試乗記

ダイハツの新型「ムーヴ」に初試乗 DNGA搭載で街中&高速道路の走りはどう変わった?

ダイハツ工業の新型「ムーヴ」

10年ぶりのフルモデルチェンジ! 新型ムーヴは何が変わった?

 初代の発売から約30年。ダイハツの軽自動車の中でも長年愛されてきた軽ハイトワゴンである「ムーヴ」が、10年ぶりにフルモデルチェンジを果たし、7代目となった。新型ムーヴとなって先代と大きく変わったのは、リアが両側スライドドアとなったことだ。そして、「タント」や「ムーヴ キャンバス」などにもすでに採用されている、軽量で高剛性のDNGAプラットフォームを採用したことも、乗り心地や運転した際のフィーリングに大きく貢献するはずだ。今回はさまざまな進化を遂げた新型ムーヴを、公道で試乗する機会を得た。

 初代ムーヴやスズキ「ワゴンR」などが登場した1990年代は、軽自動車の中ではハイトワゴンがユーティリティが高いモデルとして人気を博したが、2003年にタントが登場してからは、あっという間にスーパーハイトワゴンが主流となった。そういったニーズの変化もあり、元々ムーヴは若い世代や子育て世代のオーナーが中心だったが、6代目では子離れした60代付近のニーズがもっとも高かったという。さらに、ムーヴからムーヴへと乗り継ぐユーザーは多く、軽快な走りや運転しやすいサイズ感、必要十分な装備、手頃な価格など、「多方面でバランスのよいモデル」というところが乗り継ぐ大きなポイントとなっているようだ。

伊藤梓さんが新型ムーヴに試乗
新型ムーヴのXグレード。ボディカラーはスカイブルーメタリック

 私自身は、以前ムーヴのメインターゲットだった若年・子育て層に当たると思うが、自分で軽自動車を買うならハイトワゴンだろうと思っている。もちろん、スーパーハイトワゴンはサイズ感も大きく、幅広いシーンで活躍するとは思うが、それなりの装備が付いたモデルを選ぶと価格は200万円近くするし、私自身はスーパーハイトワゴンの広大な空間をフル活用できないだろうし、もっと操縦性がいいクルマに乗りたいと考えると、ハイトワゴンで十分自分の要望が満たせるのではないかと思うからだ。とりわけ、ムーヴは先代からとても気に入っているモデル。軽自動車の中でもピカイチに運転しやすく、派手な飾り気がなく、シンプルでベーシックで「軽自動車のど真ん中」という感じが好きなのだ。

 新型ムーヴを目の当たりにしてみると「これまでよりスタイリッシュなデザインになったな」と感じた。そして7代目になり、なんと上位モデルであるカスタムは廃止されてしまったという。しかし、このノーマルムーヴのデザインはむしろ、カスタムとノーマルのいいとこ取りをしていると感じるのは私だけだろうか? スッキリとしたデザインながらも、フロントマスクの主張は弱すぎず、しっかりとしたアイデンティティを感じる。

新型ムーヴのボディサイズは3395×1475×1655mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2460mm。車両重量は2WDの自然吸気モデル(L/X/G)が860kg、ターボモデル(RS)が890kg、4WDのLが900kg、X/Gが910kg、RSが940kg。最小回転半径は自然吸気モデルが2WD/4WDともに4.4m、ターボモデルが2WD/4WDともに4.7m
Xは14インチフルホイールキャップを装着。タイヤはブリヂストン「ECOPIA EP150」(155/65R14)
カスタムが廃止された新型ムーヴのフロントまわりは、グリルとヘッドライトをシームレスにコンビネーションさせた“カスタムとノーマルのいいとこ取り”をしたようなデザインで、凜々しく端正な印象を演出。リアコンビネーションランプは初代から受け継がれてきた縦型デザインを採用している

 それでも「カスタムが欲しい」というニーズはあると思うが、残念ながら今のところ導入の予定はないという。その代わり、オプションを組み合わせた「アナザースタイル」というパッケージが用意されている。1つ目は、ブラックを基調としたエンブレムやエアロパーツなどが装備される「DANDYSPORT STYLE」、2つ目は、カッパー色のパーツをアクセントに取り入れて上品な雰囲気に仕立てられた「NOBLE CHIC STYLE」だ。特に「DANDYSPORT STYLE」は、これまでカスタムを選んできたユーザー層に響くようなスタイリングになっている。

