ニュース

BMW、トヨタ水素ファクトリー 山形プレジデントも参加した水素エネルギーのシンポジウム

「BMW GROUP Tokyo Bay」で水素利用についてのシンポジウムが開催された

 ビー・エム・ダブリューは7月26日、東京・お台場にある「BMW GROUP Tokyo Bay」で「カーボンニュートラリティのキーテクノロジー~水素の利活用推進~」と題するシンポジウムを開催した。

 BMWグループは2050年までにバリューチェーン全体でのクライメイト・ニュートラル(気候中立)を達成するという目標を掲げ、BEV(バッテリ電気自動車)やFCEV(燃料電池車)の開発に取り組んでおり、このシンポジウム開催に先立つ7月25日、燃料電池実験車両「iX5 Hydrogen(アイエックスファイブ・ハイドロジェン)」を使った実証実験を日本で2023年末までの予定で行なうことを発表している。

BMW「iX5 Hydrogen」を展示
ボンネット下に燃料電池システムを搭載

基調講演「燃料電池車技術紹介/欧州での展望」

BMWグループ 水素燃料電池テクノロジー・プロジェクト本部長 ユルゲン・グルドナー氏

 シンポジウムでは最初に、BMWグループ 水素燃料電池テクノロジー・プロジェクト本部長 ユルゲン・グルドナー氏が基調講演「燃料電池車技術紹介/欧州での展望」を行なった。

 グルドナー氏はBMWが水素技術を追及している理由について、BMWではこれまでに、エンジン内で水素を直接燃焼させる「ハイドロジェン 7」と名付けたモデルを開発するプロジェクトに取り組んできたが、この研究によってとくに乗用車では水素の直接燃焼は効率の面で課題があると突き止めたことで、現在は水素を発電に使う燃料電池に方針転換。これと合わせて10年前の2013年に、トヨタ自動車とFCシステムなどの開発で協業する正式契約を締結して燃料電池の開発を続けてきた。また、貯蔵が容易であるという理由から、このタイミングで使用する水素を液体から気体に切り替えているという。

 BMWでは企業の持続可能性について以前から研究を進めており、パリ協定でのコミットメント実現に向けた取り組みを実現するためには「可能な限りの技術を活用すること」が必要で、1つの技術に注力するのではなくあらゆる技術を駆使することが求められ、商品の利用期間だけではなく、ライフサイクル全体を考えることが重要となり、この2点から未来のエネルギーシステムは電気に依存することになり、車両の電動化では水素をペアにすることが必要だと結論付けている。

パリ協定でのコミットメント実現に向けて「可能な限りの技術を活用すること」が必要

 脱炭素化では太陽光や風力といった再生可能な発電方法が注目されているが、ただ電気を作り出すだけでは気候変動などの課題の解決には不十分で、2019年に開催されたG20 大阪サミットに向け、日本政府の要請でIEA(国際エネルギー機関)がまとめた報告書では、水素の役割を「エネルギーキャリア」と規定したことがこれを示しているという。

 これは電気をそのまま長期間保存しておくことが難しく、夏期の日照で発電した電気を水素に変換して冬期まで保管するといった利用方法や、現在世界で広く利用されている原油や天然ガス、石炭のように算出された地域から遠くまで運んでいけるエネルギーのように、将来的には水素を使うことで同じように輸送できるようにならなければならないとグルドナー氏は説明。例えば再生可能エネルギーとして発電した電力を欧州の各地、北米、中東などで流通させようとしても電力網がつながっていないため、水素に形を変えなければ使うことはできない。また、鉄鋼、製鉄、セメント製造、化学プロセスの一部など産業によっては、再生可能エネルギーから生み出した水素を気体のまま燃料として利用するアプリケーションも考えられるなど、水素は電気に加えてエネルギートランジションを補完するものになると考えられているとした。

再生可能エネルギーを水素の変換して貯蔵、輸送する

 モビリティではBEVとFCEVは相互補完するものとして機能し、メーカーとしては道路でどんなことが起きているのかをしっかりと把握し、ユーザーとユースケースの両方を眼が得ていく必要がある。基本的には車両が大きくなるほどBEVよりFCEVのほうが合理的になる傾向となっており、これにインフラ整備の課題も合わせて考える必要がある。エネルギーシステムは全体像として捉える必要があり、さらにライフサイクル、原材料などについても考慮すべきだと概略を語った。

