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フライトシミュレーターから顧客サポートまで、JALパイロットの実態に迫る
パイロットは飛ばないときも忙しい
(2013/8/1 00:00)
JAL(日本航空)は、安全な空の旅を提供するためにさまざまな取り組みを行っている。今回、現場で安全運航に取り組むパイロットや、その教育方法、そしてフライトシミュレーターでの訓練の様子等を取材する機会を得られたのでリポートする。
パイロットの仕事はフライトだけではない。と言っても、フライトに関連する日常のデスクワークのことではない。JALには現在1500名のパイロットが所属しているが、その一部は常にローテーションで通常のフライト業務以外にJALの地上勤務も兼務しているのだ。一般の地上職の人とともに仕事をすることで、パイロットとしての経験を他の職種へも活かすことができ、パイロットとしても地上職の現場を知ることで視野が広がるそうだ。
職種にもよるが、地上職を兼務するパイロットはおおよそ月に10日ほど地上職勤務につき、そのほかはフライトと休日にあてられる。勤務日のほぼ半分が地上勤務になることが多いようだ。地上勤務中は他の勤務者と変わらない勤務体系で働いていると言う。
では、実際にはどのような仕事をしているのだろうか。パイロットが就く地上勤務は本社を含めて約10部署。その中から今回は運航技術部より芝端秀浩氏、運航訓練審査企画部より塚本裕司氏、松野伸一郎氏、運航安全推進部より本郷猛氏、顧客戦略お客様サポート室より赤地秀夫氏の、計5名の現役パイロットの方々からお話を伺うことができた。
新造機の領収とは
運航技術部の芝端秀浩氏は、乗務歴23年のベテランで現在は737の機長だ。芝端氏が所属する運航技術部は、新造機の領収や各種テストフライトなどが業務だそうだ。新造機の領収とは、実際にJALが購入した航空機の製造元である航空機メーカーまで行き、日本まで実際に運ぶ(フェリーフライト)仕事だ。どちらかと言うとパイロット本来の仕事に近い。
新造機の領収業務は、ただメーカーに行って受け取るだけでなく、機体仕様の細々としたチェックも行い、仕様と違うところや違和感のある個所をそのつどダメ出しをしていると言う。人間が造る以上、どうしても出来の善し悪しはあるそうで、JALの整備チーム達とともにそこをチェックするのが主な仕事と言う。このあたりはクルマについても同じ事が言えそうだ。
そのほかにも、メーカーが作ったマニュアルをベースに、社内事情にあった項目を新設、改訂、補足などをしたAOM(Aircraft Operating Manual)を作る仕事もしているそうだ。
訓練生や機長昇格時の教育を担当
運航訓練審査企画部の塚本裕司氏は乗務歴16年で、現在は777の機長だ。運航訓練審査企画部は運航乗務員(パイロット)や運航乗務員訓練生への教育体系の作成、企画・運営が主な仕事。この中で、塚本氏は訓練生の教育やパイロットになったあとの教育、機長昇格時の教育などを担当しているそうだ。また、後述するが塚本氏は全パイロットに共通した教育も担当している。
JALは現在、訓練や審査について個人の能力の見える化を図っていると言う。業務を数千の項目に細分化したデータベースを作り、細かく分析することで個人個人の苦手とするところを洗い出すことが可能できるようになる。また、JALとしても自社の弱みを把握し、改善に努めることができるのだそうだ。
シミュレーター訓練の企画
同じく運航訓練審査企画部の松野伸一郎氏は乗務歴17年で、現在は787の機長を務めている。塚本氏と同じく運航訓練審査企画部に所属するほか、運航訓練部787訓練室 飛行訓練教官を兼務し、787の運航訓練教官を務めている。訓練教官としてはシミュレーター訓練のほか、実際にフライト中の訓練にも教官として同乗すると言う。
また、JALでは年に3回、普通のフライトでは遭遇しないようなトラブルへの訓練も義務付けており、そうしたシミュレーター訓練の企画も担当している。常に新しい事象やトピックを盛り込んだトラブル、気象条件などを設定した訓練内容を企画しているそうだ。
「ひやりはっと」な案件を社内に配信
運航安全推進部の本郷猛氏は乗務歴17年で、現在は767の機長だ。運航安全推進部は、飛行データやパイロット達の報告等を集めて分析し、不安要素の抽出とその対策・検討を行う部署だ。エラーを未然に防ぐための教育企画・運営や情報発信なども担当する。
実際の業務ではフライトデータレコーダと同等の内容を使い、通常のフライト時にどのような操作がされているかをモニタリングしている。フライト中の機体の各パラメータがすべて記録されているため、気象状況などによる変化などを統計し、安全運航のための資料を作っていると言う。
