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ル・マン24時間レースを優勝したトヨタレーシング、勝利の裏側をTD デビッド・フローリー氏、PL ジョン・リッチェンス氏に聞く

「エキゾチックな戦略」と「チーム力」で勝利を引き寄せる

2026年のル・マン24時間を1-3フィニッシュで制したトヨタレーシング。勝利の裏側をテクニカルディレクター デビッド・フローリー氏、プロジェクトリーダー ジョン・リッチェンス氏に聞いた

WECチームでテクニカルディレクターを務めるデビッド・フローリー氏と、プロジェクトリーダーを務めるジョン・リッチェンス氏

 トヨタ自動車はTOYOTA RACING(以下トヨタレーシング)という新体制で2026年のル・マン24時間制覇を成し遂げた。このトヨタレーシングは「For the Engineering Race」を掲げ、トヨタ自動車のパワートレーン開発部隊が中心となって動くとともに、ドイツ ケルン市を本拠地とするWECチームと密に連携し合うことで4年ぶりのル・マン24時間レース制覇を実現した。

 2026年のトヨタレーシングWECチームの裏側を探る第4回目は、WECチームでテクニカルディレクターを務めるデビッド・フローリー氏、WECプロジェクトリーダーを務めるジョン・リッチェンス氏へのインタビューをお届けする。

 2人ともこれまでWECチームでル・マンを戦ってきたベテランであり、体制がトヨタレーシングへと変わる中で大きく役割が変わったわけではない。であればこそ、何が変わったか感じているところはあるかもしれない。2人にはまず最初にトヨタレーシングへの変化点をうかがった。

トヨタレーシング WECプロジェクトリーダー ジョン・リッチェンス氏

 WECプロジェクトリーダーを務めるジョン・リッチェンス氏は変化点について、「私たちは常にエンジニアリング主導のチームでした。そのため名称が変わっても働き方が根本的に変わったわけではないと思います。ですが、外部に対して自分たちをどのように提示・表現するかという点は進化させたと思っています。つまり、現在のトヨタレーシングブランドによって、私たちのエンジニアリング能力を明確にし、イノベーションを提示・立証できるようになりました。結局のところ、将来のビジョンにとって確実に中心となる先進技術の開発に対する取り組みを強化することになりました」と語る。

 加えて、「最終的に強調したいのは、(組織体制の変更は)トヨタレーシングブランドとともにプロトタイピングにより重点を置き、より多くのイノベーションを追求し続ける姿勢を強調するために行なわれたということです。ですから、基本的には私たちがすでにやってきたことですが、これにより外部世界に対しても、私たちが何をしているのかについての理解をより深めてもらえるようになります」と説明し、チーム体制の変更によらずWECでは先進技術を追求してレースに挑んでおり、大きな変更点はないとしながら、どう外部に伝えていくかというところには変化があり、より先進技術開発面を強化したという。

 レース戦略などをつかさどるテクニカルディレクターであるデビッド・フローリー氏は、「ジョンが言っている通りで、名前を変え、カラーを変えたことでチームアイデンティティの観点からも再スタートを切ったような形になりました。新しいスタートのようなものです。そして私たちにとって、この新しいスタートで結果を出し、勝利を収めることは非常に重要でした。イモラにおける、トヨタレーシングの旗印のもとでの最初のレースで私たちはそれを達成しました。そしてもちろん、今年の最大の目標はル・マンで勝つことでした。私たちはル・マンでも勝利を収めることができ、この新しいトヨタレーシングブランドに結果を持ち帰ることができたのは、私たち全員の誇りです」と、新生トヨタレーシングが成し遂げたことは、大きな価値を持つことであるという。

トヨタレーシング テクニカルディレクター デビッド・フローリー氏

「ジョンが説明したように、このトヨタレーシングの旗印のもと、技術開発へのフォーカスはこれまで以上に高まっています。それこそが私たちの核心的事業であり、やりたいことなのです」と、先進の技術開発こそがトヨタレーシングの目指すところであり、チームとしてもそれを重視してレースに挑んでいるとのことだった。