「BEVとFCEVは相互補完するものとして機能する」とグルドナー氏

 技術面では、BMWはBEVとFCEVの両方を手がけており、どちらも同じようにモーターを駆動力に使っているが、唯一異なるのはFCEVはエネルギーを電気ではなく水素で貯蔵するところ。似たような技術となっていることでコンパチビリティを備え、最終的にはユーザーが自分に必要な技術はどちらになるのか選ぶことになる。

 FCEVの一番重要なメリットは、水素の充填は3~4分で完了するということ。これは既存のガソリンエンジン、ディーゼルエンジンで燃料補給するときと同じような感覚で、逆にBEVは充電が大きなネックとなっている。自宅に充電設備を用意できれば充電は簡単で、自宅にソーラーパネルなどが設置されていて自分たちで発電できる環境ならBEVはパーフェクトな選択だが、そうではないケースの場合、とくに東京のような大都市に住んでいて充電環境が整っていない場合にはFCEVの方が利便性が高いケースもあるという。また、長距離移動をする人、自然環境が厳しくクルマに対する依存度が高い人、充電に長い時間を取られたくない人などはFCEVの方が利便性が高くなると説明した。

BEVとFCEVはコンパティビリティを備える
充電設備を利用しにくい人、長距離移動をする人などはFCEVの方が利便性が高い

 FCEVでは水素ステーションの設置が必要になるが、コンサルティング会社の米マッキンゼーの試算によると、2050年に公道を走るすべての車両がBEVになった場合の固定資産投資総額を100として、その一部にFCEVが利用されたケースでは、割合が低い場合でも投資総額を20%、割合が高い場合は投資総額を34%低く抑えることが可能になると結論付けている。水素ステーションの設置といったインフラ整備のコストを含めてもBEVだけが普及するよりも経済性が高いとの結果となっており、合わせて水素ステーションは商用車向けと乗用車向けを別々に用意するより、1か所に集約する方が強固な送電施設や変圧器を併用できて最も費用対効果が高まると分析している。

 世界で稼働している水素ステーションの設置数については地図上に国別、地域別の設置数を表示して詳しく紹介。2023年3月現在で、アジア・太平洋地域では650か所以上、欧州・中東では276か所、北米・中南米では116か所となっており、EUではマッキンゼーの試算のような研究結果を反映して「これが次世代の基礎になるプラットフォームである」との考えから、欧州全土にBEVの充電施設と水素ステーションの設置を義務付けて推進。充電施設や水素ステーションで電動化された車両がエネルギーチャージできるようになり、そうした相乗効果でBEVやFCEVが普及してインフラとして拡大していくことを意味すると述べた。

すべてがBEVになるよりFCEVも普及するほうが投資総額を抑えられるとの試算
2023年3月現在で世界に1000か所以上の水素ステーションが設置されている

 前出のように、BMWではかつて液体の水素をエンジンで直接燃焼させる技術に取り組んでいたが、10年前からはトヨタとの協業で気体の水素で発電するFCEVに変更し、これについてグルドナー氏は「非常に成功した」と評価。日本で2023年末まで実証実験を行なうiX5 Hydrogenに搭載する燃料電池技術は、トヨタの「ミライ」(2代目)とまったく同じものを搭載しており、開発ではスタックの設計、システム開発、水素タンクなどさまざまな部分でコラボレーションしている。

トヨタとの協業を契機に気体の水素で発電するFCEVにスイッチ

 iX5 Hydrogenの技術データとしては、電量電池システムは125kW(170HP)相当のパワーを継続的に発生可能で、170kWのバッテリーと組み合わせて運用することによって合計出力295kW(401HP)を発生。最高速は約185km/h、0-100km/h加速は6秒というスペックだが、ドイツ国内にあるアウトバーンでは瞬間的に200km/hを超えるシーンもあったとグルドナー氏は明かし、パワフルさをアピールした。

 BMWグループとしての電動化戦略では、このiX5 HydrogenはBEVにおける「MINI E」「BMW Active E」などと同様の「パイロット車両」と位置付けられるモデル。世界各地に派遣されてユーザーにBMWが持つ技術を体験してもらい、さまざまな環境下で走行してフィードバックを集めることが役目となっており、BEVで量産モデルの「i3」が発売されたように、BMWのFCEVがどのタイミングでユーザーに受け入れてもらえるかを検討しているという。

