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今週末にル・マン24時間決勝レース開催、東富士研究所で行なわれたル・マン24時間レース用パワートレーン搬出式
2022年6月9日 00:00
東富士研究所で作られるル・マン24時間レース用パワートレーン
TOYOTA GAZOO RacingはWEC(世界耐久選手権)やWRC(世界ラリー選手権)などグローバルに行なわれているモータースポーツに参戦している。なかでもWECは、過去3シーズン(2018~2019年、2019~2020年、2021年)にわたってチャンピオンを獲得しているほか、シリーズのハイライトとなるル・マン24時間レースでは4連覇(2018年~2021年)を成し遂げており、今週末の2022年6月11日~12日に開催されるル・マン24時間レースで5連覇を目指している。
TGRのル・マン24時間参戦車「GR010 HYBRID」に搭載されるパワートレーン(V型6気筒直噴ツインターボ、ハイパワー型・トヨタ・リチウムイオンバッテリ、アイシンとデンソーの共同開発によるフロントMGU)の搬出式が、トヨタ自動車 東富士研究所 C10サイトにおいて4月半ばに開催された。
式典にはパワートレーンを作り上げた東富士研究所のメンバーやGRカンパニー プレジデント 佐藤恒治氏、TGR WECチーム代表 兼 7号車ドライバー 小林可夢偉選手、8号車ドライバー 平川亮選手、そしてTGR-E 副会長 中嶋一貴氏などが出席し、搬出式においてル・マン優勝を誓った。
1985年に始まるトヨタのル・マン挑戦の歴史、2018年に初優勝してから4連覇中
トヨタのル・マン24時間レース挑戦の歴史は古く、1985年に当時のTOM'Sチームと童夢チームが、トヨタ・トムス85C、トヨタ・童夢85Cという2台の車両で挑戦し、トヨタ・トムス85Cが12位になったというのが始まりになる。
その後、TRD(現在のTCD)を中心とした開発体制に移行し、1992年にはTS010という3.5リッター自然吸気エンジンの車両での挑戦を経て、1994年にサードチームが走らせたトヨタ94C-Vが2位表彰台を獲得するという結果を残した。
1998年と1999年には、現在のTGR-Eの前身にあたるTMG(TOYOTA Motorsport GmbH)がTS020で再び挑戦し、1999年に片山右京/土屋圭市/鈴木利男という日本人トリオで2位表彰台の結果を残している。
トヨタの近年のル・マン挑戦は2012年に始まった。ハイブリッド(エンジン+バッテリ+モーター)パワートレーンを搭載したTS030 HYBRIDでWECおよびル・マン24時間への参戦を再開し、2014年に中嶋一貴選手(当時)が日本人選手として初めてル・マン24時間レースのポールポジションを獲得した。
2016年のル・マン24時間レースでは中嶋一貴選手のドライブするTS050 HYBRIDは残り3分までトップを快走していたが、最後の最後でパワートレーンにトラブルが発生しリタイアとなり、ル・マンの100年近くにわたる歴史に残る「悲劇」として記憶されることになった。
トヨタがル・マン24時間レースに初制覇したのは2018年。ポールポジションからスタートした8号車 TS050-HYBRID(セバスチャン・ブエミ/フェルナンド・アロンソ/中嶋一貴組、MI)が優勝し、日本の自動車メーカーとしては1991年のマツダに次いで2度目の優勝を飾った。
その2018年から2021年のル・マン24時間レースまで4連勝をしており、2022年のル・マンでは5連勝を目指す。
シーズン開幕前にBoPの規定が変更
ル・マン5連勝を目指すトヨタだが、今シーズンのWECはやや様相が異なっている。すでに3月に米国・セブリングで行なわれた開幕戦では、GR010 HYBRIDの8号車が2位に入ったものの、7号車はリタイアに終わるなど苦戦を強いられている。
その要因はBoP(Blance of Performance)の規定でハイブリッドシステムが190km/hを超えないと使えなくなったことだ。現在のWECは各マニファクチャラーのバランスを取る目的でBoPが導入されており、速い車両にはBoPを厳しくすることでハンディを与えレースを面白くする、そのような考え方でレギュレーションが決められている。
TGRのGR010 HYBRIDのようなハイブリッド・パワートレーンの車両では、パワートレーン全体の出力は500kW(680PS)と規定されており、ハイブリッドシステム(前輪に取り付けられたモーター)を使う場合でもエンジン+モーターの出力が500kWを超えないように制限されている。
2021年までのBoPではハイブリッドシステムは120km/hで作動するように決められており、高速コーナーなどで前輪に取り付けられたモーターを使い4WDで走ることができるため、コーナーでの駆動力が増すというメリットを享受できていた。しかし、2021年シーズンは全レースでGR010 HYBRIDが優勝したことなどもあり、今シーズンはこれが見直され190km/h以上でないとハイブリッドシステムを作動させることができなくなったため、ハイブリッドのメリットを活かせるコーナーが減ってしまい優位性が失われているのだ。
そのため2022年のル・マン24時間レースでは、ほかのマニファクチャラーとの戦いはより熾烈になると考えられており、1つのトラブルやわずかな性能低下が命取りになる可能性が高く、パワートレーンのパフォーマンスや信頼性はより重要になってくる。
