トピック

ホンダアクセス「TRIP VAN」にN-VANのこれからが見えた!?

TRIP VANデザイナーに聞く、本気で遊ぶ人に選ばれる趣味クルマの作り方

 気がつけばもう春、あとちょっと経つと日中の車内では暑さも感じるだろうし、いつものエアコン設定温度で涼しい風が出るようになる。そんな季節の変わり目を意識すると3か月ほど前に行われた東京オートサロン 2019ですらかなり前のことのよう。比較的のんきな筆者ですらこれなので、毎日を忙しく過ごす読者の方ではなおさら時間の進みを感じているかもしれない。

 さて、その東京オートサロン 2019にはたくさんのカスタムカーが出展されていたが、筆者にとって一番印象に残ったクルマは、ホンダアクセスブースに展示されていた本田技研工業の軽商用車「N-VAN」をベースにした「TRIP VAN」だった。

 名乗り遅れたが、筆者はCar WatchでN-VAN連載記事を書かせてもらっているN-VAN乗りである。それだけに出展車にN-VANがあると聞くと気になるので、仕事目線に加えてオーナー目線でTRIP VANを見たのだが……、あれはよかった。TRIP VANからは「自分と同じクルマがカッコよくなっているカスタムカー」という表面的な魅力ではなく、N-VANの可能性や向かうべき方向性のようなものを感じてワクワクした。以来、TRIP VANはお気に入りであり、参考にしたいクルマとなっていた。

 今回はそんなクルマをデザインしたホンダアクセス デザイナーの渡邊岳洋氏とTRIP VANの話をする機会があったのでその模様を紹介しよう。

株式会社ホンダアクセス デザイナーの渡邊岳洋氏と2019年の東京オートサロンに展示された「TRIP VAN」

 約束の日はあいにくの雨模様。撮影場所の公園は広々していて木々も多く、晴れていればアウトドアっぽさ満点のロケーションのところだった。

 ここならTRIP VANらしい「いい写真が撮れる」と思って用意したのだが、雨で残念……。と思いきや、現場に到着したTRIP VANを見ると、雨の日ならではの濡れてつやが出た緑の中で絵になっていた。残念どころか「いいじゃないですか」である。これはセダンやミニバン、スポーツカーなど、他のクルマでは感じないTRIP VAN(N-VAN)ならではのものだろう。

撮影日は雨だったが、アウトドアが似合うTRIP VANにはそんなことはおかまいなし。緑の中が似合うクルマだ

 さて、それではまずTRIP VANの基本的な情報からお伝えしよう。このクルマはホンダアクセス デザイナーの渡邊岳洋氏が中心になって、2019年の東京オートサロンに出展するため製作したコンセプトカーだ。

 TRIP VANのデザインのヒントになったのは、渡邊氏が海外の旅行先で出会ったサーフィン愛好家たちの生活スタイルだった。

 海外のサーフィン愛好家には、短期間にしっかり働いて活動資金を貯めたあと、長い休みを取って「いい波」を求めて海沿いの街を移動しながら暮らしていく「VANカルチャー」という文化がある。

 渡邊氏もサーフィンを趣味としているので、旅行先で出会った彼らの生き方に共感。そしてVANカルチャーのベースになるクルマという存在に対しても改めて興味を持ち、帰国後は「VANカルチャーをイメージさせるクルマのデザインをやりたい」と考えていたという。

 そこに登場したのがN-VAN。働くクルマとしてだけでなく、本気で遊ぶ人のためのツールになり得るところに大きな魅力を感じたのだ。

 また、軽自動車であることも渡邊氏の気持ちを引きつけた。軽自動車と言えば日本独自の規格であり、日本の生活スタイルにマッチしたものである。それに軽自動車には日本のクルマ作りのオリジナリティが凝縮されているので、日本のVANカルチャーを体現するベースとしては最適な素材だったのだ。

 そんなことから、渡邊氏はN-VANについて「軽自動車の文化的な部分を上手く表現できたら海外でも人気が出るんじゃないかと考えているんですよ」と語った。

N-VAN +STYLE FUN・Honda SENSINGをベースにしたコンセプトカーのTRIP VAN
ちなみにこれがCar Watchで連載しているN-VAN。TRIP VANの顔つきがずいぶん変わっているのが分かる

整理された室内を作るために使用したのが純正アクセサリー

 そんな考えから作られたTRIP VANを見てみよう。まずはインテリアからだが、ここはN-VANの特徴である“運転席以外のシートが畳める”という機能を生かした車中泊モードを前面に押し出している。

 使っているのはホンダアクセスが純正アクセサリーとして販売する「マルチボード(ラゲッジ用:価格6万6960円/リア用[助手席側の後方スペース]:価格3万1320円)」で、これらの装着によって助手席からラゲッジまでを使う広いベッドスペースを作った(走行時にはリア用は取り外す)。

マルチボード(ラゲッジ用、リア用)を使ってベッドスペースを作っている。右側は物置として使える

 マルチボードの高さは助手席のシートバックを前倒しにした高さが基準で、セットすると荷室フロアとの間には荷物の収納スペースができるので、荷室空間の使い勝手が向上する。

 VANカルチャーを表現するには「暮らし」の面も取り込むべきで、そこには多少の生活感があってもいいが、荷物が乱雑に置かれているのはいただけない。だからこそマルチボードは有効。しかも、ボードを置くというミニマルさで使い勝手を上げようという考えは軽自動車らしい部分である。

車中泊をしなくても荷室が2段に分かれるのは便利。N-VANは低床で天井も高いので、フロアが上がっても積載しにくいということはない

単なる寝床ではない車内空間を作る

 TRIP VANで過ごす夜はソロキャンプに近いものではないだろうか。ゆっくり流れる静かな時間の中、道具の手入れをしたり星空を眺めたりする。そんな場所だから気持ちが落ち着けるような装備が欲しい。そこで渡邊氏がTRIP VANに盛り込んだのが、ヒノキを使ったインテリアパーツだった。

