試乗インプレッション

使い勝手に考慮した“はたらくクルマ”ホンダ「N-VAN」の走りは?

S660用をベースにした6速MTもチェック!

 街を走れば必ず見かける、いちばん身近な“はたらくクルマ”、軽バン。電気屋さんや植木屋さん、荷物の配達にお弁当販売まで、本当に多種多様な仕事の相棒を務める姿があふれている。そんな軽バンが変われば、日本の風景まで変わるのではと思うほどだ。いや、きっとこれから変わっていくに違いない。本田技研工業「N-VAN」の実車と初めて対面して、楽しげな顔、頼もしいカタチ、ポップなカラーなど、これまでの商用車の概念とあまりにちがう印象に、のっけからそんな期待がこみ上げてきた。

 1979年の登場から長きにわたってホンダの“はたらくクルマ”として愛され、2018年7月をもって販売終了した「アクティ バン」に代わり、新世代の“はたらくクルマ”として登場したのがN-VANだ。プラットフォームを共用するのはもちろん、2017年のフルモデルチェンジ以来絶好調、軽のみならず登録車を含めての販売台数No.1を記録し続けている「N-BOX」。どうりで、初代からたった6年ぽっちで新規プラットフォームにするなんて、贅沢すぎるなぁと思っていたんですよ。N-VANという重要なモデルが控えていたからなんですね。

 なんてナナメからの発言は置いておいて、開発にあたっての心意気には大いに胸を打たれた。

「妥協しないニッポンのプロを支える、軽バン新基準をつくる」

 これはホンダらしい、とてもワクワクするチャレンジだと思った。街で見かける軽バンは、薄汚れていたり、ボディにかすり傷や凹みができてそのままになっていたり、車内にゴミが散乱していたり。どう見ても愛着を持って使われているんだなとか、大事にされてるんだな、とは思えない姿が多かった。仕事に欠かせない相棒のはずなのに、なぜもっと丁寧に扱わないのだろう? ずっと不思議に思っていたのだった。

 おそらくそこには、軽バンが単なる道具の1つという存在以上にはなり得ないとか、みんなが何かをガマンしながら使ってるとか、何か理由があるはず。でも、どのメーカーも、軽バンを根本から大きく変えようとはしないまま、何十年も売り続けてきた。それを今回ホンダは、自ら打ち破ろうとしたことがまず素晴らしいと感じる。

 開発に先駆けて行なったのは、これだけは欠かせないという「軽バンの価値」を見極めること。いろんな職業の人たちに話を聞き、現場での使用状況を見たり、取り巻く環境を調査したり。そうして浮かび上がってきたのが、軽バンの1番の価値はやっぱり荷室空間にあること、不満な点は燃費や静粛性であること、そして日本の狭い道に入っていくことが多い軽バンには、威圧感のない顔や、周囲の人たちへの配慮という社会性が求められていることなどだった。また、ドッグトリマーやネイリストなど、新規ビジネス規模が拡大しつつあることや、女性の進出、3Kと言われた昔とは違うキレイな職場環境など、商用ユーザーの変化も大きなポイントだ。

 こうして開発チームに芽生えたのは、毎日使うプロたちにとって、働きやすいクルマであると同時に、仕事をよりイキイキと支え、生活を豊かにする軽バンでありたいという想い。それをカタチにするべく、掲げた開発コンセプトは「積む・運ぶ生活のために」。広さを確保した上で、積むことの動線まで考えた使いやすい荷室空間、運ぶことをサポートするスムーズな走りと低燃費、そして社会性も含めた人への優しさを、3つの柱としたのがN-VANだ。

撮影車はハイルーフの「N-VAN +STYLE FUN・ターボ Honda SENSING」2WDモデル(166万8600円)。ボディサイズは3395×1475×1945mm(全長×全幅×全高)で、ホイールベースは2520mm

 実際に見ていくと、やはりまず驚くのは助手席側のピラーをスライドドア埋め込み式とすることで、ガバッと広大な開口部を実現していること。その横幅は1580mm、高さは1230mm。テールゲートからだけでなく、サイドからの積み下ろしを可能としたのが新しい。縦にしか駐車できず、後ろが壁でテールゲートから荷物が積めない、というシーンはよくあることで、そんな時にはソファなどの大きな家具も積み下ろしできるほどの開口部から、荷物にアクセスできるのはかなり便利だ。また、荷物の出し入れだけでなく、テーブルを置いて看板を出せば、移動式店舗に早変わり。大きな改造をしなくても移動式店舗として使えそうなところは、ユーザーの発想やアイデアを刺激してくれそうだ。