 BEVであるBMW iの各モデルはこの10年間で大きな成功を収めているが、さまざまな都合からBEVに乗り替えることができない人に向けたゼロエミッションビークルの受け皿として、少し先の未来を見据えたプランニングとしてFCEVの展開を開始。完全電動化に向けてBEVとFCEVの合わせ技で展開していくとの考えを示した。

iX5 Hydrogenの技術データ
BEVと同じように、パイロット車両のiX5 Hydrogenによってさまざまなフィードバックを集めている

基調講演「水素関連技術紹介と将来戦略」

トヨタ自動車株式会社 水素ファクトリー プレジデント 山形光正氏

 グルドナー氏に続き、トヨタ自動車 水素ファクトリー プレジデント 山形光正氏が「水素関連技術紹介と将来戦略」と題して基調講演を実施。

 トヨタでは、6月からスタートした佐藤恒治社長による新体制で掲げた「Toyota Mobility Concept」のテーマに基づき、「クルマの価値の拡張」「モビリティの拡張」「社会システム化」という3点を軸として自動車会社からモビリティカンパニーへの変化を進めている。技術的には「電動化」「知能化」「多様化」についてさまざまなパートナーとのコラボレーションも行ないつつ取り組むことになり、シンポジウムのテーマである水素については電動化に関わる技術となる。

 電動化でトヨタは「マルチパスウェイ」という方向性を採り、世界中にいるさまざまな環境のユーザーのニーズに対応するため多彩な技術の準備を進めている。FCEVでは「商用車を軸に量産化」が現在のテーマになっているが、これは別に「乗用車はもう終わり」ということではないとのこと。

トヨタが進めている「マルチパスウェイ」で、FCEVは「商用車を軸に量産化」が現在のテーマになっている

 水素については「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」という4つの要素を同時に進めることで普及を後押し。たくさんの水素を使うようにすることで関連する事業者がビジネスとしてしっかり成立することがターゲットになっている。水素の使用量を拡大するために、モビリティの領域では商用車のFCEV化が大きな要素になる。例として紹介したグラフは燃料消費率に走行距離を掛けた年間水素消費量の比較となっており、乗用車のミライの消費量を1とした場合、国内物流で数多く利用されている25tクラスの大型トラックは62倍、米国や欧州、中国などで走行している40t超のトレーラートラックになると119倍の水素を消費する試算となり、FCEVの商用車を増やして水素の市場が拡大すると、これに合わせて乗用車のFCEVもより走りやすい環境が整っていき、水素社会が進歩していくとの狙いを説明した。

水素を「つくる」「はこぶ」「ためる」「つかう」という4要素で同時に進めている
乗用車よりも多くの水素を必要とする大型の商用車をFCEVに置き換え、水素の消費量を増やして事業者のビジネスを後押し

 日本国内での具体的な取り組みでは、経済産業省、資源エネルギー庁などとも連携したプロジェクトが進められており、東京と大阪を結ぶ「東名阪ルート」、東京と福島を結ぶ「東北ルート」の2種類で「幹線モデル」を設定。高速道路に水素インフラを整備して、物流の大型トラックが大量の水素を消費することに加え、要所に限定した最低限の水素ステーションで定期的に水素が充填されていく事業者にとっても効率のいいビジネスモデルとなる。もちろん、高速道路に水素ステーションが設置されることにより、ミライやiX5 Hydrogenといった乗用車のFCEVユーザーにとってもロングドライブの不安が解消されるメリットになっていく。

 また、幹線モデルで運ばれた荷物が、日本各地の約160か所に開設されている既存の水素ステーションをハブとして、FCEVの小型トラックで小売店などに届けられていく「地方都市モデル」と連動。無理のない投資で水素社会を効率的に拡大していくキーになると解説した。

 欧州での展開については、5月にトヨタとダイムラートラック、三菱ふそうトラック・バス、日野自動車の4社での協業を発表。この枠組みによって欧州でも商用車でのFCEVによる積極的な水素利用についても進めていけるのではないかとの展望をについて語っている。

「幹線モデル」と「地方都市モデル」の2種類で水素消費を拡大
ダイムラートラックとの協業により、欧州における商用車での水素利用を高めていく計画

 燃料電池技術の技術解説も行なわれ、燃料電池で最も重要なのは酸素と水素を反応させて発電するセルで、この技術についてトヨタでは30年にわたり研究開発を進めてきた。これまでに世界初の計測技術を生み出し、高レベルのセルを安定して量産する技術についても内製化。これらの取り組みにより、この20年でFCスタックの出力密度は50倍にまで向上し、燃費は2.4倍改善。システムコストは60分の1にまで引き下げることに成功しているという。さらに次期モデルとなる3代目のミライではシステムコストの半減を目指して開発を進めているとのことだ。

