トピック
ホンダアクセスの手動運転補助装置「Honda・テックマチックシステム」開発者インタビュー
ホンダ センシングと組み合わせた運転体験は、コレはもう未来の運転装置かも!
- 提供:
- 株式会社ホンダアクセス
2020年12月28日 00:00
はじまりは本田宗一郎氏のひとこと!?
「どうしてだ? 涙のやつが出てきてしょうがないよ……。よし、やろう。ホンダもこういう仕事をしなきゃだめなんだ!」
これは本田宗一郎氏が、大分県別府市にある障害者の自立支援施設「太陽の家」を訪れ、一心に作業に打ち込み自立しようとする障害者の姿を目にして呟いた言葉です。
「太陽の家」がある大分県別府市はご存じのように温泉地としても有名で、古くからその温泉を利用したリハビリテーション施設が多い町。その地に整形外科医の中村裕博士が「保護より働く機会を」と提唱し、太陽の家を設立したのが1965年のこと。
その13年後の1978年1月に本田宗一郎氏がこの地を訪れ、懸命に自立しようと働く障害者の姿に涙をこぼし、一念発起。約3年後の1981年に障害者の自立を支援するために「ホンダ太陽」が設立されました。
あまり知られてはいませんが、40年以上前から障害者の雇用や彼らの自立のために尽力してきたホンダ。そんなホンダが作る「テックマチックシステム」という、運転補助装置をご存じでしょうか? これは足が不自由で、移動に車椅子を使わざる得ない人でもクルマの運転が可能になるというもの。
かくいう筆者も、20年前に事故で脊髄を損傷して以来の車椅子ユーザー。授傷後のリハビリ病院で脚が動かなくても、手だけでクルマを運転できる“手動運転装置”というものを知りました。幸いそのリハビリ病院には手動運転装置の訓練ができる施設もあり、すぐに免許を書き換えて、退院時には手動運転装置を取り付けた愛車で、自分で運転して家に帰ることで自立への一歩を踏み出すことができました。
医者から「貴方はもう一生車椅子です」と宣告され、「ひとりではもう何もできないんだ……」と、絶望にうちひしがれ、天井を眺めることしかできなかったころには想像もしなかった「車椅子でもクルマが運転できればどこにでも行ける!」という万能感・幸福感は今でもハッキリと覚えています。たぶん、運転免許をお持ちの皆さんも運転免許を取得した際に感じたであろうあの気持ちです。それを手動運転装置のおかげで僕は2回も感じることができました(笑)。
以来、その感動をくれたサードパーティー製の後付手動運転装置を、この20年ずっと使い続けてきました。その理由は20年間いちども故障せず、使っていてまったく問題がなかったから! しかし、ひと月前にこのCar Watchさんの取材で出会ってしまったのです! ホンダの運転補助装置「テックマチックシステム」に!
ビックリしました! 私が使っている後付の手動運転装置の操作感とはまったく別物!
まるで脚でペダルを踏んでいたときのリニアな操作感を思い出させるようなその操作感。それまでは「車椅子ユーザーでもクルマを運転できる」ってことだけで幸せを感じていたのに、車椅子になる前のクルマ好きだった自分を思い出させるような贅沢な体験をしてしまったのです!
