インプレッション

ポルシェ「918スパイダー」

ポルシェの中でもスーパーなPHV「918スパイダー」

 システム全体の出力→怒涛の887PS! 世界での販売台数→わずかに918台!! ユーロ建てでのみ表示される価格68万4000ユーロ→(1ユーロ=140円換算で)軽く9500万円以上!!!……と、もはやどこをとっても飛び切りスーパーなポルシェの最新モデルが2010年春のジュネーブ・モーターショーでプロトタイプが発表され、2013年11月からいよいよデリバリーが開始された「918スパイダー」だ。

 前述の“中途半端な販売台数”の根拠ともなった車名はもちろん、1970年代初頭を中心に大活躍をした往年のレーシング・モデル「917」へのオマージュに由来するもの。ただし、現段階では918スパイダーによる直接のモータースポーツ活動は発表されておらず、あくまでもロードゴーイング・スポーツカーとして開発されたものという位置づけだ。

 「白紙の状態から開発を行った」と担当エンジニアがコメントする918スパイダーだが、そこに採用された多くのテクノロジーは明らかにレーシング・フィールドからのフィードバックを連想させる。その筆頭は、いかにもポルシェのスーパースポーツカーらしいスポーティでグラマラスながらも流麗なフォルムを見せる、そのボディーの素材にある。2シーター・オープンのキャビン部分やその背後にマウントされるパワーユニットを固定するユニットキャリアは、超軽量かつ高強度が特徴のCFRP(カーボンファイバー強化プラスチック)製モノコックによって構成されているからだ。

 今どきのスーパースポーツカーらしくプラグイン・ハイブリッド・システムと組み合わされたエンジンは、アメリカン・ル・マン・レースの活躍などで実績を持つ「RSスパイダー」に搭載された、V型8気筒ユニットをベースとしたもの。低重心を実現させる90度のバンク角やドライサンプ方式を用いつつ、エンジンルーム温度の低減に貢献するバンク内側排気も採用。レーシング・ユニット由来ゆえ、9150rpmと高いレブリミットを実現させたそんな4.6リッターの直噴自然吸気エンジンからの排気ガスが、ヘッドレスト後方の高い位置から上向きに吐き出されるのも、何とも特徴的でコンペティティブなデザインだ。

918スパイダーは最高出力608PSを発生するV型8気筒4.6リッターエンジンに加えフロント、リアそれぞれにモーターを搭載し、システム全体で887PSを発生。モーターのみ、エンジンのみでの走行が可能なほか、双方から駆動力を得ることも可能。ヨーロッパの燃費測定モード(NEDC)で3L/100kmという圧倒的な燃費性能を誇る。最高速は345km/h、0-100km/h加速は2.6秒。ニュルブルクリンク北コース(ノルドシュライフェ)のラップタイムは6分57秒と発表
キャビン部分やパワーユニットを固定するユニットキャリアにCFRP(カーボンファイバー強化プラスチック)製モノコックを採用。タイヤは専用開発のミシュラン「パイロットスポーツカップ2」を装備するほか、ヘッドレスト後方の高いポジションにエキゾーストエンドが配置されるのも、918スパイダーの外観上での特徴の1つ
918スパイダーは2シーター仕様となる

 やはり低重心を狙うとともに、慣性マスの低減も当然意識してシート直後の低い位置にマウントされた容量6.8kWhのリチウムイオン電池や、エンジンと7速PDK(DCT)間にレイアウトをされた後輪駆動用、およびそんな後輪駆動系とは機械的な結合を持たずに独立配置された前輪駆動用という2基のモーターから構成される4WDハイブリッド・システムは、最大で約30kmの距離と150km/hの速度で“完全な電気自動車”として走行させることが可能。

 結果、このモデルは「ニュルブルクリンクの旧コースを6分57秒という驚異的なラップで周回するパフォーマンス」と、ヨーロッパの燃費測定モード(NEDC)で「100kmをわずか3リッターの燃料で走行する驚きの燃費性能」という双方をアピールする、孤高のスーパースポーツカーとして完成されている。

今後のポルシェ各モデルにも918スパイダーの技術が盛り込まれる?