予選は14位と15位と出遅れ。しかし、決勝ではピットイン戦略で早いうちに上位に進出

 2026年のル・マン24時間レースで印象的だった点は、トヨタレーシングの7号車 TR010ハイブリッド(マイク・コンウェイ/ニック・デ・フリース/小林可夢偉)、8号車 TR010ハイブリッド(セバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮)が、それぞれ予選14位、15位と出遅れたものの、スタート30分後に2台とも早めのピットインを行ない、このピットイン戦略(ストラテジー)で8号車は45分後にはトップに躍り出ることができた。

 実は、これは2026年のル・マン24時間レースはイエローが出た際のルールが変更されていることもきっかけになっていると小林可夢偉チーム代表は語っていた。イエローが出た際に、従来は3つのグループに分けて速度コントロールを行なっていたが、2026年からは決勝のゴール1時間前まで1つのグループで速度コントロールされる。アメリカのインディカーのように、周回遅れにさえならなければトップとの差を詰めやすくなっていた。

 つまり、ピットストップを行なって差が広がっても、周回遅れにさえならなければ何かあった際にトップとの差を大幅に詰めることができるほか、集団と離れることでクリーンエアの位置を走ることができ、平均ペースを高められる。もちろん何かが起きなければ差を大幅に詰めることはできないが、何かが必ずといってよいほど起きるのがル・マン24時間レースであるのは、みなさんもご存じのとおりだろう。

 このピットイン戦略について、トヨタレーシングのドライバーや関係者に聞くと、すべての人が「(TDの)フローリーに聞いて」という。フローリー氏の指示に従って行なったもので、その称賛はフローリー氏にこそふさわしいと語る。

 今回初めて予選の出遅れや、ピットイン戦略をフローリー氏に詳細に聞くことができた。

 フローリー氏は予選の出遅れについては、「私たちがル・マンに向かう前に、予選は私たちの焦点ではなく、レースの準備に焦点を当てることをエンジニアリングチーム全体とドライバーたちに明確に伝えていました。そして今年、予選フォーマットが変更され、基本的に予選と2回のハイパーポールセッションの3つのセッションがあり、それぞれ異なるドライバーで行う必要がありました。つまり、予選の準備をしたい場合は3人の異なるドライバーで準備しなければならないということです。ですから準備には非常に大きな労力がかかるため、基本的にル・マンのテストデーやフリープラクティスを通じて予選の準備は一切行ないませんでした」と、ここにもルール変更がかかわっていたと語る。

「予選の14位と15位という結果が落胆であったことは明らかで、私たちは間違いなくもっとよい結果を出せたはずでした。ハイパーポール1で不運と災難に見舞われ、また私たち側のいくつかのアタッチメントやミスもあり、このような結果になってしまいました。そしてここ数年、ル・マンでは『予選で苦戦する』というジンクスのようなものがあり、私たちはそのジンクスを継続してしまったかのようです。具体的には、7号車はP5やP7を狙えるはずだったアタックラップでトラックリミット違反をとられてしまいました。また、8号車はキャディラックの1台のトラフィックに巻き込まれ、期待どおりの走りができませんでしたが、それまでのラップタイムは7号車と同等でした」

「結局のところ、予選結果に落胆したのは確かですが、ル・マンにおいて予選順位は極めて重要というわけではありません。そしてそれが私たちを後押しし、レースに異なるアプローチで挑み、レース開始時にある種の『exotic strategy(エキゾチックな戦略)』を持ち込むことにつながりました。これが戦略面においてレーススタート時に私たちの行動を引き出すきっかけとなったのです。そして基本的に45分後には首位に立っていたので、予選での失望や落胆は消し去られました」

 フローリー氏は、予選結果が振るわなかったことが、同氏がいうところの「エキゾチックな戦略」を生み出したという。では、この「エキゾチックな戦略」が生み出されたのはいつなのか? 予選の後か、決勝の朝なのか。この辺りもフローリー氏に聞いてみた。

