インタビュー

【インタビュー】デビュー直前のホンダ新型EV「Honda e」、“第2のリビング空間”を目指したインテリアデザインについてデザイナー 明井亨訓氏に聞く

5つのディスプレイによる先進性のみならず、居心地のよさにもこだわった

デビュー目前の「HONDA e」のインテリアデザインについて聞いた

 コンパクトEV(電気自動車)としてデビュー目前の「HONDA e」のインテリアは、自宅からシームレスにつながるリビングのような空間をイメージしてデザインされたという。そのポイントは何か、また、どういう特徴があるのかについて、本田技術研究所 デザインセンターオートモビルデザイン室 テクニカルデザインスタジオ アシスタントチーフエンジニアデザイナーの明井亨訓氏に話を聞いた。

方向性を迷ったインテリアデザイン

株式会社本田技術研究所 デザインセンターオートモビルデザイン室 テクニカルデザインスタジオ アシスタントチーフエンジニアデザイナーの明井亨訓氏

――初めにHONDA eのインテリアデザインを担当することが決まった時、その開発指示はどのようなものだったのでしょうか。

明井氏:EVをやることは決まっていましたが、その内容は決まっておらず、ただ開発スピードは求められるので覚悟しておけと言われました(笑)。

 実はプロジェクトリーダーを務めるのはこのHONDA eで2機種目でした。最初は中国向けの「インスパイア」で、ベースは「アコード」でそれのマイナーチェンジみたいなものでしたので、あまり変え代がありませんでした。そこでマネージャーにゼロからできるクルマを最初から最後まで担当させてほしい、という話をしていました。そうしたら「持ってきたよ」とこの話が来たのです。

――そのときにどのようなインテリアにしたいと思いましたか?

明井氏:EVは先進的なインテリアデザインのものが多かったので、そっち方向がいいのかどうなのかと思っていました。漠然としたイメージしかなくて、そこはリサーチしてどういう市場があるのかなどから導き出した方がいいのではないかと考えました。

横基調のディスプレイは最初から

室内ではダッシュボード全面にスクリーンを装着するなど、先進性を表現

――特徴的なインテリアですが、そのデザインコンセプトはどういうものですか。

明井氏:コンセプトはエクステリアデザインと一緒でAffinity & Modernです。そこに機種のコンセプトであるシームレスライフ、それらを基にデザインを進めました。

――それらは具体的にどういったところで表現していますか?

明井氏:一番特徴的なのは大きなディスプレイでしょう。実はこれは開発当初から実装することは決まっていたのです。ただし、どのようにするとインテリア空間に馴染むのかは悩みました。これを装備するとなると、よくあるエモーショナルなスタイリングのインパネ造形は絶対に似合いませんので、直線基調にしていくしかない。そうすることで、シンプルかつ親しみやすさ、モダンさの表現に生かせるのではないかと思ったのです。

 ディスプレイはカメラ用を合わせて5つあり、先進的なものとして見えるでしょう。ただそれだけではなく、居心地のよさをどうやって表現するか。コンセプトとしてシームレスライフ、人と繋がる、社会や暮らしとつながることの表現をどうしようかなと考えた時に、(Honda eによって)動く自分の部屋をもう1つ獲得できることからシームレスライフにつながるのではないかと思い、「第2のリビング空間」という形で表現したのがインテリアのモチーフです。

インテリアのデザインコンセプトはAffinity & Modern
サイドカメラミラーシステムについて
5つのディスプレイを水平に組み合わせた世界初の「ワイドビジョンインストルメントパネル」

――リビング空間という考えはこういったサイズのクルマたちに多く用いられるコンセプトでもありますね。

明井氏:このクルマは移動体だけではなく、止まって充電もするシチュエーションもあります。その時にくつろげる空間にしたいと思っていました。単純にモチーフがリビング空間というだけではなく、暮らしとつながる居心地のいい空間をちゃんと表現しようとすると、やはりリビング空間になるのです。例えば普通だとソファみたいなシート生地などといいがちですが、このクルマの場合はよくよく見るとクルマではあるものの、クルマ然とはしておらず建築物のようなイメージに仕上げました。そこまでやり切ってこそリビング空間が表現できていると考えています。

 このディスプレイもテレビがローテーブルに置いてあるような見え方もあると思いデザインしています。

内装は上質なソファのある空間をイメージ
収納などは使いやすい位置、高さに配慮
リビングのソファに合うインテリアライトを採用

水平基調へのこだわり

――このクルマのインテリアデザインでこだわったところはどこですか?

明井氏:パネルを含めて水平基調をやりきることです。

――このサイズですと水平基調を採用すると広々感を演出できますので、すごく有利だと思います。しかしクルマですから水平基調ばかりではなく仕切り線やセンターコンソールなど遮るものも出てきますね。その辺りはどのように割り切り、またどのように調整していったのでしょう。

明井氏:単純に造形だけではなく使い勝手なども含めて考えました。例えばコンソールは繋げていません。その理由はウォークスルーをできるようにするためです。本来繋げた方が装備や物入れなどが装備できるので有利なのですが、それよりもウォークスルーを重視しています。例えば充電するために止まった時に、ステアリングがない方がくつろぎやすいですよね。そこで、助手席でブラウジングしたりテレビを見たりという使い方もあるだろうとあえて繋げていないのです。

