インプレッション
アウディ「S3 スポーツバック」(2017年商品改良)
2017年5月16日 07:00
貴重な存在になりつつあるA3シリーズ
ここにきて、アウディ「A3」シリーズの存在は貴重になってきた。今回試乗した「S3 スポーツバック」のボディサイズは4335×1785×1440mm(全長×全幅×全高)と、日本の道路環境にジャストフィットするからだ。国産車でいえば全幅で比較するとスバル「レヴォーグ」(1780mm)が肩を並べるが、レヴォーグの方が355mm長く、50mm高いから、横に並べればS3 スポーツバックのコンパクトさが際立つ。これには、アウディシリーズ共通のなだらかなルーフラインによる「大きく見え過ぎない」というデザインセンスもそれを助長しているようだ。
筆者がなぜボディサイズにこだわるのかというと、ずばり運転のしやすさに直結するから。“なにを今さら”的な発言だが、この10年で乗用車のボディサイズは拡大の一途と辿っていることはみなさんもご承知の通り。大きくなる理由の1つは衝突時の安全性能を確保するためだが、もう1つの理由として大きなボディから小さなボディのモデルまで可能な限り部品や思想の共有化を図るため、モジュール設計が進んできたからであるとも言える。ボディサイズが大きければ室内は広くユッタリ乗れるし、デザイン上の押し出しにしても強めやすい。しかし、クルマを純粋に道具として、しかも毎日の足としても使っていくならば、道幅をはじめとしたその国の交通インフラにどれだけ合致しているのかという判断基準を礎に、物理的な最適値があることもまた事実だ。
A3/S3シリーズは2017年1月に商品改良を受けた。ACCをはじめとした複数の先進安全技術が全車標準装備となり、4輪駆動であるA3シリーズのクワトロモデル(直列4気筒直噴2.0リッターターボ)には吸気バルブを早閉じするミラーサイクルエンジンである「ライトサイジングエンジン」が搭載された。また、S3シリーズのエンジンは290PSへと最高出力が5PS向上し、さらにデュアルクラッチトランスミッションであるSトロニックが6速から7速へと多段化された。試乗したS3 スポーツバックは車両価格が606万円で総額68万円のオプション品を備える。駆動方式はクワトロだ。
冒頭に述べたように、持て余すことのないボディサイズに加えて、一連のアウディがもつ滑らかなボディラインにはまとまりがある。濃紺のボディカラーだから余計に引き締まって見えるのだろうか、扇状に広がるデュアルスポークデザインの18インチ大径ホイールにもそのヒントがありそうだ。ボディ形状はいわゆる5ドアハッチバック形式で、ステーションワゴンのような使い勝手が特徴。もっとも、ご覧のようにリアゲートウィンドウの傾斜はきつく、それに応じてラゲッジルームの積載スペースにも制限がつくが、仮に傾斜が緩くなったとしてもコンパクトな全長であるからして積載性はほどほどだ。これ以上のラゲッジルームを望むなら、ステーションワゴンの「A4 アバント」(476万円~)という選択肢がある。
インテリアではA3/S3シリーズ初となる「バーチャルコックピット」が目を惹く。メーターベゼル内に納められた12.3インチのTFT液晶画面は、オーソドックスなスピードメーター/タコメーターの表示から、ナビゲーション画面を中心に据えた多機能表示までボタン1つでシームレスに画面切り替えが行なえる。現行A4シリーズのオーナーには好意的に受け止められているというが、使ってみると確かに多機能。豊富なカラー表現でコントラストもハッキリしているから、夜間のドライブではちょっとした未来感も味わえる。加えてACCなどの作動状況も分かりやすく、イラスト化された画面だけでなく状況に応じて前走車との接近時間まで数字で表示したり、漢字/ひらがな表示も行なったりするので情報量はとても多い。
とはいえ、多機能であるが故に、人によってはとっつきにくさを感じるだろう。とくにナビゲーション画面を出した多機能表示では、①情報の量が多過ぎてしまうこと、②相対的に文字が小さくなり1秒以上画面を見続ける「注視」の頻度が高くなること。以上2点が構造上拭えない。こうしたことから、バーチャルコクピットの例だけでなく先進技術の数々は、時に使い勝手を左右する特性があることを知り、それらを理解して上手く付き合うことが大切だ。
この先のスポーツモデルにとって1つの羅針盤になるか
