【インプレッション・リポート】
フィアット「500 ツインエア スポーツプラス」

Text by 武田公実


 

ヌォーヴァ500

 1957年7月4日にデビューし、イタリア大衆にモータリゼーションを提供した歴史的名作フィアット「ヌォーヴァ500(チンクエチェント)」。そして、その登場からきっかり半世紀後となる2007年7月4日に、まさに国民的行事のごときセンセーショナルなデビューを果たした現行型「500」は、その翌年から日本マーケットにも投入され、リーマンショック以降の不景気をまるで感じさせないヒットを飛ばしてきた。

 それは、往年のヌォーヴァ500のモチーフを巧みに現代化したチャーミングなエクステリアとインテリアを持つ一方で、ベーシックコンパクトとしてしっかりと作り込まれた内容が、かつてイタリア車を支えてきた一部のクルマ好きに留まらず、また老若男女を問わず、あらゆる趣味・嗜好の潜在的カスタマーを喚起できた証とも言えるだろう。

ツインエアに待望の5速MT限定版が登場

ツインエアエンジン。吸気バルブの開閉をカムではなく油圧で制御する「マルチエア」を採用する

 さらに昨2011年春には、当代最新のエコ技術を、フィアット500独自の世界観をさらに深めるかたちで体現した、直列2気筒0.875リッターターボユニットを搭載する「ツインエア」が登場することになったのだが、日本では発売当初から現在に至るまで、ツインエアに組み合わされる変速機はATモード付5速シーケンシャルトランスミッションの「デュアロジック」のみの体制だった。

 それはMTが敬遠されがちな現在の日本における、これまでの成功を勘案すれば賢明な選択だったに違いない。とは言え、その傍らで旧来のコアなフィアット・エンスージアストからは、「MTさえ設定されていたら……」という声が聞こえていたのも、やはり否めない事実であった。

 しかしフィアット グループ オートモビルズ ジャパンは、絶対数からいえば少数派に属するかもしれないが、一方でフィアットを心から愛してきた日本人エンスーを決して見捨ててなどいなかった。2012年7月4日、フィアット500にとっては重要な記念日であるこの日に、ツインエアとしては初めての5速MT搭載車を、限定バージョンとしてデビューさせることになったのだ。

 現行型フィアット500がイタリア本国デビュー5周年を迎えたことを記念して発売された限定モデル「500 ツインエア スポーツ」(デュアロジック:400台限定)および「500ツインエア スポーツプラス」(5速MT:250台限定)は、500 ツインエア生来のスポーティな資質を強調した特別仕様車。

500 ツインエア スポーツ(車体色:フットルースブルー)(左)と500 ツインエア スポーツプラス(車体色:トロピカリアイエロー)。どちらも車体色はこのほかにボサノバホワイト、テックハウスグレー、クロスオーバーブラックが用意される

 特別装備は、直列4気筒1.2リッター版にも設定されていた5速MTモデル「500 1.2 スポーツ」に準ずるもので、ブラック基調のファブリックで仕立てたスポーツシートやルーフスポイラーなどを備える。

 1.2 スポーツとの相違点は、アルミホイールが当代流行のマットブラック仕上げになるほか、フロントのモールディングやドアハンドル、テールゲートハンドルがチタンマット仕上げとされること。さらに「スポーツプラス」では、ルーフおよびルーフスポイラーがピアノブラックで仕立てられるうえに、アバルト500の標準指定と同サイズとなる195/45 R16タイヤも奢られることになっている。

 しかし、このほど発表された500 ツインエア スポーツ系の最大のトピックおよび興味の対象といえば、やはり500 ツインエアの日本正規輸入車としては初めて導入された5速MTに違いないだろう。

 そこで今回は、5速MT搭載車の500 ツインエア スポーツプラスに焦点を絞り、いち早くドライブ・インプレッションをお届けすることにしたい。

マットブラックのホイール、ピアノブラックのルーフとルーフスポイラー、マットブラックのモールディングなどを特別に装備する

 

以心伝心的なフィーリングのツインエア
 500 ツインエア スポーツプラスは、これまでの500ツインエアには望めなかったスポーティなルックスを見せてくれるのだが、その一方で主要メカニズムについて言えば、5速MTを導入した以外ではエンジンのチューニングもスタンダードの500 ツインエアと変わらないとのこと。

 これまで筆者は個人的な興味もあって、正規輸入される500 ツインエア搭載車の各バージョン(ポップ/ラウンジ/500C ラウンジ)に加えて、同じくツインエア・ユニットを搭載するランチアの新型イプシロンにも乗せていただいた経験がある。したがって、乗車前にインフォメーションを伺った段階では、これまでの500 ツインエアやイプシロンでの経験から、ある程度の予測はついているつもりだった。

 ところがひとたびコクピットに乗り込んでみると、「スポーツプラス」のネーミングとスポーティなアピアランスに違わぬスポーティな気質が即座に露呈する。まるでアバルト500そのもののような球形のシフトノブは、日本人の掌にもシックリとくる大きさ。その冷たいメタリックな感触は、マニュアルシフトが選択できた時代のフェラーリさえ連想させる。このシフトレバーから手に帰ってくる感触は、実に心地よいものなのだ。