アカザーの新型フィット用手動運転装置「テックマチック」に試乗しました
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/impression/1282978.html
あれからひと月。どうにもそのときのドライビング体験が忘れられず、「テックマチックシステム」の開発元であるホンダアクセスさんに取材に行ってきました! ご対応していただいたのは、ホンダアクセス 開発部の清水隆彦さん。
「3つの喜び」が生んだ運転補助装置
――どうにも前回の「フィット e:HEV BASIC Honda・テックマチックシステム手動運転補助装置 Dタイプ装着車」のドライブフィーリングが忘れられず、もっとテックマチックシステムのことが知りたくてまた来ちゃいました! 実は午前中に前回体験できなかった、テックマチックシステム+ホンダ センシングを使っての高速道路でのドライブ体験をさせていただいたのですが、前回にも増して驚きと興奮を覚えました! 「コレもう未来の運転補助装置でしょ!」みたいな。
清水氏:それはうれしいですね! そんなテックマチックシステムのファンになってくれそうなアカザーさんには、まず最初にホンダの運転補助装置に対する取り組みのルーツであるエピソードを1つお話しさせてください。それはもう1つの「ホンダフランツシステム」という足動運転補助装置の開発秘話です。
1981年に、熊本県の辻典子さんというサリドマイドで生まれつき両上肢がない方から「両腕がなくても運転できるクルマを作ってほしい」との申し出があったのが、足動運転補助装置「ホンダフランツシステム」開発のきっかけです。
しかし、その当時は“両上肢がない人はクルマを運転してはいけない”という法律があったんです。要は、法律が売ってはいけないよ、といっているクルマをホンダは作ろうとしたんですね(笑)。
でも、彼女をどうしてもクルマに乗せてあげたい! という開発者の強い思いもあり、いろいろと調べたところドイツにそういうクルマがあるということを知りました。さらに、それがフランツ博士の開発した“フランツシステム”という運転装置だということを知ったのです。
そしてその後も、いろいろと情報を仕入れつつ開発を続けてはみたのですが、どうしてもフランツ博士の開発したシステムに似たものになってしまう。そして、開発が八方ふさがりになったところ……。フランツ博士ご自身から「そんなに開発したいなら特許料はいらないのでぜひ使ってください」とのありがたいお言葉をもらい、さらにはフランツ博士がわざわざ法改正のために来日して行政にまで出向き、フランツシステムの安全性を説いてまわってくださったんです。
そのおかげで、晴れて1982年に法律が改正され、辻典子さんは免許を取得。ホンダからは第1号のフランツシステムが搭載されたシビックが発売されたというわけです。
このエピソードの根底には、本田宗一郎が社是として掲げた「3つの喜び」があります。それは、“購入者が買って喜び”“販売者が売って喜び”“技術者が造って喜ぶ”というモノづくりです。
――確かに僕自身も手動運転装置が付いたクルマを初めて買ったときは本当にうれしかったです! 辻典子さんの当時の喜びも相当なものだったんでしょうね。
初代テックマチックシステムはバイクのハンドル!?
清水氏:そして、そのフランツシステムを搭載した1号車と、ほぼ同時期である1983年ごろのテックマチックシステムのカタログがコチラです。
清水氏:このカタログ以前の1973年ごろには、すでにメーカー製としては初となる運転補助装置テックマチックシステムを世に送り出していたそうなのですが、それもほぼコレと似たような仕様だったようです。
――なるほど。初代は現在のテックマチックシステムとはずいぶん違う感じだったんですね。
清水氏:その後、2002年ごろに発売されたテックマチックシステムにはコラムタイプとフロアタイプの2つがラインアップされました。アカザーさんがいま使われている手動運転装置はこのフロアタイプと似た感じのものですよね。
――僕が車椅子になって初めて手動運転装置を使ったのが2001年ごろなのですが、当時はサードパーティー製で後付の手動運転装置がほとんどでした。ラインアップも主にこの2種類のような仕様だったのを覚えています。金属シャフト製の操作レバーをフロアかコラムに固定したもので、操作は押してブレーキ、引いてアクセルというものでした。
清水氏:このモデルのころまではテックマチックも金属シャフトによる操作だったのですが、アカザーさんもご存じのようにフロアタイプは、固定軸のせいで足下が狭くなるじゃないですか? そこで「もっと足下を広くしたい」との思いから、ワイヤでアクセルとブレーキをコントロールする方式に変更したんです。
清水氏:それが、アカザーさんに運転していただいた、現在のテックマチックシステムです。でも実はこれ、10年前の2010年ごろ、フィット2の時代にはすでに開発されていたものなんです。実は10年前からあの性能を持っていたんですよ。
――ええっ、そうなんですか! いや余りにもリニアで現代的な操作感だったので、新型フィット向けに新しく開発されたものだとばかり。
障害をもつ方にも運転の楽しさを!
