ニュース
新型8速スポーツAT搭載「GRヤリス」(プロトタイプ)は多くの人が楽しめるスポーツカーだった モリゾウ選手の思いを込めて開発中
2022年8月23日 11:30
新型8速スポーツATを搭載するGRヤリス(プロトタイプ)
TOYOTA GAZOO ラリーチャレンジ(以下、ラリチャレ)という一般参加可能なラリーのフィールドで、GRヤリスに搭載され開発が行なわれているのがトヨタ自動車の新型8速スポーツATになる。最高出力200kW(272PS)、最大トルク370Nm(37.7kgfm)というGRヤリスの強大なトルクを伝えるため、CVTといったベルトではなく、遊星歯車ギヤセットを使ったいわゆるステップATとして開発。さらに変速プログラムも燃費志向ではなく、競技に持ち出しても楽しめるものを目指している。
この新型8速スポーツATを搭載するGRヤリス8速AT仕様(プロトタイプ)に試乗する機会があったので、ここにお届けする。
GRヤリス8速AT仕様を担当する齋藤尚彦氏によると、そもそもの開発のきっかけは、同社の社長でありマスタードライバーでもある豊田章男氏の思いにあるという。トヨタはモータースポーツも楽しめるスポーツカーとしてGRヤリスを発売し、GRパーツとしてスポーツキットなどのアイテムも用意。今では全日本ラリーやスーパー耐久というトップクラスのモータースポーツで多くのGRヤリスを見るようになり、モータースポーツを楽しめるスポーツカーとしてGRヤリスは成長し続けている。
しかしながら、トップクラスのモータースポーツの現場に持ち込まれるGRヤリスは高出力タイプのエンジンを搭載し、6速MTを搭載するグレードのみで、2ペダルドライブ可能な自動変速タイプのGRヤリス(CVT車)は戦闘力の問題で選ばれることはほとんどない。AT車でもMT車並みの戦闘力があれば、AT車を選ぶ人が増え、モータースポーツをより多くの人が手軽に楽しめるようになるのは間違いない。GRヤリス8速AT仕様の開発の背景には、「多くの人にスポーツカーでモータースポーツを楽しんでもらいたい」という自動車会社の社長としての思い、1人のラリードライバーであるモリゾウ選手としての思いがあるという。
そのため新型8速スポーツATは、マニュアル変速より速く走ることのできる自動変速機を目指して開発されており、トヨタラリーチャレンジという実際のラリーの場で鍛え上げられているのが特徴になる。
これは、豊田章男社長が打ち出している「モータースポーツ起点のクルマづくり」を実践するものであり、ラリチャレというシリーズ戦の場で進化を続けている。
プロとアマ、両面から開発されているGRヤリス8速AT仕様
この新型8速スポーツAT搭載GRヤリスの開発は、プロドライバーとアマチュアドライバーの両面から開発されているのも特徴になる。プロドライバーの代表が勝田範彦選手。全日本ラリー選手権を9度も制覇した日本トップクラスのラリードライバーになる。
一方、アマチュア代表がトヨタ自動車 副会長の早川茂氏。ラリチャレで新型8速スポーツAT仕様のGRヤリスをドライブするのは早川副会長で、勝田範彦選手が速さの面から新型8速スポーツATを突き詰めていくのに対し、早川副会長はアマチュアならではの使い方で新型8速スポーツATに足りないところを見つけている。
もちろんGRヤリス8速AT仕様の生みの親でもありトヨタ自動車のマスタードライバーであるモリゾウ選手こと豊田章男社長も開発に携わる。そこにトヨタ開発陣も加わり、トヨタとして本気で開発しているクルマになる。市販化については未定だが、なるべく近い時期に量産化されるのを期待したい。
新型8速スポーツATを搭載するGRヤリスに試乗
実際、開発に携わる齋藤氏に市販化について聞いてみたところ、解決すべき問題点も多いという。とくに走りを志向したシフトタイミングの部分とか、大トルクエンジンを受け止めるために発生する熱の処理などが大変とのこと。「Dレンジで走ってもMTよりも速く走ることができると面白いと思いませんか?」(齋藤氏)と、非常に高い目標で開発されているため、よいとろころを伸ばしつつ、ネガをつぶすという作業も膨大にあるようだ。
今回の試乗は、GR Garage 宇都宮つくるま工房のつくるまサーキット那須にあるダートコースで実施。6速MTのGRヤリスと、新型8速スポーツATのGRヤリスを乗り比べることができた。さらに、コドライバーには開発ドライバーである勝田範彦選手が加わる。全日本を9度制覇したチャンピオンを乗せて走るのはドキドキものだが、ふと10年以上前にNEXCO東日本の雪道ドライブレッスンでも勝田選手に横に乗っていただいたことを思い出した。勝田選手もそれを覚えていてくれ、ドキドキもちょっと収まった。