「この戦略の根本的な理由は、単純に予選結果が悪かったことにあります。もし予選でもっと上位に付けていれば、おそらくこの戦略は選ばなかったでしょう。そして基本的に、これは金曜日のレースブリーフィングの際にチーム内で話し合われました。私たちはプランA、プランBという異なる選択肢を準備していました。そしてレース開始から数ラップ後、スタート直後に大幅に順位を上げられるようなインシデントが起きなかったこと、そして私たちの最高速度では簡単に追い越すことができないと認識したため、プランBへと移行することを決定しました。あとはそれを実行するための最適なウィンドウ(タイミング)を見つけるだけであり、GT3やLMP2のトラフィックを可能な限りクリアできるように組み立てを試みました」

「これにより、最初のピットストップシーケンスの後に首位に立つことができました。これはチームのモメンタム(勢い)を高める上で非常によい方法でした。なぜなら金曜日や土曜日の朝、多くのメカニックが『自分たちは競争力を維持できるだろうか?』『挽回するのにどれくらい時間がかかるだろうか?』と疑問を抱いていたからです。ですから、このようなダイナミズムと勢いを持ってレースをスタートさせることは、チームスピリットにとって常にプラスであり、目標に向けて全員の一体感を高め、自分たちがそれを実現できることを証明することになりました」

 何とフローリー氏は、もともと用意していたプランBのような選択肢であるという。この「エキゾチックな戦略」で、スタート1時間以内で首位に立ったことで、予選で出遅れたことを気にしていたチームに力を与え、目標に向けて全員の一体感を高めることにつながったという。

 正直、現場でレースを見ていた記者自身も、トヨタを応援する気持ちは強かったものの、予選の出遅れで「今年も(失礼!)トヨタは難しいかな……」と思っていた。しかしながら、決勝スタート後に行なわれた早めのピットインとレースペースのよさによってレース序盤で首位に立ち、そこからはル・マンの激戦が繰り広げられていった。

8号車のトラブルと、エンジニアの対処。詳細をリッチェンス氏が語る

 ル・マン24時間レースが進んでいく中で、トヨタレーシングの8号車が首位を走る時間が長くなり、一時期はトヨタレーシングが勝つのであれば、8号車ではと思える場面もあった。

 しかし、その8号車をフロントホイールハブまわりのボルトトラブルが襲う。8号車はこの問題の解決のためのピットイン時間がかかったことから、首位を手放してしまうが、リカバリー時間を最小限にすますことができたため、7号車のサポートにまわることができた。

 小林可夢偉チーム代表は、レース終盤においてトヨタレーシングが2台上位を走っていたのに対し、ほかの2チームはそれぞれ1台であり、それがチーム戦略の幅を生み出し、7号車の勝利につながったと語っている。

 この8号車トラブルの詳細については、リッチェンス氏が語ってくれた。

「正直に言って、この点についてですが、早朝のピットストップの際、左フロントホイールのハブ付近にアルミニウムの破片があることに気付きました。確実に、私たち全員の頭には2025年のル・マンでのホイール脱落の記憶が残っていました。このことは私たちの側でかなりの警報を鳴らすことになりました。そのため監視を開始し、ホイール交換を行なった次のピットストップで、そこで見られた破片がリムから発生していることに気付きました」

「その後マシンが発進すると私たちは破損したリムを回収し、チーフメカニック、フローリー、そして私自身で分析を行ない、何が問題だったのかを確認しました。そして間もなく、ブレーキドラムに外側のバックプレートを固定しているボルトが原因であると結論付けました。ブレーキの周囲には言わば完全なカーボン製ドラムがあり、その外側にはディスクの温度をドラム内部に保つためのシールド用プレートが付いています。そこのボルトが弛んで飛び出し、リムに接触していたため、リムを削り取ってしまっていたのです」

