試乗記

メルセデス・マイバッハEQS 680 SUV試乗 あらゆるポイントを極める最上級ショーファーカー

全長5.1m、車重3tオーバー

「クジラだ!」

「メルセデス・マイバッハEQS 680 SUV」を見て、真っ先に思い浮かんだのは巨大なシロナガスクジラだった。メルセデス・ベンツの最上級ブランドであるマイバッハに、初めて電気自動車が登場した。スタイリングはSUVだが、なんと全長は5.1m、全幅は2mを超える巨大なボディを持っており、ホイールベースも3.2mを超える。これで2列シートだというのだから、さすが最上級のショーファーカーだ。

 電気自動車なのでエンジンを冷やすための開口部が必要ないため、グリルは塞がれてつるんとしているが、これまでのマイバッハに倣ってシルバーのルーバーがずらりと並んだようなデザインになっている。その様子はまさにクジラの口の中に生えている“ひげ”のよう。やはりクジラだ。

 EQSはメルセデスにもラインアップされているが、こちらはセダンモデルであり、パッと見た雰囲気はかなり違う。ボディサイズも異なり、全長以外はマイバッハEQS SUVの方がひと回り大きくなっている。バッテリ容量はいずれも118kWhだが、それぞれのパワーユニットのチューニングや重量や空力などの違いによって、満充電時の航続距離が異なり、EQSは約759km、マイバッハEQS SUVは約640kmとなる(WLTCモード)。いずれも600kmは超えているので、一般的な1日の移動距離で考えればほとんどのケースで充電せずに目的地まで辿り着くことができそうだ。

 メルセデスのSクラスなどは、ひと目見てその高級感が伝わるが、マイバッハはさらにそれを凌いでいるということは、クルマに詳しくない人でもすぐに分かるはずだ。今やSクラス以上(Eクラスはエクスクルーシブのみ)のモデルにしか許されないスリーポインテッドスター・マスコットの下には、「MAYBACH」のロゴがあしらわれている。

 近年のマイバッハのモデルは、ボンネットにマイバッハのマスコットはなく、ロゴマークはさりげないアクセントとして使われている。たとえばEQS SUVには、Cピラーにロゴマークがあしらわれているほか、フロントバンパーの左右にあるエアインテークを模した装飾にもマイバッハロゴのモノグラムがデザインされていた。

今回試乗したのは2024年8月に発売されたメルセデス・マイバッハ初のSUV電気自動車「メルセデス・マイバッハEQS 680 SUV」(2790万円)。最高出力は484kW(658PS)、最大トルクは955Nmを発生し、一充電走行距離は640km(WLTCモード)。ボディサイズは5135×2035×1725mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは3210mm
マイバッハEQS SUVではスリーポインテッドスターのボンネットマスコットを装着するとともに、垂直にクロームメッキされた立体的なデザインのオーナメントが付いたブラックパネルのフロントグリルが装備される
フロントバンパーのエアインテークフロントサイドスカートにマイバッハパターンがあしらわれる
足下は22インチマイバッハアルミホイールに米COOPER「ZEON CROSSRANGE」(275/40R22)をセット。連続調整ダンパーADS+を備えたAIRMATIC エアサスペンションを標準装備し、最大35mm車高を上げられる

 扉を開けると、真っ白で豪奢なインテリアに圧倒された。運転席から助手席までカバーする幅141cmのパネルはとてつもなく大きい。メーターやインフォテインメントシステム、そして助手席側のパネルまでが一体となっているのはおどろきだ。通常、マイバッハEQS 680 SUVは5人乗りだが、後席を独立型のキャプテンシートにできる「ファーストクラスパッケージ」も選ぶことができる。

 その際、シート間の後方にクーラーボックスが設置されるほか、肘置きにもなっているセンターのボックスの中には格納式のテーブルが入っており、まさに飛行機でいうファーストクラスのような仕様になっている(筆者は乗ったことはないが……)。おどろいたのは、後席のカップホルダーにはホットとコールドモードがあり、ボタン1つで切り替えられるということ! カップホルダーの中のライトがホットとコールドで赤と青に切り替わるところもまたおしゃれだ。

