インプレッション

メルセデス・ベンツ「G 550」(V8 4.0リッター)

V8 4.0リッター「176」型エンジンを新搭載

 2016年のメルセデス・ベンツはSUVの拡充がテーマ。その言葉どおりに2014年の「GLA」に続き、2016年は「GLC」「GLE」とラインアップを増やし、4月にはフラグシップモデルとして「GLS」がデビュー。同じタイミングで「GLE クーペ」も加わっている。しかし、メルセデス・ベンツのSUVを語る上で忘れてはならないモデルがある。市販車世界トップクラスの走破性能を誇る「Gクラス」だ。

 ドイツ本国で初めて登場した1979年から現在に至るまで、37年もの間、基本骨格を変えていないGクラス。製造は今でもオーストリアのグラーツ工場のみで行なわれている。今回はチーフエンジニアであるグンナー・グーテンケ氏とともに、本国ドイツで新型Gクラスの試乗とインタビューを行ないつつ、帰国後、日本でも試乗を行なった。

 日本では1月に新型へと切り替ったGクラスは、搭載エンジンすべてのパワーアップを行なったが、注目は「G 350 d」と並ぶ主力グレードである「G 550」だ。ハイパワースポーツモデルである「Mercedes-AMG GT」と同じV型8気筒4.0リッター「176」型エンジン(Vバンク内側に2つのターボチャージャーを配置する「ホットインサンドV」構造)を搭載したのだ。もっとも上位グレードである「Mercedes-AMG G 63」や「Mercedes-AMG G 65」を見ても分かるとおり、ハイパワーエンジンをSUVに搭載することはメルセデス・ベンツとしては通例だ。

 しかし、G 550には主にスポーツモデルに搭載することを目的に開発したエンジンを搭載した点が大きく違う。これが意味するところはズバリ、オンロードでの走行性能を大きく向上させることにあった。

日本では2015年12月に受注開始した、V型8気筒4.0リッター「176」型エンジンを搭載する「G 550」。ボディサイズは4575×1860×1970mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2850mm。価格は1470万円
エクステリアでは新デザインのフロントバンパーと19インチ5スポークアルミホイール(タイヤサイズ:275/55 R19)を装備したほか、サスペンションには電子制御式油圧アダプティブダンピングシステムを搭載。「C(Comfort)」「S(Sport)」という2モードを設定し、走行状況に応じて減衰特性を調整できる
V型8気筒4.0リッター「176」型エンジンは最高出力310kW(421PS)/5250-5500rpm、最大トルク610Nm(62.2kgm)/2000-4750rpmを発生。新たにアイドリングストップ機能も搭載した
インテリアでは視認性に優れた新デザインのインストルメントパネルを採用。撮影車のシートカラーはクラシックレッド

 なるほど、試乗してみるとその効果はてきめんで、決して大げさではなかったことが分かる。「最小限の重量で、最大限の強度」(メルセデス・ベンツ開発陣)を実現した176型エンジンによって、鼻先の動きがググッと軽くなり、ステアリング操作に対する位相のズレをそれほど意識することなく意図したコーナリングラインに乗せやすくなったからだ。

 もっとも、Gクラスは不整地での走行性能確保を主たる目的としていることから、ステアリングのギヤ比は乗用車系からすればかなりスローだし、操作力も相応に必要で、車両重量は2560kgと重量級だ。よって、間違っても軽やかという印象からはほど遠い。しかし、エンジンの軽量化による前輪荷重の減少によって、ドライバーの意図した操作に対してボディ全体の遅れが明らかに少なくなっている。これはV型8気筒5.5リッター自然吸気エンジンを搭載した従来型のG 550オーナーからすれば、それこそ駐車場からソロリと走らせただけで感じ取れほどに大きく、その意味ではまさしく劇変だ。

