インプレッション

ポルシェ「911 GT3」

 昨今の自動車界ではすっかり「エコ」が定着。日本ではハイブリッド車が脚光を浴び、ヨーロッパでもアイドリングストップメカやダウンサイズエンジンの搭載はもはや当たり前。そうした状況の中で、逆に今やすっかり“絶滅危惧種”となってしまっているのが、高回転・高出力型の自然吸気エンジンだ。

 実際、「初の自社開発ユニット」という誇らしげなフレーズとともに誕生したAMGオリジナルの6.2リッターV型8気筒エンジンは、大排気量をものともしない官能的な回転の伸び感と圧倒的なパワフルさが好評を博したものの、わずかに5年ほどで排気量を落とした新開発のターボ付きユニットに次々バトンタッチ。また、やはり回転の伸び感とそのサウンドが何ともすばらしかった従来のM5/M6に搭載されていたBMWのV型10気筒エンジンも、最新モデルではやはりターボを加えたV型8気筒の“ダウンサイズ&レスシリンダー・ユニット”へと世代交代を終えている。日本国内でもRモデルを中心に搭載されたホンダの典型的な高回転・高出力型エンジンが姿を消してから、すでに久しい。

 もはや際立つレスポンスを売り物とし、スポーツ派ドライバーの期待に応えてきたそんな心臓は、この先に生きながらえていくのは不可能なのだろうか? 「いやいや、まだ悲観をするのは早いでしょう」と、ここにきて大いなる期待を感じさせてくれたのが、鉄とアルミによる「ハイブリッド構造」を採用し、ホイールベースを一挙に100mmも延長したことが大きな話題となった991型のボディーを用いる、新しい「911 GT3」に搭載されたフラット6エンジンだ。

911 GT3のボディーサイズは4545×1852×1269mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース2457mm、Cd値は0.33。トランスミッションは7速デュアルクラッチトランスミッション「PDK」のみの設定となった。最高速は315km/h、0-100km/h加速は3.5秒

新設計の高回転・高出力型自然吸気フラット6エンジン

水平対向6気筒 3.8リッターエンジンは最高出力350kW(475PS)、最大トルク440Nmを発生。最高出力を8250rpmで発生するほか、レブリミットは9000rpmに設定されるなど高回転型となっている

 1999年に、まだ限定車の扱いで誕生した初代モデルから数えると、5代目となる最新の911 GT3。そこに積まれたのは、排気量こそ従来と同様の3.8リッターでありながらも、「完全なる新開発!」と開発陣が胸を張る、まさに珠玉のようなパワーユニットだ。そう、世の中の動きにまるで真っ向対峙をするかのごとく、このタイミングで華々しく登場したのが、911 GT3に搭載されるこの高回転・高出力型自然吸気フラット6エンジンということになる。

 最高出力は475PSで、最大トルクは440Nm――それが最新のGT3のために開発された新エンジンの実力だ。注目すべきは最高出力を発生する回転数で、8250rpmというその値は、435PSを発生した従来型の7600rpmよりも650rpmも高いポイントにある。

 それを受けるように、そのレブリミットは今回ついに9000rpmの高みに到達した。これも、従来型のそれよりも500rpm高い。シリンダーブロックはカレラS/4S用のそれをベースとするものの、高回転化実現のためのロッカーアーム式バルブ駆動系を用いるヘッド部分は、「まったく新しいGT3専用の設計」という。

 GT3の心臓に初採用となる直噴メカは、カレラ用ユニットの120barに対して最高噴射圧を200barにまで引き上げた、やはり専用設計のアイテム。高性能と耐久性を両立させるべくチタン製のコンロッドや鍛造ピストンなど、各部に用いられた素材ももちろん吟味された一品だ。

 こうして自然吸気ユニットでありながら、125PSという1リッター当たり出力を絞り出すことに成功したエンジンと組み合わせるトランスミッションは、7速デュアルクラッチトランスミッション「PDK(ポルシェ・ドッペルクップリング)」。そう、これまでは「自然吸気の高回転・高出力エンジン+MT」というのが1つの記号になっていた911 GT3から、ついにMTが姿を消す時がやってきたのである。

 GT3が2ペダルのみとなってしまう――このニュースにショックを受けた人は少なくないだろう。何を隠そう、自分もまさにその1人。いや、「仮にカレラ・シリーズからはMTがなくなっても、きっとGT3にだけは残されるはず」と、これまでむしろそう考えてきただけに、個人的にも些かショックであったのがこのポイントだ。

 そんな思いを抱く人は、きっと世界に少なくないはず。だから当然開発陣も悩みに悩んだ末でのPDKの搭載……と思いきや、新しいGT3へのPDK搭載は「開発初期の段階で決めていた」という。そんなストーリーもまた、自分にとってはちょっと意外な事柄だった。

 実は従来型GT3の登場当時、開発陣に「何故PDKを搭載しないのか」と質問を投じた際の回答は、「MTの方がPDKよりも30kg軽いから」というシンプルなものだった。より高いパワーを発する専用エンジンを搭載の上で、リアシートを廃止するなど軽量化にも尽力するのがGT3。にもかかわらず、MTよりも重いPDKを搭載するのは、その趣旨に反するというのが当時の考えであったわけだ。

 ところが、今回返ってきたコメントは「PDKを搭載した方が、スピード性能で圧倒的に勝る」というもの。実際、前出エンジンのパワーアップや、ボディー/シャシーのポテンシャル・アップの恩恵は当然あるにはしても、ニュルブルクリンク旧コースのラップタイムが従来型よりも15秒短縮され、0-100km/h加速タイムも0.6秒の短縮という中の“少なからずの部分”は、シフト時にも駆動力の途絶がないPDK採用の効果であることは間違いない。