 さらに興味深いのは、そうした特徴を備えるこのモデルが単なるワンオフのアドバルーン的な存在ではなく、「今後のポルシェ各車の未来に向けたDNAの青写真でもある」と紹介されること。

 最高の効率で最大のパフォーマンスを手に入れることを意味する「インテリジェントパフォーマンス」は、昨今のポルシェ各車の紹介に用いられるキーワード。そして、918スパイダーとは、そうした最新のポルシェ・フィロソフィを謳うものの中でも、まさに頂点に立つモデルに位置づけられているということだ。

 こうして「単なるアドバルーンには留まらない」と主張する918スパイダーだが、そこにはすでに量産モデルに採用済みとなった最新テクノロジーがふんだんに盛り込まれてもいる。

 例えば、現行911 GT3で初採用された電気機械式アクチュエーターで動作するリアのアクティブステア・システムは、小回り性の向上を狙い逆位相方向に最大3°、高速安定性向上を狙う同位相方向には最大1°と、独自のチューニングが施された上で採用。また、同じく最新911ターボで初採用されたドライビングモード協調式のアクティブ・エアロダイナミクスも、アンダーフロアの開閉式エアフラップとヘッドライト下部のインレット開閉機構という新機軸を加えた上で、918スパイダーにも採用された。

 ちなみに、そんな918スパイダーには「開発途中に設定が決まり、全台数のおよそ1/4が“それ”で出荷される」と説明する、より高い走行性能を追求した「ヴァイザッハパッケージ」仕様も存在。ベース仕様ではアルミ製となる多くのコンポーネンツが無塗装のカーボン製へと変更され、さらに専用の超軽量ホイールやセラミック製ホイールベアリングの採用、遮音材の削減などで約40kgの重量軽減が図られた上で、フロント・ホイールアーチ・ベンチレーションに配されたフラップと、リア・ホイールハウス後方のエアロブレードにより、空力性能のさらなる向上も行われている。

918スパイダーではより高い走行性能を追求した「ヴァイザッハパッケージ」仕様も用意。写真右はマルティーニ・レーシングカラーに塗られている(マルティーニはバカルディ&カンパニー・リミテッド・オブ・スイスが持つ洋酒ブランド)

 その結果、ベース仕様に対して0-300km/h加速で1秒、ニュルブルクリンクのラップで3秒というタイム短縮に成功。ちなみに、ブランドアンバサダーであり開発ドライバーの一員でもある元WRCチャンピオンのヴァルター・ロール氏に直接聞き取りをしたところでは、ニュルブルクリンクでのタイム短縮には「あのコースの特徴でもある最後の長い直線部分は、ダウンフォースよりも空気抵抗の低減が重要になるのでリアスポイラーを格納するのが有効」と、そんな裏話を耳にしたことも付け加えておこう。

レーシングマシンそのもの

 恐らく、もう2度と乗るチャンスは得られないであろうそんな918スパイダーの国際試乗会は、スペインのバレンシア・サーキットを舞台に開催された。本来であれば、降雨量が少ない地方にもかかわらず、試乗日当日はあいにく朝方に激しい雨。“コース乾燥待ち”のため4時間ほどのウエイティングを余儀なくされたものの、最終的には2輪最高峰レースであるMotoGPの昨年の最終戦で激しいバトルが繰り広げられたタフなこのコースを、完全ドライの状態でラップすることができた。

 さすがにヒップポイントは低いものの、振り向き後方視界が絶望的である以外は、思いのほか視界が開けているのがこのモデル。各操作系の使い勝手が基本的には普通のポルシェ車と同様であることを確認した後に、まずはプラグイン・ハイブリッドモデルならではの電気自動車としてのポテンシャルを探るべく、ステアリング・ホイールに設けられた小さなダイヤルでEV走行を優先とするEパワーモードをチョイスしてスタートする。

 ペダルストロークの中で、EV走行の限界点であることを知らせる圧力スイッチによるクリック感を覚えるポイントまでアクセルを踏み込むと、918スパイダーは専用開発されたミシュランの「パイロットスポーツカップ2」タイヤが小石などを跳ね上げるチッピング音を響かせつつ、しかし想像していたよりも遥かに強い加速力で、ピットレーンを後にする。

 もちろんそれはエンジンとモーターのパワーを総動員した際の0-100km/h加速タイムが2.6秒という凄まじさとは比べるべくもない。が、実はエンジンパワーなしでも約7秒で100km/hに達する実力の持ち主というから、すでにこの段階でも「相当速いEV」であるのは間違いない。