インテリアでは3枚の高精細パネル(コクピットディスプレイ、有機ELメディアディスプレイ、有機ELフロントディスプレイ[助手席])がダッシュボード全体を1枚のガラスで覆うMBUXハイパースクリーンを標準装備。走行モードはECO、SPORT、OFFROAD、INDIVIDUALに加え、専用のMAYBACHを設定。MAYBACHは従来のCOMFORTに代わるもので、後席乗員に快適な乗り心地を提供するために設計されたもの
後席ではフロントシートのバックレストそれぞれに11.6インチのモニターを備えたMBUXリアエンターテインメントシステムを標準装備。撮影車は乗車定員が4名となるオプションの「ファーストクラスパッケージ」を装備し、独立した左右後席の間には専用シャンパングラス収納部と、脱着可能な大型クーリングボックスを装備する。センターコンソールには格納式テーブルと温度調整機能が備わったカップホルダーをレイアウト

絶妙なパワー感を演出

後席試乗もしてみました

 センターコンソールにあるスタートボタンをオンにして走り出すと、すぐに「マイバッハは電気自動車がぴったりだな」と感じた。エンジン音のない圧倒的な静粛性と、大きな巨体を力強くスムーズに動かすことができるモーター。EQS SUVの車重はなんと3tを超えているそうだが、最高出力は658PS、最大トルクは955Nmと膨大なパワーがあるため、運転している時にはそれだけの重さを感じずにすんなり走らせることができる。

 アクセルペダルに足を乗せて踏み込んでいくと、奥底から湧き上がってくるようなパワーを感じるが、不意をつくように急激に加速をすることはない。これがマイバッハの雰囲気にぴったりだと思った。マイバッハで床までアクセルペダルを踏み込むシーンはおそらくほぼないとは思うが、かなり強めに踏み込んでいっても、モーター特有のワープするような急激な加速は感じない。

意外にも重さを感じずにすんなり走らせることができた

 その一方で、「このクルマならどんなシーンでもとてつもないパワーを出すことができる」という確信をドライバーに与えてくれるような絶妙なパワー感を演出している。あえてレスポンスを過敏にしないことで、誰かを乗せている時なども快適に大パワーを出せるようにしているのだろう。

 そして、豊かなパワー以上におどろくのは、巨体な体躯に似合わない取り回しの良さだ。「全長が5m以上あるクルマを運転するなんて不安……」と最初は思っていたが、EQS SUVには後輪操舵が付いており、一見曲がり切れなさそうな場所や狭い駐車場などを出る際にも、思っているよりはるかに小回りが利くのだ。これなら急に自分が運転手に任命されたとしても、運転への不安を抱かなくてすみそうだ。

マイバッハ EQS SUVはリア・アクスルステアリングを標準装備し、最小回転半径はおどろきの5.1mを実現

 EQS SUVは、エアサスペンションが装備されているので、乗り心地はまるで海の上を走るクルーザーのようにスムーズだ。尖った入力がキャビンに入ってこないように足まわりが極力柔らかく衝撃を受け止めてくれる。少し気になったのは、後席に座っていると、高速道路で波打っている路面などではふわんふわんと上下動をするので、場合によってはクルマ酔いをしてしまう人もいるかもしれないということ。しかし、路面からの大きな入力がなければ、細かい凹凸は吸収してくれるので、一般道などでは特に乗り心地がなめらかだった。

 マイバッハEQS SUVは、「後席に乗ってナンボ」というモデルかと思っていたが、ドライバーとしてもマイバッハの運転のしやすさや快適性を十二分に感じることができた。最初は「ショーファーカーなのにこんなに運転がしやすいなんて不思議」と思っていたが、試乗を終えてみて、「大切な人を乗せるショーファーカーだからこそ、運転がしやすいのだろう」と思い直した。

乗り心地はまるで海の上を走るクルーザーのようにスムーズ

 いくらクルマが豪華で色々な装備があり、大きくて快適で静かであっても、ドライバーの運転が良くなければ全てが台なしだ。マイバッハEQS SUVは、極上のドライビング体験をドライバーに与えることによって、さらにクルマのポテンシャルを高め、それがまた後席の極上の快適性につながっていく。単に見てくれを整えただけではなく、クルマにまつわるあらゆるポイントを極めることによって、さらにはるかな高みを目指す。他に類を見ないモデルだと、身をもって体感することができた。

最上級のショーファーカーとしての実力を存分に体験できた
伊藤梓

クルマ好きが高じて、2014年にグラフィックデザイナーから自動車雑誌カーグラフィックの編集者へと転身。より幅広くクルマの魅力を伝えるため、2018年に独立してフリーランスに。現在は、自動車ライターのほか、イラストレーターとしても活動中。ラジオパーソナリティを務めた経験を活かし、自動車関連の動画やイベントなどにも出演している。若い世代やクルマに興味がない方にも魅力を伝えられるような発信を心がけている。

Photo:安田 剛