前席ではウォークスルーが可能

 また、このクルマのインテリアは直線基調ですから運転がとてもしやすくもなっています。見切りもよく視界がすっきりしているので楽だし楽しいのですね。カメラモニターシステムも効果的で、ドアミラーがないことで斜め左右方向は非常に見やすくなっています。こういったことも含めて今までとは違う乗車体験ができると思っていますので、ぜひ運転してほしいですね。

水平基調の空間デザイン

――インテリアのカラーや形状などはどのように仕上げていったのでしょう。

明井氏:このクルマのシートは現行「シビック」のフレームを使っていますが、シビックのものは結構すごいデザインをしていますので、この空間には合いません。そこで家に置いてあるソファみたいなものを見ながらもう少し肩の部分を落としたり、後ろに座った時に前が見やすいようにサイド部分を削いでみたりしながら造形を決めていきました。

 通常、リアシートは50:50にしてそれぞれ分割可倒式にしますが、そうすると座った時に分割線や材質が変わるなどで座り心地がわるくなることもあります。また、軽量化もしたいのであえてつなげて広々見えるようにしています。リアドアとも素材感を合わせて繋がって見えるようにしました。さらに、アームレストなどもソファのような形状をモチーフにした結果、コンパクトであるもののそれほど狭い印象はないと思います。

Honda eのシート

金属調は入れないで

金属調の加飾をなるべく排除した内装

――インテリアはとても上質な感じもしますね。

明井氏:実は素材感では金属調の加飾は入れていません。リビングを見渡したときにそういったものはありませんよね。もちろん、それらをモチーフにしているリビングもあるでしょうが、普通の一般家庭で金属然とした物がドンとあるかというとそんなことはない。そこで、クルマ価値ではなく、居心地のいい空間価値として考えるならば、どういう加飾がいいのかと考えた結果、極力そういったものをなくしていったのです。ですからインナーハンドルも金属調のメッキや塗装ではなく、ピアノブラックで設えました。

インナーハンドルもピアノブラックで設えた

佐原健氏(エクステリアを担当した本田技術研究所 デザインセンターオートモビルデザイン開発室 プロダクトデザインスタジオ アシスタントチーフエンジニアデザイナー):最近のクルマのデザインを見ると、すごくクルマのデザインだけが進化しすぎてしまい、実際の家や家具など生活に使う用品と少し違う次元に行き過ぎているように感じます。それらを冷静に見たときに、果たしていいデザインなのか。もちろん自動車のデザインとして新しいかどうかという観点はありますが、もっとさらに引いた目線、クルマに興味のない人から見ると、意外といまのクルマで行っている方向ではない方がいい場合もあるのではないか。結構そういったことを内外デザインで悩みました。

 外装もメッキの飾りは一切付いていません。クルマの世界ではやはり付いていた方が高そうに見えますし、グリルが大きい方が速そうに見えるという文法はありますが、このクルマはそうではありません。そういったことが嫌だから採用しないというのではなく、ニュートラルの目線でもう一度解釈し直した結果のデザインなのです。

タッチパネルと物理スイッチ

――HONDA eは液晶画面でありタッチパネルも採用しています。その時の操作はどのように考えてレイアウトしているのでしょうか。

明井氏:このクルマの場合はウッドパネルがディスプレイの下側に入っていて、そこはフラットな面の形状になっています。そこに手首を置いて操作ができるように設定しました。通常のタッチパネルは手首が固定できませんから、そのまま指で画面操作をしますので指先の位置が定まらなかったりしがちです。しかし、このクルマの場合はそれほど前方から目線を外さなくても操作がしやすくなるでしょうし、ブラインドタッチも慣れればいけると思います。この形状はこだわったポイントです。

 さらに操作頻度の高い空調関係やオーディオ関連は独立したスイッチを設けています。物理スイッチは操作する上では必要で、全てスクリーンの中に入れるつもりはありませんでした。全部タッチパネルの中に入れるのは可能ですが、頻繁に操作するものをいちいち画面を呼び出して操作すること自体危険です。それもあって独立したスイッチを設けました。

 その一方で、頻繁に使わない安全運転支援システムの設定スイッチなどはディスプレイに配置しました。これまでは物理スイッチとしてインパネの右下の方などに並べてありましたが、本当にそこに必要かどうか、走っている時に設定することはないだろうと考えた結果、スクリーンの中に入れる判断をしました。

ワイドディスプレイでは春夏秋冬の写真が壁紙として入るが、カスタムして自分好みの写真を映し出すことも可能

日本らしさへのこだわり

――ホンダは日本メーカーですから、日本らしさを主張したデザインを採用することは考えなかったのでしょうか。

明井氏:日本のクルマという主張は、しかもヨーロッパで上梓しますので、その辺りをどこまで出そうかなというところは悩みました。しかし、そういった地域性はあまり出さない方がいいのではないかということで進めました。その結果、ヨーロッパなどで発表会を行なったところ、「これはスカンジナビアンなクルマだ」という人がいたり、「和モダンなイメージがある」という人もいたり、受け手によって色々な見方をされました。ただし、日本人が開発デザインしていますので、日本らしさみたいなものは出さないといってもにじみ出ているところもあると思っています。

――北欧にデザインとしてリサーチに行ったということですが、その影響はありましたか?

明井氏:その時に出会った優しく素材感を生かしたものや、ファブリックをうまく生かして室内でも明るく楽しく演出しようなど、そういう気持ちにさせてくれてしっくりくるものは大事ですので、それをストレートに表現しています。それらはCMF(カラーマテリアルフィニッシュ)デザイナーの力が大きく影響しています。