インプレッション

メルセデス・ベンツ「Eクラス」

 その年のヨーロッパでのモーターショーの先陣を切って、スイス西部の都市ジュネーブの国際空港に隣接した見本市会場「パレクスポ」で春先に開催されるのがジュネーブ・モーターショー。展示ホールの拡大が行われ、もはやかつてのように「コンパクトなショー」とは言い難い規模にまで成長を遂げた今回のショーの、メルセデス・ブースでの“主役”の座を務めたのは、ブランニュー・モデルである「CLA」シリーズと、Aクラスのハイパフォーマンス・バージョンである「A45 AMG」、そして、発売以来丸3年の時を経て、マイナーチェンジを実施した「Eクラス」のセダン/ステーションワゴンといったモデルたちだった。

 そんなリファインを受けたEクラスの国際試乗会が開催されたのは、実はそのジュネーブ・ショー直前のタイミング。この時期のヨーロッパでの試乗イベントが常々そうであるように、厳しい冬がまだ続く北部ヨーロッパを避けた結果に選択された地は、いつものように地中海の沿岸。今回のイベント開催地は、すでに日中の最高気温が15度ほどに達する、スペインはバルセロナだった。

立体的・有機的になったフロントマスク

 期待通りにまばゆい陽光が差し込む、バルセロナ国際空港のパーキングにずらりと並べられた最新Eクラスのルックスは、年頭のデトロイト・ショーで披露をされた写真を目にして抱いた印象よりは違和感が少ないものだった。

 実は、今回のEクラスのエクステリア・デザインの変更部位は、通常のマイナーチェンジであれば投資額などの点から“手付かず”とされることが少なくない、フロントフードやリアフェンダーまわりといった大物のプレス部品にまで及んでいる。しかし、そうした中にあってもやはりまず目を引くのは、“マイチェン前”に比べると全体的にその立体感と有機的な印象を大きく増す結果になった、フロントマスク部分と言ってよい。

 メルセデスならではのクラシックな造形手法に、新しい解釈をプラスした、と説明されるその仕上がりは、率直に言って「マイチェン前よりも好みが分かれるもの」であるとは思う。それはもちろん、「これだったら以前の方がよい……」という意見も少なからず現れるのを承知のうえで、新たな冒険に打って出たということだろう。パッと見で、AクラスやCLAクラスなどとの共通項も感じるその顔付きは、「それだけ若返りを果たした証」とも言えるのかも知れない。

 興味深いのは、そんな今度のEクラスには、Cクラスが先行して行った“2つの顔”が用意をされること。1つが、細い3本ルーバーを備えたグリルにフード先端のマスコットを加えた標準仕様のマスクで、もうひとつが2本のルーバー中央部に大きな「スリー・ポイテッド・スター」を配し、フード・マスコットは採用しない“スポーツカー・グリル”。

2種類のフロントマスクが用意される

 こうして、遠方から一見をしただけでもその“新しさ”は明確な最新Eクラス。しかし、そんな見た目の変更点のみに気を奪われると、その進化の本質を見落とすことになるのが今回行われたリファインでもある。何故ならば、そこには「オールニュー・エンジンの搭載」や「次期Sクラス用に開発されたセーフティ・ディバイスの先行採用」、また「AMGモデルへの4WDシャシーの設定」といった、通常のマイナーチェンジではまず無縁でもあるはずの、数多くの重要なトピックもが用意されていたからだ。

リーンバーン・ターボを搭載した「E 250」

 そんな中、まずは日本導入の折にも新たな中核グレードとなりそうな、“新エンジン”搭載の「E 250」で乗り込んでみる。

 E 250に搭載される新開発のエンジンは、2リッターのターボ付き直噴4気筒ユニット。1991ccという排気量、211PSの最高出力、350Nmの最大トルク……といったスペックから、それは「A 250やB 250に搭載されるユニットを、“縦置き”搭載化したもの」が基本と考えられる。

 ただし大きな特徴は、こちらEクラス用は「ターボ付き直噴エンジンでは世界初」を謳うリーンバーンを実現したこと。実際、7速ATと組み合わせた結果のCO2排出量はセダンで135~142g/km、それよりも100kg強重いステーションワゴンでも141~147g/kmと発表。これは、同じく欧州仕様のA250の148g/kmを下回る、驚きの好成績なのである。

