インプレッション

テスラ モーターズ「モデルS」

 欧州での海外試乗会から帰国したその日の夜、テスラモーターズの電気自動車(EV)「モデルS」のステアリングを握り、ボクは軽井沢を目指して関越自動車道を走っていた。かなりの強行スケジュールだ。だけど、時差ボケも眠気も吹っ飛ぶ新鮮さにいつしか魅了され、こうしてステアリングを握り続けている。

 モデルSはテスラモーターズがロードスターに次いで放つ2作目のEVだ。しかし、ロードスターが2座席のオープンスポーツだったのに対し、モデルSは4ドア5人乗りのスポーツセダン。まったくジャンルが異なる乗り物なのである。正確にはリアゲートはハッチバックなので大型5ドアスポーツバックという分類になるのか。

 いったいどうなんだろう? と一抹の不安が過る。と言うのも、テスラはいわゆるベンチャーとして登場した自動車メーカー。その設立は2003年、しかも現在のイーロン・マスク(最高責任者)体制になったのが2008年。シリコンバレー特有のスピーディな成長によって現在がある。我々がこれまで慣れ親しんだ多くの自動車メーカーとは生業が違う、歴史が違うのだ。しかも、そのようなメーカーの第2作目ということで、完成度に不安を持ってしまうのも仕方がないところだろう。

 1時間ほど前のこと。東京 青山のショールームでクルマを受け取り、スタッフとともに都内をチョイ乗り。第一印象は大きいクルマだ! だった。4978×2189×1435mm(全長×全幅×全高)となかなかの体格の持ち主だ。空腹のボクたちは、芸能人も多いと言う代々木上原のお洒落なレストランで夜食をとることにした。レストラン前のスペースにモデルSを駐車する。すると、客や通りすがりの人々がモデルSに注目している図が目に飛び込んでくる。

 いったいこの内の何人がモデルSがEVであることを理解しているのかは疑問だが、そのデザインに魅了されていることは間違いない。モデルSのデザインを担当したのはフランツ・フォン・ホルツハウゼンというデザイナー。名前からしてドイツ系であることが想像できるが、彼はマツダ北米デザインセンターのディレクターを務めていた経歴を持つ。なるほど、世界的にもマツダのデザイン力には定評がある。ボクが選考委員を務めるWCOTY(ワールド・カー・オブ・ザ・イヤー)の最終選考でも、今年アテンザがデザイン部門で最後まで健闘している。

モデルSのボディーサイズは4978×2189×1435mm(全長×全幅×全高)、車重は2108kg。エクステリアデザインは、アスリートの高い効率、優雅さ、パフォーマンスを具現化したもの。ルーフには全面ガラス製のパノラミックルーフを装備
充電口は左リアのテールランプ付近に用意。100V/200Vのコンセントからの充電が可能になっている
黒を基調としたインテリア。ボンネット下に150Lの荷物スペースが備わるほか、後席をたたむと1795Lの収納スペースが出現する
メーターパネルの液晶ディスプレイ

エコ運転を行えば軽井沢~東京の往復も可能!?

 食事を終え、いよいよ軽井沢へのアクセスを開始する。モデルSに近づくとドアからドアハンドルがニョキっと飛び出してきた。そう、走行中は空気抵抗を抑えるためにドアハンドルはドアに格納され、フラッシュサーフェースなボディーパネルになるように設計されているのだ。つまり、燃費ならぬ電費を考慮したデザインなのである。

 その電費、つまりは航続距離だが、モデルSには2つのオプションが用意されている。いわゆるバッテリーの容量だが、これは60kWhと85kWhの2種類で、60kWhが約375km、85kWhが約500kmというEVとしては驚異の航続距離を誇るのだ。ちなみに国産EVの代表格である日産自動車「リーフ」のバッテリー容量は24kWhだから、モデルSに搭載されるリチウムイオンバッテリーがいかに大きいかが理解できるだろう。そのリチウムイオンバッテリーはボディーフロアに厚さ10cmレベルでびっしりと敷き詰められ、その電池格納ボックスがフロアの一部を構成し、クルマの剛性パーツとしても機能しているのである。

 モデルSはフレームやボディーのマテリアルの多くがアルミニウムで、ボロン鋼とのハイブリッド骨格を成している。その徹底的に軽量化を図った車重は2108kg。リチウムイオンバッテリーの重量がいくつかは公表されていないが、24kWhのリーフでさえ200kgをオーバーすると言われているから、モデルSがいかに重いバッテリーを搭載しているかが想像できる。仮に、軽く見積もってモデルS(85kWh)のリチウムイオンバッテリーが700kgだったとして、実質のボディー重量が約1400kgという計算になるわけで、ボディーサイズを考えるといかに軽量であるかが理解できるし、そんなプレミアムセダンを創業以来2作目のモデルで造ってしまったことに驚きを感じるのだ。

