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スマートフォンなクルマ、ホンダのEV「Honda e」。NFC、バーチャルキー、デュアルディスプレイで目指すもの
コネクテッド開発担当 安藝未来氏に聞く
2019年9月19日 11:28
フランクフルトモーターショーで量産車タイプが発表になった本田技研工業のEV(電気自動車)「Honda e」。そのHonda eの開発者である本田技術研究所 四輪R&Dセンター 四輪R&Dセンター LPL 主任研究員 人見康平氏、同 オートモービルセンター 第10技術開発室 技術企画ブロック 研究員 安藝未来氏の共同インタビューはすでにお届けした(関連記事:ホンダの量産EV『Honda e』の価格、バッテリ容量、価値について)とおり。
先のインタビューは共同インタビューのため質問が多岐にわたっており、LPL(ラージプロジェクトリーダー)である人見氏の哲学が分かるとともに、コネクテッドのPL(プロジェクトリーダー)である安藝氏の人とのコミュニケーションに向けた思いが分かるものとなっている。
このインタビュー終了後、記者がコネクテッドに関する質問を積極的に投げかけていたためか、安藝氏から「コネクテッドに興味があるなら、もう少し詳しくお話しします」との提案をいただいた。そこで、IT系の媒体であるもう1誌と共同で展示されているHonda eに同乗。デモを交えて、コネクテッドの部分について詳しく語ってもらった。
この「Honda e」の機種コンセプトは、「シームレスライフクリエーター」。人がクルマと過ごす生活を見つめ直したものになる。その大前提の元に、クルマへの導線を設定。Honda eのBピラーにはNFCが組み込まれており、これでスマートフォンとペアリング。ペアリングしたスマートフォンでは、バーチャルキーでクルマを解錠することなど、スマートフォン技術がふんだんに採り入れられているのが特徴だ。
スマートフォンで解錠してクルマに乗り込むと、真っ先に気がつくのが目の前に広がるワイドなデュアルディスプレイ。12.3インチLCDパネルを横に2枚使ったこのディスプレイは、Honda eと人との新しいコミュニケーションを提案する場となっている。
「OK Honda!」で始まる新しいボイスコミュニケーション
安藝氏は、早速このデュアルディスプレイとのコミュニケーションをデモしてくれた。まずは、ウェイクアップワード。安藝氏が「OK Honda!」と発声したところからHonda eとのコミュニケーションが始まる。「Hey Honda!」ではなく、「OK Honda!」というところについては、このコミュニケーション空間のプラットフォームを推察できるウェイクアップワードだ。
このデモはレストランを探すというもので、レストランをリストアップし、そのレストランをナビゲーションの地図にマッピング。そして、そのままシームレスにルーティングされる。
今を生きる人にとっては、スマートフォンで普通に実現できていることだが、これが極めてスムーズにクルマでできている。現在の日本のコネクテッドでは、コンシェルジェを呼び出して目的地を設定、ルーティングを行なうという、品質を重視したある意味リッチな人力コネクテッドが行なわれているために、このHonda eのコネクテッドサービスのスムーズさ、スマートフォン感覚は新鮮。ホンダらしい、といえばホンダらしいデザインになっている。
そして、追求したのはデュアルディスプレイによる使い勝手とコミュニケーション。12.3インチと横長のディスプレイを2枚使っており、単体でも現在の標準的なナビに使われているWVGAの7型ディスプレイよりも横長になっている。この横に生まれた空間をソフトメニューとして利用。ドラッグ&ドロップで必要な機能を配置でき、日常を使いやすいようにデザインできる。
さらに、運転席に近いディスプレイの表示と、助手席に近いディスプレイ表示をワンタッチで交換できる。この機能を持つことで、例えば目的地設定の操作を助手席に座っている友人やパートナーにお任せして、設定の終わった地図をワンタッチで受け取る、といったことができる。今までにないコミュニケーションだけにイメージするのが難しいが、旅客機のパイロットが、もう1人のパイロットに操作系を渡すようなものに近い。もちろんHonda eの場合に渡すのは、ナビゲーションや音楽設定などIVI(In-Vehicle Infotainment)操作の部分だけになる。
これによって、助手席の人は運転席側に身を乗り出さずに目的地や音楽を変更できるし、運転席の人とのコミュニケーションも容易になる。助手席の人に設定を任せてドライブするというのが、極めて自然にできるよう設計されている。