 いざ走り始めると、そんなこのモデルの動力性能フィーリングが昨今の「クリーンディーゼル」のそれに近いことにすぐに気が付いた。率直なところ、速いアクセワークに対するレスポンスは敏感とは言えないし、高回転に向けての伸びなども感動するほど好印象というわけではない。

 その代わり、というべきか日常多用する低回転域でのトルク感はバッチリ太く、それゆえに街乗りでの力強さは文句ナシ。低い速度から高いギアが使えるので静粛性にも優れていて、このあたりのキャラクターが「ディーゼル風」ということだ。試乗会ゆえ、正確な燃費を測定する術はなかったが、なるほどこれならば実用燃費も当然に優れているだろう。

 もっとも、E250で真に感動した部分というのは、そうした動力性能のみならず、1台の実用車としての完成度がいかにもメルセデスらしく、飛び切りに高い! というところにも見出せたことも改めて確認をしておきたい。

 セダンで乗ってもステーションワゴンで乗っても、走りのシチュエーションを問わずそのフラット感は文句ナシに高い。まさに「いくら走っても疲れない!」という感覚は、メルセデスの作品ならではだ。それなりに大柄サイズの持ち主であるのに、小回りが予想以上に効くのも相変わらずの美点。ステーションワゴンの積載能力の高さももちろん、このモデルを“指名買い”させる大きな要因となるに違いない。

 FRレイアウトの持ち主ゆえ、駆動力に左右されない常に滑らかなステアリング・フィールを実現させる一方、路面や天候を問わず常に高い4輪の接地感を実現させているのも、やはり「1度メルセデスに乗ったら、もう他には浮気できない」というファクターであるに違いない。

 そんなEクラスのキャラクターに対し、もしかすると「2リッターの4気筒エンジンでは物足りない」と考える人もいるかも知れない。が、そんな思い込みが今や“時代遅れ”そのものであるのも、実際にステアリングを握れば誰もが即座に納得するに違いないことだ。

“スポーツカーから高級車まで”「E 63 AMG」

 そんな“エコ・エンジン”を搭載した新しい価値観を備えたモデルが追加された一方で、トップパフォーマーはさらに高い走りの性能を追求したのが最新のEクラスでもある。

 「E 63 AMG」の名称はそのままに、かねて搭載していた6.2リッターの高回転・高出力型自然吸気エンジンを、5.5リッターの“ターボ付きダウンサイズ・ユニット”へと換装したのは2011年夏の出来事。今回のリファインではそんなエンジンの基本構造はそのままに、さらなる出力アップと前述4WDシャシーの新設定、そしてこれまで「パフォーマンス・パッケージ」としてセットオプション設定として来た内容を、「S」モデルとしてグレード化したというあたりが、このAMG仕様でのメインメニューとなる。

 0.9bar→1.0barというターボ・ブースト圧のアップなどにより、標準仕様の557PS/700Nmからさらに585PS/800Nmという最高出力/最大トルクへと引き上げられたエンジンを搭載するSモデルとして用意されるのが、メルセデスでは「4MATIC」を称する4WDシャシーを与えられたE 63 AMG。車両重量は、後輪駆動モデルに比べると70kg増しと報告されるが、実際にドライブをしてみれば、そんな重量増の影響は微塵も感じないというのが率直な印象だ。

 いや、それどころか実際には「そんな4WDモデルの方が、より速い」と、そう紹介をしてもよいだろう。その理由は、トラクション能力の向上によって「後輪駆動モデルよりも遠慮なく、アクセルペダルを踏み込めるシーンが拡大された」からにほかならない。

 そもそも、FRレイアウトの持ち主ゆえ、駆動輪である後輪への荷重が特に大きいわけではないこれまでのE 63 AMGでは、例えドライの舗装路面上でも、ラフなアクセルワークでトラクション・コントロールシステムが介入する場面は少なくなかった。トラクション能力が高まったことで、そうしたデバイスの“出番”が減り、結果としてより積極的にアクセルペダルを踏み込むことのできる場面が拡大されたというわけだ。