また、「ひやりはっと」的な案件として、“雨が降ると●●空港のペイントが見にくい”といった情報を事前に周知することも仕事だ。こうした案件は電子メールでの配信よりも紙のほうが効果があるそうで、月に1度か2度、紙でそうした安全情報を社内に向け発信しているそうだ。ほかにも年に2回、海外で安全に関する国際会議に参加し、各国と情報共有をしている。
本物のパイロットが利用者からの質問や意見などに直接対応
顧客戦略お客様サポート室の赤地秀夫氏は乗務歴16年、現在は737の機長だ。顧客戦略お客様サポート室は、利用者からの質問や意見などに直接対応する部署で、いわゆるサポートセンター業務だ。電話や電子メール、手紙などへの返信を業務としている。
赤地氏は電話以外の業務を実際に担当しており、内容は運航の安全や整備に関する物を担当することが多いそうだ。たとえば「●●空港での着陸に不安があった」「飛行中に揺れが大きかったが大丈夫なのか?」などの問い合わせを受ければ、実際にそのフライトをした機長から状況を聞いたりして対応をしていると言う。一時期話題になった787の安全性についても問い合わせが多く、担当の電気技師から実際に意見をもらって返答していたそうだ。
一般社員がテンプレート的な解答をしているのではなく、実際に業務に携わる人間が直に案件を調査して回答していることに個人的には驚いた。本物のパイロットが状況を説明するのだから説得力も倍増するだろう。もちろんサポート業務の全員が現場を熟知しているスタッフばかりではないし、そんなことは不可能だとは思うが、こうして現場を知る人間が何人かいるだけでもサポート業務全体のクオリティが底上げされるに違いない。
以上がJALのパイロットの地上勤務の概要だ。このほかにもパイロットが担当する業務はあるが、何れの仕事もパイロットと地上勤務者が一緒に仕事をし、互いの職務を理解することは、円滑なコミュニケーションを促し、ゆくゆくは安全性の向上に繋がっていくのだろう。
JALの行う「言語技術」教育とは?
言語技術とは、一言で言ってしまえば「国語」のこと。いまさらパイロットが国語を勉強する必要があるのか、と素人としては思ってしまうのだが、わざわざJALがこれに取り組むのには理由がある。その教育意図について説明をしてくれたのは、先ほどもお話を伺った、運航訓練審査企画部の塚本裕司氏だ。
言語技術教育は、昨年度からJALが全パイロットに対して始めた教育プログラムで、1年遅れでグループ各社でも導入され始めている。国内の同業他社ではまだ見られない取り組みと言う。日本サッカー協会なども導入している教育方法だそうだ。昨年はつくば言語技術教育研究所からコンテンツを取得して行っていたが、今年からは自社で教材を作って実施している。
JALにおける言語技術教育の目的は、短時間で自分の思考・意志を相手に明確に伝えられる技術を身につけること。一般的にはコミュニケーションに特化して取り入れられているが、JALでは思考能力を重視した言語能力として教育に導入している。
飛行機はパイロットとコ・パイロットの2人で運航される。緊急時にこの2人の意思疎通がうまく行かなければ、致命的な事故に繋がりかねない。「相手が分かっているはず、理解しているはず」という前提で会話をしてしまっては重大な失敗に繋がる危険性がある。
フライトには常に危険な要素がつきまとうが、これに対してパイロット達は常に対策を講じている。防壁を作って1つを防いでも、すぐにまた別のものが突破してくるのでまたそこで防壁を作る。この繰り返しだそうだ。
この繰り返しの中で、テクニカルスキル=操縦技術に関してはフライトシミュレーターなどの訓練でも可能だが、ノンテクニカルな部分はシミュレータだけでは訓練しきれない。たとえば非常時に問題解決に至るまでの手順やその業務分担など、パイロットとコ・パイロットは瞬時に正確な意思疎通をしなければならない。これを鍛える。
短時間で自分の思考・意志を相手に伝えるにはどうするか。自分の結論を最初に言うことで相手に意図を理解しやすくする、「あれ」「それ」などという曖昧な言葉を使わない。たとえば「冬場の国内線パターンが好きですか?嫌いですか?」という問いに対しては、「私は冬場の国内線パターンが嫌いです。なぜなら~」と言うように、まず意志を明確に示したあとでその理由を説明すれば、「嫌い」という前提の元で話を聞いてくれるので相手に理解してもらいやすい。
また、たとえば一枚の絵を見て、そこから読み取れる情報を上げていくことで状況の客観的な分析能力とその伝達方法を鍛えることもできる。専門用語を多用した文章も、平易な言葉に置き換えることで同じ意味でも分かりやすく伝えることが可能だ。こうした問答を繰り返しトレーニングしていくと言う。