「そのため同時に、担当のメカニックたちとともに予備のコーナーパーツを確認し、このプレートを交換するタイミングの計測(作業時間のシミュレーション)を行ないました。これにより、修理を行なった場合にどれだけの時間をロスするかを把握しました。そしてフローリー、私、そしてチーフメカニックとの協議の後、「よし、次のピットストップで、通常ホイール交換を担当するメカニックはバックプレートが固定されているかどうかを確認しよう。当時はボルトが何本脱落しているか分からなかったため、その結果に応じてそのまま走り続けるか、緩んでいれば修理するかを決定しようと決めました」

「あいにくそのピットストップで確認した際、バックプレートはすでに完全に緩む直前で、1箇所でしか固定されておらず、複数本のボルトが脱落していました。そのためメカニックは修理を決断し、マシンは修理作業に入りました」

「修理中、メカニックは受け側のネジ山(スレッド)が潰れてしまっていたため、2本のボルトが固定できないことに気付きました。損傷はそこまで及んでいたのです。しかし幸運なことにセーフティカーが出動したため、ほぼ『フリー(ロスのない)』なピットストップを行なうことができました。そこでその位置にポップリベットを打ち込んで再び固定を確保し、そうしてマシンを完走させることができたのです」

 リッチェンス氏は、8号車のトラブルに関して詳細な描写をしてくれた。ボルトの緩み、そしてその判断から対処の決断。決断を行なうまでのシミュレーションというバックボーン、そしてそれはギリギリ間に合い、レースへの影響を最小限にとどめることができた。

 それで8号車は7号車のサポートを行なう位置に付くことができ、7号車が優勝、8号車が3位という見事な結果を呼び込んだ。まさにチームとしての勝利をル・マン24時間レースという大舞台で、さらに2025年のトラブルを克服する形で実現できたことになる。

多くの人々が「トヨタがル・マンで勝てるのは競争相手が少ないときだけだ」と言っていた。私たちはそれが間違いであることを証明した

 トヨタは、1985年にル・マン24時間レースに初挑戦。そこから挑戦を続けており、1999年に一度撤退したものの、ハイブリッド規定がLMP1クラスに設けられたことから再挑戦を開始。日本メーカーとしての初勝利は1991年にマツダが成し遂げていたが、トヨタも2018年にル・マン24時間レースを中嶋一貴氏らドライバーとともに初勝利した。

 そこからル・マン24時間5連覇を達成、トヨタの黄金時代を築くが近年はフェラーリが復帰後に3連覇を達成しており、特にここ数年ではトヨタ vs. フェラーリという構図で激しい戦いを繰り広げ、あと一歩というところで敗れ去ってきた。

 2026年は、そこへBMWやキャディラックが速さを見せて加わり、近年では最も激しい戦いが行なわれたル・マン24時間レースとして世界で高い注目を集めた。その、厳しい状況の中で勝ち取ったル・マンの勝利は、トヨタレーシングWECチームに何をもたらしたのだろう。

 トヨタチームとして長くル・マンにかかわってきたリッチェンス氏とフローリー氏にそれぞれ聞いてみた。

リッチェンス氏:「ル・マンでのすべての勝利が私たちにとって大きな意味を持つことは間違いありません。なぜなら最終的に、チーム全体が一年中そのために働いているからです。ですが今回は格別の喜びがありました。最速のマシンを持っていなかったにもかかわらず、そしてこれほど多くの競争力のあるマニュファクチャラーが参加し勝利のために激しく戦っていた中で、最終的に私たちが勝つことができたからです」

「ですから結局のところ、私たちが最速のマシンを持っていたからではなく、最高のチームワークと優れた戦略の実行力があったからこそやり遂げられたのです。ええ、この勝利は格別な味わいがあります」

フローリー氏:「レース終了時の気持ちは、まず『誇り』です。チームに対する誇りと幸福感で、それらはチーム、そしてトヨタ、トヨタレーシングに対するものです。チーム一丸となって、このル・マンを準備するために信じられないほど努力してきました」

