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風力発電で製造した低炭素水素で「FCフォークリフト」を稼動させる実証実験が本格スタート

キリン・横浜工場での水素充填&FCフォークリフトによる積み込みのデモも公開

2017年7月12日 開催

「風力発電により製造した低炭素水素を燃料電池フォークリフトへ供給する実証事業」が本格運用を開始

 神奈川県、横浜市、川崎市、岩谷産業、東芝、トヨタ自動車、豊田自動織機、トヨタタービンアンドシステム、日本環境技研は7月12日、2016年3月に開始した「風力発電により製造した低炭素水素を燃料電池フォークリフトへ供給する実証事業」で取り組みを進めてきたプロジェクトで、すべての設備が完成。本格運用を開始すると発表した。

 同日、神奈川県横浜市の横浜港・瑞穂埠頭にある風力発電所「ハマウィング」で、プロジェクトの中核となる水素製造施設の完成を記念するテープカットセレモニーや、報道関係者向けの現地取材会などが実施された。

環境大臣 山本公一氏

 会場でのテープカットセレモニーに際し、環境大臣の山本公一氏から挨拶が行なわれ、施設の完成と実証プロジェクトがスタートすることに喜びのコメントを述べたあと、「パリ協定のもと、世界は今世紀後半に『二酸化炭素の排出を実質ゼロにする』という長期目標に向かって大きく動き始めています。この流れはもはや変わりません。わが国としても、2050年までに80%の排出削減を目指しており、この目標に向けて水素が大きな役割を果たすと期待しております。環境省では、再生可能エネルギーから水素を製造し、利用までを一貫して行なう低炭素な水素サプライチェーンを全国で展開しており、京浜臨海部のプロジェクトは首都圏第1号の取り組みです。風力発電による電気を水素に変換して蓄えることで、最大限に活用するプロジェクトです」。

「とくに、水素充填車を活用してさまざまなユーザのところまで配送するわが国初の『水素デリバリーシステム』は水素社会実現に向けた鍵になるものと確信しています。地域ごとの再生可能資源による水素サプライチェーンを確立し、全国に波及・展開させていくことが本事業の最大の目的です。このプロジェクトは全国各地に波及可能な大きなポテンシャルを持っており、環境省としても大いに期待しております。このプロジェクトの本番はこれからです。全国の水素社会造りの先導的な役割を果たしていくと期待しております」と述べ、プロジェクトの趣旨を解説し、その役割に期待しているとした。

 山本氏の挨拶に続いてテープカットが実施され、そのあとに報道関係者などによる現地取材会が実施された。

関係者によるテープカットセレモニーの様子

 会場となったハマウィングは、2007年3月に稼動を開始した風力発電所。この敷地内に、横浜港を吹き抜ける海風で発電した電気で水を電気分解する水素製造装置、作り出した水素を保管する水素貯蔵タンク、水素の圧縮や簡易型水素充填車に対する充填を行なう水素上屋棟など必要な各施設が7月に完成し、プロジェクトの本格運用が開始されることになった。

 なお、この本格運用開始に先駆けて、2016年11月からFC(燃料電池)フォークリフトの試験的な運用トライアルが行なわれており、この期間中の水素供給は千葉県市原市にある岩谷瓦斯・千葉工場から3時間ほどの時間をかけて運ばれていた。

現地取材会中のハマウィング。写真内の右手にあるブルーの支柱がハマウィングになるが、ローター直径(80m)まで含めて118mという巨大なハマウィングは敷地内からは写真に収まりきらない
約1.5km離れた対岸の臨港パークから見たハマウィング。横浜港のランドマークともなっている
ハマウィング
下から見上げたハマウィングのローター。ブレードは落雷防護システム付きのGFRP(ガラス繊維強化エポキシ樹脂)で、角度を変えて風を受ける量を調節するピッチ制御装置を持つ
ナセル内に発電電圧690Vの巻線型誘導発電機や増速機、発電機用変圧器などを備える
鋼鉄製の支柱は内部が空洞になっており、メンテナンスなどでなかに入るためのハッチを用意
ハマウィングのリアルタイムの発電量や構造などを紹介する発電表示板
取材当日は順調に風が吹き抜けており、常時500~800kWの電気を発電していた
10年間トータルでの発電量。発電した電気は電力会社に売電されてきた。プロジェクト開始後は発電量の25%ほどが水素製造に利用され、残りはこれまで同様に売電されるという
ハマウィングの解説パネル。デンマークのヴェスタスが製造したもので、定格出力1980kW、年間発電量は約210万kWh
水素製造安定化システム
トヨタタービンアンドシステムが手がけた蓄電池システム「水素製造安定化システム」

 ハマウィングで発電された電気は、まずニッケル水素バッテリーを使った蓄電池システム「水素製造安定化システム」に送られ、ここから水を電気分解する水素製造装置で水素に変換されたり、水素圧縮機を動かす電力として利用するほか、一部を蓄えておき、風が止まってハマウィングでの発電が停止したときも水素供給が間断なく続けられるようにする。

