試乗レポート
ポルシェ・カイエンシリーズ頂点に君臨する「ターボ GT」、ニュル北7分38秒の実力はダテじゃない
2022年8月17日 10:00
640PS/850NmのV8ツインターボ搭載
モータースポーツ直結のパフォーマンスを発揮――SUVのものとは到底思えない、7分38秒9というとんでもないニュルブルクリンク北コースでのラップタイムを明示するとともに、そんな刺激的なフレーズでキャラクターを紹介するのが、「ターボ GT」なるいかにも熱い走りをイメージさせるグレード名が与えられたシリーズの頂点に立つカイエン。
ちなみに、名称中ではひとことも触れられていないものの、このグレードが設定されるのは2019年3月にデビューを果たした、現第3世代のカイエン・シリーズをベースとしたクーペ・ボディのみが対象。すなわち、オリジナルのボディを持つカイエンのトップに立つのが「ターボ」であるのに対して、カイエン・クーペではこの「ターボ GT」が頂点という扱いなのだ。
このモデルに限っては敢えて“クーペ”という呼称を外していることになるが、なるほどそこには「カイエン・シリーズ全体でのトップ・オブ・トップ」という印象をより強調するという効果も秘められていそう。さらに、出力/トルクの数値にのみスポットライトを当ててみれば、このブランドのポリシーに則って実はハイブリッド・モデルの方がさらに上を行く……等々と、相変わらずマーケティング手法の巧みさには舌を巻かされることにもなる。
それはともかく、ターボ GTでまず第一に目を引くトピックは、従来のターボグレード用の550PSという最高出力値を、イッキに90PSも上まわることになったエンジンを搭載すること。ツインターボ付きのV型8気筒ガソリン・ユニットで、ボア×ストロークがともに86mmずつの3996ccという各スペックをさらってみれば、それが同じフォルクスワーゲングループ内に籍を置くランボルギーニ「ウルス」用と色濃い血縁関係を持ったユニットと察しが付くものの、スーパーカー・ブランドの作品に華をもたせる意味もあってか、実は最高出力値では10PSという微妙な差が設けられている。
ただし、850Nmと途方もなく大きな最大トルクでは同数値。さらに、3.3秒という0-100km/h加速タイムではコンマ3秒の逆転を果たして、こちらも意地を示す(?)ことになっている。
かくもパフォーマンスを高めた心臓を搭載したからには、シャシーその他に対して十分過ぎるほどの手当てを施すのが、このブランドならではの流儀というもの。実際、そのリファインの内容は「カイエン・クーペのさらなるハイパワーバージョン」という表現では全くもの足りないほどに、微に入り細を穿ったものとされている。
もちろん、他グレードとの差別化というコスメティック上の理由も含まれはするだろうが、より開口部の大きさが目立つ顔つきや、縦方向のカーボン・サイドプレートが付加されたルーフスポイラー、そして通常時にはリアゲート後端にさりげなく格納されていながら、必要とあらば想像以上に派手にせり上がるリトラクタブル式のリアスポイラーなどは、いずれも空力や冷却性能を向上させるという実利面の効果を追ったと理解できるアイテム。
これまでのターボ・クーペと比べ17mmのローダウンが図られた3チャンバー構造のエアサスペンションはその剛性が最大15%引き上げられ、電子制御式の可変減衰力ダンパー“PASM”の特性ややはり電子制御式のアクティブ・スタビライザー“PDCC”などにも、パフォーマンス志向のセッティングが施されているという。
フロントが285/35、リアが315/30というファットな22インチのシューズには、専用開発が行なわれたピレリ製のタイヤ「P ZERO コルサ」を、鍛造アルミ製でサテンネオジム塗装が施されたホイールにセット。ポルシェ車の多くには高価なオプションとして用意される大きな制動力や優れた耐フェード性、軽量さなどが特徴のセラミック・コンポジット・ブレーキ“PCCB”も、このモデルでは標準装備という贅の尽くしぶりだ。
本格的なサーキット走行にもトライしてみたくなる性能
そんなターボ GTでスタートすると、その走りのテイストは数あるカイエン・シリーズの中にあっても、さすがにちょっとばかり硬質な感触だったというのが第一印象。特に専用設計のタイヤが拾う振動は、時にシャープな波形を思いのほかダイレクトに伝えてくる。これまで、どのカイエンに乗っても特にノーマルの走行モードを選択した場合には「望外に穏やかな乗り味」と言った表現を使うに値したが、それに比べるとやはり時にその本性を露わにするという感触を受けることになるのだ。
とはいえ、それは「カイエン・シリーズの中にあっては」という比較論であって、例えば毎日の通勤に使うようなシーンを想定しても、決して耐え難かったり辛抱を強要してくるような雰囲気はひとかけらもない。加えれば、これも22インチホイール&タイヤがロードノイズをやや大き目に伝えてくる部分はあるものの、わずかに1400rpmほどでこなしてしまうクルージングのシーンは平和そのもので、そうした場面では車載燃費計が11~12km/L程度を示すという燃費性能、640PSのエンジンということを思えばこれこそ望外のデータと言うべきだろう。
ちなみに、そんな平和なクルージングのシーンは右足をアクセルヘダルの上に“添えておく”程度の感覚で達成されることになるが、そこでちょっとでも力を加えればたちまちとんでもない加速Gを背中に感じることになるのは言うまでもない。
キックダウンに至るまでもなく、ちょっとターボのブースト圧が高まるだけでもそんな挙動を感じさせられるが、ペダルにストロークが生じるほどのアクセルワークを行なえば、その時は周囲はおろか、自分でも驚くほどの勢いで怒涛の加速が始まることになる。
そうしたシーンでは、チタン製のスポーツエグゾースト・システムから聞かれる快音も、このモデルならではの密かな嬉しさ。ターボ・クーペよりも20kg軽い車両重量の実現には、センターサイレンサーを削除したことで軽量化したと説明されるこの部分の効用も含まれているに違いない。
それにしても、このモデルの全力加速のシーンは「怒涛の速さ」と表現するしかない。4WDシステムの威力でそんな場面でもトラクションの伝達能力に不満はないが、それにしても乗り慣れない人からすればちょっと恐怖心さえを抱きそうと思えるその加速力は、これまでのカイエンで体験してきた記憶を確かに上書きするものであるように感じさせられる。
さらに、2t超の重量を意識させられない、思いのほか俊敏でダイレクトなハンドリングの感覚も鮮烈。SUVでは不可避と当初から諦めの気持ちの人も現れそうな舵の効きの遅れや大きなロール感は、ことこのモデルでは全くの皆無。ソリッドでドライな身のこなしの感覚は、まさに特筆すべきレベルに達している。
加えて、そんな走りに「さすがはポルシェ」という信頼感をもたらしてくれるのがブレーキのフィーリング。ペダル踏力に応じて過剰さももの足りなさも加えることのないリニアな効き味や、繰り返しのハードブレーキングでもペダルタッチや減速感に何の変化ももたらさないタフネスぶりが、そうした印象を生み出してくれる原動力。22インチホイールの内側一杯に収まった存在感タップリのブレーキ・システムは、決して見栄えのよさを演じるために採用されたアクセサリーなどではないということだ。
ここまでのお膳立てが揃えられると、確かに「SUVでは邪道」とも受け取られかねない本格的なサーキット走行にもトライしてみたくなる。いや、実際に冒頭に掲げた“サーキット直結”というフレーズこそが、ウソ偽りなくこのモデルの生い立ちを示しているのだろう。