インタビュー

三菱自動車の新型「エクリプス クロス」開発者インタビュー 「開発規模は従来のビッグマイチェンの2倍」

開発部門の担当者である金子真樹氏に聞く

2020年10月15日 発表

10月15日に予約注文の受け付けを開始した新型「エクリプス クロス」

 三菱自動車工業「エクリプス クロス」がマイナーチェンジし、PHEV(プラグインハイブリッド車)が追加された。そこで今回の改良ポイントをはじめ、PHEVモデルの特徴などを開発部門の担当者である三菱自動車工業 プロジェクトマネージメント本部 プロジェクト推進部 第二プロジェクト推進 主任の金子真樹氏に話を伺った。

工数2倍のマイナーチェンジ

三菱自動車工業株式会社 プロジェクトマネージメント本部 プロジェクト推進部 第二プロジェクト推進 主任の金子真樹氏

――エクリプス クロスが大幅なマイナーチェンジをしましたが、その大きなポイントは何でしょう。

金子氏:従来はガソリンとディーゼルのラインアップでしたが、(ディーゼルを落として)電動車であるPHEVを追加することが最も大きいですね。通常、ビッグマイナーチェンジですとバンパーやグリルを変えるなどにとどまり、骨格部分、バンパーやランプなどを全て取り払った素のボディに関しては一切触らないで済ませます。

 しかし今回、PHEVシステムを搭載しようとしたところ、実はそのままでは載らなかったのです。そこでフロントで35mm、リアで105mm伸ばすことによってようやく搭載することができました。そこが従来のビッグマイナーチェンジとは全く異なるところです。

 その結果、ポディを変更しましたので、設計を含めた試験確認項目でのさまざまな工数が発生し、開発規模が従来のビッグマイナーチェンジの2倍ぐらいになりました(笑)。

従来モデル(左)から140mm全長が伸びた新型エクリプス クロス(右)

――特に今回はリアにモーターを積むことによってリア部分が長くなっています。そこの部分が一番大変だったように思いますがいかがですか。

金子氏:いや、実はフロントの方が大変だったのです。確かに伸ばす量は35mmですが、フロントというのは衝突関係、操安性能、音振など全ての性能に関わってくるところなのです。そこが非常に大変でした。関わってくる部門も多岐に渡りますので、新型車を開発する時と同じくらいになりました。

高い運動性能は落とさないように

――今回のマイナーチェンジで金子さんが一番やりたかったことは何ですか。

金子氏:マイナーチェンジ前でやり切れなかった部分がありましたので、それを何とかしたいと思っていました。それは装備仕様関係がメインなのですが、特に電動テールゲートです。急速に他社が装備し始めたことを読み切れなくて、一歩遅れてしまったのです。今回もそこをやり切れなかったのが心残りです。

 また、ボディを前後とも伸ばしたからといって走行性能は絶対に落としたくありませんでした。特に今回は好評な操安性能、右に曲がる左に曲がるといった性能は落としたくない。基本的には(ボディを)伸ばすとそういった性能がわるくなる方向になってしまいがちですが、それをいかに抑えるかをメインで開発しました。

――フロントとリアが長くなることは当然運動性能においては不利に働きますが、具体的にどのようにマイナーチェンジ前の状態を保つようにしたのですか。

金子氏:骨格の中の見えないところに細いリーンフォース(細かい板のパッチ)を当てました。前後が長くなることによって剛性が落ちるので、それを元に戻すための設計です。当然見た目は分かりませんが、そういったところで何とか剛性が落ちないような設計ができないかと、関連部門と協議した結果、なんとかキープできました。

 また、サスペンションのチューニングも行なっています。ショックアブソーバーの中身をこの新しい条件に対して変えていくことで、性能がキープできるのではないか。そこで、ハンドリング関係のプロフェッショナルに「性能は変えないんだよ」と開発を依頼しました。彼らからは「絶対にできない!」などと言われつつも、このクルマの命なのだから何とかやってほしいと説得してやってもらいました(笑)。

 そういったところを1つひとつ積み上げて何とか性能をキープしています。

電動車でもスポーティな走りを

――エクリプス クロスのPHEVの特徴を教えてください。

金子氏:PHEVを制御する担当部門が、このクルマの性格を見ながら「こういう方向で行った方がいいのではないか」と考えてくれました。電動車ですから、電池が少なくなってくると充電が必要なのでエンジンがかかるのは仕方がありません。しかし、エンジンをかけて駆動に使うのか、充電に使って充電した電池で駆動に使うのかが課題です。

 シリーズモードは(エンジンによって)充電してからその電池を駆動に使った方がモータードライブ感、電動車っぽい雰囲気が味わえるので、そちらにしたいという提案でしたので、そのような味付けになっています。また、エンジンはかかっていたとしても実際にモーター駆動でドライブしている時間も長くしています。もちろん、アクセルペダル開度などにもよるので常にというわけではありませんが。