 この水素製造安定化システムで使われるニッケル水素バッテリーは、トヨタのハイブリッドカー「プリウス」(2代目)に搭載されていた駆動用バッテリーを回収して再利用したもの。ここでも環境負荷を低減する発想が組み込まれている。

右側の装置内に「プリウス180台分」というニッケル水素のリユース電池180個が組み込まれている。蓄電能力は150kWh
水素製造装置
東芝製の水素製造装置。内部の様子は公開されなかったが、固体高分子型の水電解ユニット、エアコンプレッサー、エアタンク、チラーなどが収められているという。水は一般的な横浜市の水道水を使い、電気分解する前に不純物などを取り除いているという。水素の性能能力は10Nm3/h
水素上屋棟&水素貯蔵タンク
水素上屋棟

 風力発電の電気を変換した「低炭素な水素」は、安定供給という目的でいったん水素貯蔵タンク(容量100m3)に収められ、常時FCフォークリフト12台に2日間供給できる水素をキープ。0.4MPaの圧力で蓄えられたあと、簡易型水素充填車での配送に向けて水素圧縮機で45MPaまで昇圧される。圧縮機から隔壁を隔てた左隣に水素充填装置が設置され、日野自動車の小型トラック「デュトロ ハイブリッド」を使った簡易水素充填車でプロジェクトに参加している「横浜市中央卸売市場(青果部)」「キリンビール 横浜工場」「ニチレイロジグループ 東扇島物流センター」「ナカムラロジスティクス」の4カ所に配送されていく。

水素上屋棟の右側にある水素圧縮機。4段圧縮で0.4MPaの「低炭素な水素」を45MPaまで昇圧する。圧縮機は2軸縦型のコンパクトな設計となっている
水素上屋棟の左側に水素充填装置を2基設置して、2台の簡易水素充填車に供給可能
水素上屋棟の右後方に水素貯蔵タンクを設置。容量は100m3で、水素貯蔵量は800Nm3(有効貯蔵量は400Nm3
水素上屋棟の左後方には機械室棟がある
水素残量をクラウドで管理する事務所棟
敷地内で人間が唯一常駐する事務所棟

 発電や水素製造などに直接関係していない事務所棟は、プロジェクトの運用面や管理などを受け持っている。内部では簡易水素充填車に装着している車載コントローラーから送られてくる位置情報や搭載する水素タンクの圧力などを常時計測。さらに各FCフォークリフトの水素残量も確認できるようになっており、将来的な水素の「オンデマンド配送」に向けたトライアルを行なっている。このほかに事務所棟には、水素上屋棟で水素の圧縮を行なうときにオペレーションを行なう「高圧ガス保安法」の有資格者が常駐している。

ハマウィングに新設された事務所棟。簡易水素充填車の位置や水素タンクの圧力、各FCフォークリフトの水素残量などをチェックしている。現状では水素の配送は2台の簡易水素充填車が1便/日でルート配送する定時便のみだが、この先は需要を予想して「ジャストインタイム」で配送する「オンデマンド配送」にトライするとのこと

コスト要因を検討して水素価格の引き下げにも取り組む

トヨタ自動車株式会社 専務役員 友山茂樹氏

 テープカットセレモニーと現地取材会に先立ち、みなとみらい地区にあるヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルでプロジェクトの事業代表者を務めるトヨタ自動車の専務役員である友山茂樹氏からプロジェクトの全体説明が行なわれた。

 友山氏のプレゼンテーションでは、2016年3月に行なわれたプロジェクト開始時の概要発表の内容(関連記事「トヨタ、風力発電で製造したCO2フリー水素をFCフォークリフトで使う実証を開始」)を改めて紹介しつつ、2016年11月からスタートした約半年のトライアルで確認された取り組み内容の評価や、今後の本格実証に向けた課題などについて説明された。

プロジェクトは2015年度から2018年度の4カ年事業として進められている
「多様なエネルギーから成り立つ社会」が低炭素社会で目指す姿
水素が持つエネルギーとしてのメリット
横浜氏に2カ所、川崎市に2カ所の計4カ所で実証が行なわれる
水素供給は横浜市の風量発電所であるハマウィングを拠点とする
風力発電からFCフォークリフトで利用されるまでのシステムフロー

 トライアルについて友山氏は「(FCフォークリフトの)ユーザーのみなさまからは、これまでに使用してきたフォークリフトと同様の操作性に加え、短時間での水素充填によって作業効率が大幅に高まって助かるとのお言葉をいただいております」と、現場で実際にFCフォークリフトを運用するユーザーから好評であると紹介しつつ、「一方で、例えば岩谷瓦斯・千葉工場から京浜臨海部への水素配送が最適ルートに比べ、法規上で許されるルートを使うと約50kmも余分に走行せざるを得ませんでした。今後の水素社会の普及・事業展開に向けた課題の1つとして検討してまいりたいと考えております」と語り、トライアルで浮かび上がった問題を今後の検討課題として挙げた。