 そうした開口部とセットで重要になってくるのがシートアレンジだが、運転席以外はすべて薄く小型のシートを採用しており、簡単にきれいにフラットになる。助手席と後席の隙間を埋めるブリッジボードや、運転席に小物などが侵入するのを防ぐ板が装備されたり、荷物によるキズがつきにくいトリム形状を採用するなど、広いだけでなく細やかな配慮もある。しかもホンダ得意の低床技術でフロアがかなり低く、テールゲート側のフロア地上高でも525mmと、スズキ「エブリィ」の650mmを大きく凌ぐ。荷物の固定に便利なタイダウンフックや、空間を自在にカスタマイズできるボルト穴も左右で計28個(一部26個)あり、使い勝手もよさそうだ。

助手席側をドアインピラー構造としてセンターピラーレスにすることで、開口部幅1580mm、開口部高1230mmの大開口を実現。さらに、ダイブダウン機構付助手席を採用して運転席以外の空間すべてに荷物を積載可能とした。助手席とリアシートをダイブダウンした時の最大スペース長は2635mm(USBオーディオ装着車は2560mm)

 インパネやドアの収納スペースは、オープンポケットタイプが多い印象。ドリンクホルダーも豊富で、500mLの紙パック飲料が置けるほか、小物入れとしても使えそうだ。軽バンでは、移動の合間に報告書を書いたり、次の訪問先をチェックしたりと、事務仕事をする場所になることもあれば、昼食や休憩などゆっくり過ごす時間もあったりと、持ち物などを想定するのが難しそうだが、ドアにコンビニ袋用のフックがあったり、オプションで用意されるテーブルが保持できるスリットがあったりと、こちらもライバルの比ではないアイデアと使い勝手のよさを感じた。

商用バンのN-VANは、走ると乗用車だった!?

 さて、いよいよN-VANを走らせてみる。今回設定されたパワートレーンは、N-BOXで新開発されたエンジンを商用ユースに最適化したもので、VTECの採用はなし。53PS/64Nmの自然吸気にCVTと6速MTを用意し、64PS/104NmのターボにはCVTのみとなっている。

 CVTはホンダ初の商用向けで、N-BOXのものから強度や耐久性を高め、駆動力も最適化しているという。6速MTはなんと「S660」からの流用で、FF化など商用向けに改良されている。アイドリングストップは全車に搭載され、燃費はJC08モードで自然吸気の2WDモデルが23.8km/L、ターボの2WDモデルが23.6km/L。ライバルではよくても19.0km/Lくらいにとどまるところを、大きく超えてきている。

N-BOXの高効率エンジンをベースに商用ユースに最適化したN-VANのエンジン。自然吸気の直列3気筒DOHC 0.66リッターエンジンは、最高出力39kW(53PS)/6800rpm、最大トルク64Nm(6.5kgfm)/4800rpmを発生
直列3気筒DOHC 0.66リッターターボエンジンは、最高出力47kW(64PS)/6000rpm、最大トルク104Nm(10.6kgfm)/2600rpmを発生

 まずはターボモデルで走り出すと、発進からの滑らかさ、余裕ある加速にビックリ。大人3人乗車なので、荷物にすれば200kgにも満たない重さではあるが、従来の3速ATや4速ATの軽バンとは明らかに違う、乗用車とほとんど遜色ない加速フィールだ。ただ、低速から中速域ではターボの効くところで急に盛り上がる感覚だったり、加速・減速を繰り返すようなところでは反応に一瞬の遅れがあったり、ずっと一定の滑らかさを保つのがちょっと難しいかなと感じた。

 とはいえそれが不快というわけではなく、上り坂など“欲しいところ”ではしっかりとパワフルさを実感できて頼もしい。市街地を走っている限りはノイズも抑えられていて、後席の人とも普通に会話ができるくらいだった。

 ちなみに、当然ながらシートは運転席とそのほかの席では、王様と家来ほどに格差がある。乗用車同等のシート骨格を採用した運転席は、腰から脇あたりを支えるボルスターがあり、とてもラク。座面はほぼフラットで、頻繁に乗り降りする際にも腰の運びがスムーズだ。後席は明らかにクッションが薄く硬めで、背もたれも低く落ち着かない座り心地。念のために試乗してみると、終始ゴツゴツとした突き上げが来て、オシリが跳ねる。近場なら我慢できるが、長距離の移動はちょっとカンベンかなというところだった。やはりこれはファミリー向けではなく、荷物を最優先にした商用バンなのだなと実感したのだった。