 ちなみに、開発担当のエンジニア氏に問うてみれば、「ニュルブルクリンクでのラップタイムは8分を切り、例えドライの状態であっても4WDモデルの方が速い」と言う。また、そんな「4WDモデル最大の市場はアメリカと想定」とのこと。最近は気候が変わりつつあって、アメリカでの「スノーベルト」と呼ばれる積雪地帯が拡大基調にあるのも、その予想ができる一因との説明だ。

 アクセルペダルを深く踏み込むたびに、セダン/ステーションワゴンのプロポーションには似つかわしくないほどの派手なV8サウンドを発しつつ、かくも怒涛の加速力を味わわせてくれるE 63 AMG。だが、街乗りシーンでごく穏やかなアクセルワークに徹すれば、そんなこのモデルが何ともジェントルで、極上の乗り味を提供してくれる“高級車”へと変貌を遂げるところも、また「このモデルならでは」だ。

 3段階に切り替えが可能な電子制御のサスペンション・モードをどのポジションにセットしようとも、快適そのもののしなやかな乗り味は、そんな特徴を失うことがない。やはりモード切り替えが可能な、トルクコンバーター代わりに油圧多板メカをスタートクラッチとして用いる7速AT「AMGスピードシフトMCT」は、最もスポーティなポジションを選択すれば素早いシフト動作の一方でさすがにそれなりのショックを発するが、それでも効率重視の「C」、もしくはそれよりも素早い動作を行う「S」モードを選ぶ限りはごくスムーズな変速を繰り返してくれる。

 すなわち、どこをとってもドライバーの意思ひとつで、スーパースポーツカーの走りからゴージャスな高級車としての振る舞いまで、自在にコントロールできてしまうというのが最も大きな特徴。それが、E 63 AMGというモデルであるわけだ。

単なるマイナーチェンジには留まっていない

 次期Sクラスに搭載予定のものを先取り、と紹介したさまざまなデバイスについては、そのひとつひとつに事細かに触れて行くと、スペースがいくらあっても足りない。今回の国際試乗会の中にもそれを体験するプログラムが盛り込まれていたが、実際のテストドライブになるとそれらのいくつかが複合的な作動を示したりして、時には「ちょっと煩雑」と思えたのも正直なところだった。

 例えば、クルージング時に自らのレーンの中央を走行しようと補助的な操舵力を発生する「ステアリング・アシスト」は、時にドライバーの好みとは異なるラインをトレースしようとするのが鬱陶しく感じられる場面があったし、前車追従式のクルーズコントロールである「ディストロニック・プラス」も、2台先を行く車両がすでにブレーキランプを点灯中にも関わらず、前車が減速を開始するまでアクセルONの状態を続けることが、意志とはそぐわないようなシーンも少なからず存在した。

 路上の速度や追い越し禁止の標識を読み取ってメーターパネル内に表示する「ラフィックサイン・アシスト」もまだ万能とはいえず、実際とは異なった表示を行ったりもする。もちろん、そうした補助が有り難い場面は少なくないが、一方でそのために再確認の行動が必要になるなど、かえって煩雑になるシーンも皆無ではないということだ。

 メルセデスが「インテリジェント・ドライブ」と総称するこうしたデバイスは、ゆくゆくはそれらを互いにリンクさせて“自動運転”を行うための、まだ発展途上のテクノロジーと考えられる。それらは確かにドライバーをサポートし、人間の過ちを補填するメカニズムではあるわけだが、しかし現状では時にむしろ不安を増幅させ、不快感に繋がる場面も無いとは言えない。

 このあたりの、“人とクルマの折り合い”をどう付けていくか? という事柄も、今後の技術開発の大きなポイントになるのは間違いない。そして、もはや“自動車心理学”とさえ言えそうなそうした領域へと積極的に踏み込んで行けるブランドというのは、やはり「自動車を発明」したと自負するメルセデスをおいては他にないだろう。

 いずれにしても、今回のリファインというのは、単なるマイナーチェンジなどには留まっていない。何ともメルセデスらしい“最新モデル”が、今度のEクラスなのである。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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