インプレッション

ルノー「ルーテシア ゼン(0.9リッターターボ)」

3気筒 0.9リッターターボエンジンに5速MTを搭載

「カングー」に“ダウンサイズ・ターボバージョン”を用意したかと思いきや、「メガーヌ」の“ニュルブルクリンク・レコードホルダー”を導入するなど、まさに少数精鋭でクルマ好きの心に刺さる酔狂なモデルたち(?)を選りすぐって持ち込んでくれるルノー・ジャポン。そんなルノー・ジャポンがまたまたやってくれた。今度はこれまで2ペダル・モデルのみが輸入されてきた「ルーテシア」についに加えられた5速MTバージョンだ。

 ここまでであれば、これまでのルノー・ジャポンの“実績”からしてある程度は想定のできた事柄。だが、これまたいかにもファンの気持ちをくすぐるかのようなポイントが、そんなMTのルーテシアにはこれまでの導入モデルとはまったく異なるエンジンが搭載されていることだ。

 日本に導入される、6速DCTを搭載するルーテシアに用いられてきたエンジンは、H5F型と呼ばれる1.2リッターのターボ付き直噴ユニット。ところが、新たに導入されたMTモデルに組み合わされるのは、H4B型というわずかに0.9リッターのポート噴射式ターボ・ユニットなのだ。

直列3気筒DOHC 0.9リッターターボ「H4B」エンジンに5速MTを組み合わせた「ルーテシア ゼン」。最高出力は66kW(90PS)/5250rpm、最大トルクは135Nm(13.8kgm)/2500rpmを発生

 種を明かせば、MTを採用するルーテシアがこれまでとは異なるエンジンを搭載したのは、「従来型エンジンに、そもそもMTとの組み合わせが存在しないから」という。事情はいかなれど、それゆえにまた新しいパワーユニットが味わえることになったのは、いわば“怪我の功名”的な出来事なのかも知れない。

 当然ではあるものの、そんな0.9リッターエンジンが発する出力とトルクは、従来の1.2リッター・ユニットには及ばない。90PSという最高出力と135Nmの最大トルク値は、1.2リッター・ユニット比で30PSと55Nmのマイナスだ。実は、さらなるダウンサイズ化が図られた0.9リッターエンジンのボア×ストロークは、1.2リッター・ユニットとまったく同数値。そう、およそ300cc分の1気筒を丸々カットして、3気筒とすることで成立しているのがこの0.9リッター・ユニットなのだ。

 となると、当然その興味の焦点は「そんなエンジンできちんと走ることができるのか?」ということになる。加えて、恐らくはコスト的な要因から高圧縮化には有利な直噴方式を廃したため、その分のパワーダウンも勘案しなければならない理屈となる。

ボディーサイズはルーテシアシリーズ共通の4095×1750×1445mm(全長×全幅×全高)、ホイールベースは2600mm。車重はシリーズ最軽量となる1130kgとなっている。価格は208万円
0.9リッターエンジン搭載モデルでは、専用装備としてフロントグリル、サイドプロテクションモール、トランクリッドをクロームメッキフィニッシャーとするとともに、リアスポイラーなどを装備。ホイールは専用となるブラックカラーの16インチアルミホイール(タイヤサイズ:195/55 R16)を採用している
ブラックとグレーを基調としたインテリア。レザーのステアリングやシフトノブを装備して上質感も高められている。また、シリーズで唯一ストップ&スタート機能を備えるのも特徴で、持ち込み登録車のためJC08モード燃費は明かされていないものの、EUモード燃費(郊外モード)は22.2km/Lとアナウンスされている

「やかましい」印象がない3気筒エンジン

 そんなこんなで、正直いささかの不安が残る状態で、0.9リッター・エンジンを搭載するルーテシア・ゼンのドライバーズ・シートへと収まる。ちなみに、インテリアの雰囲気はこれまでの1.2リッター・エンジンを積むゼン・グレードと同様だ。

 操作ストロークは大きめながら、なかなかのシフトフィーリング。1速ギヤを選び、静かにクラッチミートを試みる。すると、アイドリング状態からほとんど回転を上げない状態でもいともあっさりとスムーズなスタートが切れることに、ちょっと拍子抜けをするほどだ。

 “マイナス1気筒”の効果でフリクションが小さいゆえか、低回転域でのトルクが思いのほか厚いのだ。ちょっとばかりのコツを覚えてしまえば、「アイドリング状態からのスタートも容易い」と表現すれば、その動きの印象をイメージいただけるだろうか。もっとも、このモデルには基本的にはアイドリング状態が存在しない。そう、日本に導入されるルーテシアの中で唯一、アイドリング・ストップメカが採用されているからだ。

 そんなわけで、実際の信号待ちなどからのスタートでは、まずはエンジン再始動という場面からプロセスが始まる。これがまた、人間の感性にマッチした挙動で違和感をまったく抱かないことに感心させられた。クラッチペダルを踏み込むと同時にスターターモーターが回り、エンジンに火が入ってトルクが高まったちょうどその瞬間がクラッチミートのタイミング。エンジン停止中でも電動パワステは生きたままだし、ヒルスタートアシストが装備されているので上り坂の発進時に後ずさりをしないことも、違和感を抑える大きな要因になっているはずだ。

 ひとたびスタートした後は、1200rpm付近まで達すると、すでにターボがトルクを押し上げてくれていると実感。さすがに、絶対的な加速はさほど強力というわけではないが、エンジンがこうしたキャラクターの持ち主であるだけに、街乗りシーンで忙しくシフトを迫られるような事態には陥らずに済む。

 3気筒独特のノイズは、回転数を高めていくといくばくか耳に届くが、それとても決して「やかましい」という印象ではない。そんなエンジンに注文があるとすれば、アクセル操作に対するレスポンスがやや鈍く、またシフトアップを急ぐと、回転落ちの鈍さから次のギアへのバトンタッチがスムーズさに欠けることくらいだろうか。

 というわけで、新たなパワーパックを手に入れたルーテシアは、ふんわりと優しい乗り味やおしゃれな内外装など、従来からの美点はもちろんそのままにキープ。どうして日本のメーカーは、こうしたモデルを作ることができないのだろう……と、見ても乗っても改めてそんなことを思わずいいたくなってしまう、ちょっと小癪な1台の登場だ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

http://blog.livedoor.jp/karmin2/

Photo:中野英幸