「ハイトワゴンにスライドドアを設置しても窮屈になるのでは」と思っていたが、実際に使ってみると、「普通に便利!」と感じた。スーパーハイトワゴンより天井は低めなので、乗り込む際に頭をぶつけないよう少し注意する必要があるが、乗り込んでしまえば大人でも後席の空間はかなり広く感じる。後席のスライド/リクライニング量も多く、前席を後方に倒して後席とつなげられるようなシートアレンジも多彩で、さまざまな人や物を載せるのに便利に使うことができそうだ。その分、荷室はわずかなスペースしかないが、日常の買い物なら後席に置くことが多いと思うし、1~3人乗車なら後席シートを倒せば大きな荷物やスーツケースなども搭載できる。

 後席にはUSBポートなどはなく、ドアにドリンクポケットと、助手席のシート裏に小物入れと袋をかけられるフックが付いているだけ。装備品としてはかなり簡素でこざっぱりとしているが、本当に必要最低限のものだけをそろえて価格を抑えようとしているところは、個人的には好印象だった。

 また、パワースライドドア(RS以外のグレードは左側は標準で、右側はオプションもしくは手動)は、ワンタッチで開けられるだけでなく、降りるときに予約ボタンを押しておけば、次に戻ってきたときに自動でスライドドアが開く「ウェルカムオープン機能」も備わる(RS、Gグレードのみ)。買い物などで両手がふさがっているときにはとても便利な機能だ。

 個人的にこれはうれしいなと思ったのは「タッチ&ゴーロック機能」。パワースライドドアは、簡単にドアを開閉できるのが大きな利点だが、ドアがゆっくりと閉まるため、早く鍵をかけてその場を離れたいときには、やきもきする場合がある。「タッチ&ゴーロック機能」は、ワンタッチでロック予約ができるため、スライドドアが閉まり切る前にその場を離れても、閉まれば自動でロックがかかる。これは実生活でとても役に立つ機能だろう。

新型ムーヴ(X)のインパネ
Xグレードのステアリングはウレタン(メッキオーナメント・シルバー加飾付)
シフトノブまわり。X/G/RSはオートエアコンが標準
Xグレードはメーター内にマルチインフォメーションディスプレイを備える
ステアリングコラム右下にプッシュスタートスイッチと電動スライドドアのスイッチを配置
ナビは全車メーカーオプションで、撮影車は6.8インチスマホ連携ディスプレイオーディオを装着
助手席側ダッシュボードには大きなポケットエリアを用意。これ以外にも収納は豊富に設定されている
シート表皮はグレージュのファブリック
リアシートは240mmの左右分割ロングスライド機構を備える。さらに、リクライニングも可能
左右分割可倒シートなのでラゲッジのアレンジも豊富

 安全装備である「スマートアシスト」は全グレード標準装備されている。基本的な衝突回避支援や誤発進抑制機能、車線逸脱抑制機能などは装着されているが、高速道路をより安全で快適に走るためのアダプティブクルーズコントロール(ACC)や、斜め後ろからのクルマの接近を感知するブラインドスポットモニターなどはオプションとなる。個人的に、リバースに入れたときのバックカメラの解像度があまり高くなく、後方確認がしづらいと感じたので、自分なら駐車の安心度が上がるパノラマモニターをまず装着したいと思った。

新型ムーヴ RS
ターボモデルのRSはフロントグリルからヘッドライトにつながるシルバーのラインが入る
RSグレードは15インチアルミホイール(切削)を装着。タイヤはブリヂストン「ECOPIA EP150」(165/55R15)
オプションの9インチスマホ連携ディスプレイオーディオを装着。ステアリングとシフトノブは本革巻きとなる
RSグレードは全車速追従機能付ACCが標準装備となるため、ステアリングスポーク右側にスイッチが配置される
RSグレードのシート表皮はネイビーのファブリックでシルバーのステッチが入る
自然吸気モデルには最高出力38kW(52PS)/6900rpmを発生する直列3気筒DOHC 0.66リッター「KF」型エンジンを搭載。トランスミッションにはCVTを組み合わせる。WLTCモード燃費は2WDモデルで22.6km/L、4WDモデルで20.6km/L。燃料タンク容量は30L
ターボモデルには最高出力47kW(64PS)/6400rpm、最大トルク100Nm(10.2kgfm)/3600rpmを発生する直列3気筒DOHC 0.66リッターターボ「KF」型エンジンを搭載。トランスミッションにはCVTを組み合わせる。WLTCモード燃費は2WDモデルで21.5km/L、4WDモデルで19.9km/L。燃料タンク容量は30L

“軽自動車の王道”を突き詰めたような機能・性能

 試乗車は2種類用意されていて、最初に乗ったのはターボを搭載したRS。ターボはワングレードのRSのみで、快適装備などがもっとも充実しているグレードだ。唯一15インチのタイヤを装着しており、本革巻きのステアリングもRSのみの装備となる。RSでは黒の内装が基本となるが、シートのファブリックのデザインが昔の応接間のじゅうたんのようで、やや古めかしいが落ち着いた印象だった。運転席に座ってみると、若年層をメインターゲットにしていないこともあってか、先進的というより軽自動車と聞いて想像する範囲内の落ち着いたインテリアになっている。おそらく誰が乗ってもすぐ使えるUIだろうと感じた。