 ドアハンドルに手を触れると自然にドアが開く。そしてシートに腰を降ろすと室内の電源が入り、すでにクルマはスタンバイ状態だ。スタートのための儀式はなにも必要なく、ブレーキペダルを踏みながらメルセデスのダイレクトセレクトドライブと同様のステアリングコラムからニョキっと生えたレバーをD側に降ろすだけ。これでアクセルを踏み込めばパーキングブレーキも自動解除され、走行を始める。いわゆるATと同じクリープもするのだが、必要としなければOFFにすることもできる。もちろんその方が電費もよくなる。また、シフトレバーをPポジションにしてキーを持って降りさえすればすべてのシステムがOFFとなり、パーキングブレーキも自動的に作動する。なんだか偉くシンプルで拍子が抜けてしまうくらいだ。

 アクセルを踏み始めると、電気モーターの特性である0rpmから600Nmの最大トルクを発生するので走り出しは驚くほど力強い。乗車は女性スタッフ2名を含めた3名。2名の女性に体重を聞くことはできないが、3名合わせて150kgとしておこう。つまり車両総重量は2258kgは間違いなくある。それでいて重量級SUVより遥かに軽いストップ&ゴーなのである。大きさとは裏腹に身のこなしが軽い。

 さて、気になるのは高速での走りだった。試乗車はパフォーマンス・シグネチャーと呼ばれるハイエンドモデル。最高出力416PSの電気モーターをリアに搭載する後輪駆動で、0-100km/h加速は4.4秒という俊足だ。正直100km/hという速度は、このクルマにとって想定外の速度域のように感じられるほどに普通にこなす。EVはエンジン車と違ってノイズが少なく静かなものだが、モデルSはロードノイズも含めて異常に快適である。

 特に回生時などにインバーターから発生する電気的なピーンと言うようなモスキート音もほとんど聞こえない。このあたりは相当こだわったらしい。瞬間的にさらに速度を上げてみたが、高速域でのスタビリティ(直進安定性)は驚くほどしっかりとしている。スペック上の最高速は212km/hと記されているが、もちろんそんな速度は試していないものの、普通に安定して記録するだろうと感じた。

 それもそのはずで、ホイールベースは2959mmとかなり長いのだ。大量のリチウムイオンバッテリーを低く搭載するにあたり、これだけの床面積を必要としたのだろう。重量物を低く中心に集めて搭載するというレーシングカー造りのコンセプトと共通する。

 さて、気になるのは航続距離。決してエコ運転はせず、中軽井沢から日本ロマンチック街道を上った豪華リゾートに到着したときの残走行可能距離は100km以上を残していた。つまり、エコ運転を行えば軽井沢~東京の往復も可能と考えられる。

浅間ヒルクライムでモデルSを走らせてみた

 翌日のスケジュールは、今年で2回目の開催になる「浅間ヒルクライム2013」というイベントに出場することだ。そう、その名の通りヒルクライムだ。ヒルクライムと言うと世界でも有名なパイクス・ピークを連想する。今回のイベントでボクが参加したのは約7kmの峠道を走り抜けるメインのヒルクライムイベント(公道ですから法定速度内です)と1km未満のスペシャルステージ(こちらは全開)だ。

 まず、ヒルクライムの方は急登坂の連続。ここでは電気モーターのトルクが素晴らしく、きつい坂道もまったく苦にしない。アクセルを踏み込めば、踏み込んだ瞬間から力強い加速が始まる。エンジン車だと、アクセルを踏み込んだ時のエンジン回転数にピックアップの追従は左右されるが、電気モーターには関係ない。どこからでも鋭いピックアップだ。しかも加速そのものに伸びがある。コース脇に陣取るギャラリーも音もなく強烈な加速を見せるモデルSに拍手を送る姿がバックミラーに映り込む。パワフルな電気モーターは一味違うものだと感嘆しながら頂上を目指す。ブレーキは回生システムとは連動しておらず、それゆえとてもリニアなコントロール性だ。

 フロントはダブルウイッシュボーン、リアはマルチリンクのエアサスペンションは車重もあってか硬めだが、乗り心地はわるくなく、やはりこのような峠道のコーナーリングが実に気持ちよい。一番のメリットは低重心であることには違いないが、ボディー剛性もとても高く、ガタピシはおろかABSが作動するフルブレーキングでもブレない。コーナーリングもとてもレベルが高く、ニュートラルに近い弱アンダーな特性だ。

