試乗記
新開発8速AT搭載、進化型「GRヤリス プロトタイプ」をターマックとグラベルで味わう
2024年1月12日 10:05
8速ATモデルも用意し、進化したGRヤリスが登場
世界のモータースポーツで活躍するGRヤリスが大きな進化を遂げた。この進化に合わせて新開発8速ATであるGAZOO Racing Direct Automatic Transmission(以下、GR-DAT)もお披露目された。
開発責任者である齋藤尚彦氏のプレゼンは、サーキットのピットというカジュアルな場で行なわれ、「ちょっとの進化です」と説明し始めたが、ボディを始め、エンジンのパワーアップ、インパネ、シートなど多岐に渡った大がかりなもので、いずれもモータースポーツからフィードバックされたビッグチェンジだった。
GRヤリスは小型でパワフルな4WDスポーツの面白さを我々に示してくれ、初めて乗ったときの感激は今も忘れない。乗り込むほどに面白さを見つけ出すことができたが、同時にさらにプラスαも望むようになった。
もっとも気になったところは、ハイスピードでターンインした直後、アクセルを踏んでいいものか判断に迷うことがあった。アウトに流れるのかインを向くのか自信が持てないのだ。
MT、ATにかかわらずサーキットで確認したかったのは、この点とパワーアップされたエンジン出力だった。
結論から言えば、今回の変更で応答性の不明瞭なところがかなり改善して意思どおりにターンインして姿勢を維持できるようになった。驚くほどライントレース性が高くなっている。
その爽快さをもたらしたのはフロントサスとボディとの締結ボルトを1本から3本にしたこと、ボディフロント部のスポット打点を13%増し、さらに構造用接着剤の塗布範囲を24%拡大したことが大きい。
そして次に素晴らしいのはエンジン。まるでファイナルドライブレシオを低くして大きな駆動力を得たような感じだ。実際はエンジンのブーストアップで、パワーは200kW(272PS)から224kW(304PS)へ、トルクは370Nm(37.7kgfm)から400Nm(40.8kgfm)へ向上した。
この出力アップにより、2速で回っていたコーナーが3速で行けるほど余裕がでた。アクセルのツキがよいエンジンはどのコーナーでも常にトルクバンドに乗せることができる。
この2点の変更でGRヤリスはさらにモータースポーツのベース車両としてのレベルが上がり、またまたGRヤリスが楽しくなった。
ドライバー優先のコクピットと、楽しみを広げる8速AT
コクピットまわりも大きな改善があった。センターディスプレイがドライバー側に向き、合わせて正面のメーターはGRカローラのような液晶を効果的に活かしたドライバーへの情報発信装置に変わった。GRドライバーからの意見を反映したメーターは、タコメーターで言えばギヤ段の表示と回転計が横バーでの表示もでき、感覚的にシフトできるようになったことが大きい。
エンジンのピックアップが鋭くなったことで、ドライバーは速い対処を要求される。この効果は大きい。
ドライビングポジションもスポ―ツカーに相応しく25mm低くなり、これに伴いシフトレバーも短くなっている。ショートストロークになってカチリと入るが、こちらは力の入らない現行型と好みの分かれるところだ。
さてもう一つの大きなトピックは8速ATだ。すでにレクサスはRC-Fがサーキットで先行しているようにトヨタはATのモータースポーツの可能性を長い間探っていた。出力が向上し4WDが普通になった現在では2ペダルの利点が見直されている。特にトルコンATになると普段使いでの使い勝手がよく、サーキットモードにするとそれに合わせたシフトをするなど、モータースポーツへの間口が広くなるのは間違いない。アマチュアにとっては夢のようなトランスミッションだ。
8速GR-DATでは、モータースポーツ用に変速クラッチに耐久性の高い摩擦材を使用し、大きなクリーリングシステムを追加することで長時間の使用にも耐えられる。簡単なようだが、小さなGRヤリスのエンジンルームに入るコンパクトな8速ATを開発するのはエンジニアリングにとって大きな挑戦だったに違いない。
専用開発のコンパクトな8速ATは、全日本ラリー選手権で鍛えられ、後半戦ではマニュアルシフトのJN2 GRヤリスに迫るタイムを出している。
重量はMTに比べて20kg増。これにラジエータなどのクーリングシステムが加わる。ややフロンヘビーになるが、サーキットとグラベル(ラリー車)の両方で乗れるとはうれしい。
ブレーキに合わせてシフトダウン
最初にサーキット試乗。スタートではMT車のようなパンチの効いた加速力はない。しかしシフトロスがなく、多段(8段)変速の利点で滑らかな変速を繰り返す。MTと比較しても遜色ないどころか、むしろ多段のメリットでコースによっては速い。
減速もブレーキに合わせてシフトダウンする。パドルシフトで変速することもできるがすべて8速GR-DATに任せてもいいだろう。無駄のない減速が可能だ。
ただ低速コーナーからの立ちあがりでは、アクセルを踏み込むと反応が一瞬遅れてから加速となりトルコンATであることを思い出す。中速コーナーでは、ちょうどトルクバンドに乗った回転域を維持して姿勢安定性が高く、アクセルコントロールもしやすい。
GRヤリスの太いエンジントルクと8速GR-DATの組み合わせは、驚くほど相性がよい。微妙な姿勢コントロールができることで2ペダルスポーツカーの可能性を広げた。
ドライビングはMT車とは別の操作が必要と感じたが、ドライバーにとっても面白いチャレンジになるだろう。
グラベルでの印象は?
