インプレッション

日産「マーチNISMO」

マーチNISMOは12SRの再来か?

 すっかり存在感の薄れている「マーチ」だが、こうしたモデルが出てくれば注目せずにいられない。2013年6月、マーチのマイナーチェンジとともに発表された「マーチNISMO」のことだ。

 ただし、同時に発表された「フェアレディZ NISMO」は同日から発売だったのに対し、マーチNISMOは半年後となる12月からの発売とされた。発表から発売までやけにタイムラグがあるのは、もともとデリバリーまで時間を要する状況だったのだが、発表だけマイナーチェンジに合わせたいという事情があったようだ。このクラスの日本車のホットハッチというと、「スイフトスポーツ」や「フィットRS」、「ヴィッツ」にもRSや今ではG’sなどもあるが、マーチといえば「12SR」を思い出す。

 個人的にも12SRは名作だと思っているし、奇しくもその12SRの誕生からちょうど10年というタイミングで登場したマーチNISMOに、“12SRの再来”としての期待を抱かずにいられないのは筆者だけではないはず。マーチNISMOが12SRと比べてどうかというのも気になるところだ。

 価格は、直列4気筒DOHC 1.5リッター「HR15DE」エンジンに5速MTを組み合わせ、足まわり、ボディー補強、空力関係などとひととおりにベース車から手を加えた「NISMO S」が177万300円。詳しい仕様の説明は省くが(詳細は関連記事http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/20130624_604938.htmlを参照)、多くの個所に手を加えながらも200万円を大きく下回ったというのは大したものだ。

直列4気筒DOHC 1.5リッター「HR15DE」エンジンに5速MTを組み合わせる「マーチ NISMO S」。撮影車のボディーカラーは特別塗装色のブリリアントホワイトパール(3万6750円)
マーチ NISMO Sのボディーサイズは3870×1690×1495mm(全長×全幅×全高。マーチ NISMOの全高は1500mm)、ホイールベースは2450mm。足まわりはブリヂストン「POTENZA RE-11(205/45 R16 87V)」と16インチアルミホイール(16×7J)の組み合わせ
エクステリアでは専用のフロント&リアバンパー、フロントグリル、LEDハイパーデイライト、サイドシルプロテクター、フェンダーモール(フロント・リヤ)、ルーフスポイラー(ハイマウントストップランプ付)などを装備。マーチ NISMO Sでは、専用のサスペンション、エキゾーストシステム、ブレーキシステム、チューニングコンピューター(ECM)を装備するとともに、ボディー補強が施される

 ほかにCVT仕様の「NISMO」の設定もある。ベース車と同じ直列3気筒DOHC 1.2リッターエンジンとの組み合わせとなり、内容的にはずっとライト。走りはさておきこのルックスを楽しみたい人向けという設定で、こちらの価格は154万350円だ。

 エクステリアでは、赤のアクセントを活かした他のNISMOシリーズと共通のデコレーションを施している。ボディーカラーの選択肢が3種類と少ないのもNISMOシリーズと同じ。テールゲートに貼ってあるオーテックジャパンのステッカーが示すとおり、開発には同社が深く関わっている。

 生産については、ベース車を生産するタイから日本に持ち込んで架装するのかと思ったら、タイの日産工場においてすでにこのクルマのための専用の生産工程が組まれており、さらに現地の協力工場を経てから日本に輸送されて完成にいたるという。

元気なエンジンとMTの組み合わせ

専用チューンを施した直列4気筒DOHC 1.5リッター「HR15DE」エンジンは、最高出力85kW(116PS)/6000rpm、最大トルク156Nm(15.9kgm)/3600rpmを発生

 今回試乗したのは、走りを訴求した5速MTのマーチNISMO Sだ。走り出しからベース車とは別物に仕上げられていることが明快に伝わってくる。

 最大のポイントはパワートレーンだ。6速ではなく5速というのがちょっと惜しい気もするところだが、このクラスの国内向けの日産車には設定のないマニュアルトランスミッションが与えられている。

 エンジンは、マーチでNISMOバージョンを作るのであれば、海外向けにもともと設定があり、日本では「ノート」に搭載されている例のスーパーチャージャー付きかなと思っていたのだが、そうではなかった。国内向けのマーチには設定のない直列4気筒DOHC 1.5リッター「HR15DE」エンジンに換装するとともに、ピストンやカムをほかの車種用から調達し、エキゾースト系に専用品を奢って吸排気の効率を高めるなどといったチューニングを施している。