 そして、いよいよツインエアエンジンを始動させると、この車のもたらす独特の世界観がさらに強まることになる。昨年春に標準バージョンが日本初導入された際にも、ツインエアのエコ・ユニットとは信じがたいほどの濃密なキャラクターには大いに感動させられた。

 特にサウンドや振動フィールは感動的ですらある。低回転域の「プルプルッ」から、ちょっと深めにアクセルを踏み込んだ時の「パララッ」、そして高回転域の「ビーン」に至るまで、かつての旧きよきヌォーヴァ500に搭載されていた空冷2気筒に酷似したものとなっており、市街地においてスタート&ストップ機能の作動によって現実に引き戻されるまでは、まるで旧い500に乗っているかのような夢想に耽ってしまったほど。

 かくして、ツインエアが単なるエコ・ユニットに留まらない素晴らしい魅力を持つ新世代エンジンであることが判明したのだが、それがマニュアルシフトと組み合わされると、いっそう以心伝心的なものとして感じられるのである。どのポジションでもコクコクッと決まり、操作感も確実なシフトフィールも、ドライブの楽しさをさらに増幅させる。

 500 ツインエア スポーツプラスに乗ることで「ドライビングプレジャー」という言葉が、スポーツカーだけの専売特許ではないことを、今さらながら実感させられてしまったのである

フィアット500とアバルト500の中間
 往年のヌォーヴァ500系のか弱い空冷エンジンとはうって変わって、ターボ過給されるツインエアは非常にパワフル。スペックシートの上では最高速173km/h、0-100km/h加速11秒という、わずか875㏄の排気量からすれば相当な高性能を発揮するという。

 したがって、これまでのデュアロジック搭載車でも、決して痛痒を感じることは無かった。さらに言えば、充分にスポーティと言えるだけのパフォーマンスを備えていると感じていた。

 ところが、今回のツインエア・スポーツプラスに乗ったことで、筆者はフィアット500という車と、ツインエアというエンジンの新たな側面を実感することになった。端的に言ってしまえば、これまで乗ったいかなるツインエア搭載車よりも、速く「感じる」のだ。

 スペックシート上のデータによると、ツインエア・スポーツプラスの車両重量は1010㎏。同じツインエア+5速MTを搭載しつつも、+70㎏のランチア・イプシロンより速いというのは理解できる。しかし、このウェイトは従来の500 ツインエア ポップとまったく変わらないにもかかわらず、なぜか明らかに別物の加速感を体感させてくれたのである。

 標準バージョンの500 ツインエアに組み合わされるデュアロジックは、いわゆるシングルクラッチ型の2ペダルMTで、言ってしまえばアルファロメオの「セレスピード」からパドルシフト機能を省いたものである。したがって、ことダイレクト感について言えば旧来のMTと大差は無いはずなのだが、片やこちらの5速MTに乗ると、運転のリズムをドライバーの好みによって取ることがより容易なせいか、クルマを操る愉しみが格段に高まってくる。

 少々大げさに受け取られてしまうかもしれないが、デュアロジックを搭載する従来の500 ツインエアとアバルト500の中間。あるいは中間より、ちょっとだけアバルト寄りに位置する車であるかのようにさえ感じられてしまうのだ。

 たしかにこの体感的な速さは、ツインエア特有の濃密なフィールとMTゆえのリズミカルなグルーヴ感覚のコンビネーションを初めて体感したことで、現実以上に気分が昂揚してしまった錯覚のようなものなのかもしれない。しかし、考えてもみてほしい。現在の量産セグメントBコンパクトカーの中で、フィアット500ほどに気持ちを“アゲて”くれる車が、はたしてほかに存在するだろうか?

 そして、今回わずか250台のみだが初めて導入された5速MT+ツインエアの組み合わせは、フィアット500ツインエアの昂揚感を、より明快に味あわせてくれると思うのだ。

 ちなみに、デュアロジック版となる「ツインエア スポーツ」でも、このスポーティな雰囲気は充分に満喫できるので、AT限定免許の方やイージードライブ派もご安心を。元より楽しさと快適性では定評のあった500ツインエア+デュアロジックを、「スポーツウェア」とともに満喫できるこのモデルもまた、あなたの期待を裏切ることは決して無いだろう。

 

500 ツインエア スポーツプラス
全長×全幅×全高[mm]3545×1625×1515
ホイールベース[mm]2300
前/後トレッド[mm]1415/1410
重量[kg]1010
エンジン直列2気筒マルチエア 0.875リッター ターボ
ボア×ストローク[mm]80.5×86
最高出力[kW(PS)/rpm]63(85)/5500
最大トルク[Nm/rpm]145(14.8)/1900
トランスミッション5速MT
駆動方式2WD(FF)
10・15モード燃費[km/L]21
前/後サスペンションマクファーソンストラット/トーションビーム
前/後ブレーキディスク/ドラム
タイヤ195/45 R16
ステアリング位置
乗車定員[名]4
荷室容量[L]185~550

インプレッション・リポート バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/

2012年 7月 4日