 続いて走らせたのは自然吸気のCVTモデルだが、もともと100kgの荷物が固定されており、そこに先ほど同様に大人3名乗車。これは非力な走りでも致し方ないな、と思いつつ出発してみると、拍子抜けするほどにスムーズな発進加速だ。そこから中速域までも、決してパワフルというほどではないのだが、予想したよりはずっと余裕があり、しかも一定の感覚で加速してくれるので扱いやすい。適度に手応えのあるステアリングフィールも好印象で、細い林道をクネクネと走るのも楽しいと感じるほどだった。そして不思議なことに、後席の乗り心地は先ほどのターボよりかなり落ち着いていた。

 N-VANのタイヤは全車12インチで、試乗車はライトトラック用タイヤを装着していたが、運転席では乗り心地だって決してわるくなく、背が高い割にはコーナリングでの姿勢変化も抑えられていて感心した。足まわりでは、重量物の積載を想定してトーションビームの板厚をアップしているほか、プログレスタイプのスプリングに変更している。このスプリングは荷物の重量によって、軽い時にはソフトな乗り味を見せ、重い時には車高が沈まないように硬くなり、シッカリ粘るという特性を持つもので、まさにN-VANのような用途にピッタリ。でも、ターボでは後席が跳ねたのが、自然吸気ではそれほど跳ねなかったところをみると、適度に荷室に荷物が積まれていた方が、全体的にバランスがよくなって乗り味もいいのではないだろうか。

 最後に、「S660の6速MTがN-VANに載ったらどうなってるのか?」というミーハーな気持ちもあり、MTモデルにも試乗。センターパネルの下の方についているシフトレバーに、思わず昔の「シビック タイプR」を思い出してしまったが、走り出すともちろんクイックイッとシフトチェンジがキマるわけではなく、とても穏やかで確実な操作感。どうしてもシフトショックは出てしまうので、CVTモデルのように滑らかな加速もできないが、乗っているうちにこののんびりとした味わいもいいなと思えてきたのだった。

 試乗会場では、N-VANをキャンプ仕様にして車中泊が可能な室内になっていたり、助手席側開口部にジャストサイズのカウンター台が置かれた移動式カフェになっていたりと、見ているだけでワクワクしてくる世界があった。カフェ仕様の運転席側に回ってみると、運転席がフラットなベンチのようになっており、そこに腰掛けて店番ができるのにビックリ。「よし、これならお婆ちゃんになってからでも働けそうだぞ」と、すっかり第2の人生に想いを馳せてしまった私だった。

ホンダアクセスの用品を装着して車中泊仕様となったN-VAN(左)や、移動式カフェをイメージしてDIYで簡単に作れる組み立て式の棚を設置したN-VAN(中央、右)など、使い方はアイデア次第かもしれない

 軽バンを必要とする職業ではない私には、実際にバリバリと仕事をする現場で使ってみた評価がどうなのか、現時点では予測不能。それはこれから、たくさんのプロたちが評価を下してくれるだろう。でも間違いなく言えることは、こんなに楽しげで、夢いっぱいで、人に優しい軽バンは今までなかったということ。N-VANを見て、子供の頃の夢を思い出す人はたくさんいるはずだ。そんな人たちの背中を押し、もっと笑顔で仕事をする人が増えるように、N-VANにはこれからの働く人たちの応援団長、“軽バン長”になってほしい。

まるも亜希子

まるも亜希子/カーライフ・ジャーナリスト。 映画声優、自動車雑誌編集者を経て、2003年に独立。雑誌、ラジオ、TV、トークショーなどメディア出演のほか、モータースポーツ参戦や安全運転インストラクターなども務める。海外モーターショー、ドライブ取材も多数。2004年、2005年にはサハラ砂漠ラリーに参戦、完走。日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員。17~18年日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。女性のパワーでクルマ社会を元気にする「ピンク・ホイール・プロジェクト(PWP)」代表。ジャーナリストで結成したレーシングチーム「TOKYO NEXT SPEED」代表として、耐久レースにも参戦している。過去に乗り継いだ愛車はVWビートル、フィアット・124スパイダー、三菱自動車ギャランVR4、フォード・マスタング、ポルシェ・968など。ブログ「運転席deナマトーク!」やFacebookでもカーライフ情報を発信中。

Photo:高橋 学