尾張正博のホンダF1本「歓喜」の裏話

【第10話】帰国直後に食べた、あの味を忘れない

2021年のハンガリーGPにて、多重クラッシュに巻き込まれてしまったマックス・フェルスタッペン選手のマシン

 2021年の夏休み前、最後の1戦となったハンガリーGPで、レッドブル・ホンダの2台はライバルであるメルセデスのバルテリ・ボッタス選手が引き起こした多重事故に巻き込まれ、セルジオ・ペレス選手は直後にリタイア。マックス・フェルスタッペン選手もフロアやバージボードに大きな損傷を受け、なんとか10位に入賞するのが精一杯という結果に終わった。一方、ライバルのルイス・ハミルトン選手(メルセデス)が3位に入ったため、これでドライバーズ選手権トップは逆転。フェルスタッペン選手は2位に落ちた。

 ハンガリーGPを終えた私は、ブダペストからフランクフルト経由で帰国の途についた。ブダペストの空港には、日本から長期出張に来ていた数人のホンダのスタッフの姿もあった。同じ便でドイツのフランクフルトへ。フランクフルト空港内にあるPCR検査場で検査を受け、数時間ホテルで仮眠をとってから、結果をもらいにいった。晴れて日本書式の陰性証明書を手にして、日本行きの便にチェックイン。離陸した直後に爆睡し、気がついたら、着陸態勢に入っていた。

多重クラッシュに巻き込まれ破損したマシンを眺めるマックス・フェルスタッペン選手

 2021年の全戦取材を目指して離日したのが4月15日。まだ日本では桜が咲いていた。それから、約4か月。帰国した8月3日の日本は、真夏だった。

 そのころの日本では、帰国者に対してPCR検査が義務付けられており、陰性の結果がもらえるまで空港から出られなかった。もし、ここで陽性と判定されれば、厚生労働省が指定する隔離施設で一定期間過ごさなければならず、帰国したその日に予定していたワクチン接種を打てない。それは、後半戦の取材に向けて出発する8月25日までに2回目のワクチン接種を終了できないことを意味する。つまり、それまでの苦労が水の泡となる。

 帰国する直前までさまざまな手続きに追われていたため、日本行きの飛行機の中で爆睡していた私は、ほとんど食事らしい食事をしておらず、帰国直後から空腹感に襲われていた。しかし、PCR検査も、その結果が出るまでの待機所も空港のロビーなどの施設内で行なわれたため、レストランで食事することも売店などで軽食を調達することもできなかった。

 約1時間後、ようやく陰性の結果が出て、日本への入国が許可された私は、熱田カメラマンと羽田空港からレンタカー会社のシャトルバスに乗って、空港近くの営業所へ。そのころの日本はまだ帰国者に対して公共交通機関の使用を許可していなかったからだ。

 そこでレンタカーを借りた私たちは、レンタカー会社のスタッフが勧めてくれた近所のそば屋へ向かったが、あいにく定休日。帰国する前は、ざるそばとカツ丼が食べたかった私だが、4か月ぶりに日本で食べる日本の料理なら、正直なんでもよかった。しょうが焼きや焼き魚などの定食からラーメン、チャーハンの中華系、なんならモスバーガーでさえよかった。

 しかし、予定外にPCR検査の結果が出るのに時間を要してしまったため、すでにランチタイムを過ぎ、営業している店自体が少なく、近所にあった焼肉屋さんに入った。行く前からネットで調べて狙っていたわけでもなく、特に有名なお店でもなかったけれど、涙が出るほどおいしかった。肉が“○○牛”とか、タレが“秘伝”だとか、そういうことの前に、ごはん(白米)が何よりおいしかった。

 お腹も心に一気に満たされた私たちは、レンタカーに乗って、ワクチン接種を受けるべく、横浜にある某病院を目指した。そこで1回目のワクチン接種を行なった私たちは、2回目のワクチン接種の予約を21日後の8月24日に入れ、帰宅の途についた。ただし、私は帰国するにあたって、家族と話し合い、さらに5日間、ホテルで自主隔離することにした。

 当時の日本はまだ緊急事態宣言が完全に解除されておらず、一般の旅行者はほとんどいなかったため、ホテルは割と空いていた。ただし、同時に外食産業も多くが閉店していたり、やっていても営業時間を切り上げていたため、ホテルでの食生活は近所のスーパーでお惣菜を買ったり、コンビニ弁当が中心になった。それでも、知らない土地で食べる今まで食べたことがない料理よりも、日本で食べるスーパーのお惣菜のほうが何倍もおいしかった。

イギリス・ミルトンキーンズにあるHRD UK

 ホテル暮らしの間、私は単行本の取材を見直してみた。というのも、ここまで私はサーキットの現場で取材活動してきたが、ホンダのF1活動というのはサーキットの現場だけでなく、イギリス・ミルトンキーンズにあるHRD UKや、日本にあるHRD Sakura(現在のHRC Sakura)でも行なわれているからだ。そのため、夏休みに帰国した際には、ぜひとも栃木県さくら市にあるHRD Sakuraに出向いて、開発現場の取材がしたかった。だが、帰国直前に再び緊急事態宣言が出された関係でそれらの予定はすべてキャンセルしなければならなくなった。

 それでも、今回の単行本では、サーキット現場の戦いだけでなく、開発現場の声も盛り込みたい。ホンダの関係者に再び打診することにした。

HRD Sakura(現在のHRC Sakura)
尾張正博

(おわりまさひろ)1964年、仙台市生まれ。1993年にフリーランスとしてF1の取材を開始。F1速報誌「GPX」の編集長を務めた後、再びフリーランスに。コロナ禍で行われた2021年に日本人記者として唯一人、F1を全戦現場取材し、2022年3月に「歓喜」(インプレス)を上梓した。Number 、東京中日スポーツ、F1速報、auto sports Webなどに寄稿。主な著書に「トヨタF1、最後の一年」(二玄社)がある。