 ミライで培ったFCシステムは汎用性が高く、これまでに大型トラックやフォークリフト、船舶といったモビリティで活用されており、トヨタではさらにコンポーネントごとのアッセンブリーとして仕上げ、モジュール化することによってより幅広い分野でFCシステムを利用してもらえるよう取り組みを進め、このチャレンジを通じて水素社会の実現に貢献していきたいと意気込みを語った。

30年にわたって培ってきた燃料電池技術で、高レベルのセルを安定して量産できるようになっている
20年で燃料電池のさまざまな性能が大きく進化
FCシステムをモジュール化することで、より幅広い分野でFCシステムを利用してもらえるよう取り組んでいる

 モビリティ以外での活用では、燃料電池の技術を工場施設のカーボンニュートラル化に活用。福島県で自動車用エアコンを製造するデンソー福島では、3月からトヨタのFCスタックを流用した「水電解装置」が稼働。酸素と水素を反応させて電気を取り出し、この電気でモーターを駆動させるFCEVの仕組みを逆転させ、水を電気分解することで酸素と水素を発生。ここで取り出した水素を水素バーナーで燃焼させ、製品製造で行なう熱処理の工程に水素を使ってカーボンニュートラルにつなげている。

3月からデンソー福島で「水電解装置」が稼働

 最後にBMWとの連携について説明を行ない、車両では初代ミライの技術を使用した「5シリーズ GT」のFCEVに続き、2代目ミライの技術でiX5 Hydrogenが生み出され、さまざまな研究開発を共に行なっているという。ほかにもBMWのように価値観の近いパートナーと協力して仕事を進められていることはトヨタとしても非常に光栄なことだと感謝の言葉を述べ、同じ価値観を共有するパートナーと水素社会の実現に向かってこれからも取り組んでいきたいと語った。

同じ価値観を共有するパートナーと水素社会の実現に向かってこれからも取り組んでいきたいと山形氏

基調講演「水素エネルギー普及への課題」

水素クリエーター 木村達三郎氏

 水素クリエーター 木村達三郎氏は、企業などに属さないフリーランスという立場から「水素エネルギー普及への課題」と題して基調講演を行なった。

 木村氏は最初に、4月の関係閣僚会議で定められた水素に関する新しい基本戦略について紹介。この基本になっているのは2月に閣議決定された「GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」で、これによって再生可能エネルギーの導入拡大と水素利用が一体になったことを示していると分析。

4月の関係閣僚会議で定められた水素に関する新しい基本戦略

 また、経済産業省が公表している「水素社会実現に向けた制作の骨格(案)」という資料を示し、「2040年の水素導入の目標値となる1200万tという数値が明らかになっているが、これはおそらく海外からも輸入しなければ達成できない」「日本企業として15GW程度というかなり大きな水素製造装置の開発に関わっていくと書かれており、産業における水素戦略、水素保安戦略となり、規制緩和を含めた制度整備を行なっていくという基本線が明確化されている」という点が大きなポイントになっていると説明。これまでは自動車産業と家庭用燃料電離の2本柱となっていたところから、さらに産業で利用される熱源にどのように水素を採り入れていくのか、包括的な基本戦略が作られていると解説した。

「水素社会実現に向けた制作の骨格(案)」
改訂された水素基本戦略では水素の熱源としての利用、アンモニアの活用などにも触れられている

 今回の政策決定に至るまでには約10年に渡る検討が続けられており、当初は水素だけで進められていた内容に再生可能エネルギーが組み込まれ、さまざまな要素について詳細に、目標年度での数値目標なども設定しながら組み上げられてきた。ここで重要なことは、国として基本戦略やロードマップを作成して広く示すことにより、十分な予見可能性を国が担保していくことで、民間企業の投資が促進されることだと述べた。

 また、水素戦略と一体化した「GX推進法」「GX脱炭素電源法」ではこれからの10年で20兆円の予算を付け、関連する制度を制定。さらに10年間で150兆円の民間投資をうながすことで脱炭素化、2050年のカーボンニュートラルを目指していくことが真の狙いになっていると説明した。