ダートでひさびさに乗る6速MTのGRヤリスは相変わらずパワフル。スタート直後のS字で速度がぐんぐん乗っていくし、S字を抜けた360度ショートターンではくるりと向きを変えていく。ただ、加速時はMT操作が追いつくものの、減速時、さらにショートターンでサイドブレーキを引くなどの操作になると、記者程度の能力では操作が追いつかなくなる。結局サイドブレーキ操作は勝田選手に任せてしまった。
そして、いよいよGRヤリス8速AT仕様に試乗。コドラも同じく勝田選手。ATなので当たり前だが半クラッチの必要がなくエンストの心配もなく発進できる。緊張の度合いの高い場面だが、MTよりも圧倒的にリラックスして発進できるのは改めて新鮮な気持ちとなった。
勝田選手が「踏んで、踏んで~」というのもあり、アクセルをじわりと70%程度踏み込む(全部はさすがに踏めませんでした)と、最大トルク370NmのGRヤリスはそれでも爆発的な加速を示す。スタートしてすぐにS字があるのだが、8速AT仕様のGRヤリスは6速MT仕様よりもきれいにS字を抜けていける。ATのためシフト操作をすることなく変速、ぐいぐいスピードが乗っていく。ステアリング操作に集中することができるのは楽しい。
その後の360度ショートターンの減速も楽だ。回転を合わせる操作も不要で、ブレーキを踏み荷重を前に移動させつつステアリングを切り込み、さらにサイドブレーキを引いてリアをブレークさせる。さらにそこでぐんぐん踏み込めばクルクル回ってくれる。あれやって、これやってという操作がなくダートを楽しく走ることができる。
もちろんMTを操作しなれている人であれば一連の操作は体にたたき込まれているためそれほど負荷はないのだが、ATに乗り慣れている人にとっては大変な作業になる。なにより、これまでMTでしか楽しめなかった領域に、AT免許の人でも入っていけるのはスポーツの裾野が広がることにつながる。スポーツの裾野が広がればスポーツ全体が活性化することにつながり、そういった意味でもこの新型8速スポーツAT搭載GRヤリスの登場は待ち遠しいものだ。
気になる点としては、6速MTのGRヤリスに比べて8速ATのGRヤリスはフロント部分の重さを感じること。ただ、それがネガにつながっているのかというと、加速時のS字コーナーではフロントの荷重が抜けにくく、MTよりもスムーズな走行につながった。滑りやすい路面などでは、ある程度フロントに荷重があったほうがブレーキングによる荷重を入れることなくステアリング操作を効かせやすいため、初心者から中級者にとってうれしい傾向となる。齋藤氏によると、トルクコンバータ+8速ギヤのトランスミッションの重さは、乾式クラッチ+6速ギヤのトランスミッションより重量があるとのこと。最終的なバランスはこれからとなるが、雪道などでも扱いやすいフロント荷重を作ることができると、6速MTを超えるシチュエーションが増えるのかもしれない。
また、踏み込んでいるときはがっつりトルクがかかる8速ATだが、コーナー進入時に、結構アクセルを緩めてしまうと再加速の際にもたついてしまった。これはドライバーが曖昧な操作をしてしまったがゆえに起きてしまったことだと思われるが、がっつりトルクがかかる部分は残しつつ、曖昧な操作からの復帰もカバーするようなシフトプログラムに作り込まれているとうれしい。もちろん曖昧な操作をするドライバーの問題でもあるのだが、懐の深さが出るようなプログラムの作り込みに期待したい。
ステアリングとアクセル・ブレーキ操作に集中でき、運転がとっても楽しい8速スポーツAT搭載GRヤリス
8速スポーツAT搭載GRヤリスの開発はTOYOTA GAZOO ラリーチャレンジを舞台にしてまだまだ続くようだが、現時点でもステアリングとアクセル・ブレーキ操作に集中できる、運転がとっても楽しいスポーツカーだった。価格や普段使いの燃費なども気になるところだが、シフト操作なく本気でスポーツできるクルマだった。
もちろんシフト操作が必要な際は、クラッチレスでシフトできるようになっており、シフトパターンもこれまでのトヨタ車とは逆方向の、手前がシフトアップ、奥がシフトダウンとなっている。これも、マスタードライバーである豊田章男氏の指摘によって変更されたところで、市販化へ向けてさまざまな面から検討中とのことだ。
この8速スポーツAT搭載GRヤリスが発売されれば、多くの人がよりモータースポーツを楽しめるようになるのは間違いない。この時代に本気でスポーツのためのATを新開発しているトヨタには期待したいし、よく考えるとラリチャレではカーボンニュートラル燃料のGRヤリスもテストされている。そう考えると8速スポーツAT搭載GRヤリスは、いろいろな意味でモータースポーツの新しい時代を切り開いていくクルマになるのかもしれない。