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アクセラレータ開発に注力して低コスト&低消費電力でADASや自動運転を実現するルネサス

 ルネサス エレクトロニクスは、4月11日に東京都内で「Renesas DevCon JAPAN 2017」を開催し、そこで新しい車載向け半導体などを発表(別記事のルネサス、新コンセプト「Renesas autonomy」で自動運転向けソリューションを加速を参照)した。

 その会場でインタビューに答えたルネサスの幹部は、自社の自動車向けSoCの開発においては汎用プロセッサの性能をひたすら高めていくコンピュータ的なアプローチではなく、固定機能を持つアクセラレータを優先して強化する方針であることを明らかにした。

 ルネサスはこうした方針のもとで、ADAS(先進安全運転システム)や自動運転を実現する低消費電力のSoCを、低コストで自動車メーカーやティアワンの部品メーカーに提供していき、ADASや自動運転の広範な普及を後押しすることになる。

競争が激化するADAS&自動運転向け半導体を巡る市場環境

 ADAS&自動運転向けの半導体を巡る半導体メーカーの競争は激化の一方をたどっている。AIを実現するディープラーニングの学習向けGPUで先行するNVIDIA、そのNVIDIAを追いかけてGPU対抗のディープラーニング向けアクセラレータを強化したり、イスラエルの画像認識カメラユニットの大手メーカーであるMobileyeを買収したIntel、さらには車載向け半導体でトップシェアを誇るNXPを買収する計画を明らかにしたQualcommなど、これまではPCやスマートフォン向けの汎用プロセッサを製造して販売してきた半導体メーカーが相次いでADAS&自動運転向け市場に参入を図っている。

 それを迎え撃つことになるのが、車載マイコン市場で市場シェア1位のルネサスだ。ルネサスの車載マイコンは従来型のECUやパワートレーンを制御する用途で利用されており、2011年3月に発生した東日本大震災で同社工場が被災したときには、日本の自動車メーカーの工場が操業停止に陥ったことからも分かるように、ルネサスのマイコンは自動車の製造に欠かせない部品となっている。

ルネサス エレクトロニクス株式会社 執行役員常務 兼 第一ソリューション事業本部長 大村隆司氏

 そのルネサスの車載向け製品の事業部を率いるルネサス エレクトロニクス 執行役員常務 兼 第一ソリューション事業本部長 大村隆司氏は「今回も、NVIDIAやIntelと比べてどうなのだという質問を何度もされた」と苦笑する。記者がそうした“対決の構図”を書きたがるのは洋の東西を問わないが、やはり記者がそんな質問をしたくなるほどNVIDIAやIntelといったコンピュータ由来の半導体メーカーがルネサスにとって強力な競合相手に見えるからだろう。

「画像認識アクセラレータ」でAIによる物体認識を実現する「R-Car V3M」

 そうしたコンピュータ系の半導体メーカーを迎え撃つ形のルネサスも、その強みである車載マイコンに加えてADAS&自動運転向けのソリューションを拡充し続けている。

 ルネサスが4月11日に行なったRenesas DevCon JAPAN 2017では、すでに自動車メーカー向けに出荷を開始している「R-Car H」シリーズに加えて「R-Car V3M」と呼ばれるスマートカメラ向けの半導体を発表した。

R-Car V3M

 R-Car V3Mは、Intelに買収されたMobileyeが自動車メーカーなどに提供している画像認識チップ「EyeQ」の競合になるような製品で、R-Car V3Mとカメラモジュールを組み合わせることでAIを活用した物体の判別などが可能になる。そこまではMobileyeのEyeQなどと同じだが、R-Car V3Mの最大の特徴は、低消費電力であることだ。

ルネサス エレクトロニクス株式会社 第一ソリューション事業本部 技師長 兼 CTO室 技師長 板垣克彦氏

 ルネサス エレクトロニクス 第一ソリューション事業本部 技師長 兼 CTO室 技師長 板垣克彦氏によれば「例えばルームミラーの内側に入れるということを考えると、消費電力を低く抑えなければ発熱が大きすぎて入れることができなくなる。R-Car V3Mは1Wでスマートカメラの機能を実現できる設計になっており、チップを直接触っても熱くないレベルの低消費電力を実現できている」と述べ、低消費電力でありながら他社に負けないような性能を実現していることがR-Car V3Mの特徴だと強調する。Renesas DevCon JAPAN 2017の展示会場ではR-Car V3Mをヒートシンクなしで実働デモを行なっており、実際に指で触って温度を確認することもできたが、ほんのり暖かい程度だった。

1Wと消費電力が低いため、指で触っても熱いと感じない

 その秘密はAIを汎用のプロセッサで実現しているのではなく、ルネサスが自社開発した画像認識アクセラレータを活用していることにある。ルネサスによれば、R-Car V3MではあらかじめHPC上でディープラーニングの学習を行ない、その成果をR-Car V3Mに送り込む。R-Car V3M上ではその学習データを元に、ディープラーニングの推論を画像認識アクセレータ上で実施して、物体の判別だけを行なっているのだ。汎用プロセッサと比べて圧倒的に消費電力が少ないアクセラレータを活用することで、消費電力を抑えることが可能になっているのだ。

R-Car V3Mを利用したディープラーニングによる推論のデモ。競合他社と比べて圧倒的に低い消費電力での推論が可能になっている

 これについて大村氏は「すでにこうしたカメラソリューションで多くの商談をさせていただき、実際に採用も決まっている。現時点ではまだ自動車メーカー様から発表されていないので、具体的にどことは言えないが、競合他社を急速に追い上げている」と述べ、自動車メーカーやティアワンの部品メーカーへの売り込みは順調だとした。