注目のパワーユニットは290PS/380Nmを発生する直列4気筒直噴2.0リッターターボエンジンで、前述したように7速Sトロニックとの組み合わせだ。スポーツモデルを示すSラインであることからAラインにはない荒々しさを求めたくなるが、市街地をごく普通に走らせている限りで言えば「トルク感の強いA3」という印象を誰もが抱くはず。サイドサポート性が強められたスポーツシート(S専用デザイン)に身を委ね、低音轟くエキゾースト音とくれば、ガシガシ走る特性であってもおかしくない。しかし、S3 スポーツバックはそんなことはおかまいなしにしずしずと走る。こうしたちょっとユルさを感じる走りは「ゴルフ GTI」に近いか。
やや拍子抜けした状況で、改めてドライバーが好むドライブスタイルに設定を変更できる「アウディドライブセレクト」を確認すると、「コンフォート」モードに設定されていた。アウディドライブセレクトはすでに各社が採用するドライブセレクターと同じく、エンジン/ダンパー/ステアリングのパワーアシスト/シフトチェンジプログラムなどを任意で、もしくはそれぞれを独立して選択できる技術だ。加えてフォルクスワーゲン/アウディグループのドライブセレクターのディレクトリには、ACCの加減速特性も含まれる。これにより前走車に遅れなく追従させることや、逆に穏やかに追従させることなどができる。今でこそBMWをはじめ各社もADASにこうした選択要素を入れてきたが、これはなかなか実用的だ。
自動車専用道路に入り、セレクターを「ダイナミック」モードへと変更。ETCゲートを抜けグッとアクセルを踏み込むとそれまでの穏やかさから一転し、パワートレーンのすべてが“骨太モード”へと変身する。欧州車に多いこうした豹変ぶりだが、未だにそのクルマに初めて試乗するとびっくりする。なにしろ目や耳、そして身体で感じ取る加速フィール(躍度)が20km/h程度の微速域からの加速でも3段階ぐらい向上するからだ。
とはいえ国産車にもこうしたセレクターを持つモデルは多く、たとえばレヴォーグの2.0リッターにしても3モードの選択ができる「SI-DRIVE」を持つが、セレクターを切り替えてアクセルを踏み込み、ちょっとした間、時間にして2~3秒ほどしないと体感上の差が出にくい。もっともレヴォーグはCVTであり、有段ギヤであるDCTのS3 スポーツバックとの比較は分がわるいというのは分かるが、お伝えしたいのはCVTの構造的なウィークポイントではなくて、欧州車は全般的にセレクターを切り替えた瞬間からエンジン/ダンパー/ステアリングなどの各要素が“裏モード”に入ったかのごとく性格がガラリと変わる、ということ。これこそ電子デバイスの醍醐味であり、せっかくのセレクターだからこそ、大げさに変わってくれたほうがいいな、と感じている。
筆者は、この「ダイナミック」モードこそS3 スポーツバックに打ってつけであると断言する。試乗した自動車専用道路は路面が荒れていることで有名な場所なのだが、そうしたなかS3 スポーツバックで驚いたのはズバ抜けた直進安定性の高さだ。4輪駆動のクワトロモデルだから当たり前という声も聞こえてきそうだが、ここでの最高速度は70km/hながら、荒れた路面だけに単にダンパーの減衰特性を引き締めただけではポンポン跳ねてしまうクルマも少なくない。以前、富士スピードウェイで試乗した250km/hでもビシッと走る「R8」のそれと比べればランクは落ちるが、荒れた路面でもドライバーの意図を汲み取ったかのように真っ直ぐ走り、高いライントレース性を示すさまは兄貴分のA4シリーズをも確実に凌ぐ。こうなると握りの太いステアリング、サイドサポート性の高いスポーツシート、高い減衰力ながら大径タイヤを瞬時に収束させるダンパー特性にも合点がいく。
惜しむらくは、「ダイナミック」モードのままでは市街地走行でギクシャクすること。Sトロニックの変速ポイントが上側となるため、ストップ&ゴーの連続ではとくにそうした印象が強い。よって、アウディドライブセレクトは「インディビデュアル」モードでエンジン/トランスミッションのみ「オート」モードとして、そのほかを「ダイナミック」モードと同じ設定にするのが最適値であると判断した。これで過給ラグの少ないターボエンジンの特性を活かすことができ、またボディの動きが掴みやすくなるからイメージ通りの走りを生み出しやすい。
一時、スポーツモデルの進化は「ゴルフ GTI クラブスポーツ」などがそうであるように、電子デバイスの高度化とともに“硬派な方向こそすべて”といった感があったが、S3 スポーツバックが魅せた柔軟なキャラクターはこの先のスポーツモデルにとって1つの羅針盤になるのではないか、今回の試乗を通じてそれを強く実感した。