 新たにスタートする本格運用では、これまで外部から供給されていた水素をハマウィングで生成した低炭素な水素に切り替え、まずは毎日8時間分の水素を4カ所の施設で可動する計12台のFCフォークリフトに供給。低炭素な水素でのFCフォークリフトの稼働を行なっていく。この水素の定時供給が安定して行なえることを確認したあとは、定時の配送にとらわれることなく、ユーザーが必要とするタイミングで水素を供給するため、新たにジャストインタイムでの水素の製造、配送にチャレンジすると友山氏は解説した。

 この水素のオンデマンド配送を実現するため、クラウドを利用した管理・運用システムを導入し、ハマウィングでの水素製造状況や簡易水素充填車の位置情報、各FCフォークリフトの水素残量などのデータをサーバーにリアルタイムにアップロード。一元的な管理や解析が行なえるようにするという。

ハマウィングにおける2014年7月3日の発電量。設備稼動などのため、発電量がマイナスになることもある
実証で利用されるトヨタ自動織機製のFCフォークリフト
クラウドを利用する運用管理システム
FCフォークリフト1台ごとの水素残量もリアルタイムでチェック
2016年11月~2017年3月にトライアルを実施した

 また、プロジェクトの目的の1つである「事業可能性の検証」に関連して、FCフォークリフトのユーザーが許容できる水素価格の算出を実施。価格の考え方としては、現時点で水素ステーションで販売されている水素の価格にデリバリー費用、低炭素であることの環境価値を上乗せして算出すると友山氏は述べ、「この水素価格に対し、本実証に基づく将来コストを算出し、各項目でコスト削減目標を立てて課題を調査してまいります」と説明。すでに判明しているコスト要因は「設備費・保守メンテ費」「オペレーション費」「電気代・燃料代」「その他」と4つの項目として取り上げ、「これらを積み上げると(水素価格が)高額になると想定されます。今後は1つ1つの要因に対して、量産を見据えたコストの検証、行政に対する規制緩和の要望といった対策を取りまとめ、どこまで水素価格が引き下げられるか検証したいと考えています」と今後に向けた動き方を解説した。

 最後に友山氏は「低炭素水素社会の実現という日本の大きな目標に向け、我々は低炭素な水素のサプライチェーン構築というテーマに取り組みます。新たな取り組みであるからこそ、技術的な課題だけではなく、規制緩和や関係者間での調整などさまざまな課題が生じると思いますが、その1つ1つにていねいに対応し、事業最終年度にはしっかりと成果を取りまとめ、低炭素水素社会の実現に少しでも寄与できればと考えております」と締めくくった。

扱い慣れていない水素を燃料にするため不安の声も出たが、トライアルでは概ね好評となった
東京湾アクアラインや川崎航路トンネルなどは危険物車両の走行が不可となっており、最適ルートから倍の距離と時間をかけて水素を運ぶことになった
本格実証のスタート後は、当初にこれまでと同じ定時配送を行なって安定供給できるかを検証し、そこからオンデマンド配送にもチャレンジするという
システムの全般をクラウドで管理。最適な輸送方法も検証していく
項目ごとにコストダウンを進め、事業化に向けた水素コストを試算していく
水素価格を高める4つの要素
従来のフォークリフト運用から、CO2排出量を80%以上削減できるとの見込み
2018年度までの実証スケジュール
キリンビール 横浜工場で行なわれたFCフォークリフトの水素充填デモ

 当日はこのほかに、プロジェクトに参加しているキリンビール 横浜工場で「FCフォークリフト水素充填デモ」「FCフォークリフト稼動デモ」も公開された。

FCフォークリフト水素充填デモ

簡易水素充填車とFCフォークリフト双方のハッチを開けて水素充填を開始
簡易水素充填車のハッチ内に収納されている充填ホースをFCフォークリフトに接続
充填ホースの接続後に、水素が漏れていないか計測器を使ってチェックする
簡易水素充填車の右側面にある操作パネルで充填を開始
日野自動車の小型トラック「デュトロ ハイブリッド」を使った簡易水素充填車
水素搭載量270m2の水素タンクを2基搭載
水素漏れの計測器を水素が溜まりやすい上部に固定する
右側面の操作パネル
左側面の上側にもハッチがあり、圧力弁などの操作が可能

FCフォークリフト稼動デモ

水素充填デモに続いて行なわれたFCフォークリフトの稼動デモ
FCフォークリフトの稼動デモでは、2台のFCフォークリフトがくるくると軽快にウイングトラックの周囲を走りまわり、パレットに載せられたビールケースを次々とウイングトラックに運び込む姿が披露された
FCフォークリフトの稼動デモの様子(49秒)
キリンビール 横浜工場で使われている2.5t積みのFCフォークリフト
キリンビールでは重量のあるビールケースを安定して運搬できるよう、4本のフォークを備える特別仕様を採用している