尾張正博のホンダF1本「歓喜」の裏話

【第2話】“孫の手”を借りるほどの忙しさ

2021年のF1は前年よりも緩和されたものの、まだまだ制限が続いていた

取材を難しくする「ソーシャルディスタンス」

 約30年間、F1の取材をしているが、あんなに出国までドタバタしたのは2021年が初めてだったと思う。取材申請がおりた後も、国際自動車連盟(FIA)からはさまざまな取材に関する注意書きや、それを読んで承諾したことを示すために署名して返信しなければならず、その作業は出国間際まで続いた。

 だから、離陸した後も「書類の記入方法は正しかったのか?」とか、「きちんと書類が届いているのだろうか?」など、不安を抱えたまま機内で過ごしていた。コロナ禍での取材申請はすべてが初めてだった。さらに、分からないことがあれば、通常であれば知り合いのジャーナリストやカメラマンに聞くところだが、2021年のプレシーズンテストに参加する日本人は私以外にいなかったため、それもできなかった。

 ドバイを経由して開幕戦の地バーレーンに到着し、タラップを降りると、そこには現地スタッフが筆者の名前入りのプラカードを持って立っているではないか。どうやら日本を出発する前に返信した書類はすべて問題なかったようだ。

名前が記されたプラカードを持っているので分かりやすい

 入国審査を終えると、バーレーンの保険当局によるPCR検査が待っており、検査結果が出るまではホテルで待機しなければならなかった。約4時間後に陰性と通知がアプリに届いたので、レンタカーでサーキットの近隣にあるパス発給所へ行き、年間パスを受け取った。

やっと受け取れた年間取材パス

 これでようやく現地取材の準備は整った。ただし、このときF1はまだバブル方式をとっており、メディアの取材には多くの制限があった。例えば、通常であればパドックで自由にドライバーやチーム関係者に話を聞くことができるのだが、2020年の時点でのバブル方式ではメディアセンターから出て取材することは禁止されていた。そういう制限の中で取材した経験がないので、「それも経験の1つ」という気持ちで取材に来たのだが、来てみて驚いた。FIAは2021年からバブル方式を若干、緩和。メディアセンターの外に制限された区域を設け、フェンスでソーシャルディスタンスをとったうえで、ドライバーやチーム関係者と直接話をしてもよいということになった。

フェンスでソーシャルディスタンスを確保していた
ドライバーとの距離があり声を聞き取りにくい

 だが、この距離が見た目以上にある。しかも、この時点ではパドックでは全員がマスク着用の義務があり、そもそも話が聞き取りづらい状況。手を伸ばそうにも、背の高い外国人に正面に立たれるとどうしようもない。そんな状況のとき目に入ったのが、テレビクルーたちが取材していたミックスゾーンだ。そこでは長い棒にマイクを取り付けて、それを口元まで伸ばして録音しているではないか。しかし、テレビクルーでもない私にはそんな道具はない。そこで思いついたのが、スーツケースに常備していた孫の手だ。初日の取材を終えた私はホテルに帰ると孫の手にICレコーダーをテープで留めて、2日目以降の取材を開始。これで角田選手の声をバッチリ拾えるようになった。

テレビクルーが使っていたマイク道具がヒントに
孫の手にこんな使い道があったとは驚きである

 ただし、孫の手で取材をいつまでも続けていては失礼なので、プレシーズンテストが終了し、開幕戦までの数日間の休暇の間に代替え品を探すことにした。日本ならこのような物は100円均一に行けばすぐに見つかるのだろうが、バーレーンの首都マナマにはそのような便利なお店はない。ホテルに戻ってスタッフにたずねてみたら、「廃材でよかったら長いパイプが1本ある」と言う。ということで、開幕戦からは録音機材もスペック2に進化。こうして不安の中でスタートした現場取材は、予想を遥かに上まわる収穫とともに無事終了した。

バージョン2へと進化したロングボイスレコーダー。これなら機材っぽい

 とはいえ、この時点で2戦目以降の取材をどうするかを私はまだ決めていなかった。というのも、F1の取材は制限が緩和されたものの、日本政府の水際対策がまだ厳しい状態が続いていたからだ。この時点で日本への入国者は全員、PCR検査を受け、陰性結果が出なければ空港を出ることができなかった。さらに陰性が出ても、数日間はホテルか自宅で自主隔離が求められ、厚生労働省が指定するアプリをダウンロードして、帰国後数日間管理されていた。また空港からホテルまたは自宅へ向かう交通手段に公共交通機関を使用できず、家族や知り合いにクルマで送迎してもらうか、空港でレンタカーを借りるしかなかった。そんな生活を2週間に1回やりながら年間20戦以上まわるというのは、かなりハードルが高い。

「取材を続けたいが、やっぱり難しいよなあ……」

 そう思いながら帰国の途につこうとしていたとき声をかけてきたのが、Car Watchの「気合いで撮る!」でお馴染みのF1カメラマンの熱田護さんだった。

「日本に帰らずに、ヨーロッパにとどまって取材を続けてみないか?」

 確かに日本から往復するよりも、ヨーロッパにとどまって取材するほうが物理的には楽だ。しかし、そのためには少なくとも数か月は日本へは帰れない。家族の同意も必要だし、ヨーロッパで生活するための資金も準備しなければならない。そして、何より「ヨーロッパにとどまって取材をやるぞ!!」という覚悟が必要だ。熱田カメラマンに声をかけられたとき、正直私にはその勇気はなかった。そんな私に熱田カメラマンはこう言った。

「今年は7年ぶりに日本人ドライバーがF1にデビューするだけでなく、ホンダのF1ラストイヤーですよ」

 確かに現場取材者としては、このような機会は滅多にない。見逃したら、一生後悔するかもしれない。

「じゃ、帰国したら、また連絡します」

 そう言って、成田空港で別れた。

尾張正博

(おわりまさひろ)1964年、仙台市生まれ。1993年にフリーランスとしてF1の取材を開始。F1速報誌「GPX」の編集長を務めた後、再びフリーランスに。コロナ禍で行われた2021年に日本人記者として唯一人、F1を全戦現場取材し、2022年3月に「歓喜」(インプレス)を上梓した。Number 、東京中日スポーツ、F1速報、auto sports Webなどに寄稿。主な著書に「トヨタF1、最後の一年」(二玄社)がある。