 それでもスペックの数値としては、フィットRSあたりに比べても下回るのだが、フィーリングはこちらのほうがずっとスポーティだ。下からトルクがあって、速さを分かりやすく体感できる。アクセルワークに対してリニアに反応するレスポンスが快感だ。レッドゾーンは6400rpmからとそれほど高いわけではないが、3000rpm~5000rpmあたりにかけてのパンチの効いた加速感は痛快そのもの。放つサウンドも、いかにも“抜けた”感じで気持ちよい。やはりエンジンが元気だと、それだけで乗っていて楽しい。いろいろ燃費や音などの面で制約の多い、今どきの市販車ではなかなか味わえない感覚だ。

 その点で、メカチューンにより高回転型とした12SRとはまったく性格が異なる。個人的には12SRの味も非常に好みだったが、日常的に使うとなるとマーチNISMO Sのほうが扱いやすく、万人向けといえそう。クラッチも軽く、扱いやすい。

 欲をいうと、1~3速のギアレシオがもう少しクロスで、シフトフィールがもう少しショートでカッチリしているとなおよかったと思うが、MTが選べるというだけでよしとしたい。

 また、ホールド性と衝撃吸収性に優れるシートのおかげで、スポーツドライビングもそのままこなせそう。赤いタコメーターや220km/hまで刻まれたスピードメーターを配したメーターも特別感がある。

NISMO Sは専用となる220km/hスケールのコンビメーター(NISMOロゴ入り)を装着
本革/アルカンターラの3本スポークステアリング(レッドセンターマーク、レッドステッチ付)
アルミ製アクセル・ブレーキ・クラッチペダル、フットレストとともに、フロアマットも専用品
シフトノブ
マーチ NISMO S専用のスポーツシート(nismoロゴ入り、レッドステッチ付)を装備

俊敏な回頭性を楽しめる味付け

 ハンドリングは、より俊敏な回頭性を分かりやすく楽しめるよう味付けされている。そのために足まわりを硬め、リアのスタビリティを上げながら、フロントはステアリングレシオをベース車の18.2から16.8へとクイックにしている。電動パワーステアリング自体のチューニングにもかなりこだわったらしく、たしかに操舵時の手応えや据わり感も心地よい。俊敏で応答遅れの小さい、一体感のあるハンドリングを実現している。

 もちろんステアリングまわりの変更だけで、この味が出せるわけではない。タイヤにブリヂストン「RE-11」を履かせたことも大きいと思うが、それに合わせてスプリング、ダンパー、スタビライザーのバランスを図り、それらを支える剛性を確保したボディー補強など、ひととおり手が加えられたメニューのそれぞれが機能していることに違いない。エンジンフィールだけでなく、このハンドリングを楽しめることにも、改めてコストパフォーマンスの高さを素直に感じさせられた次第である。わりと早めにバンプタッチするところは少し気になり、もう少しストローク感があるとよいようにも感じたのだが、あまり高望みするのはやめておこう。

 12SRと比べると、筆者は12SRについては後期型にしか乗ったことがないのだが、エンジンだけでなくこのあたりも両車は対照的。12SRはしなやかで、限界はそれほど高くはないものの、挙動が掴みやすく、限界付近もマイルド。アクセルで曲がり具合を積極的にコントロールしていける、懐の深い仕上がりだった。

 それに対しマーチNISMO Sは、ロールを抑えて限界を高め、ステアリングで曲がる楽しさを分かりやすくストレートに表現したという印象。今回は公道の限られたコースのみでの試乗だったので、本領を発揮させるところまで走れなかった感もあり、その先にどういう世界があるのかも興味深いところだ。

 マーチNISMO Sは、やはりまずは価格が安く、コストパフォーマンスに優れるところがよい。それでいて他社の市販のホットハッチともひと味違う特別感もあるし、存在感もある。そして何よりドライブして素直に楽しい。

 では、マーチNISMO Sが12SRの乗り替え候補としてどうかというと、見解は分かれそうな気がする。上でも述べたとおり両車は似て非なるクルマであり、エンジンやハンドリングの味付けはむしろ反対だ。ただし、方向性は違っても、どちらも乗って楽しいことには違いないので、そこは誤解なきように。

 とにかく、こういう安くてワクワクさせてくれるクルマが増えるのは個人的にも大歓迎だ。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:堤晋一