「私たちは2024年にこのル・マンの準備を開始しましたので、そこにたどり着き、その位置に立つまでに約2年半の厳しい努力がありました。また、今年に至るまで、多くの人々が『トヨタがル・マンで勝てるのは競争相手が少ないときだけだ』と言っていました。私たちはそれが間違いであることを証明しましたし、もう二度と誰もそんなことは言えないでしょう。ですから、そのことをとてもうれしく思っています」

「今回も順風満帆なレースではなかったと思います。先ほど触れたように、まず予選での苦戦を乗り越えなければなりませんでしたし、両車にトラブルが発生しました。7号車ではレース序盤にスローパンクチャーがあり、その後ドライブシャフトのトルクセンサーのトラブルがありました。レース開始5時間が経過した時点で、そのマシンは勝利争いから脱落したかのように見えました。それでも私たちは這い上がり、そのマシンでレースを制することができたのです」

「8号車でも言及したボルトのトラブルがあり、ほかにもいくつかの問題がありました。しかしチームとして私たちは強く立ち続け、常に戦い続け、決して諦めませんでした。これこそがレース終了時の最大の感情であり、チーム一丸となって懸命に働き、決して諦めなかったことへの誇りです」

「アメリカNFLのスーパーコーチであるLou Holtz(ルー・ホルツ)氏は「Life is 10 percent what happens to you and 90 percent how you respond to it.(人生において起きたことが10%、それにどう対応するかが90%」と言っています。今年、私たちはそれを証明したと思います。この旅路は長いものでしたが、このような形で締めくくることができて非常に満足していますし、今は次のチャレンジを見据えています。そして個人的なことになりますが、今年は幼い頃からの夢がかなった年になりました」

 リッチェンス氏、フローリー氏、それぞれに深い思いがあったことが分かる。豊田章男会長も中嶋裕樹副社長に指摘していたことだが、リッチェンス氏が語るように、2026年のトヨタレーシングは最速のマシンを作り上げることはできていなかった。しかしながら、チームのがんばりと優れた戦略、そしてドライバーの卓越した能力で勝利を引き寄せた。

 フローリー氏は、そんな厳しい戦いを制覇したトヨタについて、「多くの人々が『トヨタがル・マンで勝てるのは競争相手が少ないときだけだ』と言っていました。私たちはそれが間違いであることを証明しました」と語り、「もう二度と誰もそんなことは言えない」と、2026年の勝利を位置付ける。2026年のル・マン24時間制覇は、ベテランの2人にとっても大きな意味があった。

富士6時間レースの目標は、2人とも「Win(勝利)」

 今週末には、激戦のル・マン24時間レースを制覇したトヨタレーシングチームが日本にやってきて富士6時間レースを戦う。この富士への抱負や見どころを2人に聞いたところ、口をそろえて「Win(勝利)」とだけ、にこやかに語ってくれた。プロフェッショナルな2人にとって、目指すべきものは勝利になる。

 ただ、観戦ポイントについてフローリー氏は、「現時点では(勝利は)未知の多くの要因に左右されます。ですからチームとして強くある私たちの姿を見てほしいです。そして富士で2年間勝てていなかった後、ホームレース(母国レース)で勝利を奪い返す姿に注目してください」と述べ、戦い方に着目してほしいという。

 これはリッチェンス氏も同様で、「私もフローリーが言ったことに同感です。何が起こるか、天気がどうなるかなど分からないため、言うのが難しいのは確かです。ですが、本当に注目すべきはチームの強さであり、最後まで戦い続ける姿勢です。最初は素晴らしく見えなくても、それを好転させてよいポイントや大きな勝利を勝ち取ることができることを、私たちはすでに何度か証明してきましたから」といい、どんな状況においてもトヨタレーシングは勝利をあきらめないと語る。

 最後にフローリー氏は、NFLのコーチであるルー・ホルツ氏の言葉、「And watch the 90%(そして、90%[起きた問題への対処力]を見てほしい)」を再度引用し、長時間のインタビューを終えた。