試乗レポート

新型「BRZ」で雪上ドライブ スバルがAWDで培ってきた抜群の安定感とコントロール性が宿っていた

新型BRZの雪上試乗会が群馬サイクルスポーツセンターにて通常とは逆回りで開催された

どんな天候でも安心して、安全に走りを楽しめるのが新型BRZ

 昨秋のフルモデルチェンジ以来、走りの味付けの違いに話題が集中した感のあるスバル「BRZ」とトヨタ「GR86」。両社この仕様で発売するというところまで煮詰まっていた中で、突如、トヨタ側が「変えたい」と言ってきたという話は実しやかに伝えられているが、後に「あのタイミングで変えられるのは二度と勘弁ですけどね」と、スバルの某担当者がボソッと語られたことは強く印象に残っている。

 そうまでして2車の走りのキャラクターを変えてきたことで、選ぶ側としては「メーカー」「デザインや意匠の違い」「販社」などの要件とともに、スポーツカーとしての「乗り味」「走り」という要素が強くなったことにより、嬉しい悩みが増えたことにもなる。

ルーフアンテナを含めたボディサイズは4265×1775×1310mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2575mm、トレッド幅はフロント1520mm/リア1550mm、最低地上高130mm、車両重量1260mm(Rグレードの6速MT)
価格はRグレードの6速MTが308万円、6速ATが324万5000円で、Sグレードの6速MTが326万7000円、6速ATが343万2000円

 今回スバルがBRZの雪上試乗会を開催したことは、それこそ、スバルの走りの思想を示すもので、長年培ってきたAWDの走りから得た、全天候下で安心、安全を可能な限り提供したいという考えを、新型BRZにも盛り込んでいるという自信の現われかもしれない。

 試乗場所は、群馬サイクルスポーツセンター(通称:群サイ)で、その名の通りもともとは自転車の走行用に作られた施設だが、近年ではクローズドの峠道として、クルマの走行テストやタイムアタック、イベントなどに使用されることも多い。3月上旬のBRZ雪上試乗会期間の前半は気温も下がり、雪もかなり降ったそうなのだが、私が参加した日は、気温も上がり、路面の雪はフロア下を擦るほどの深いザクザク状態がしばらく続くかと思えば、ところどころアスファルトが露出していたり、その一方で日陰のコーナーは薄い雪の下がツルツルの氷であるなど、コース整備が行き届いた、いわばお膳立てのされた雪上試乗会とはほど遠いコンディション。

雪上試乗会上は群馬サイクルスポーツセンターで行なわれた
整えられた全面圧雪バーンではなく、深い轍もあれば、いきなりアスファルトが現われて路面のミューが大きく変化する場所など、実際の道路と同じ複雑な条件での試乗となった

 道路幅は両脇を雪壁に阻まれクルマ1.5台分程度。私としては、対向車がいないという点を除き、リアルワールドにも近い緊張感を強いるこの雪路環境は大歓迎だ。

 試乗車はRグレードの6速MTと、Sグレードの6速ATの2台。標準装着タイヤは上級のSグレードは18インチで、Rグレードは17インチなのだが、両車とも装着されたスタッドレスタイヤは、横浜ゴムの「アイスガード7」の215/45R17であった。ちなみに、スバルの冬季試験における装着スタッドレスタイヤは、ブリヂストンの「ブリザック」のその時期の最新モデルが通例と伺っていたので、あえてそこに合わせ込んできていないことも好感がもてた。

装着タイヤは横浜ゴムのスタッドレスタイヤ「アイスガード7」でサイズは215/45R17

 ワインディングコースは、通常とは逆回りでとのことで、とくに2周目くらいまでは、先のレイアウトが分かっていて走るのとは異なる緊張感もあり、こういう時こそ、コーナーが思ったより周り込んでいて咄嗟に追い舵が必要になる状況や、いきなりタイヤがグリップを失った際などの挙動、対処に対する動きを知ることができて有意義であった。

 では、MTからだが、まずコースに入っていくまでが、深いザク雪で抵抗が極めて大きいので、トラクションコントロールを通常のオンのままだと、後輪(駆動輪)が僅かに空転しただけで、エンジンは走行抵抗に打ち勝つだけの出力を発生する前にパワーを絞り込んでしまう。MTなのでスロットルとクラッチワークで多少の誤摩化しは効くが、現実的にこの時点でほとんど前に進めなくなる。

ブラインドコーナーなどもあり、かなりハラハラさせてくれる群馬サイクルスポーツセンター

 これはBRZだからではなく、とくにFFも含めて2輪駆動車でトラクションコントロールを装備する車両にほぼ共通する弱点である。駆動輪の空転を検知する→ブレーキ制御とともに出力を絞るという制御の目的が、駆動輪の空転の抑制が主で、ドライバーが求めている最低限の車速あるいは動きを二の次としているからだ。ということで、この時点でTRC(トラクションコントロール)は必然的にオフにすることになった。

 すると、トルセンLSDの助けもあり、なんとか車両は前に進み出す。この際のトラクションは、もう少しリア側荷重が重ければと思うこともあったが、少し加速できたことで荷重が後ろに移り、いったん勢いがつくと激しく雪を跳ね上げながら加速へと結びつけてゆく。このあたり、初代よりも明らかに実トラクション性能が高くなっている感覚だ。

