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NVIDIA、「GTC Japan 2013」で同社の自動車向けソリューションを解説
本田技術研究所によるGPUを利用した自動車の設計についての紹介も
(2013/8/5 00:00)
半導体メーカー・NVIDIAの日本法人エヌビディア ジャパンは、同社のGPU(Graphics Processing Unit)を利用した汎用演算(GPUコンピューティング)のソリューションを解説する技術イベント「GTC Japan 2013」を、7月30日に東京ミッドタウンにおいて開催した。
このGTCでは、東京工業大学が導入した「TSUBAME」と呼ばれるスーパーコンピューター(通常のPCの数万倍の処理能力を持つ大規模コンピュータのこと)に採用されているNVIDIAの半導体に関する解説や、そのNVIDIAの半導体を利用したソフトウェアをプログラミングする方法などについて解説されているが、同時にNVIDIAが自動車メーカーなどに対して売り込みをかけている、自動車向けの半導体に関する説明も行われている。
NVIDIAの自動車向けの半導体の事業は大きく分けて2つある。1つは自動車に搭載されるIVI(In Vehicle Infotainment、車載情報システム)と呼ばれるインターネットに接続された情報システム(現在のカーナビゲーションにネットアクセス機能を付加したシステム)や、メータークラスターなどを実装する際に利用される「Tegra(テグラ)」と呼ばれる半導体を販売するビジネスだ。同社のTegraはすでにテスラモーターズ、アウディなどプレミアムセグメント向けの自動車に採用され始めており、今後は普及価格帯の自動車へも採用を狙って売り込みをかけている。
このTegraに関するソリューションに関して、NVIDIA オートモーティブ部長 ダニー・シャピーロ氏が来日し、報道関係者に説明した。
2つ目となるのが、自動車メーカーが自動車を設計する際にさまざまなシミュレーションに利用する半導体で、同社のQuadroシリーズやTeslaシリーズといったGPU製品がCFD(Computational Fluid Dynamics、数値流体力学)などに利用され、自動車の設計期間を短縮することなどに役立てられている。今回は本田技術研究所 井出大介氏が登壇し、ホンダがどのようにGPUを利用して自動車の設計を行っているのかについて説明した。
NVIDIAの自動車向けビジネスは、デザイン向けと車載システム向けの2本立て
NVIDIA オートモーティブ部長 ダニー・シャピーロ氏は、NVIDIAが自動車向けの半導体ビジネスにかかわるようになった経緯から話を始めた。「NVIDIAは元々コンピュータグラフィックスに強い企業だった。その時代は自動車と言えば“自動車ゲーム”のことだったが、そうしたAR(仮想現実)の技術は徐々に放送や映画などのコンテンツビジネスに拡大されていき、今では自動車にも広がりつつある」と述べ、NVIDIAが創業以来得意としてきたコンピュータグラフィックスの技術が、コンピュータやゲーム/映画などのコンテンツだけでなく、自動車にも広がっていったため、NVIDIAとしても自動車向けの半導体ビジネスを展開するようになったと説明した。
シャピーロ氏は、「まず自動車産業で弊社の半導体が利用されたのは自動車デザインのコンピュータ化だった。弊社が販売しているQuadro、TeslaといったGPUは、今や世界中の自動車メーカーで採用されている」と述べ、自動車メーカーが自動車のデザイン、特にCFDのようにコンピュータを利用して空力をシミュレーションすることなどに使われているとアピールした。
シャピーロ氏の言うように、現在自動車メーカーはそのデザインプロセスを、紙を利用した製図板やモックアップを利用した従来の方法から、CAD(Computer Aided Design)やCFDなどを利用した、ほとんどをコンピュータ上で行う方法に切替を進めており、メーカーによってはそのすべてをコンピュータ上で済ませるメーカーもあるほどだ。これにより、自動車メーカーは開発コストを抑えることが可能になるほか、開発期間を短くすることができるため、従来よりも低価格な車をより短期間に開発することが可能になっている。