 さらに、軽量ギアの採用でカレラ用よりも2kgの減量を果たし、ギア比も専用にチューニングするなど、PDKそのものにもリファインの手が加えられた事実も見逃せない。ちなみに、通常のPDKでは見られるアイドリング状態のクリープ現象は敢えてカットされ、ステアリング両サイドのパドルを引いている間はニュートラル状態とする“パドル・ニュートラル”の機能が加えられるなど、2ペダルながら「MTの1種であること」を強調するかのような専用制御が行われている点も注目に値する。

 フロアレバーによるシーケンシャル・シフトには、これまでのポルシェ車とは逆となる「押してダウン、引いてアップ」のロジックが初採用された。ただしそれは、レース界では常識とされるデザインである一方で、従来ロジックに慣れ親しんだ人にとっては、戸惑わずにはいられないものであるはず。このモデルに限らず、この項目に関しては「ユーザーが好みの操作方向を選択できる」というのが最適解であると思えるが、ポルシェの最新スポーツモデルですらそれが実現されなかったのは、ちょっと残念だ。

アルカンターラ、レザー、ブラッシュアルミニウムなどで仕上げられるインテリア。メータパネルに4.6インチTFTカラーディスプレイを採用し、平均速度、平均燃費、走行可能距離、外気温などのデータを表示可能

ポルシェ初となる4WSシステム

 こうして、今でもMT消滅の件には頭のどこかにスッキリしない思いも残る一方で、その“電光石火”のシフトワークがマニュアル操作では絶対に敵わない敏捷さであると同時に、それが実際の速さへと繋がってもいることは、走り始めて即座に納得せざるを得ないものでもあった。

 迫力のフラット6サウンドとともに得られる加速は、まさに強力かつ官能的。アクセルペダルのわずかな動きにも即応するレスポンスもシャープなことこの上なく、この時ばかりは“ダウンサイズ・エンジン”が高効率であるのは理解をしつつも、「やっぱりフィーリング上では自然吸気エンジンに勝るものナシ!」と、そんなコメントを発したくなるものでもあった。

 そんなGT3の心臓の真骨頂は、6000rpm付近からレブリミットにかけての領域。回転数が高まれば高まるほどに、アクセルのレスポンスがシャープさを増し、まるでパワーが際限なく溢れ出てくるかのような感覚は、やはりこのエンジンならでは。9000rpmというレブリミットの設定は、まったく掛け値ナシそのものという印象だ。

 カレラ・シリーズのそれとは異なって、PDKは変速動作のたびに大きめのメカニカルノイズを耳に届けてくる。が、一方でそれが目立ったショックを伴うことがない点には感心した。微低速シーンでのクラッチワークもスムーズだから、穏やかなアクセルワークを心掛ければ街乗りシーンでもまったく苦はない。ちなみに、そうしたシチュエーションでもトルク感がカレラS/4Sに見劣りしないのは、このエンジンが実際に十分なトルクを発しているのとともに、駆動ギア比が全般に低めに設定された効果ももちろんあるはずだ。

 そんな新しいGT3での、前述エンジンとトランスミッションのトピックスに続くもう1つのビッグニュースは、ポルシェ車として初の4WSシステムが採用された点にある。

 前輪と逆位相、もしくは同位相方向に最大で1.5度ずつ操舵される後輪によって、「ホイールベースを実際よりも-150~+500mmの間で変化させたのと同等の効果がある」と開発陣は説明。もちろん、その狙いどころは「敏捷性と安定性の、高次元での両立」にあるわけだ。

 ポルシェ初の4WS搭載……と、そうした予備知識のもとに走り始めると、それに対する過度の予想はすっかり肩透かしを食うことになる。すなわち、さまざまな走りのパターンにトライをしても「後輪も積極的にステアされている」という感覚を抱かされることは皆無。よく言えば「違和感を受けることはない」半面で、わるく言えば「その効果は明確には実感できない」と、そのように表現をしてもよさそうだ。

 が、こうして明確な装着感を抱かせないことこそも、また開発陣の狙いどころであったに違いない。その目的は走りのポテンシャルをアップさせるという点にはあっても、「メカニズムの採用を認識させる」ということではないに違いないからだ。

 そしてなるほど、実際のGT3のハンドリング感覚は、前出の鋭い俊敏性と高い安定性がしっかり同居をしたもの。特に、後者については新型GT3の“走りのキモ”でもあると確信した。例え日常シーンであっても、ステアリング修正の頻度と量の少なさに、このモデルが従来型を大幅に凌ぐ安定性の持ち主であることがイメージをできるからだ。

 本拠地シュツットガルトの郊外で開催された国際試乗会のプログラム中には、実はサーキット走行もアウトバーンの走行も盛り込まれていなかった。正直なところ、それはやはり少々残念で、そうしたシチュエーションで思い切りアクセルペダルを踏み込み、タイヤの持つグリップ力の限界までを試してみたかったという思いが残るのは事実だ。けれども、まるで“天然のサーキット”のごとく開けたワインディングが続く今回用意されたルート上でも、その類稀なる走りの実力の片鱗は十分に味わうことができた。

 ここまでに紹介のPDKや4WSに加え、LSDやトルクベクタリング・メカ、ダイナミック・エンジンマウントや可変減衰力ダンパー等々と、さまざまな電子制御アイテムの助けを借りた最新のGT3が実現させた“究極の911”としての魅力度の高さは、数ある911バリエーションの中にあっても、やはり突出をしたものだと断言ができるのだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/