 そのハンドリングがスペシャルステージで開花する。1km弱の上り坂。時折激しく降る雨で路面はまだハーフウェット。スタビリティコントロールはONにしたままトライだ。スタートから素晴らしい加速で第1ターンを目指す。ターン手前でアクセルを戻すと強い回生ブレーキが始まる。エンジンブレーキのようなものだが、エンジンのそれよりもかなり強力だ。そして軽いブレーキングからターンイン。ギヤはないからハンドリングに集中できる。ターンイン(コーナーへの進入)はとてもスムーズでリニアだ。48:52という前後荷重配分も効いているが、前後タイヤのホイールベース間に重量物の電池が設置されていることも大きい。スポーツカーにありがちなフロントにエンジン、リアにトランスミッションというように、重量物を前後に配置して前後荷重配分をバランスさせたものとは明らかに運動性能が異なるのだ。ちなみに、このモデルにはオプションの21インチタイヤが装着されている。

 そしてターン出口に向かってアクセルON。すると何事もなかったかのようにスムーズに加速してターンをクリア、こんな滑りやすい路面なのに。トラクションコントロールのマネージメントが素晴らしいのだ。エンジンだと爆発をコンピューター制御によってカットするわけで、気筒数にもよるがどうしてもギクシャクが付きまとうもの。しかし、電気モーターはその制御が遥かに細かく、普通に加速する。

 1回目のスペシャルステージ終了時点でボクがドライブするモデルSがトップタイムを記録したと報告が入った。よーし、最後の2回目はさらにタイムアップを目指そう。ボクはトラクションコントロールをOFFにした。ライトやトラクションコントロールを含め、すべてのコントロールはiPadのような17インチもあるセンターディスプレイで行う。上下2段に表示させることもできるし、インターネット経由でグーグルマップを表示させることも、YouTubeだって見れるのだ。また、画面そのものが大きいのでタッチするアイコンも大きく、運転中でもそれほど集中力を奪われることもなかった。

 さて、2回目のトライアル。トラコンはOFF。アクセルをコントロールしながらのスタート、しかし若干ホイールスピン。トラクション性能は高くグイグイ加速する。そして若干のバンプを通過したとき大きくホイールスピン。やはりモーターのトルクは凄まじい。ただ、ホイールスピンをしたときにスタビリティコントロールが作動してクルマをしっかりと直進状態に保とうとする。安全面からはこの上ない頼もしい制御だが、半面タイムロスをする。結果は1回目に比べて約1秒落ちとなる。つまりモデルSのトラクションコントロールが優れていることをしっかりと証明したアタックだった。

縦型17インチタッチスクリーンではエアコン、車両設定、インフォテインメントなどの操作が行えるほか、インターネット経由でグーグルマップを表示させたり、YouTubeを視聴できたりする

完成度の高さに驚かされた

 モデルSをドライブすると分かるのだが、リーフなどのEVとは若干違った癖がある。それはアクセルの操作感。例えば100km/hで高速を流していたとしよう。アクセルを少し緩めると、一気に回生が始まり予想以上にクルマは失速する。その時の速度域に見合ったアクセル開度が常に必要なのだ。ただし、コントロールディスプレイから回生ブレーキを小さくする設定に変更することで、リーフと同じように細かなアクセルコントロールは必要なくなる。ただし、回生をあまりしなくなるので航続距離は短くなるのだが、85kWhという大容量のバッテリーを搭載しているので気にしなければ問題ない。

 また、後席はとても広々としている。特にプロペラシャフトやエキゾーストのためのセンタートンネルがなく、完全に床がフラットなのも使い勝手がよい。動力源であるモーターは後輪の左右間にマウントされているので、前ボンネット下に150Lの大きな荷室がある。後部のトランクスペースは後席の背もたれを倒すことで1645Lにも達する。また、トランク下には日本では法規上使えないが2座のシートが格納されているので、ちょっとしたアウトドアも楽しめそうだ。

 まとめてみよう。モデルSというクルマの完成度の高さに驚かされた試乗であった。高速でのスタビリティとコンフォート性の高さ。コーナーリング性能の高さ。ブレーキやスタビリティコントロールの高度な制御。2作目のモデルで最新技術とこれほどの完成度を成し遂げる企業力には脱帽する。また、これほどの航続距離を実現したEVもほかに類がなく、EVの新たな方向性に希望を与えてくれる1台と言えるだろう。

【お詫びと訂正】記事初出時、サスペンション、スタビリティコントロール、ハンドリングまわりはメルセデスと、トルク、モーター、ブレーキまわりのシステムはコンティネンタルとの共同開発と記載しましたが、正しくは自社製でした。お詫びして訂正させていただきます。

松田秀士

高知県出身・大阪育ち。INDY500やニュル24時間など海外レースの経験が豊富で、SUPER GTでは100戦以上の出場経験者に与えられるグレーテッドドライバー。現在59歳で現役プロレーサー最高齢。自身が提唱する「スローエイジング」によってドライビングとメカニズムへの分析能力は進化し続けている。この経験を生かしスポーツカーからEVまで幅広い知識を元に、ドライビングに至るまで分かりやすい文章表現を目指している。日本カーオブザイヤー/ワールドカーオブザイヤー選考委員。レースカードライバー。僧侶

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Photo:小平寛