こうしたデザインを行う際、難しく言うとコンピュータのCPUやGPUといった演算器を利用して演算するのだが、その求められる性能は一般的なPCよりも高いモノが必要になる。そこで、そうした用途向けに開発されたGPUが必要になるのだが、NVIDIAが提供するQuadroやTeslaはそうしたGPUとして高い評価を受けており、多数の自動車メーカーで採用されているのだ。
シャピーロ氏は引き続き自動車の中における同社の半導体戦略について説明した。NVIDIAはTegraと呼ばれる携帯機器向けの半導体ビジネスを行っており、タブレットやスマートフォン向けの半導体として盛んに売り込みを図っている。このTegraは、スマートフォンに内蔵できるほど省電力であるが、高いグラフィックス性能を持っていると評価されており、特に高性能なタブレットで採用が進んでいる。
よく知られているところでは、Microsoftが初めて自社ブランドのコンピュータとして発売した「Surface RT」に、NVIDIAのTegra 3(第3世代のTegraという意味、現在Tegra 2、Tegra 3、Tegra 4をラインアップしている)が採用されている。シャピーロ氏は「弊社はこうした民生機器向けの製品を自動車に持ち込んでいく。もちろん自動車メーカーの要求に対応できるように、摂氏-40度~80度まで対応し、長期間の製品提供を保証する。また、VCM(Visual Computing Module)というモジュールで提供することで、自動車メーカーは新世代のTegraが発売されても簡単にアップグレードできる」と述べ、同社の自動車向けのTegraをアピールした。
NVIDIAの自動車向けTegraは、すでにアウディ、BMW、テスラモーターズといった特にプレミアムセグメントでの普及が進んでおり、車載情報システム、デジタルメータークラスター、ヘッドアップディスプレイなどの用途に採用が進んでいる。
例えば、テスラモーターズのモデルSでは、センターコンソールに設置されている17型の車載情報システムと、メータークラスターにそれぞれTegra 3とTegra 2が利用されている。シャピーロ氏は「テスラのモデルSでは、どちらもTegra 2で開発が始められた。しかし、開発の途中でTegra 3がリリースされたため、車載情報システムの方はTegra 3へとアップグレードした。これがモジュールで提供するメリットだ」と説明した。
自動車メーカーと協力して、シリコンバレーでアクティブセーフティーの開発を行う
次いでシャピーロ氏は、同社のソフトウェアソリューションとアクティブセーフティへの対応などに関する説明を行った。「自動車メーカーにとって、手軽にユーザーインターフェイスを開発できることは重要なポイントになっている。そこで弊社ではUI Composerというツールを提供しており、これを利用することで、自動車メーカーは従来よりも簡単にデジタルメーターや車載情報システムのユーザーインターフェイスの設計をすることが可能になる」と述べ、実際UI Composerを利用したデザインなどを公開した。
また、シャピーロ氏は、同社のTegraシリーズのように、高い処理能力を持つ半導体が自動車に搭載されるようになると、その処理能力を利用して、いわゆるアクティブセーフティと呼ばれる自動車が能動的に事故を避ける仕組みを実装することが可能になることも説明した。
例えば、道に急に車が飛び出してきたときに、自動でブレーキをかけて停止するシステムを実装するには、前方カメラを装着し、そのカメラからの映像をリアルタイムに解析して飛び出してきた車を認識する仕組みが必要になる。その時に、車のコンピューターに必要とされる処理能力は、現在車に搭載されている車載コンピュータ(いわゆるECUとか)ではまったく処理能力が足りないのだ。そこで、Tegraのようにそれ1つでコンピュータを構成できるような処理能力を備えたモノを採用することで、そうした機能を実装することが可能になる。