清水氏:操作時のリニア感は、金属シャフトからワイヤ方式に変更する当時からかなりこだわって作り込みました。どうすればリニアな操作感にできるか? という点を徹底的に考えぬいたんです。そしてその結論は“ゼロタッチ”です。機械的に動く遊びを極限まで削る。そしてさらにそのワイヤでの操作フィーリングを、足で操作したときと同様のフィーリングに近づけることにもこだわりました。
清水氏:テックマチックシステムはホンダの純正開発という強みも手伝って、後付の手動運転補助装置だと遊びとして出てしまうような部位を極限まで調整することができたのもいい方向に動いたように思います。
――さすがF1やモータースポーツで実績を残しているホンダですね! 技術の突き詰め方がモータースポーツの現場っぽい!
清水氏:本田宗一郎の言葉に「思想こそが技術を生む母体だ」というものがあるんですが、このテックマチックシステムのコンセプトには「モビリティをより楽しく」というのがあります。もちろん自動車メーカーとして、何より安全であることがわれわれに課せられた使命なのですが、その安全の中でお客さまにいかに楽しんでもらえるか? ということにこだわりました。なので、前回の試乗でアカザーさんに「足で運転していたころを思い出しました」と言って貰えて本当にうれしく思いました。
――アレは感じたままを言葉にしたのですが、まさか開発の方々も足で操作したフィーリングを再現しようとしていたとは! 僕自身もテックマチックシステムはバリアフリーエキスポなどで実物を見て触って、かなり前から知ってはいたんですけれど……実車に取り付けたものを運転させてもらったのはあれが初めてで、まさに青天の霹靂でした。展示品を触って構造を理解しただけで、分かった気になっていた自分が恥ずかしい(笑)。
テックマチック+ホンダ センシングが拓く新たな運転方法
清水氏:開発していて思うのが、このアイテムの難しい所って実車に装着してみないと分からないというところなんです。さらに、使用されているお客さまのクルマとの相性とかもある。なので、なかなかすべてのクルマに乗って検証するということが難しいです。いま開発として気になっていることの1つに、「運転補助装置というものを買っていただけるお客さまが、どういうところに価値を置くのか?」という疑問があります。
――個人的にはテックマチックのリニアな操作感にはかなりの魅力を感じます。あと、ワイヤを使ったことによる“操作の軽さ”は特定の障害を持つ方にとっては大きな魅力になると思います。たとえば上肢にも障害があり、金属シャフト式の運転補助装置を操作できるほどの強い力が出せないという方です。このテックマチックの操作の軽さなら少ない力でも運転が可能なので、そういう理由で運転をあきらめている人にとっては、それこそ“購入者が買って喜ぶ”製品になると思います。
――あとは午前中の「フィット e:HEV BASIC Honda・テックマチックシステム手動運転補助装置 Dタイプ装着車」試乗時に、高速道路を走行中にたまたま渋滞に出くわしたので、渋滞追従機能付ACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)を使ってみたんです。ACC機能を使えばステアリングを軽く保持する力さえあれば、片手というかほぼ親指1本で、ステアリングについているボタンを押すだけで運転できちゃうんですね! あれは凄いですね!
――海外では障害者をあらわす“ディスエイブルド”や“ハンディキャップ”という言葉の変わりに、最近では“アダプティブ”(適応)という言葉が使われるのですが、まさにホンダ センシングのACC(アダプティブ・クルーズ・コントロール)機能が運転の補助をし、障害をもった人に適切なアダプティブをする。このホンダ センシングとテックマチックとの組み合わせに、次世代の運転補助装置の1つの正解が見えました! この組み合わせなら、これまで運転をあきらめていた多くの方も、運転をあきらめなくてもいいような未来が、いやもうすでに現実になっている気がします!
