試乗記

BMWの実証実験車両「iX5 ハイドロジェン」試乗 FCEVもBMWらしい躍動感あり

BMWの実証実験車両「iX5 Hydrogen」に試乗

トヨタの技術も活用

 常に新しい技術にチャレンジするBMW。そして「駆け抜ける歓び」を標榜するBMWは生産するどのモデルもドライブする高揚感を感じさせる。

 BMWはどの国のニーズにも応えられるよう、バリエーション豊富なパワートレーンを用意している。欧州では規制強化に則って電動化を進めており、日本でもいつの間にかiのつくBEV(バッテリ電気自動車)をシリーズに加えている。最新の「X1」もディーゼル、ガソリンの内燃機関に加えてBEVもあって選択肢は広い。2023-2024 日本カー・オブ・ザ・イヤーのインポート・カー・オブ・ザ・イヤーに選定されたのもX1シリーズだ。

 そしてもう1つのゼロエミッションへの手段として水素の活用を模索しているが、水素を使ったFCEV(燃料電池車)の実証実験を日本でも開始した。モデルは「iX5 Hydrogen」。2023年、BMW AGの代表取締役社長兼会長であるオリバー・ツィプセ氏が自ら日本でプレゼンテーションを行ない、燃料電池への参入と意義を表明しており、いよいよ実車となってやってきた

 もともとBMWは水素のポテンシャルに対して造詣が深く、2000年代の初めには内燃機関の水素エンジン車を開発し、日本でもデモランを行なった。当時は水素に対する理解が低く、車両を搬入するには多くの障害があったと聞く。それを乗り超えてのデモ走行は多くのジャーナリストの記憶に残った。

 さてiX5 Hydrogenの基本構成は700barの水素タンクを2本搭載して貯蔵量は6kg。この水素を燃料スタックによって電気と水に分解し、作り出した電気で駆動するシステム。この燃料電池システムは技術協力関係にあるトヨタ自動車の技術も活用し、BMW独自の技術を使ってSUVのiX5用に開発したものだ。生産はミュンヘンの研究開発センター内にあるパイロット工場で行なわれる。BMWの参入により欧州でもFCEVの関心が高まり、クリーンエネルギーへの選択肢が広がることが期待される。

iX5 Hydrogenは700barの水素タンクを2本搭載し、最高出力295kW(401PS)、0-100km/h加速6秒未満というスペックを誇る。一充填走行距離(WLTPモード)は504km
iX5 Hydrogenのインテリア

 出力は295kW(401PS)あり、0-100km/hは6秒を切るという。一充填走行距離は504kmとトヨタ「MIRAI」の850kmより航続距離が短いのは、MIRAIの水素タンク3本に対してBMWは2本のためだ(水素タンクはトヨタのセルを使用する)。水素の消費率はWLTCによると119km/kgとなっている。

MIRAIの穏やかさとはキャラクターが異なる

 実際に市街地から高速道路まで試走してみた。スタートでオッと感じたのは、いかにもBMWらしい音の演出だ。燃料電池システムから出るノイズではなく、電気らしい心地よさのある加速音はBMWの走りへのこだわりを表現したものだと響いた。内燃機関とは違う未来的な音でFCEVらしさがある。フューエルセル・スタックの作動音はほぼゼロで、聞こえるのは電気的に作られた音とロードノイズばかりだ。

 市販を前提としない試験車両はACCやブラインドスポットモニターもない左ハンドル車で、タイヤは315/30R22という大きなものを履く。これも将来の大径タイヤを見据えた採用と思われるが、さすがにこのサイズ、ロードノイズは大きくなる。

 車両重量は公表されていないが、2.4tぐらいだろうか。かなりの重量級だがBMWらしさは中間加速とステアリング・レスポンスに優れたハンドリングにあった。

 まずランプウェイの加速が素晴らしく、アッという間に高速レーンに乗っていく。ステアリングの手応えはしっかりして直進安定性も高いため、ドライバーはさほど緊張することなくハンドルに手を添えていればよい。高速直進性も優れており路面の凹凸に対してもステアリングに軽く手を添えているだけで済む。

 乗り心地は多少硬めだが基本がしっかりして突き上げはそれほどない。ただし幅広大径タイヤらしいコツコツした感触はどうしても残ってしまう。ブレーキタッチもよく、ストロークも確保されてコントロール性は高い。回生ブレーキは頻繁に入るが、ワンペダルドライブのような強い回生力はなく、軽いエンジンブレーキ程度に抑えられている。

 ドライブモードではノーマルよりアクセルゲインが高いSPORTの方がメリハリがあってBMWらしいと感じた。実証実験車両のiX5 Hydrogenはおよそ100台が作られた程度で、まだまだこれからのチューニングになる。まずはフューエルセルシステムの経験値を蓄積することが目下の課題だ。

 今やアウトバーンでも速度規制が多くなっており、BMWでもFCEVは185km/hでリミッターがかかるとされているが、高速クルーズからでも一気に加速できるのがiX5 Hydogenの魅力だ。SUVとしてこれから世界中の過酷な条件下で行なわれる実証実験はFCEVを鍛えていくに違いない。

 BMWの作るFCEVは瞬発力のあるEVならではの特徴を生かしたBMWらしい躍動感のある設定で、MIRAIの穏やかさとはキャラクターが異なっている。同じコンポーネンツを使っても使い分けができることが分かったことは今回の試乗での収穫だ。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。

Photo:高橋 学