言語教育の訓練は現在、年に1度、3時間の枠で1回10~20人くらいの人数で実施している。だが訓練時間はまだまだ十分ではないと塚本氏は言う。それでも通常業務の合間をぬって1500人ものパイロットを教育するのは、現状では限界と言う。そのため、パイロットには空いた時間に普段から訓練ができるよう、お題となるようなコンテンツを紙媒体で配布しているそうだ。
安全運航に欠かせない「フライトシミュレーター」
最後に見学したのはフライトシミュレーターだ。JALでは合計9台のフライトシミュレーターを有しており、その内訳は737-800が3機、737-400が1機、787が1機、767と777が2機ずつとなっているそうで、今回見学したのは737-800のシミュレーターだ。シミュレーター室には737-800と787が並列で設置されており、部屋の高さは約3階建てほど。
シミュレーターの解説をしてくれたのは、運航訓練部737訓練室 飛行訓練教官の日比野 琢氏。先ほど顧客戦略お客様サポートについてお話を伺った赤地秀夫氏も、コ・パイロットとして同乗してくれた。
JALでは年に3回、定期訓練と1回の技能審査をフライトシミュレーターで実施している。定期訓練の内訳はオールウェザートレーニング、LOFT(Line Oriented Flight Training)、ADVT(Advanced Training)の3つ。
オールウェザートレーニングとは、主に荒天時の離着陸訓練で、視程が200mしかないような状況での離陸やその最中のエンジントラブルへの対処、また悪天候時の手動着陸などを訓練する。
LOFTは実際の定期便(羽田-関空など)を想定し、そのルートを飛行しながら、飛行中に起きるさまざまなトラブルへの対処を訓練する。時間短縮などはせず、実時間で行われるそうだ。この訓練では目的地に到着することが目的ではなく、パイロットとコ・パイロットがいかに円滑にコミュニケーションを取り、トラブルを解消するかを見ていくと言う。2人のやりとりの様子は録画されており、シミュレーター訓練が終わるとその映像を見ながら検討会を行う。
ADVTでは実際の運用ではできないものや、オフィシャルの手順にはないが、やっておいたほうがよい訓練などを中心に行われているそうだ。
また、技能審査は年に一度パイロットに対して行われるもので、操縦士としての技能レベルが維持されているかを確認するもの。フライトシミュレーターで1回と、実機でのフライト中にも1回審査が行われる。
実際のフライトでは、パイロットとコ・パイロットはもちろん、キャビンアテンダントもほとんどの場合、フライトのたびに初対面で仕事をすることになるそうで、ドラマのようにいつも顔なじみ同士で仕事をすることはまずないそうだ。そのため、誰と組むことになっても速やかに手順を遂行できるようにしていると言う。「顔なじみ同士のチームプレー」という概念は存在しないのだ。
取材に入った我々もシミュレーターを体験させていただいた。PCでフライトシミュレーターを体験したことはあるが、さすがにこれは別格だ。窓の外がすべてディスプレイになっていることで、機体の姿勢を変えると実際に機体が傾いたかのような錯覚を覚え、没入感は段違い。今回は取材に入った報道関係者が多かったため、安全のためシミュレーターの脚は動かさず、実際に傾いたりしていないのだが、それでも「グラリ」と傾くような感覚がある。
ちなみに体験したのは着陸時の操縦で、操縦桿とラダー操作が中心。スロットル操作などは固定での体験だった。とはいえ皆、意外とすんなりと着陸している。不思議に思って聞いてみると、どうやら完全な無風状態での着陸だったそうで、シミュレーターとしてはイージーモードといったところだ。実際に風を受けながらの着陸であったら筆者は無様に横転していたに違いない。ちなみに普段の着陸時のシミュレーター訓練では、視程は550m程度に制限され、雲の高さが60mという低さの中で行われる。その状況下で実演もしていただいたが、とてもではないが素人に真似はできそうにない。
日比野氏は一通り概要説明を終えた後、フライト中に第一エンジンに火災が発生した状況を想定し、その手順をデモしてくれた。警報が鳴り、緊迫した状況下で専門用語が飛び交う。ほとんど細かい内容は理解できないが、シミュレーションとは言え冷静な対処と確実な動作を見ていると、妙に安心した気持ちになった。今回の取材を通じて見てきたJALの安全に対する取り組みの、その答えを垣間見たような気がしたからかもしれない。
普段何気なく利用している飛行機も、パイロットだけでなくさまざまな人たちの堅実な働きに支えられて運航されている。JALにおいては、それらはすべて乗客が「安心して飛行機を利用できる」ことを目指しているように感じた。今回、普段は目にすることができない裏舞台での取り組みを見せていただいたことで、今後はより一層、飛行機の旅が楽しみになりそうだ。
【お詫びと訂正】記事初出時、部署名などに誤りがありました。お詫びして訂正させていただきます。