4つのエレメントから構成されているGR010 HYBRIDのパワートレーンをドイツへ向けて出荷
GR010 HYBRID用のパワートレーンは、東富士研究所で開発・製作されているトヨタV型6気筒直噴ツインターボ(3.5リッター)、ハイパワー型・トヨタ・リチウムイオンバッテリ、アイシンとデンソーの共同開発によるMGUという3つのモジュールから構成されており、東富士研究所で組み合わされ、動作の確認などが行なわれた後、ドイツにあるTGR-E(TGRの欧州の拠点)へ送られてシャシーへ組み合わされる。
東富士研究所からの搬出式においてGRカンパニー プレジデント 佐藤恒治氏は「昨年もここからパワートレーンをル・マンに送り出した。東富士のみなさんの熱い思いが結果につながったと考えている。セブリングでの開幕戦はBoPもあり厳しい結果になったが、われわれがWECに参戦しているのは勝つためだけではない。WECに関わることでモータースポーツの新しい未来を切り開くことが重要だ。世界中の関係者が思いを一つにしてル・マンにチャレンジしたい」と、WECに挑戦することの意義を述べた。
ビデオ会議で参加したドイツのTGR-Eからはチーム・ディレクターのロブ・ロイペン氏が「東富士で開発してもらったパワートレーンは今年に入ってテストでもレースでも一度もトラブルを起こしていない。レースごとに強くなっていっている。今年もわれわれがル・マンで最強チームになると確信している」と述べ、東富士のパワートレーンの信頼性に不安はないことを伝えた。
2022年シーズンから8号車のドライバーになった平川亮選手は「今年初めて東富士のパワートレーンでル・マン24時間に挑戦する。みなさんと一丸になって巨大なトロフィーをここに持ち帰りたい」と述べ、勝つという強い決意を表明した。
7号車のドライバーを兼任したまま、TGR WECチームのチーム代表に就任した小林可夢偉選手は「東富士の多くのエンジニアのみなさんが出荷検査の試験時には緊張するとおっしゃっていたが、ドライバーも同じ気持ちで緊張している。去年最終スティントを任されて、非常に緊張しながら走っていた、おそらく人生で一番緊張したレースだったのではないか。ドライバーもエンジニアのみなさんと同じ気持ちで最後まで走りたい」とあいさつした。
最後に関係者を代表して、昨年惜しまれながらレーシングドライバーを引退し、今シーズンからTGR-Eの副会長として活動を開始した中嶋一貴氏があいさつした。なお、中嶋氏のあいさつの前には、東富士の関係者から、中嶋氏の長年の功労をたたえて特製の記念品が贈呈された。贈られた記念品の中には、選手時代の中嶋氏が2012年にTS030 HYBRIDでWECに初優勝したときのエンジンのピストン、そして昨年のル・マン24時間を走った時のGR010 HYBRIDのエンジンのピストンなどが含まれていた。2018~2019年シーズンのWECチャンピオン、2018年~2020年と3年連続でル・マン24時間優勝など輝かしい記録を残した中嶋氏への感謝の気持ちが伝わってくる記念品だった。
その中嶋氏は「昨年レーシングドライバーとして区切りをつけたので、こうしてお気持ちをいただけるのはとてもうれしい。今シーズンからはTGR-Eメンバーの一人として関わるが、ル・マン24時間レースは何が起こるか分からないレース。そして何が起きても挑戦し続けることが重要だ。来年はライバルが多く参入してくる見通しでハードルが高くなる。それに向けてしっかり準備していきたい」と述べ、今年のル・マン24時間レースも重要だが、LMDhという新規定との混走になる来シーズンはより激戦になる見通しで、それに向けてしっかり準備していかなければならないと強調した。
東富士研究所ではシステムベンチを利用して各種検証
2022年用のエンジンは3.5リッターV型6気筒直噴ツインターボで、エンジン単体の出力は500kW(680PS)になっている。ハイブリッドシステムはバッテリ、フロントモーター、インバータの3つのコンポーネントから構成されている。バッテリは東富士研究所が自社開発したトヨタ・リチウムイオンバッテリでハイパワー出力仕様。フロントMGUはアイシンとデンソーの共同開発でハイブリッドシステムまわりでは200kW(272PS)の出力を実現している。
すでに述べたとおり、パワートレーン全体のシステム出力は500kWで、車速が190km/hを超えてハイブリッドシステムを有効にできる環境になると、ハイブリッド側の出力を増加し、その分エンジン側の出力を減らしてパワートレーン全体で500kWとなるように調整される。
そうしたパワートレーンは、東富士研究所のC10サイトにあるシステムベンチで動作の確認などを行なっている。使うシステムによって異なるそうだが、エンジンだけの動作を確認するもの、ブレーキ回生も含めたハイブリッドシステムを確認できるものといった複数のベンチが用意されており、柔軟なテストを行なうことができるという。
ハイブリッドシステムの動作を確認できるベンチでは、一種のシミュレータのように実際に車両が動作している環境を再現して走らせることができる。実際、画面を確認すると車速が190km/hを超えると、ハイブリッドシステムが有効になり、エンジンの出力が抑えられ、バッテリからモーターへ電力が送られモーターの出力が出ていることを確認できた。