 ただ、そこは常に先進技術に触れている部署の方なので、家具などにも使われる「圧縮木材」という新しい技術を取り入れた。

 これを簡単に言うと、天然の木を規定の含水率まで乾燥させたあと、加熱処理、圧縮をして成型するもの。TRIP VANではインパネの一部とドアトリム、そしてクロスバーや有孔ボードに圧縮木材を使っている。

 圧縮木材は木の風合いがあるだけでなく、ヒノキの場合はほのかにヒノキの香りも漂うので、ドアを閉めていると室内がいい香りに包まれる。そんな室内には渡邊氏が日ごろ使っているアウトドアグッズも置いていて、雰囲気は最高だ。

 そんな工夫が施される室内は、豪華とか便利とかいうこととは違った「所有感の高まり」を感じるものになっていた。

ステアリングもウッド製。スポーク部のカバーは本革で製作。ダッシュボードやドアトリムに圧縮木材を使っている。表面は未塗装で蜜蝋のみを塗っている

 続いてエクステリアだが、ここは道具感が満点である。最大の特徴は、バンパーからボディサイド、そしてリアゲートの表面に「LINE-X」という装甲車や戦車の防弾パネルに使用するような特殊コーティング塗料を使ってタフネスさを大幅に向上させたこと。軽くぶつけたくらいでは傷もつかないほど表面は強固になるのだ。また、リアゲートにはアルミラダーを装着しているが、ここを登り降りしてもリアゲートが傷まないようにする目的も兼ねている。

バンパーとボディサイドにLINE-Xを塗っている。石などが飛んできても傷つかないし、どこかに擦っても平気という強度になる
LINE-Xを塗ると表面は凹凸のある独得な風合いになる。ラダーはアルミ製だが、滑り止めと見た目の一体感を考えてここにもLINE-Xを塗る
ラダーは上下で固定しているが、外板の肉厚が薄いのでノーマル状態だと力が掛かる部分が凹んでしまう。そこでLINE-Xを塗ったところ、大柄な男性がラダーを登り降りしてもまるで問題なくなった
ラダーが実際に使えるのでルーフキャリアを有効活用できる。このキャリアは純正アクセサリーを使用する
TRIP VANは道具箱をイメージしている。そこで顔つきにも四角のモチーフを多く取り入れた。フロントグリルもその考えで、大枠の四角の中に小さい四角を配置する

共感を得た部分はどこなのか? それを探すことがTRIP VANの次の目的

 TRIP VANのテーマは「旅するクルマ」だ。そこに道具っぽさを盛り込んだり、ミリタリー的な魅力も感じるアイテムを取り入れたりと複数の要素を入れているが、東京オートサロンで展示した時にTRIP VANの横で案内をしていた渡邊氏も「あそこまで見に来ていただけるとは予想外のことでした」というくらいの反響だったそうだ。

 このことは「とてもうれしかった」と感じる一方で、「TRIP VANのどこを評価してくれたのか? 受け容れてもらった本質はどこなのだろうか?」という考えも浮かんできたという。そして「共感してもらった部分を探し出し、そこをもっと洗練させていくことで“次につなげたい”」という思いが出てきたという。

TRIP VANには小技がたくさん盛りこまれている。スチールホイールは樹脂キャップを外して使っているが、ホイールの表面を「ハケ」で塗ったような雰囲気で再塗装。キャリパーも黒く塗り目立たなくした。ナットも黒色に変更。さらにセンターキャップには木製プレートを付け、焼き印で「Hマーク」を入れる
純正アクセサリーにある有孔ボード(金属製)とまったく同じ形状で圧縮木材で作り直す。左右に渡すクロスバーも同様に木製に変更
リアのウィンドウに貼ってあるステッカーはサーフボードをイメージしたもので、3本のラインはボディサイドに入っているリブのデザインに合わせたもの

 これは聞き捨てならないコメントだ。つまり、今後もTRIP VANは続くというようにも取れるではないか。まあ、もちろん渡邊氏の“希望”から出た発言なのは理解しているが、ホンダアクセスではこれまでも「S660」をベースとしたコンセプトモデルとして東京オートサロンに出品した「S660 Neo Classic Concept」を1度限りのものとせず、ブラッシュアップして市販化まで実現しているし、さらに進化版の「Modulo Neo Classic Racer」も登場させているので、どこか期待してしまうものがある。もし、そんな流れがTRIP VANに出てきたとしたら、N-VANオーナーであり、TRIP VANのファンでもある筆者としては本当にうれしい。

筆者のN-VANを見学する渡邊氏。イスと机を置いて出かけた先で仕事ができる「事務所モード(自称)」や「原付きキャリア」の使い方などを説明
東京オートサロンの会場で体験した「ヒノキの香り」がどうにも羨ましく、ホームセンターで見つけた“スライスしたヒノキ”を車内に吊っていた。これはウケてくれたようです

 TRIP VANのこれからの動きについては情報が入り次第、N-VAN連載記事内でお知らせしていこうと思うが、とにかくN-VANというクルマはそれ自体に魅力があるのと同時に、普段の生活と趣味を繋ぐための優れた道具でもある。だから冒頭で渡邊氏が言ったように「本気で遊ぶ人」に選んでほしいし、「本気で遊ぶために何をすればいいか考えている」という人もぜひ乗ってもらって、「自分の遊び」探しをN-VANと一緒に始めてみてはどうだろう。

撮影協力:公益財団法人 埼玉県公園緑地協会
(埼玉県都市公園条例 行為許可 第338号)