尾張正博のホンダF1本「歓喜」の裏話

【第6話】単行本の構成見直し

コロナで2021年に2年ぶりに復活したモナコGP。モナコGP名物、街中のマールボロの広告は、タバコの広告ではなく、ソーシャルディスタンスを推奨するものに変更されていた

少しずつコロナの規制が緩和されてきた欧州

 2021年のF1スケジュールでは、ポルトガルGPの翌週にスペインGPがあり、2週連続で取材をこなし、ヨーロッパ生活での拠点にしているアンドラへと戻った。シェンゲン国境規則を逃れるためには日本人にとってアンドラは天国だが、新型コロナに関する規制という点では不利な国でもあった。というのも、スペインGPの後はモナコGPだったが、F1を運営する国際自動車連盟(FIA)から、こんなお達しが届いていた。

「EEA圏外からフランスおよびモナコへ入国する者は入国後、直ちにPCR検査を受け、検査結果が出るまでホテルで自主隔離すること」

 EEAとはEuropean Economic Areaの略で、欧州経済領域を意味する。EEA加盟国はヨーロッパ連合(EU)加盟国の27か国にリヒテンシュタイン、アイスランド、ノルウェーを加えた30か国となっている。アンドラはEUにもEEAにも属していないため、アンドラからレンタカーでフランスに入国した後、モナコGPの取材を行なう私と熱田カメラマンは、モナコへ入国した後、直ちにPCR検査を受け、検査結果が出るまでホテルで自主隔離しなければならなかった。

 PCR検査はFIAがサーキットに設置している検査場で、予約もなく無料でできたが、午後5時までしかやっていない。アンドラからモナコまでは約800kmあるので、渋滞も見越して10時間前の朝7時に出発する予定を立てた。

 しかし、この頃のヨーロッパは新型コロナに関する規制が徐々に緩和されていて、出発直前になって、FIAから「EEA圏外からの入国者に対するPCR検査の必要がなくなった」という知らせが届いたため、アンドラ出発はホテルのチェックイン時間までに間に合えばいいので、朝9時に変更した。

 パドックでの取材規制もモナコGPから緩和された。これまではパドックにはフェンスで区切られたエリアまでしか立ち入れなかったが、ジャーナリストは予選とレース直後の1時間を除いて(混雑しているため)、自由にパドックに入ることが可能になった。またチーム側が了承すれば、取材目的でチームスタッフへの取材も可能になった。これで単行本の取材もはかどる。

パドックに入り、このような撮影も可能になった

ホンダの勝機を感じ始めた大きな1勝

 実はこのころ、私は単行本の構成をどうするかでも頭を悩ませていた。当初、この単行本は2021年限りでF1を撤退するホンダの、7年間の苦悩の道のりをラストイヤーの戦いとともに描く予定だった。マクラーレンをパートナーとして2015年にF1に復帰したホンダが、なぜ6年後に撤退しなければならなかったのか。撤退という厳しい現実が待ち受ける中、ホンダのスタッフはどのように最後1年間を戦っていたのか。つまり、「撤退」がテーマだった。

 ところが、この年のホンダは2020年までとは異なり、開幕から王者メルセデスとどのレースでも接近戦を繰り広げていた。その戦いぶりを現場で取材していた私は、これまで感じたことがないホンダの強さを肌で感じていた。そして、ホンダを取材してきて、初めて「もしかしたら、ホンダがチャンピオンになるかもしれない」と思い始めていた。

 そうなると、単行本の構成は根底から見直さなければならない。ホンダが好調であればあるほど、私の悩みは大きくなっていった。そして、その悩みはこのモナコGPでピークに達した。ホンダのパワーユニットを搭載するレッドブルを駆るマックス・フェルスタッペンが優勝したからだ。

2021年シーズンのモナコGPで優勝したマックス・フェルスタッペン選手。写真提供「Red Bull Content Pool」

 伝統の1戦、モナコGPでの勝利はほかのグランプリとは別格だが、2015年にF1に復帰して以降はもちろん、2000年~2008年までの第3期F1活動時代には一度も勝てなかった。ホンダが最後にモナコGPを制したのは第2期F1活動時代最終年となった1992年までさかのぼらなければならないほど、なかなか手にできなかった1勝だった。

 さらにこのモナコGPでの勝利で、レッドブル・ホンダはドライバーズ選手権とコンストラクターズ選手権の2つのタイトル争いで選手権リーダーとなった。

 ホンダが最後に選手権リーダーとなったのは1991年。レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表も「ホンダが強かった時代、私はまだ学生だった。そのホンダと組んで選手権リーダーになったのは非常に感慨深い」と喜んでいた。

1992年のマクラーレン・ホンダ×アイルトン・セナ選手。写真提供「Marlboro」

 負けん気の強いホーナー代表でも選手権リーダーになって感慨にふけるほど、当時のメルセデスは強かった。2014年~2020年までドライバーズ選手権とコンストラクターズ選手権を連覇し続けていただけでなく、いずれもライバルを圧倒してタイトルを手にしていたからだ。そもそもメルセデスのドライバー以外がドライバーズ選手権でトップに立つことが珍しく、メルセデス以外のドライバーがリーダーとなったのは、2018年イギリスGP終了時のセバスチャン・ベッテル(当時フェラーリ)以来のことだった。

 悩みは解消した。タイトルを獲得してもしなくても、チャンピオンシップを賭けてメルセデスと激しい戦いを演じることは間違いない。単行本はF1復帰直後のどん底の状況から、ホンダはいかに頂点を目指した戦いを挑むようになったのかを記すことにしようと決めた。

 モナコGPの勝利は、それほど大きな1勝だった。

尾張正博

(おわりまさひろ)1964年、仙台市生まれ。1993年にフリーランスとしてF1の取材を開始。F1速報誌「GPX」の編集長を務めた後、再びフリーランスに。コロナ禍で行われた2021年に日本人記者として唯一人、F1を全戦現場取材し、2022年3月に「歓喜」(インプレス)を上梓した。Number 、東京中日スポーツ、F1速報、auto sports Webなどに寄稿。主な著書に「トヨタF1、最後の一年」(二玄社)がある。