試乗記

ブーストモードの最高出力は650PS、ニュルとナムヨンで育ったヒョンデのバッテリEV「アイオニック5 N」

ブーストモードの最高出力は650PS、ヒョンデのバッテリEV「アイオニック5 N」

ニュルブルクリンクのNと、ナムヨンのN

 ヒョンデ アイオニック5 Nに付けられたNシリーズの称号は、このクルマを育てたニュルブルクリンクのNとテストコースのあるナムヨンのNの2つ頭文字を取った。Nのロゴが二重にラップしているのはそのためだ。

 Nシリーズ開発のベースにあるのはクルマへの限りない愛情。開発責任者のJooN氏は本当のクルマ好きだ。巨大メーカー、ヒョンデで自由にクルマを作るのは容易なことではないが、入社以来、楽しいクルマを作るという強い信念でNの構想を練り、組織作りから始めた。

 自由な発想で実験車を作ってみる。その研究開発の中からのヒントを量産車にフィードバックする手法を取り、やがてヒョンデにNシリーズをラインアップすることに成功した。

 その最新のN、アイオニック5 Nにスパ西浦で試乗した。ホイールベース3000mm、全幅1940mmのハッチバックに275/35R21のピレリ「P ZERO」を履いたNは、どのようなパフォーマンスを見せてくれるのか。ワクワクする。

 そしてアイオニック5 Nは、圧倒的な加速力だけなく、ドライバーの意思どおりに動く繊細で豪快なスーパースポーツだった。

ヒョンデのNシリーズ

 ピットで待つ間、必要なスイッチのアナウンスがあった。アイオニック5のコクピットはダッシュボードの大きな液晶ディプレイが特徴で、Nではそこに車両セッティングを変えられるアイテムがてんこ盛りだ。

 ステアリングホイールも専用のNスイッチが3つ備わる。音やドライブモード、それにブーストスイッチとなる。と言っても、短いラップではディスプレイから入る細かいセットスイッチを触っている余裕はなく、サーキットにふさわしいドライブモードを選択しておく。

 Nには前後トルク配分をコントロールするN TorqueDistribution、N e-shift、N Active Sound、N Drift Optimizerがあり、最後のDrift Optimizerを除いてすべてサーキットに合わせたモードだ。

 インストラクターが引っ張る先導走行だが、こちらのペースに合わせてくれるので走りやすい。

 N Active Soundを選択すると、バッテリEVにもかかわらず高性能な内燃機のような排気音(?)を出し、意外なサウンドに驚く。もちろん排気音はいくつか選択できるが、サーキットにはNサウンドのボーというサウンドが似合っている。バッテリEVに排気音というのも妙だが、確かに音がある方がドライビングの目安となる。

 アクセルを踏み込むと蹴とばされるように加速する。変速することなく際限なく加速していくのがエンジン車とは違うところだ。

 最初の慣らしラップでも速い! しかもライントレース性が高く、ターンインでの応答性も素直でスーと曲がっていく。立ち上がりでは4輪のグリップ力が高く、しかもリアから押し出されるような感触はない。ストレートではステアリングホイール右にあるNボタンを押すと3.5秒だけブーストがかかりパンチの効いた加速をする。ただでさえ鋭いトルクに、さらに一段上の加速力が加わる。

 徐々にペースを上げていく。アイオニック5 Nが徐々に手の内に入ってくる。ターンインの素直さは変わらず、クリッピングポイントにも容易につける。1コーナーは大きな下りヘアピンになっており、走りにくさがあり、少しクリッピングポイントを後ろにずらしたい時も余裕があり、自在にラインを変えられる。

 下りの左ターン前ではかなり速度が乗る。アクセルを少しオフにしフロント荷重にするとジワリと向きを変え、再びアクセルを踏み込んでも姿勢が安定して鋭く加速していく。前後のトルク配分は巧みで、4輪に駆動力がかかるタイミングがうまくコントロールされている。

 クイックな鋭角ターンではヒラリと向きを変えるというよりも、しっかり減速してからグイと曲げる感覚だ。4輪駆動らしく、接地させて安定させてからアクセルを踏み込むと立ち上がりでは強力な加速を得られる。

 続く大きな右コーナーではロールしながら姿勢が崩れそうになるが、わずかな修正舵ですぐにグリップを回復させ加速力はとどまらない。まさに4WDの醍醐味だ。

モータースポーツ由来のブランド、ヒョンデのN

 高速からRがきつくなるコーナーでも高いグルップ力を維持して安定した姿勢で回り込んでいく。4輪へのトルク配分は絶妙で、重いバッテリEVが予想以上にインに入る。さらにきついヘアピンではさすがにアンダーステアになりそうだが、強いプッシュアンダーにはならないのが素晴らしい。

 無理なアクセルワークを許容するほど優しくはないが、リズムよく走れる。クルマとドライバーとのやり取りはまさにスポーツカーそのものだ。

 ストレートで例のブーストボタンを押すとさらに高速まで伸び、1コーナー手前では強いブレーキを踏む。400mmφの4ピストンブレーキは強烈なストップパワーで減速しようとする。タイヤは悲鳴を上げ、身をよじるように速度を落とす。高いボディ剛性は確実に制動力を伝え、コーナーで思いどおりに曲がるように正確なドライビングができ楽しい。クルマ作りの勘どころが絶妙で走り込むほど味が出る。

 2モーターの出力は448kW(609PS)! ブースト時は478kW(650PS)! 740Nmのトルク! 0-100km/hは3.4秒! どれをとってもあきれるばかりのパフォーマンスを誇る。それがおもしろいように使えるのがNの魅力だ。

日下部保雄

1949年12月28日生 東京都出身
■モータージャーナリスト/AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員/2020-2021年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員
 大学時代からモータースポーツの魅力にとりつかれ、参戦。その経験を活かし、大学卒業後、モータージャーナリズムの世界に入り、専門誌をはじめ雑誌等に新型車の試乗レポートやコラムを寄稿。自動車ジャーナリストとして30年以上のキャリアを積む。モータースポーツ歴は全日本ラリー選手権を中心に活動、1979年・マレーシアで日本人として初の海外ラリー優勝を飾るなど輝かしい成績を誇る。ジャーナリストとしては、新型車や自動車部品の評価、時事問題の提起など、活動は多義にわたり、TVのモーターランド2、自動車専門誌、一般紙、Webなどで活動。