――全体のコンセプトとしてできるだけ電動車という雰囲気を味わえるようにしているということですね。

金子氏:電動走行の方が当然アクセルに対してのレスポンスが早いですよね。S-AWCも含めて、レスポンスをとにかくよくして車体の挙動をドライバーがこうしたいなという方向にすぐ動けるようしたかったのです。そこで、車体も剛性を上げて動くようにしていますし、前後にモーターを搭載し、左右方向ではS-AWCでアシストしています。全てのところにそういう(スポーティさが感じられる)コンセプトを活かしたいなと思って開発をしています。

新型エクリプス クロス PHEVのパワーユニット

――では、このシステムそのものをアウトランダーに積み直したらスポーティになるのでしょうか。

金子氏:それはなりません。システムは同じでもそれを搭載する車体が違いますから、同じことをやっても反応する速度が違ってきますので、ドライバーは同じようには感じないでしょう。(エクリプス クロスのシステムを搭載して)自分がこうだといいなと思って操作しても車体がついてこないでしょう。つまり、アウトランダーはスポーティという言葉で設計するクルマではなく「ゆったり感」「安心感」というキーワードの方が似合うのです。

――今回のマイナーチェンジでスポーティさを追求したとすれば、他にどういったことが挙げられますか。

金子氏:フロントモーターとリアモーターのトルク配分を常に考え、コンピュータで計算しながらその配分をしています。例えばアウトランダーでセッティングしたトルク配分は、アウトランダーは曲がりにくいクルマですので、フロントよりもリアの方に多くトルクを流す方がいいので、そこを考慮したトルク配分で曲げようとしています。

 一方のエクリプス クロスは、アウトランダーと同じ配分にすると曲がりすぎてしまうのです。つまり、車体剛性が高く反応がいいので、同じモーメントを与えてしまうと曲がりすぎてしまいました。そこで今回はちょっと逆のことをして、それでようやくわれわれが求めている車両の動きになりました。

将来はエボも?

――そうすると、例えばこのシステムを乗用車に積んだらより面白くすることができるということですね。

金子氏:そう思います。当然重心が下がればそのぶん運動性能は上がりますので、そこだけ見ればいいと思います。ただし、地上高が下がります。電池は(車体の)一番低いところにあるので、ある程度地上高を確保しておかないと石が当たったり、何かに突っ込んで電池が破損してしまったりなどの不具合が発生してしまいます。そういうリスクは上がりますから、もし販売するにあたってはその辺りが大丈夫かの確認はする必要があるでしょう。ただし、理論的に運動性能は上がる方向にあると思います。

 それから、ガソリン車に対してPHEV化することによって300kgぐらい重くなります。つまり重たいものはもともと軽いものに比べれば運動性能は落ちますから、そこは検証する必要があるでしょうね。

――なぜこのような質問をしたかというと、これでエボリューションモデルを作ったら面白いクルマができ上がりそうだと感じたからですが、いかがでしょう。

金子氏:そうかもしれませんね(笑)。

ハンドリングを向上させたガソリンモデル

――ガソリンモデルについても教えてください。足まわりなどのハード面で、変更点は何かありますか。

金子氏:ガソリンモデルではリアのサスペンションにサスクロスという左右を繋いでいる部材があります。その部品のボディへの取り付け方法を変更しました。マイナーチェンジ前のエクリプス クロスを発売する時に、その部分にブッシュを入れてロードノイズを向上させています。しかし、剛性という意味ではゴムが入っていますのでちょっと弱くなってしまったのです。市場の評判を聞くと、やはりこの外観ですからもう少しハンドリング性能をよくしてほしいという声が出てしまったのです。そこで今回、このゴムを取りました。その結果、剛性が上がりましたのでマイナーチェンジ前のガソリン車同士で比較すると、リアの剛性が増したことで安定感がより向上し、ステアリングに対しての車両反応に貢献しています。つまり、新しい方がハンドリング性能はよくなっています。

――しかしそのゴムを入れたのは静粛性向上のためですよね。

金子氏:その通りで、結果として若干ロードノイズは犠牲になっています。発売の時はNVHを重視したのですが、実はユーザーが望んでいる方向はそちらではなかった。もちろん全ての方がそうではありませんが、そういう声が大きかったので今回は思い切りました。

思った以上に運動性能が高くなったPHEV

――最後にこのクルマで語っておきたいことはありますか。

金子氏:われわれはここまでS-AWCを含めて運動性能がよくなるとは思っていませんでした(笑)。重量が重くなることもあるので、絶対性能はそこまでよくならないだろうと想像していましたが、クルマとして仕上げてみた時に、予想以上によくなっていました。フィーリング的なところでは、ガソリン車よりもいいのではないかという人もいるくらいです。

 前後重量は50:50が理想的配分と言われていますが、普通のガソリン車だとフロント60:リア40くらいです。そしてこのクルマは重たい電池を真ん中に積んでいることもあり、55:45とより理想な方向に近づいており、この数値は「ランサー エボリューションX」と同じ配分でもあります。そういった意味では運動性能に非常に貢献していると言えるでしょう。通常のPHEVの性能に加えて、楽しい走りも体感できますので、そういったところをアピールした上で、色々なお客さまに買っていただきたいと思います。