シャピーロ氏は「現在こうしたさまざまなシステムの研究を行っている。弊社の本社があるシリコンバレー(筆者注:カリフォルニア州のサンフランシスコ、サンノゼあたりのIT企業の本社が集中している一帯のこと)にも、自動車メーカーが研究ラボを持つ例が増えており、弊社も多くの自動車メーカーと共同開発をしている」と述べ、NVIDIAとしても自動車メーカーと協力してTegraを利用したアクティブセーフティ機能の実装に取り組んでいると説明した。その具体的な例として、アウディと共同で開発している、前車との距離を一定に保つ自動運転のシステムを紹介した。
NVIDIAは、Tegraの最新製品としてTegra 4を今年の頭に発表しているが、現在その次世代製品製品「Logan(ローガン、開発コードネーム。開発時に半導体メーカーがつける仮の名前)」を開発中で、7月中旬に米国で行われたグラフィクス関連のイベントで公開した。このLoganには、NVIDIAが現在、PCやワークステーション、サーバー向けなどに提供しているGPU製品の基礎になっている「Kepler(ケプラー、開発コードネーム)」というデザインを利用したGPUが内蔵されており、現在のTegraに比べて処理能力が大きく向上するのが特徴となっている。
NVIDIAはこうしたLoganをターゲットにしたソフトウェアを開発する環境として、「Jetson(ジェットソン、開発コードネーム)」と呼ばれるリファレンスデザインのボードを、自動車メーカーなどに提供している。このJetsonは、現行のTegra3にKeplerの技術を採用したノートPC向けのGPUである「GeForce」を採用したもので、Logan相当の機能を備え開発キットとなる。自動車メーカーはこれを利用して、Loganに向けたソフトウェアの開発ができるようになっている。
また、シャピーロ氏は、NVIDIAはAppleが次期iOS(AppleのiPhoneやiPadに採用されているOS)となる「iOS7」でサポートすることを明らかにした“iOS in the Car”と呼ばれるソリューションにも対応する予定であることも明らかにした。
試作レスを実現する本田技術研究所のTOPSシステム
GTCの技術セッションに登壇した、本田技術研究所の井出大介氏は、「4輪の試作レス開発に向けた外観品質の確認ツールの開発」と銘打った講演を行った。
コンピュータが普及する以前の自動車のデザインというのは、非常にアナログなプロセスで行われていた。まず、デザイナーがイラストなどでイメージ図を書き、それを元にスケールモデルと言われる模型を作り、最終的に1/1のモックアップで見え方を確認するというプロセスで行われてきた。しかし、コンピュータの登場はそれを一変させた。CADと呼ばれるツールを利用してコンピュータ上で線を引き、それを元にCGモデルをコンピュータ上で作成するというプロセスに移行しつつあるのだ。
そうした大きなトレンドの中でも、井出氏によれば「自動車のデザインにコンピュータが使われるようになってからずいぶん経つが、これまでも試作はデジタルだけで行われていた訳でなく、実際にモックアップなどが使われていた。なぜかと言えば、例えばランプの中の反射の見え方などではCGで確認するのが難しい領域があったからだ」とのことで、すべてデジタルで行うのは難しかったと説明した。
井出氏によれば、ガラスの反射、グリルの中の見え方、合わせ立て付け部分などが従来のCGでは表現が難しく、CGではその雰囲気を出すことが難しかったため、必ずモックアップなどの試作車を作る必要があったと言う。また、そのほかにも塗装の違いなども、フルデジタルにするには課題があったと言う。例えば、同じ素材の鉄板を太陽光の元で撮影した場合でも、日本と米国では日差しの強さが異なるため、まったく違って見える。そうしたことも考慮に入れる必要があるそうだ。
