トピック
ル・マン24時間レースを優勝したトヨタレーシング 「For the Engineering Race」で戦った現場のエンジニアに聞く
- 提供:
- トヨタ自動車株式会社
2026年9月25日 15:18
トヨタレーシングで開発を担当したエンジニアに聞く
トヨタ自動車はTOYOTA RACING(以下トヨタレーシング)という新体制で2026年のル・マン24時間制覇を成し遂げた。このトヨタレーシングは「For the Engineering Race」を掲げ、ケルン市に本拠を置くTOYOTA RACING GmbHで車体開発が行なわれ。愛知県豊田市の本社技術本館や静岡県裾野市の東富士研究所で先端技術開発を行なうパワートレーンカンパニーが中心となって、ル・マン24時間レースを制覇することを目標に掲げ立ち上げた組織になる。
トヨタレーシングにおいては究極の自動車技術開発を目指し、振り切った開発が行なわれたという。その実際はどうだったのだろう。2026年のル・マン24時間レース勝利の裏側を聞く記事の3回目として、トヨタ自動車株式会社 パワーソース先行開発部 主査 北村融氏、同 パワートレーン制御開発部号口先行システム開発室 室長 安藤大吾氏のインタビューをお届けする。
ル・マン24時間を制覇したトヨタレーシング、こだわった開発ポイントは「劣化制御」
ル・マン24時間レースの最高峰クラスであるハイパーカーにおいては、厳しい開発制限がなされている。クルマメーカーのリソースを使って無尽蔵に開発すればよいのではなく、ルールに従って賢い(スマートな)開発をする必要がある。特に出力は開発制限が強くかかっているところで、レースごとにBoP(性能調整)という形でのバランスも採られるため(BoPは原則非公表)、開発の主眼は最高出力など分かりやすいものではなく、最高出力に至る過程や、その出力をいかに効率よくクルマから路面に伝えるかなど、クルマが発揮した力をロスなく前進力に変換していく効率のよさが求められる。また、ドライバーとの感性の合わせ込みが必要で、人とマシン、マシンと路面といったインターフェースの境界面をどうすりあわせていくかなど、数値に表われにくい開発も行なわれている。
安藤室長は、レースマシンと量産車(トヨタ用語では、号口車両)の開発を行なっており、TR010 HYBRIDの車両統合制御を担当。エンジンなどハイブリッドパワートレーンの制御も安藤室長の担当となる。
北村主査は、パワートレーン関係係のプロジェクトマネージャーとなり、パワートレーン全体のマネジメントを担当。カスタマーモータースポーツ車両のマネジメントも担当しているとのことだ。
今回、トヨタはハイパーカーのマシンをGR010 ハイブリッドから、TR010 HYBRIDへ進化させたわけだが、外観の大幅な変化と比べて、パワートレーン関係に大きな変更はないという。
特に2026年シーズンで注力したのは、北村氏によると「劣化制御」のところ。24時間レースを全力で走っていると、やはり各部がそれなりに劣化してくるという。分かりやすいところで言えば、タイヤが減るというのもそうだが、その劣化をどう防ぐのか、また物理現象である以上劣化は進んでいくのだが、その劣化をどうコントロールしていくのかがポイントになるという。
ただ、劣化といっても微少なもので、「重箱の隅をつつくようにやっている」(北村主査)と語るように、本当にわずかなところの積み重ねだという。性能やノウハウに直結するため多くは語ってくれなかったが、「摺動」といった機械の摩擦特性はレースの中で変化しており、この部分をTR010 HYBRIDでは改善している。
制御の面については安藤室長が回答。安藤室長は、「制御の本質はやっぱりハードが持っているポテンシャルをどこまで使い切れるかというところ。できる限り、100%使い切れるかというところになる」と語る。その上で大切になるのが、「ドライバーが限界性能でしっかり走ることができる」部分で、上原プレジデントの話にも出た、トラクションコントロールのところをGR010 ハイブリッドから進化させている。
「ドライバーからいろいろなところ、コーナーごとに指摘をいただいて、そこを真摯に答えて直していくということを地道に1年間やってきた。ル・マンはそれを事前にできるだけ積み上げて、レースウィーク中もさらに詰めて、できるだけやって」と語り、最後の最後まで制御のところで調整が行なわれていたという。
その制御に関するところでは手応えがあったといい、「ル・マンはそれがある程度しっかりハマったという手応えを持っています。ただし、やっぱりまだまだで、レースをやればやるほど、データを見れば見るほど、もっとこうやって制御を変えたらよかったというところが出てきているので、もっといいもの作れると思っています。今回、スタートに立ったのかなと思っています。ここからいかにいい制御にするにはどうしていこうか、というのを本当にやり切りたいなと思っています。どちらかというと、ここからがスタート。これからもっといいものを作って、みなさんに見ていただきたいなと思っていますので、これからも楽しみにしていただけたらと思っています」と、手応えがあったものの、制御の開発には終わりがないようだった。
制御で戦う安藤室長、電動ユニットの作り込みで戦う北村主査
ただ、ドライバーであるならまだしも、一人の観客としてはどこに着目してみれば、制御のよさを知ることができるのだろう。
安藤室長は、「路面を面で捉えているときの限界の横滑りもあれば、バンプで跳ねてしまって空回転しているときもある。いかに接地したときにトルクを出すとか、そのあたりの制御性をいかに高めるかです。ちょっと失敗するとトルク抜けを(ドライバーが)感じてしまいますので。ドライバーは走っている最中にほかのクルマも見ているので、『あっちのクルマはもっと上手くやれているよ』とか。そういったところも聞きながら、チューニングをコーナーごとにしているのが実情です」と、さらに細かいところに入っていく。