予見可能性を国が担保することで民間企業の投資が促進されることが重要だと木村氏
「GX推進法」と「GX脱炭素電源法」について

 このほか、全42ページに渡る水素基本戦略(改訂版)の関係閣僚会議の決定内容からクルマに関連する部分を抜粋して紹介。具体策として「燃料電池ビジネスの産業化」「世界を視野に入れた戦略の構築」「マザーマーケットである我が国における需要の拡大」を3本の柱として定めており、このほかに水素ステーションの整備では、前段の山形氏の基調講演でも取り上げられているように、乗用車に限らず商用車についても対応する「マルチステーション」を開発していくこと、FCEVのさらなる普及を促進するため、現在は高圧対応の70MPa仕様の水素タンクを、コストダウンに向けた35MPa仕様の水素タンクを用意して経済性を高めることを可能にする法規制の改正なども言及されている。

水素基本戦略(改訂版)からクルマに関連する部分を抜粋して紹介

 政府による水素戦略の解説が終わったあと、自身でもミライを所有するFCEVオーナーとしての体験を紹介。木村氏が研究員として働いている東京大学 先端科学技術研究センターでオープンキャンパスを実施したときにもミライからの外部給電を利用。電子楽器やモニターなどを水素から作った電気で動かすデモを行なった。今月は都内から高野山までの片道500km以上というロングドライブを敢行。なんの支障もなく往復できたことでFCEVの実用性を体感し、ほかにも日常的にストレスフリーで、モーター走行ならではとなる軽快なアクセルレスポンスも素晴らしいと絶賛。エンジンがないので振動することもなく、静かでJBLのプレミアムサウンドシステムでクラシックを楽しみながらドライブでき、なにより排出ガスを出しながら走っているという罪悪感から解放されることはFCEVに乗る大きな意義になるとアピールした。

東京大学で行なわれたオープンキャンパスで、水素から作った電気で電子楽器やモニターなどを動かすデモを披露
FCEVを所有した感想

 FCEVの普及に向けた課題としては、「生産者」「流通(インフラ)」「消費者(一般・商用)」「政策・ファイナンス」と立場ごとに異なる問題点を分析。どの分野に置いてもコストをどのようにして下げていくかが最大の課題になり、水素から電気を取り出すFCスタックなどについては技術の進歩によって小型化や高出力化が図られているが、車両に水素を蓄える技術では課題が残っているとした。また、FCEVに対するリテラシーを高め、BEVとFCEVがが共存する社会を目指していかなければいけないと説明した。

FCEVの普及に向けた課題

パネル・ディスカッション

5人の登壇者によるパネル・ディスカッションも行なわれた

 第2部のパネル・ディスカッションでは、国際モータージャーナリストの清水和夫氏がモデレーターを担当。基調講演で登壇した3氏のほか、iX5 Hydrogenのプロジェクト・マネージャーを務めたロバート・ハラス氏のパネリストとして参加して議論が進められた。

 まず清水氏は、iX5 Hydrogenではミライと同じFCスタックなどを使いながら、どのようにしてBMWらしいクルマ造りをしたのかについてハラス氏に質問。

BMWグループ iX5 Hydrogen・プロジェクト・マネージャー ロバート・ハラス氏

 これに対してハラス氏は、「トヨタさんと同じFCスタックを使っていますが、開発に置いては最終的にそのクルマがどのような目的で使われ、どのようなパワーを出したいのかについて考えました。FCスタックが発生する125kWの出力だけではなく、高電圧の170kWのバッテリのアシストで素晴らしい加速性能につながっています。これにより、合計出力は401HPを実現しています。これぐらいのスペックがあれば、まさにBMWらしさが出せるとわれわれは考えました。また、軽量さにも注意を払いました。いかにして車重を軽く抑えるか。FCEVはとくに通常モデルのX5より軽量化を図り、重さを減らしたことでもBMWらしさを体験いただけるようになったと自負しています」と回答した。

 走行用バッテリについては清水氏から追加で質問され、どんな名称になるか問いかけられたが、ハラス氏は「これは一見、ハイブリッドカーのようでもありますが、これをお客さまには加速性能を高めるために使っていただくことになります。また、高電圧バッテリはブレーキ時の回生発電にも対応します。さらに最高速などの面でも担保するものになり、通常運転時にFCスタックから自動的にバッテリに充電を行なう仕組みになっています。いろいろな用途に使われ、ここにはソフトウエアによる制御も関わってくるので、名前については1つで統一できないようなものと言えるでしょう」と述べている。