アクセラレータを重視するルネサスと、汎用プロセッサに注力するNVIDIA

 また、板垣氏によればルネサスが現在力を入れて開発しているのは、実はこうした機能が固定されたアクセラレータだという。実際にルネサスが開発している車載SoCで統合されているCPUやGPUは、ARMからライセンスを受けているIPデザインベースになっている。これに対し、前出のR-Car V3Mの画像認識アクセラレータやR-Car Hシリーズに搭載されているDSPなどに関しては自社開発しており、今後もそこに開発リソースを使って他社と差別化するポイントとして強化していくと板垣氏は説明した。

 このことは、ルネサスのADAS&自動運転向けの製品展開における哲学を雄弁に物語っている。というのも、同じようにADAS&自動運転向けSoCで話題を呼んでいるNVIDIAとはまさに真逆の開発方針だからだ。NVIDIAが自動車メーカーなどに盛んに売り込んでいるSoCの「Tegra」シリーズは、自社開発のGPUにその最大の特徴がある。GPUは並列演算に向いている汎用プロセッサで、それにソフトウェアを組み合わせることでAIの機能を自動車にもたらす。

 このモデルはまさにPCやスマートフォンなどの世界では当たり前の開発方針で、ソフトウェアによって機能を拡張するといったことが柔軟にできるメリットがある。ソフトウェア次第で機能をどんどん拡張できるので、とくに現在のような開発段階では柔軟性が高く、PCやスマートフォンがソフトウェア次第で機能をどんどん拡張できるのと同じように、開発途中で機能を付け加えたいといったときでも、プログラマが新しい機能を簡単に追加できる。

 しかし、汎用プロセッサには高い消費電力、高い半導体のコスト、そしてどうしても複雑にならざるを得ないソフトウェアの開発コストがかかってくる。大村氏は「NVIDIAがやっているようなGPGPUのようなやり方を否定するつもりはない。しかし、そのコストモデルを考えると、それが高級車にはいいかもしれないが、それ以下に実装するのは難しいのではないか」と述べ、汎用プロセッサを使うアプローチは現在NVIDIAが食い込んでいるアウディやメルセデス・ベンツといった高級車では有効かもしれないが、普及価格帯の自動車に採用するのは難しいのではないかと指摘する。

 これに対してルネサスでは、汎用プロセッサはもちろん搭載しておりそれらも活用はしていくが、アクセラレータの開発に力を入れるというところに特徴がある。ルネサスが目指しているアクセラレータを強化するというやり方は、決まった機能を実装するときに性能、消費電力、コストの観点で有利な手法で、現在の“レベル2”の自動運転のように機能が決まっている場合にはより有効な方式だと考えられる。それが“レベル4”や“レベル5”の自動運転になったとしても、メーカーが機能をフィックスしたあとでアップグレードする必要がないのであれば、やはりアクセラレータを使う方が性能、消費電力、コストの観点で優れた方法になる。

 もちろん弱点はあって、固定機能をSoCに統合するのは汎用プロセッサに比べると開発や提供までに時間がかかる。汎用プロセッサは同じアーキテクチャで性能を上げていけばよいので、現在ある製品で未来の製品を予想しながらソフトウェアの開発ができる。それに対してアクセラレータは、SoCを設計する段階でユーザーとなる自動車メーカーのニーズを正しく掴み、それを予想しながら設計していく必要があるほか、半導体という形になるまでユーザーは実際の製品を利用したソフトウェア開発ができない。ユーザーのニーズを認識してから実装まで数年単位で時間がかかることもあり、その結果として汎用プロセッサを利用するソリューションに比べて遅れているという印象を与えかねない。

 逆に言えば、これこそが今ルネサスがNVIDIAなどに比べて出遅れているという印象を持たれてしまっている1つの要因であることは否定できないだろう。

ルネサスの強みはコンピューティングだけでなく、制御系、インバーターなど総合的にソリューションを提供できること

 では、結果的にどちらが正解なのだろうか。それは数年後に実際に自動運転の時代が来て、自動車メーカーがどちらを選択するか次第であり、現時点では2つの選択肢があるとしか言えない。NVIDIAのようなアプローチはよりPCやスマホ的なアプローチで、コンピュータの世界では当たり前の「ウォーターフォール」(最初にハイエンドで採用されて段々と普及価格帯に降りていくこと)のアプローチだし、ルネサスのアプローチはこれまでの自動車的なアプローチとも言え、それぞれに一長一短があり、あるいはどちらも正しくなくて答えはその中間にあるのかもしれない。

 大村氏に、将来は自動車でもコンピューティング性能が重要になっていくのか、それともそうではないのかと質問したところ「それは正直、答えたくないよい質問だ。DevConでも説明したとおり、自動車の進化にはオーナーカーとサービスカーという2つの潮流があると考えている。なかでも重要なのはサービスカーで、そこでどんな技術革新を実現していけるかが重要になる。そう考えていくと、EV、コネクテッドカー、自動運転と、それらの技術をきちんと抑えることが重要だ」と述べた。

 大村氏が言いたいことを筆者なりに解釈すれば、確かにコンピューティング技術は重要ではあるが、それは自動運転の1つの要素に過ぎず、またEV(電気自動車)を実現するインバーターだったり、それらを制御するマイコンだったり、そしてコネクテッドカーを実現するゲートウェイだったりも重要な要素になる。それらをまとめて提供できる会社はどこなのか? もちろんそれはルネサスである。それが大村氏の言いたいことなのではないだろうか。