水平基調のシンプルなインテリアは、インパネや低めのメーターバイザーによって視界を確保。また、スポーツシートは高いホールド性とフィット感を実現し、運転に集中できるだけでなく疲れにくくなるという
AT車にはあらかじめSPORTモードとSNOWモードが用意されている
トラックモードにすると高回転域にフォーカスしたタコメーターやGセンサーなどが表示される
安心・安全を高めてくれる電子制御。今回の状況ではテストのために全オフにしたが、公道では基本的にオンだ

 ここから先が、新型BRZの真価をヒシヒシと感じることになる。VDC(Vehicle Dynamics Control)のモードをどうするかが挙動に大きく影響してくるので、素の運動性能を知る意味から、基本はVSCスイッチを長押しして、VDCもTRCもブレーキLSDもすべてオフになる状況で走らせてみた。すると、トラクション性能の高さが活きて、ガンガンと前に押し出していく。これで直進安定性と舵の効きがしっかり確保できていないと、どこへ飛んでいってしまうか分からない不安がつきまとうもの。だが、ここは本気で驚かされたのは、挙動変化が実に落ち着いていることだった。

搭載される水平対向4気筒2.4リッター「FA24」型エンジンは、最高出力173kW(235PS)/7000rpm、最大トルクは250Nm(25.5kgfm)/3700rpmを発揮。レスポンスよく、滑らかに高回転まで吹け上がるスポーツカーらしいフィーリングと力強い加速を両立している

 深い雪の轍に進路を任せつつ、フロアを雪に擦りつけながら80km/h~90km/hで走行するような状況でも、トラクションさえ活かしておけば、轍の中を左右に激しく暴れながらも進路を保ち車速を維持し続ける。

 轍から抜け出した直後の安定感も高く、このサイズのFR車とは思えない。極めつけは雪の中での舵の適度な応答感による向きの変え易さだった。つまり、コーナーが迫ってくるのがコワくない。もちろん、適切なタイミングでのブレーキングとそれに伴う前輪側への荷重の移動があっての話だが、スタティック(静的)での前後重量配分が若干の前寄りということも、路面のミューが低い状況下での舵の効きを確かなものにしてくれている。

期待以上の安定感とコントロール性を見せた新型BRZ。前席2名乗車時の前後重量配分は53:47となっている

 その上で、リアの安定性の高さと、さらに言えばその先のコントロール性の高さが担保されているので、この厳しい雪路でも少し慣れてくると、左手でシフトレバーを握ったまま、ステアリングは右手だけで修正し、あとはアクセルワークとブレーキ(たまに左足ブレーキを使ったりしたが)だけで、結構なハイペースを保てるくらい。これは、期待していた以上の安定感とコントロール性である。

 加えて、スロットルワークの容易さは、低ミューでは望まない、アクセルペダルの踏み込む量、踏み込み加速度に対する過剰感がないこと。いまここでこのトラクションで姿勢を安定させたい、軽くリアを張り出した姿勢を維持したい、といったことが、ミューが変化しまくる路面でも、自然な足先の動きでできてしまう。これは安心感大である。

 サーキットやワインディングなどのドライ路面では、GR86に対して、ヨー応答が少し大人しいとか思わされるシーンがあるのは事実だし、スロットルワークに対するレスポンスも差があるのだが、この理由は、まさにこういう全天候を考えてのスバルの在り方であることが、身をもって知ることができた。

 ちなみに、雪の中のATは、予想以上にMTに近い自在感を伴ったままに走ることができた。エンジンが2.4リッターになりトルクに余裕が得られたことも理由のひとつだが、スポーツモードの際のブリッピングを伴う自動ダウンシフトにより、素早いシフトを可能にしながら車輪ロックによる姿勢を乱すようことはないので、ラクにステアリングワークに集中できること、またATでもトルセンLSDは標準装備なので、トラクションもきっちり得られて姿勢制御も行なえることなど、これなら安全性をさらに高めた上で楽しめると思えた。

 VSC関連を全オフでの性能、つまり素のポテンシャルを知った上で、トラックモードにすると、なるほど介入による影響をできるだけ抑えていることも、ノーマルモードではきっちり安全サイドに振られていることも理解できた。今回はクローズドコースで、楽しませてもらったところも多いにあるが、リアルワールドでは、VSCによる挙動制御は重要で、素の性能の高さの上に成り立つ適切な電子制御が、高い信頼感をもたらしていた。

 ところで、ラリードライバー新井大輝氏ドライブによる同乗走行もあり、ノーマルでここまで走れてしまうのか、とさらなる驚きを得ることになったが、優れた道具であればあるほど、使い手の差が現われるもの。いまさらながらに、それを思い知ることになったのだった。

ラリードライバー新井大輝選手の雪上ドライビングを体感。異次元の走りにただただ驚愕
斎藤慎輔

自動車メーカーで開発ドライバーとして従事の後、モータージャーナリストへ。車輛評価スペシャリストとして、1台になるべく長い時間、距離を接するようにし、動的な面での安全性に関わる領域までを含めて、車輛開発者から一般の方まで、それぞれの立場に合った評価を、わかりやすく伝えることを重視している。サーキットなどでのドライビング講師のほか、安全運転講習、教習所のエコ・ドライブ教習の講師、東京都主催のエコ・ドライブコンテスト競技委員長なども勤めてきた。本質は「クルマと過ごす時間が至福」というクルマ好き。日本自動車ジャーナリスト協会会員。

Photo:高橋 学