パネル・ディスカッションでコメントする山形氏

 一方でトヨタの山形氏には、同じFCスタックを使うiX5 Hydrogenが登場したことで、市販車であるミライではどのような面を差別化としてユーザーにアピールしていくのかを質問。山形氏は「われわれもミライでいろいろなことを学ばせてもらっています。清水さんもおっしゃっているように、長い距離を走れるというところがBEVにはないFCEVの大きな特長だと思います。長い距離でも安心して走れるということですね。また、先ほどの木村先生のプレゼンでもありましたが、ドライビングアシストといった装備によって必要となる電気量が増えてくると、ここでも水素がエケルギーを貯めることが得意であるという特長が生きてきます。基本的にはBEVに対してFCEVは、いろいろと負荷が高い状態で使われるとたくさんのエネルギーを貯めることができる水素の能力が生きてきます」。

「例えばより大きなクルマを遠くまで走らせたり、われわれが今取り組んでいるように働くクルマ、商用車で、救急車やゴミ収集車、消防車のようにポンプまで稼働させなければならないといったクルマでは、BEVだとすぐにエネルギーがなくなってしまいます。大型トラックを遠くまで走らせるといったところもそうですね。また、スポーティな走りも高負荷な状況になりますので、こうした面で生かしていければいいなと思っています」と解説。

 この言葉を聞いて清水氏は「個人的にはFCEVでラリーに出たいと考えているので、もう少し小さくて速いクルマがあれば面白いなと思います」と山形氏にリクエストした。

パネル・ディスカッションでコメントする木村氏

 FCEVの発電で必要となる水素について、生成方法にはどのようなものがあるか木村氏に質問。木村氏は「水素にはいろいろな作り方があります。いずれにしてもライフサイクルアセスメントで考えることが必要なところで、どうやってCO2を出すに作るかということです。風力や太陽光といった発電で水を電気分解して作ればいいのは当然の帰結ですが、ほかに原子力発電という選択肢もありますし、化石燃料を改質して作る場合でも、CO2を排出せず地中深くに埋めてしまうといったことができれば意味があります」。

「いずれにしてもコストがキーになってきますが、実は大量生産すれば下がるというものでもなかったりします。水を電気分解する装置もFCスタックと同じく、高性能化・小型化していきます。すると、各家庭に水の電気分解装置があって、屋根に設置した太陽光パネルからの電気で水素を作ってクルマに供給するといった光景も、2050年ごろには夢の世界ではないんですね。結論としては、どうやってきれいに作るかがポイントだと思います」と説明した。

パネル・ディスカッションでコメントするグルドナー氏

 また、水素の供給についてグルドナー氏は「水素を貯蔵する、使用地に届けるという面で、すでにある天然ガスのインフラを活用することは十分可能です。実際に欧州では計画があって、既存の天然ガスのパイプラインがネットワークになっているので、もう何年にもわたって活用されているパイプラインは北アフリカまで届いています。欧州で現在進んでいる計画では、既存の天然ガス向けのパイプラインのネットワークを水素向けに切り替えようとしています。このための投資は、例えば新たに電力網を敷設して送電するというよりはるかに安く済みます。ということで、非常に重要な資産が欧州にはすでに存在しています。水素対応への置き換えは段階的に進めることも可能で、まずは単一のルートからスタートさせ、天然ガスのパイプラインのじゃまをすることなくやってみる。さらに天然ガスを貯蔵する施設も水素のために再利用することも可能です。こうすれば何か月分ものエネルギーを蓄えることが可能になります」と紹介。

 清水氏は天然ガス用のパイプラインでは水素が漏れてしまうような懸念もあるのではないかとの疑問を問いかけたところ、グルドナー氏は「まず最初の段階ではミックスになります。1つのパイプラインで天然ガスと水素が混在することになって、パイプについてはシーリングを改善して漏れないようにします。しかし、最終的には別々のものにしていきます。欧州ではすでにこの動きに着手していて、既存の天然ガス向けのパイプラインネットワークを再利用したものになります。2040年、2050年を目標とした計画で、ステップバイステップで天然ガスのパイプラインを水素に置き換えていくのです」。

「貯蔵については、液体だと超低温に保つ必要があります。ガスとして輸送したものについてはガスのまま貯蔵する方がやりやすいと思います。これには天然ガスの貯蔵施設が使えます。欧州では同じように天然ガスの貯蔵施設が整えられています。ガスパイプラインの素晴らしい点は北アフリカまでつながっているということです。モロッコやアルジェリアから、スペインやイタリアを経由して流通させることができます」と欧州での取り組みについて説明した。

モデレーターを担当した国際モータージャーナリストの清水和夫氏