
未来はアイディアにアイディアを被せて作られる
――初めにHonda eの担当が決まった時には会社からはどんな指示だったのでしょうか。
一瀬氏:まずはCAFEをなんとかしろでした。しかしCAFEをなんとかするだけのクルマにしようとすると、もっと安っぽくてチープなクルマでもよいですよね。そういったヨーロッパにあるクルマたちを見ると、こんなクルマは作りたくないという思いがありました。ホンダのプレゼンスも上げたいし、CASEなど未来を見なければいけませんので、ホンダとして未来を表現しているクルマにしたい、世の中をワオ! といわせたいということをCAFEに追加してやるぞと決めました。
――よくそこで経営層は判断をしましたね。
一瀬氏:そういう判断をする役員もいるということですね。ホンダらしさが廃れつつあることもみんな理解していたのです。ホンダでもこういうクルマができる、逆に私の感触ではホンダじゃないとこのクルマはできなかったでしょうね。そしてこれが出ることによって他メーカーが被せてくる可能性はありますが、それでいいと思います。未来はアイディアにアイディアを被せてできてくるのですから。
私がこのクルマに託した未来像というのは、親和性があって怖い感じでもなくて、従来の自動車の価値ではない新しいものも入っているという概念です。電気自体も無駄に山のように積んでほとんど使わない、例えば50kW中20kWくらいしか普段使わないのに、いつも必要以上に持っているというこれまでの価値観とは違う価値観にすること。それでいいよねとなれば他メーカーも真似してくれる。そういう社会の方が距離ばかり競うよりよいと思うのです。
――つまり街中ベストで無駄な電気を持たないで楽しく乗ることができればいい、その上できちんと自動車ではないとだめという考えですね。
一瀬氏:そこ(きちんとした自動車)を舐められてはだめなので、走りはすごくこだわっています。大型画面や“OKホンダ”といったら画面に出てくることだけをやるのはダメです。それだといわばサプライヤーの世界になってしまいます。やはりクルマ1台にするということが重要で、クルマのベースがしっかりしていないと、自動車会社が作っている意味がありませんし、絶対に家電メーカーやインターネット関連企業では作れないと思います。彼らは絶対にここまではできませんし、またホンダだからできたんだと主張したいですね。
――このクルマに乗っているとチープさを感じませんので、例えば横に大きなクルマが来たとしても負けたとか感じることもありません。それはディスプレイも含めて様々な独創性があるので、積極的にこのクルマを選んだといわせてくれるからだと思います。
一瀬氏:そうあってほしいですね。このクルマにヒエラルキーは関係ありません。その概念すら古いと思ってもらいたいくらい、価値を変えたいのです。
やってみなければわからない!“やらまいか”の精神で
――さて、このプラットフォームは抜群に基本性能がよいので、スポーツカーも出てくるとよいなあと思うのですがいかがですか。
一瀬氏:皆さんそうおっしゃいます(笑)。いまは残念ながらこのクルマはCAFE対応のための台数プラス少しの計画で、そんなに簡単に台数が増やせないのが残念なのですが、このプラットフォームを使ってあれをやりたい、これをやりたいとは社内でいろいろいっている人がいっぱいいて、以前の東京モーターショーではこれのスポーツカーみたいなモデル(東京モーターショー2017に出展したホンダスポーツEVコンセプト)を出しましたが、そういう発想もあります。現実的にどうなのというのは全然分からないのですけどね。
――そのように様々な発想があり、いろいろ考えていくことがすごく大事だと思います。それが将来に向けて何かしらのアイディアとして使われたりもするでしょう。また、開発者のモチベーションにもつながり、ますますホンダが元気になると感じます。
一瀬氏:そうなんですよね。内なる目標なのですが、こんなメチャクチャ(FFをRRにしたり)なことをやってもホンダではクルマにできちゃうのですが、そういうことを若い世代はあまり知らないのです。やはりちゃんと決まったルールで、決まったようにやっていくと決まった美しい、しかも性能のよいものができる時代にやっている人たちですから、これだけ新しいものばかりでは、決まった美しい開発なんかはできないのです。メチャクチャとはいってはいけませんが、私は“勘と経験と度胸”でものを決めてきた時代の人間です。新しいものは誰も答えが分らないので、5分で決めて5分で見直さないとダメなのです。まずいと思えばすぐ直せばいいといまの人たちは思えない。ですから、この開発を通してそういう文化が(ホンダには)あって、その結果ホンダらしかったというのが分かってもらえたのではないかなと思っています。そのような有形無形の財産というか、ここでできた技術以外の文化みたいなものも、社外的には私は発信したい、分かってもらいたいなと思っています。
いまは判断しないことを判断してしまうことが多くなりました。新しいものを作る時、この情報がないあの情報がないといって、それらを全部集めてから判断するといっても、情報が集まってもうーんと唸ってしまうような情報しか集まらないものです。だったら早めに判断してやってみると、あれ、ここはまずいとか、こっちの方がよかったねとすぐ見えてきます。こういう荒っぽいやり方を、勇気を持ってやるかやらないかが重要だと思うのです。そして今回はそれをやりました。そういう意味ではかなり古臭いやり方です。しかし、新しいもの、分からないものをやるときには重要なやり方だと私は思っています。
昔のホンダ語録で“やらまいか”(浜松あたりの方言で、まずはやってみようという意味。あれこれ考えたり悩んだりするよりも、まずは行動しようという精神を表すものでもある)といっている、やってみなければ分からないじゃん! というのとまさに同じですよね。
――これはやはりホンダでないとできないクルマですね。
一瀬氏:そういう文化が昔はあって、そしていままたできたと勝手に思っています。