話を聞く限り、制御の違いを見るには他車との比較が分かりやすい部分かもしれないと思えるが、クルマごとのインカー映像を見続けても多くの人には分かりにくい部分だろう。ただ、そういう細かいところまで開発できる楽しさがハイパーカークラスにはあり、トヨタのエンジニアになれば、世界の頂点で思う存分戦うことができるわけだ。
安藤室長の部署は制御ロジックで世界と戦っているわけだが、北村主査の部署は電動ユニットの作り込み等で世界と戦っているようだ。
北村主査がマネジメントする部分は、ハイブリッドパワートレーンなど電気を扱う部分になる。ハイブリッドの仕組みとして、電気は直流バッテリでため込まれており、それを交流に変換して同期式モーターを制御している。出力を取り出すときは直流から交流への変換、回生を行なうときには交流から直流への変換が起き、その際に損失が発生している。
この損失を減らしていくために回路を工夫したり、そもそもそのような変換を行なう半導体の素材を変更したりするなどの工夫がある。例えばトヨタの市販車で言えば、第5世代ハイブリッドは直流から交流へ変換する半導体にSi(シリコン)の半導体を使い、回路としてはRC-IGBT(Reverse Conductive-Insulated Gate Bipolar Transistor)を採用して効率を上げている。これが最新の第6世代ハイブリッドになると半導体素材からSiC(シリコンカーバイト)とすることで効率を上げており、これはハイパーカーであるTR010 HYBRIDにもすでに採用されているという。
バッテリは、TS030 HYBRID、TS040 HYBRIDのころは電気の出し入れが高速なキャパシタを使うなどしていたが、TS050 HYBRIDからリチウムイオンバッテリの性能を上げることでリチウムイオンバッテリ化を図り、トヨタとしては最初のル・マン24時間レース制覇につながった。
TR010 HYBRIDでは、リチウムイオンバッテリ内で使用しているセルのばらつきを究極に抑えることで性能の向上を図り、バッテリ製造の精度も向上させている。この辺りは、量産能力を確立できれば市販車にも活かせそうなところで、ル・マン24時間レースを制覇したクルマの制御技術、バッテリ技術、バッテリ生産技術をうまく取り込めると、世界最高峰の技術が注ぎ込まれたハイブリッド車が生まれてくるように思える。
100年以上の歴史を誇るル・マン24時間レースを優勝したハイブリッド車は、ポルシェ、フェラーリ、トヨタの3車しかなく、トヨタにとってフェラーリやポルシェと対等に戦った電動化技術であるのは間違いない。
技術だけではなく、人を育てる究極の戦いの場がル・マン24時間レース
技術としては制御やハイブリッドなどの分野において究極の戦いが行なわれているル・マン24時間レースだが、人の育成の面においても厳しい戦いは意味があるという。
北村主査は量産車だけでなくレーシングマシンの分野でも、異なった考えの人たちとディスカッションをすることで学びがあるし、人材交流、還流といったことが生まれていると、その効果を語る。また、若いスタッフが、世界最高峰のドライバーたちと会話をしながらクルマを作り上げていくことができるため、この部分がとりわけよかったという。
安藤室長は、頂点で鍛えた制御技術は量産にそのまま持って行ける部分もあるとしつつ、レース分野と量産車分野の人材をしっかり交流させることが、こういった活動をやっている意味でもあると位置付けている。また、ドライバーとの距離も、ル・マン24時間レースという場ではとても近く、データを確認、そしてドライバーへフィードバック、と早いサイクルで回り、若いスタッフのモチベーションにもなっているという。
自分がエンジニアであった場合を想像すると、世界最強のライバルと戦うことができ、自分の陣営には世界最高峰のドライバーがいる。打つ手がある程度限られているのも、開発者の面からはありがたい部分も多く、特に若手エンジニアにとっては急速に成長できるチャンスであるのは間違いない。
そしてトヨタに入れば、量産車開発のほか、世界ラリー選手権や世界耐久選手権、そして今ではF1の分野までエンジニアやメカニックとしての働く場が広がっている。24時間レースは過酷かもしれないし、世界を転戦して戦うのはつらいことがあるかもしれない。しかし今の日本において、エンジニアとしてこんな多様な選択肢がある職場は珍しいのも事実だ。
日本のエンジニアの戦いが見られる富士6時間レース
そんな日本のエンジニアとして働く、北村主査や安藤室長は地元のレースである富士6時間にどのように向き合っていくのだろう。
北村主査は、「日本開催はホームグラウンドですので、ル・マンと同等に負けられないっていうプレッシャーがある。ル・マン並みにいろいろ準備をしていきますので、まずは一緒に応援いただいて、一緒にうれしさを共有させていただければと思います」。安藤室長は、「期間がそんなに(ル・マンから)長いわけではないので、すごくアップデートがあるわけではないですけども、日々改良をして、チューニングしています」とのこと。
特に注目してほしいのは冒頭でも紹介した劣化制御の部分で、ラップタイムがどのように変化していくのかだという。今シーズンのトヨタレーシングのTR010 HYBRIDは予選で今ひとつであることが多いものの(失礼!)、決勝になると戦略もあるのだろうが、するすると上位に進出してくることが多い。
これは北村主査や安藤室長が語っていた劣化制御によるところなのだろうか?その辺りが気になる人は、9月25日から始まる富士6時間レースを訪れて確認してみていただきたい。一つのコーナーに貼り付いてじっくり見れば、映像中継では分からない、トヨタレーシングの制御も分かるかもしれない。いや、やっぱ、難しいか……な。