さて次はグラベルでのラリー車。ラリーキットを組み込んだ現行型MTのテスト車とラリチャレ仕様の8速GR-DAT。ラリー車は早川副会長がラリーチャレンジで乗っていた車両そのものだ。
外装パーツにも触れておこう。ラリーは時としてコースオフでクラッシュもする。運よく戻れて外装にダメージを受けた場合、交換する必要のある外装部品にも工夫が凝らされた。
例えばGRヤリスのバンパーは一体式だが、進化型では3分割タイプに変更になった。破損した部分だけを交換できるようになったのだ。これも実戦からのフィードバックで参加者にとって細かい気配りはありがたい。さらにリアランプも上部に集約された。現行では上下に分割されていたために、リアバンパーを損傷した時の交換作業に手間がかかっていた。
グラベルでの試乗は、MTでは2速-4速で走るような面白いコースだった。ピックアップのよいエンジンと4WDシステムであるGR-FOURシステムの駆動力制御は思い切りクルマを振り回せる。
コーナーでは最初に大きくGRヤリスの姿勢を作ればフロントで引っ張り、リアはアクセルコントロールでテールアウトの姿勢にできる。ただ360度ターンはキレイに回るのは難しい。
一方、GR-DAT、つまり8速AT車の方は実戦仕様でサイドブレーキが床から垂直に生えたラリー車にはありがたい装備付き。左足でブレーキを踏みつつアクセルを足してポンとスタートさせる。少し間をおいてからジワリとスタートする。ここまではサーキットで感じたのと同じだ。しかしシケインでは軽くブレーキを使って姿勢を整えてから、左右にステアリングを切り返しても最小の姿勢変化で収まる。
中速コーナー手前では軽くアクセルオフをして姿勢を作り、コーナーにあったギヤを維持して非常に安定した姿勢で疾駆する。しかもステアリングレスポンスが明快でドリフト角も小さくて済む。トラクションが掛かかかるのでグングンと速度が出せるのだ。この速度域は8速GR-DATの得意な範囲となる。
タイムラグを感じたのはやはり速度が落ちる360度ターンだった。自分の場合はアクセターンをするタイミングが少しずれてプッシュアンダーになってしまった。こうなるとサイドブレーキを引いてもすでに手遅れで、フロントがグリップするのを待つだけだ。
試乗後に納得がいかなかったので、気さくな勝田範彦選手に聞いてみた。ノリさんが言うには左足でブレーキを踏んで右足もアクセルを踏んでいるとのこと。「なるほど」と納得! 同時にアクセルをコントロールしながらブレーキを踏み込む。ブーストを上げておけばフロントがグリップしてターンインした後にアクセルターンもしやすい。サイドブレーキも有効に使える。GRヤリスの場合、サイドブレーキを引くと駆動力が切り離されるのでATでも有効だ。コース上にいる最後の砦としてサイドブレーキは大きな武器になる。
ターマックの全日本ラリーを観戦していたが、眞貝選手のDAT車はMT車と比べてコースをなめるようにグリップしていくのが印象的だった。鋭角的に旋回していくMT車に対してラインを大きくとっていた。派手さはないがコーナリング速度を落とさないように旋回していく。タイムを見るとわるくない。特に高速でリズミカルに走るシーンで有利なように感じた。
自分はと言えばもう一度ATの運転をやり直さなければ……。