心理的・技術的障害を取り除いていく
清水氏:しかし、ホンダ センシングはまだしも、テックマチックという見慣れない装置を使ってクルマに乗ることに対して、まだまだ皆さんからの理解が得られていないというケースもあるんです。つまり「運転補助装置なんて得体の知れないものは危ない!」と、介護する側が感じてしまって、本人が免許を取れずに自立する機会を逃している方がいらっしゃるかもしれないということです。
そういう心理的障害を減らすためにも、「私たちはホンダ純正アクセサリーメーカーとして、こういうアイテムを出してます! こういう装置があります!」ということを、もっと世の中に広く伝えていかなければと考えています。危険視していた人の中に「ホンダの純正装置だから大丈夫だね」という人が出てきてくれるように、運転補助装置の認知度をもっともっと前にすすめていきたいです。
――確かに「F1もやってる世界のホンダが作ったものなら信頼できる!」と考える人は少なくなさそうですね。ホンダフランツシステムの開発秘話に出てきた辻典子さんじゃないですけど、もしそれで、テックマチックシステムでクルマが運転できるってなると、それで自立することができますからね。
清水氏:あとこれは技術的な問題でもあるんですが、運転アシストや自動運転が今後主流になっていく際に、どうしてもわれわれがやらなければならないことがあります。それは運転アシスト搭載車に、後付の運転補助装置が取り付けられないという問題の解決です! 現にすでにそういう問題が出てきています。その原因は運転補助装置から入力されたデータを、運転アシスト側のプログラムがエラーとして判断するからなんです。
今後の自動車は自動運転化も含めてこういった運転アシストプログラムで制御することが多くなってくるのですが、そのときに運転補助装置が介入するバッファーをあらかじめプログラム上に作っておかないとダメなんです。そうしないとサードパーティー製の手動運転装置がつけられないクルマばかりになってしまい、逆に皆さんが運転をする際のバリアになってしまう。
そうならないように、まずはメーカーの私たちがちゃんとやって、運転補助装置が使うバッファーを自動運転や運転補助のプログラムの中に確保することが急務だと感じています。それがホンダにとっていいかどうかはさておき、この業界や手動運転装置を必要とするユーザーにとっては確実によいことになると信じています。
運転方法も多様化する時代
清水氏:今回、アカザーさんは両足が不自由なのでテックマチックのDタイプを運転していただきましたが、最近Dタイプより売れているのが、左足だけで運転できる「テックマチックBタイプ」なんです。
これは、ひと昔前なら脳梗塞で障害を負ってしまうと運転をあきらめる人が多かったんですが、現在は半身麻痺になっても再び運転したい! と考える人が多くなってきたからだと思います。今後はそういう運転者や運転方法も多様化していくので、その辺は深く考え取り組んでいく必要があります。
――それを考えたら「ホンダe」のワンペダルとかも、テックマチックシステムの方がもしかしたらスムーズに運転できたりするのかもしれないですね。
清水氏:今後はステアリングもアクセルもブレーキもフライ・バイ・ワイヤというデジタル制御になってくるでしょうから、それこそ本当にゲームのコントローラーでの運転もアリな時代が来るかも知れないです。
――もしそういう操作法で、アクセルペダルとブレーキペダルがなくなれば、最近何かと問題になっている“高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違い”みたいな事故も減るかもしれませんね。
そうそう、最後に言い忘れていた貴重な体験がもう1つありました! 手動運転装置を使って運転していたこの20年間、ステアリング操作はいつも右手1本だったんですが、ホンダ センシングのおかげで20年ぶりに両手で運転しました(笑)。もちろんコレもテックマチックがいつでも使えるという安心感からのものですが、このテックマチック+ホンダ センシングのおかげでできた新たなドライビング体験でした! フツーに両腕で運転することが、足の不自由な車椅子ユーザーとっては、多様性のある運転方法だったりするんですよね(笑)。
たぶん、今後はテックマチック+ホンダ センシングで、今回僕が体験したようなうれしい初体験をするドライバーが増えてくると気がします! いや~、運転が楽しい時代になってきましたね~!