井出氏は「重要なことは、必要なデータを入れれば誰が使っても、誰が見ても同じ結果が得られるソフトウェアを用意すること」と述べ、これまでもそうしたソフトウェアを探してきたが、結局のところ満足のできる市販のソフトウェアは得られなかったため、自社で開発したと言う。それが「TOPS(Total Objective and Physical Simulation、トップス)」と呼ばれるソフトウェアだ。井出氏は「TOPSはCGソフトウェアというよりは、実世界のシミュレーションソフトウェア。環境や素材データ、そして車のデータを入力するだけで、実車と同じデータをCG上に再現することができ、誰が使っても同じ結果を得ることができる」と述べ、実際にTOPSを利用しているデモ映像(当日は利用できる環境がなかったため、あらかじめ撮影しておいたビデオを使った)を公開した。
その公開された映像を見る限り、非常に細部まで実車と同じ質感が再現されており、それをリアルタイムで操作することで実車がコンピュータ上にリアルに再現できる様子が公開された。N-ONEとCR-Vを利用したそのデモでは、従来の課題だったガラスの反射やグリルの内部の見え方なども精巧に再現されていた。井出氏によれば、TOPSを利用するメリットとしては、すべてがデータを元に作成されているので、カットモデルとして表示させることなども簡単にできると言う。また、モデルによってはメーカーオプションが多い場合もあり、それを装着した時と外した時で外観が異なる場合もあるが、その違いもTOPSならすぐに確認できるというメリットがあるそうだ。車内のインテリアの様子もすべてがTOPSで見えるという様子もデモされた。ただ、現時点では「インテリアの表示には若干時間がかかる。これは窓から入ってくる光を演算しているため」(井出氏)とのことで、確かに内部を表示している時には若干のタイムラグがある様子が確認できた。
井出氏は「こうしたTOPSは研究開発段階ではなく、すでにホンダ社内の開発に実際に利用されている。大事なことはユーザーとなるエンジニア達に信頼されるシステムであること。メニューは簡単で、結果が信頼されることが重要だ」と述べ、コンピュータの専門家ではない自動車のデザイナーやエンジニアでも簡単に使えることを意識して設計したと説明した。
井出氏によれば、必要なデータを入力して実際にCGが作成されるまでの時間は1.5時間で、それだけで試作モデルが簡単に作れてしまうので、従来のモックアップなどを作っていた時代に比べると圧倒的な時間の短縮になると説明した。システムは、エンジニアが利用しているワークステーションから、GPUが8つ搭載されたシステムへとリモートアクセスして利用する仕組みになっており、NVIDIAと協力してシステムの開発が行われてきたと言う。なお、システムを構築する際にはGPUだけでなく、CPU(一般のパソコンなどにも利用されている演算器)を利用したシステムも検討されたということだが、実際にドアの描画にかかる時間を計測してみたところ、CPUベースだと120秒かかったが、GPUベースだと5秒で済んだため、GPUベースのシステムに決定したということだった。
なお、TOPSシステムの将来的な課題としては、現状では8つのGPUを搭載した1台のシステムに、1台のエンジニアのコンピューターが接続する1:1の接続になっているが、将来的にはGPUを搭載したサーバーに、複数台のエンジニアのコンピュータが接続することを目指していきたいということだった。NVIDIAは、現在「NVIDIA GRID」と呼ばれるGPUのクラウド化に取り組んでおり、将来的にTOPSをそのようなGPUクラウドに対応させれば、そうしたことが可能になる可能性がある。
またもう1つの課題として、写真品質を超える、よりリアルへの対応を井出氏は挙げた。「すでにTOPSは写真品質は実現しているが、写真には写らないが人間の目には見えるというところまではいけていない。それを実現するには動的な明るさ、より広い色域、さらなる処理能力が必要になる。それらを乗り越えて次世代では人間の目で見たリアルに近づける努力を続けていきたい」と述べ、将来的には写真とCGとの比較などにより、より適正な表現になるようなチューニングを続けていくと説明した。
こうした試作レスのデザインが一般的になれば、これまで膨大な時間がかかっていた自動車の設計が非常に短い期間でできるようになり、新モデルの投入が従来よりも短い間隔になる可能性がある。その意味で、エンドユーザーにとってもメリットがある話であるので、今後とも注目していきたい領域だ。