 一方、新型G 550のステアリングを初めて握ったドライバーからするとどう映るのか? カタログに並ぶ全幅1860mm、最小回転半径6.2mも文字から想像すれば当然、取り回しはわるい部類に入る。しかし、意外なことに裏道から抜け出してしまえばアップライトなドライビングポジションと高めのヒップポイントによって2台、3台前の交通環境が手に取るように見通せるため、不思議なほどに安心感が先に立つ。この点は、クロスカントリータイプのSUVでも高めの全高であるから同じように思えるだろうが、いざ乗り比べてみると数値以上にスクエアなボディはクロカンSUVのそれとは大きく違い、見切りのよさがボディの死角を上手くカバーしているため扱いやすい。

 これには先ほどのアップライトなドラポジも大きく貢献しているのだが、筆者の身長(170cmの平均的な日本人体型)からすると、シートのバックレストをかなり立てた状態が強要されるし、ステアリング角度も立ち気味で、正直戸惑いも大きい。とはいえ、時間とともに身体が順応できる範疇に収まっているのも事実だ。このあたりのディメンションは37年前から引き継がれた基本設計の功罪ともいえる。

 オンロードでは鼻先の動きが際立つG 550。加えて「意図的に車内へのエンジン透過音を増やした」というだけあって、ちょっとアクセルを踏み込んだだけで軽快なV8ビートが盛大に耳に届く。また、それに併せてフロアやステアリングにも軽いバイブレーションが発生するが、グーテンケ氏は「それも意図的な新しい演出」と話す。

フランクフルト郊外のオフロードコースでも試乗

 しかし、2016年の現代に、Gクラスをファーストカーとして乗るには足りない部分があるのも事実。その1つが先進安全技術であるADAS(Advanced Driver Assistance Systems)だ。メルセデス・ベンツは安全思想である「PRE-SAFE」を中核に、日本市場では「レーダーセーフティパッケージ」として衝突被害軽減ブレーキである「PRE-SAFEブレーキ」をはじめとした数々のADASを採用するが、GクラスにはPRE-SAFEブレーキの設定はなく、ACCである「ディストロニック・プラス」や、ボディ後側方の車両を検知し警告する「ブラインドスポットアシスト」などを搭載するに留まる。

 この点、グーテンケ氏は「この10年でADASは大きく進化しましたが、Gクラスは電子プラットフォームの刷新が追いつかず、現在は搭載していません。しかし前進はしています。安全性能の向上という意味では、造形を大きく変えずに歩行者保護性能を向上させるために新素材を使うなど、現時点でできる最善の策をとっています」という。さらに氏は「“タイムレスなデザイン”と称するGクラスは、モチーフとなる意匠を変えないことこそアイデンティティを守ることにつながると確信している」と続けた。

 ちなみにGクラスを構成する部品のうち、今でも89個のパーツは37年前と同じ部品番号のままだ。「変えないことこそ我々の使命」(同氏)と、基本デザインを変えてこなかったことや頑なまでに貫かれる技術論に、往年のドイツが誇る工業製品の美徳を垣間見た。

 今回はドイツ・フランクフルト周辺の市街地と速度無制限区間を含むアウトバーンに加え、フランクフルト郊外にあるADACのオフロードコースでも試乗したのだが、前述したオンロードでの洗練度合いとは裏腹に、センター/リア/フロントと3つのデフロック機構があるにも関わらず、それらをフリーにした状態であっても泥濘地をものともしないタフな走破性能に「さすがは軍用スペック」と唸らされた。このあたりは現地で撮影した動画でご確認いただきたい。

オフロードコースでのGクラス試乗

西村直人:NAC

1972年東京生まれ。交通コメンテーター。得意分野はパーソナルモビリティだが、広い視野をもつためWRカーやF1、さらには2輪界のF1であるMotoGPマシンの試乗をこなしつつ、4&2輪の草レースにも参戦。また、大型トラックやバス、トレーラーの公道試乗も行うほか、ハイブリッド路線バスやハイブリッド電車など、物流や環境に関する取材を多数担当。国土交通省「スマートウェイ検討委員会」、警察庁「UTMS懇談会」に出席。AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)理事、日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。(財)全日本交通安全協会 東京二輪車安全運転推進委員会 指導員

Photo:高橋 学