インプレッション
ベントレー「コンチネンタル GT スピード」(2015年モデル)
Text by 河村康彦(2015/8/31 08:30)
飛び切りゴージャス
いずれも劣らぬ高性能。そのすべての作品が超豪華で、かつ超高価――そんな内容の持ち主たちが、現在のベントレー・モデルのラインアップ。中でもネーミングに「スピード」の文字が加えられたものは、ベースモデルに対してさらなるハイパフォーマンスが与えられるというのが、このブランドならではの流儀。ここに紹介する「コンチネンタル GT スピード」(2015年モデル)も、もちろんそうしたフォーマットから外れていない1台。
フォルクスワーゲングループ傘下となって以来の“新世代ベントレー”の1つのアイコンでもある、ツインターボ付きのW型12気筒6.0リッターエンジンが発生する最高出力は、実に635PSという怒涛の値。それはベースモデルである「コンチネンタル GT」に対して、60PSのパワーを上乗せ。わずかに2000rpmという低回転から発揮される825Nmという最大トルク値も、同様にベースモデルのそれを125Nmも上まわるデータとされている。
そんな“スピード・モデル”が叩き出す最高速は、「ベントレー史上最速」が謳われる実に331km/h! とはいえ、4.4秒という0-100km/h加速データの方は、ベース車両に対してわずかにコンマ1秒の短縮に留まる。いかに4WDシステムを採用するとはいえ、2.3t超という重量を備える車両のトラクション能力の絶対値が、さすがに限界に近づいていることを示しているのかも知れない。
ベントレーと耳にすると、それがどのようなモデルであれ、その佇まいはあくまでジェントル。どちらかといえば“静”のイメージが強い、と、そんなイメージを抱く人が居るかも知れない。しかし、今回テストドライブに用意されたのは、御覧のように内外装が深紅に彩られた、目にも鮮やかで何ともダイナミックなモデル。全長が4.8m超で全幅も1.9m台半ばという堂々たる体格に、ボディー外側一杯まで張り出した21インチの巨大なシューズが、このエレガントなフォルムのクーペが並々ならぬ走りのポテンシャルの持ち主であることを予想させもする。
大きなドアを開き、ドライバーズ・シートへと腰を下ろすと、インテリアの隅々までがまさに「贅を尽くした」と表現するしかない、素晴らしい仕上がりで統一をされていることに溜息が出る。すべての部分に吟味された材料が用いられていることは、誰の目にも明らか。空調吹き出し口の1つひとつにずっしりとした手応えを感じさせるメタル製のシャッターレバーが採用されている点などにも、このモデルのインテリアが単に機能の追及だけでデザインされているのではないことを、無言のうちに知らされる。
そんな飛び切りゴージャスなモデルゆえ、普段のテストドライブであればスキップしてしまう“オーディオ・チェック”へと挑んでみると……。“まるで素人”ゆえ、一体どう表現すればよいのかなかなか見当が付かないものの、それは何とも繊細で、かつ迫力にも富んだ素晴らしいサウンドを届けてくれることだけは確か。
一方で、そんなこのモデルが生粋のドライバーズカーを狙ったものでもあることは、高いセンターコンソールによって左右シートが明確に分離したレイアウトが与えられた、いわゆるツインコクピットタイプのスポーティなダッシュボード・デザインからも明らかだ。そもそもベントレーは、初期にはル・マン24時間レースで5勝を挙げるなど、スポーツカー・メーカーとして名を馳せたブランド。その血統は、今でも脈々と受け継がれているということなのだ。
単に“速くて快適”なだけではない真の高級車
6.0リッターという巨大な排気量に加え2組のターボチャージャーも与えられた、W12型という特異なデザインを持つ心臓にいよいよ火を入れる。すると、多気筒エンジン特有のスムーズなスターター回転音に続いて鼓膜を刺激するのが、何とも力強く、かつ特徴的な目覚めの咆哮。その迫力あるサウンドを耳にしたこの時点で、「なるほどこれは並のモデルとは違うな」と、多くの人はそう実感するに違いない。
ブレーキを踏む力を緩めて走り始めると、その動きの際立つ滑らかさにまずは感心させられる。単に気筒数が多いから、というだけではなく、すべてのムービングパーツが完全にバランス取りされている感覚、と、このように表現をすればよいだろうか。
前述のように、ベースモデルに対してさらなるハイチューニングが与えられてはいるものの、そのパワーフィールにはわずかにでもラフな感覚は伴わない。DCTではなく、オーソドックスなトルコン式ステップATを採用したのも、こうしたモデルにはより適切な印象。走り始めの瞬間から無用に神経質な挙動は見せず、極めて滑らかで穏やかな連続した加速Gを演じてくれる点で、やはりこれはDCTに対して分があると実感させてくれる。
それにしても、635PSというパワーをフルに味わうことができる舞台など、公道上にそうそうあるものではない。余りに高い加速のポテンシャルの持ち主ゆえ、それを完全に開放することが難しいのは、例えドイツ・アウトバーンへと持ち込んでも同様であるはずだ。
それほどに「無限に湧き出てくる」と、そんな感覚の強い圧倒的なパワーはしかし、日常シーンではあくまでも“リザーブパワー”として秘めておく、という使い方こそがこのモデルには似合っているはず。「いざとなれば、加速は右足に込めるわずかな力加減1つでいかようにでもなる」と、そんな気持ちを常に抱くことができることこそが、こうしたモデルに乗る醍醐味でもあるはずだ。
実は今回のテストドライブは、初めて訪れる人であれば例外なく「こんな場所にこんなコレクションがあったのか!?」と驚くであろう、東北道 加須IC(インターチェンジ)に隣接した、ロールス・ロイスとベントレーのヴィンテージ・モデルを収蔵した私設ミュージアムがその基点とされた。そのため、走行ルートも基本的には交通量の多い高速道路をメインに淡々と行くしかないもの。もちろん、強い横Gを味わえるような舞台も皆無であった。
さすがに巨大なシューズを履くので、路面によっては時にバネ下の重さを意識させられた場面もあった。だが、全般には静粛性に富み、フラット感溢れるその走りのテイストは、やはり“浮世離れ”したような贅沢さが感じられるものだった。
そう、実はこうしたシチュエーションでも十分に幸せなテイストが堪能できたということこそに、このモデルが真に秘めたキャラクターを垣間見ることができた思いもあったもの。普段は引き出すことなど不可能な圧倒的パワーも、贅を尽くした各部の作り込みも、すべては乗る人に際立つ充足感を与えるための必須アイテムであるということなのだ。単に“速くて快適”というだけではない、真の高級車の姿が確かにそこにはあった。