 エンジンをかけて走り出してみると、まずは如実にターボの力強い加速感を感じた。スタートしてからあっという間に速度に乗れるので、ちょっとした坂道でもスイスイ走ることができる。ターボの恩恵は首都高に入ってさらに実感した。料金所を越えると急な上り坂になり、高速に合流するようなシーンがあったのだが、ターボのおかげで苦労なくスッと本線に合流することができた。首都高の流れに乗っていても、追い越し車線に出て、そこから加速し追い抜くことも簡単にできる。

ターボモデルだと高速道路の走行に不足はない

 RSの後にNAエンジンを搭載したXグレードにも試乗したが、これはこれでベーシックでとてもよかった。確かに先ほどのような上り坂や高速道路の合流はかなり苦しく、エンジンがすごい勢いでうなりをあげても、それに見合ったトルクがなかなか得られない。ただ、60km/hくらいまでの加速は思い通りにいくし、低速ではきちんとトルクを感じられるので、下道での運転はほぼ不満がなく、ただただ素直で運転しやすい。ターボはターボで、下道でストップアンドゴーの多い場所だと、思った以上にトルクが出てしまって「おっと」と感じることがあった。下道の利用が主なのであれば、私なら迷わずNAエンジンモデルを選ぶし、高速道路を使って頻繁に長距離ドライブをする予定があるというなら、断然ターボをおすすめする。

自然吸気モデルはベーシックな印象。街乗りにぴったり

 改めて驚いたのはその操縦性だ。先代や先々代から「このスペック、この価格帯で、なんでここまで運転がしやすいんだろう」と思っていたが、新型はDNGAプラットフォームを採用したことで、さらにひとまわりもふたまわりも動きがよくなった。下道で運転してみると、一見ハンドルのセンター付近はゆるゆるだと感じるのに、実際にカーブや交差点に差し掛かると、素直にスーッと曲がってくれる。これはどのダイハツ車にも言えることだが、ブレーキのタッチや効きが驚くほど優れているので、まるでスポーツカーのように思い通りにピタリとクルマを止めることができる。高速でのコーナリングもスムーズにクリアしてくれるし、首都高などによくある道路の継ぎ目の段差を乗り越えたときの感覚はちょっと感動ものだ。硬すぎず柔らかすぎない足まわりが、スタッと一発でその衝撃を吸収してくれる。女性層に人気のあるムーヴ キャンバスはあえて足まわりを柔らかめにし、スーパーハイトワゴンで人や荷物をたくさん載せる想定のタントは足まわりをやや硬めにしているという。その中庸を目指したムーヴは、必然的にこの乗り心地になったというが、これが本当に絶妙なのだ。

自然吸気モデルもターボモデルも操縦性はバツグン

 不思議なのは、どの世代のムーヴでも開発者に「なぜムーヴはこんなに操縦性がいいんですか?」と問い詰めても、「なんでだろう……」と少し戸惑った反応をされること。ムーヴは、ある一定の装備やデザイン、居住性、機能、快適性はしっかり備えているものの、それ以上でもそれ以下にもならない、至って普通の軽自動車だ。そこに珠玉の操縦性が備わったことは、開発陣でも謎らしい。ただ「ムーヴは、軽自動車のちょうど真ん中を狙ったクルマなんです」と語ってくれたその言葉に、ヒントはあるのかもしれない。ほかのモデルの性能も高まってきている分、それらの性能のスパイダーチャートをきれいにならしてムーヴを作り上げれば、必然的にいいモデルができてしまうのではないか。

 とてもよく出来上がった新型ムーヴを見て、ダイハツ側が「今はスーパーハイトワゴンが人気なので」「若年層には響かないので」と割り切らずに、ムーヴをかつてのように画期的で誰のライフスタイルにも響くモデルとして本気で向き合えば、スーパーハイトワゴン主体の軽自動車の市場をもう一度変えてしまうくらい化けるモデルになるような気がしてしまった。

新型ムーヴ RS
新型ムーヴ X
伊藤梓

クルマ好きが高じて、2014年にグラフィックデザイナーから自動車雑誌カーグラフィックの編集者へと転身。より幅広くクルマの魅力を伝えるため、2018年に独立してフリーランスに。現在は、自動車ライターのほか、イラストレーターとしても活動中。ラジオパーソナリティを務めた経験を活かし、自動車関連の動画やイベントなどにも出演している。若い世代やクルマに興味がない方にも魅力を伝えられるような発信を心がけている。

Photo:中野英幸