この2枚のディスプレイにおける描画は、1枚の空間上に描かれており、各ディスプレイにフィットしたデュアルウィンドウシステムとして動作している。もちろん2枚のディスプレイを1つのウィンドウとして描画することもでき、多数のアプリを立ち上げて切り替える際の画面ではそのように使用されているほか、それが水槽アプリの実現につながった。この2枚のディスプレイには若干のベゼル幅があるのだが、安藝氏によると「違和感のないように調整されている」という。逆に言えば、API(Application Programming Interface)レベルでベゼル幅を見た目で隠蔽するようなものはなく、そのOSは結構なカスタム品であることが分かる。
オープンな思想を持った「Honda e」。でも発売当初は慎重に
水槽アプリがアプリストアから提供されることから、次に湧く疑問は「では、Honda eのアプリを作ることができるのか?」ということ。これについて安藝氏は、「当初はホンダが主体的に提供する」とのことで、ホンダと一緒になって作っていく必要がある。ただ、この手のアプリ(OSは非公開だが、Heyで発声する、高精度な地図を持つ、それに電気自動車への実装であることを考えると、省電力なパワーマネジメントに長けたモバイルOS系であるのは間違いないだろう)を作る技術力を持つグループなどはホンダにアタックしてみるのもありだ。LPLの人見氏は「カラオケ」と言っていることから、カラオケコンテンツを持つグループもホンダとしてはウェルカムだろう。
そして、クルマのアプリとなると気になるのが、「車速や電池容量などのCAN情報にアクセスできるのか?」ということ。これに関して安藝氏は、「現状できない」とのこと。開発インタビューでもあったように、このHonda eはホンダとしてオープンな思想を持って開発された初めてのクルマ。オープン開発をしているがゆえに、GDPR(General Data Protection Regulation)にも適合するクルマとする必要があり、最初からCAN情報の開示は難しいのは容易に想像できるところだ。
ただ、ホンダよりもお堅いイメージのあるトヨタ自動車は、新型「スープラ」の後付けオプションとして「TOYOTA GAZOO Racing Recorder」というハードウェアを設定することで、この問題を回避。車両情報をVehicle Data Visualizerフォーマット(VDVフォーマット)で記録することで、CAN信号に直接触れないようにしている。しかも、このTOYOTA GAZOO Racing Recorderの製造元は日本精機になる。ホンダ車ユーザーにはメーターパネルに記された「NS」の文字で知られ、チューニングカーユーザーには「Defi」で知られる、ホンダが筆頭株主の会社だ。ホンダとトヨタは、MONET Technologiesで協業しており、MONET Technologiesの集めるデータはCAN情報をベースにしたものになるだけに、将来的な何らかの発展には期待したいところだ。
また、このHonda eのシステムはインターネットへの常時接続を前提として成り立っている。日本導入時はどうなるのだろうか。あえて安藝氏にも聞いてみたが、当然答えはもらえなかった。ホンダ車の日本でのDCM(Data Communication Module)はソフトバンク製がほとんどのためソフトバンクが有力視されるが、NTTドコモは高速データ通信を定額で制限なくクルマで利用できるインターネット接続サービス「docomo in Car Connect」を日産自動車とパイオニアに提供していると発表している。そしてよく知られているように、ホンダのインターナビとパイオニアのスマートループはプローブ情報を共用しており、そういった面でもHonda eのインターネット常時接続がどうなるかは、注目のクルマのビジネスモデルとして話題になるだろう。
デジタルガジェット感覚で使えるクルマ、「Honda e」
こうしたビジネス面の話題も各種あるものの、1人のクルマユーザーとしては単に「スマートフォンにつながるクルマ」ではなく、「スマートフォンのように使えるクルマ」が登場したことを歓迎したい。
走りについては、後輪駆動EVであり「ホンダのクルマは走ります」と人見氏が太鼓判を押し、好みが分かれるデザインについても空力を追求するあまり「ロングルーフにして、ぺんぺんにして、フェンダーを真っ平らにして」(人見氏)しまったクルマとは違うという。そこに安藝氏がスマートフォン感覚で使える機能を、クルマへの乗り込みからユーザー体験として用意し、ボイスコマンドでのお1人様コミュニケーション、デュアルディスプレイでの運転席と助手席の新しいコミュニケーションを提案している。
コネクテッド機能をデュアルディスプレイでパッケージングしたHonda eは、デジタルガジェット感覚で楽しめる、新しいジャンルのクルマであるのは間違いないだろう。