 明らかにスーパースポーツカーのカタチをした同モデルが、こうしてエンジン音もなく加速するという状況にはかなりの違和感を覚えつつ、とりあえず1周を終えてホームストレートへ。さらに加速を続けると、突如として背後からレーシーなV8サウンドに襲われる。前述のように、速度が150km/hを超えるとより大きなパフォーマンスが必要と判断され、自動的にエンジンが始動するのだ。

 ここで再度小さなダイヤルを操作し、「スポーティでダイナミック」を謳うスポーツハイブリッドモードを選択。通常のハイブリッドモードとは異なってエンジンは常時作動。モーターアシスト力が強化されると同時に、シフトプログラムもよりエンジンを高回転まで用いるものへと変更されるのがこのポジションだ。

 こうなると、その走りの印象は背後で走行速度にリンクをして雄叫びを上げるエンジンサウンドを含め、すでに「レーシングマシンそのもの」という感覚だ。

 実は、今回のテストドライブにはプロのレーシングドライバーが駆る最新911ターボSによる先導が付いていた。が、ストレートに入ればフル加速するそんな先導車に苦もなく追いつき、逆にコーナーが迫ればブレーキランプを激しく点滅させてフル制動状態を示す911ターボSからスッと車間が開くのだから、制動力も含めたその動力性能たるや、かくも凄まじいものであるということだ。

 一方、もはや気分がわるくなりそうなほどの横Gを発しつつの高速コーナリングでも、地面にどっしりと根を下ろしたかのごとき安定性は、破綻を迎えそうな素振りすら感じさせない。

 それは、43:57というミッドシップ・モデルとして理想的な前後重量配分や、前述のリアのアクティブステア・システム、さらには優れた空力性能やもちろんシャシーそのものの能力の高さなどが総合的にバランスされた結果に違いない。それ以上にペースを上げようとしても、慣れないコース+脳裏をチラつくプライスタグという二重苦(?)にも阻まれて、この高速コースでは「身体がついて行かない……」というのが率直な感想であったほどだ。

 エンジンをより高負荷の状態で回し続け、余力が残るシーンでは充電に務めるとともにシフトプログラムもさらに加速力重視とするレースハイブリッドモードを選択すると、エンジン・サウンドの迫力が増すこともあって体感上の加速感はよりアップ。さらに5番目のモードとして、セレクトダイヤル中央部の赤いボタンを押すことで「バッテリーに残された電力を最大限モーターへと伝え、短時間ながらより大きな出力を発生」するというホットラップのポジションも選択可能だが、そもそもすでに怒涛のパワフルさが発せられていただけに、その違いを掴むのは正直困難だった。

 いずれにしても、もはや恐怖心が先に立ってアクセルペダルを踏み込む力が自然と緩んでしまう高速コーナーを除けば、「プロが駆る最新の911ターボSをいとも簡単に追い詰めることができる」という918スパイダーの走りの実力は、かくもちょっとやそっとでは見極めることなどできない、際立って高いポイントにあるのは間違いない。

 一方で、サーキットでは類稀なるそうした高い走りのポテンシャルを披露しながら、ホットな走りを必要としないシーンでは“鋭い爪”を完全に隠し去り、殆ど無音のままにその場を駆け抜けてしまうばかりか、完全な排出ガス・ゼロも実現させるこのモデルは、これまでの常識では想像もつかない2面性を備えたまさに時代の最先端を行くスーパースポーツカーであることは疑いがないのだ。

 ポルシェ自身が明言するように、そんな“テクノロジー・ショーケース”でもある918スパイダーの開発で培われたさまざまなアイデアやデザイン、技術が、今後の量産モデルへといかなるカタチで生かされていくのかもまた大いに楽しみであり、気になるポイント。

 確かに走りも凄まじいが、実はそれよりもこれまでにない価値観が具現化されたモデルであるという点こそが、918スパイダーの最大の見どころでもあるはずだ。

河村康彦

自動車専門誌編集部員を“中退”後、1985年からフリーランス活動をスタート。面白そうな自動車ネタを追っ掛けて東奔西走の日々は、ブログにて(気が向いたときに)随時公開中。現在の愛車は、2013年8月末納車の981型ケイマンSに、2002年式にしてようやく1万kmを突破したばかりの“オリジナル型”スマート、2001年式にしてこちらは2013年に10万kmを突破したルポGTI。「きっと“ピエヒの夢”に違いないこんな採算度外視? の拘りのスモールカーは、もう永遠に生まれ得ないだろう……」と手放せなくなった“ルポ蔵”ことルポGTIは、ドイツ・フランクフルト空港近くの地下パーキングに置き去り中。

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