インプレッション

メルセデス・ベンツ「マイバッハ S 600」

「メルセデス・マイバッハ」ブランドの第1弾

 ダイムラーのエンジン技師として、1901年のメルセデス第1号車の設計をはじめ多大な功績を挙げた人物であり、彼がいなくては後のダイムラー・ベンツはなかったと言われているヴィルヘルム・マイバッハ。ツェッペリン伯爵に協力するためにダイムラーを去ってからは、息子のカールと1909年に会社を設立し、飛行船ツェッペリン号に搭載されたV12エンジンを開発したのもマイバッハである。

 1920~1930年代にかけては、後世に語り継がれる高級車の数々を世に送り出した。その後は世界大戦が終わるまではエンジン製作に注力し、ドイツ軍戦車のエンジンはほぼマイバッハが独占していた。やがてダイムラー・ベンツの傘下に収まり、1969年にMTU(Motoren und Turbinen Union)と社名を変更。マイバッハというブランドは休眠状態に入る。

 その後、長い歳月が流れた2002年、誇り高きマイバッハが復活を遂げたのはご存知のとおり。それからさらに10年あまり、しばしのインターバルののち、メルセデス・ベンツ傘下で新しく生まれ変わった「メルセデス・マイバッハ」ブランドが放つ第1弾として、「メルセデス・マイバッハ Sクラス」が2015年2月に発売された。

 Sクラスのショーファーバージョンといえる位置づけとなり、価格は発売の時点で「S 550」が2200万円、今回試乗した「S 600」が2600万円と、マイバッハと名のつくモデルとしては、前身であるマイバッハに比べて圧倒的に低い価格となったわけだが、Sクラスのエレガントな雰囲気をそのままに、ロングバージョンからさらにホイールベースが200mm延長された外観は壮観だ。重厚感のある輝きを放つ無償オプションの専用20インチ鍛造アルミホイールも、マイバッハらしさを際立たせている。

 前身のマイバッハではスリーポインテッドスターが1つもないことが話題となったことを思い出すが、このクルマには件のマスコットやバッヂはもちろん、Cピラーやインテリア各部に「Maybach Manufaktur(マイバッハ・マヌファクトゥーア)」のエンブレムが付いている。

撮影した「メルセデス・マイバッハ Sクラス」はV型12気筒SOHC 6.0リッターツインターボエンジンを搭載する「マイバッハ S 600」(2600万円)。ボディサイズ5460×1900×1495mm(全長×全幅×全高)、ホイールベース3365mm。全幅、全高は「Sクラス」のロングボディーモデルと変わらないものの、全長で210mm、ホイールベースで200mm延長された体躯はまさに圧巻
エクステリアではSクラスからリアドアの幅が66mm狭められるとともに、ヘッドクリアランスの拡大を目的にルーフラインの形状変更を実施。また、Cピラーに三角窓が移設され、ドア開口部よりも後方にリアシートが位置するレイアウトになっている。Cピラーに2つのMをあしらった「Maybach Manufaktur(マイバッハ・マヌファクトゥーア)」のエンブレムが備わるのも外観上の特徴。そのほかマイバッハ S 600のみフロントフェンダーに「V12」のエンブレムが与えられる

この上なく快適な後席の居住性

 まさに「クラフトマンシップ」という表現がぴったりはまるインテリアこそ、マイバッハの真骨頂だ。

 Sクラスに対してリアドア幅は66mm狭められるとともに、三角窓はCピラーに移設された。これにより、ドア開口部よりも後方にリアシートが位置して、外からの視線を遮ることができる。ルーフ形状の変更によりヘッドクリアランスも拡大されている。

 Sクラスにも「ファーストクラスパッケージ」が用意されるが、マイバッハの160mm延長されたレッグルームがもたらす後席乗員の居住性は言うまでもなく、43.5度までリクライニングが可能なエグゼクティブシートには、左右ともにフットレストとレッグレストが備わる。Sクラスのロングモデルでは運転席の対角にある席のみの設定だが、ニースペースが十分に確保されたマイバッハでは両席に設定されているのだ。

撮影車は後席左右独立シート、クーリングボックス、格納式テーブル(後席左右)、シャンパングラス(専用収納および台座付)をセットにした4名乗車仕様の「ファーストクラスパッケージ」(パッケージオプション)装着車

 また、Sクラスにも採用されるホットストーン式マッサージ機能やクーリングボックスはもちろん装備されているし、マイバッハ専用のシャンパングラスまで付く。グラスは専用の収納スペースや使用時に固定するための専用の台座もある。

 こんなクルマなので、運転してどうかよりも先に後席の居心地がどんな印象なのかをお伝えすると、月並みながらとにかく“極上”というほかない。筆者が過去に乗ったことのあるクルマの中では最上級の快適さ。路面への当たりはいたってしなやかで、姿勢は終始フラットで安定している。このクルマならどんなに長距離を移動してもまったく苦にならないだろう。

 風切り音の低減や、遮音材、特殊なシーリング技術などにより、量産車で世界最高を実現したという静粛性も、とやかくいうレベルでないほど優れている。前後席間の会話明瞭度も極めて高い。

まさにショーファーカーと呼ぶに相応しいインテリア。後席では座面下からせり上がるレッグレストや、バックレストが43.5度までリクライニングする「エグゼクティブシート」を採用。左右のフロントシート背面には10インチ大画面モニターが備わり、ワイヤレスヘッドホンを使ってテレビや映像を楽しめる「リアエンターテインメントシステム」、ホットストーン式マッサージ機能を含む6種類のマッサージプログラムなどを標準装備する。シャンパングラスはドイツの高級銀食器メーカー「ROBBE & BERKING(ロベ アンド バーキング)」が専用に製作したもの(オプション)。そのほかシートベルト幅を約3倍に膨張させる「SRSベルトバッグ」を装着するなど、安全装備にも抜かりはない

運転しても楽しめるショーファーカー

 その走りに寄与しているのが、最大15m前方の路面の凹凸をカメラで捉え、路面状況に応じて瞬時にサスペンションのスプリングストラットおよびダンパーのオイル流量を制御することでボディに伝わる衝撃を最小限にするという「マジックボディコントロール」にほかならない。これにより発進から加減速時やコーナリング時のロールやピッチングを抑えることで常にフラットな姿勢を維持し、快適な乗り心地がもたらされる。

 マジックボディコントロールの恩恵は、運転する側になったときにも大いに感じられる。姿勢変化が抑えられていて、やや強めのブレーキングでもつんのめる感じがないし、コーナリングやレーンチェンジで外輪が沈んだり内輪が浮く感覚がとても小さく、応答遅れも小さいので、とても2.4tあるとは思えないほど身のこなしが軽い。小回りこそ利かないものの、車体の大きさもあまり感じさせない。通常サスペンションのSクラスよりもむしろ身軽に感じられるほど。マイバッハは、実は運転しても楽しめるクルマだったのだ。

V型12気筒SOHC 6.0リッターツインターボエンジンは最高出力390kW(530PS)/4900-5300rpm、最大トルク830Nm(84.6kgm)/1900-4000rpmを発生。JC08モード燃費は7.4km/Lとアナウンスされている

 試乗した「S 600」のパワートレーンは、最高出力390kW(530PS)、最大トルク830Nm(84.6kgm)を発生するV型12気筒SOHC 6.0リッターツインターボに7速ATの組み合わせ。考えてみると、V12に過給機を付けたエンジンというのは今やメルセデスぐらいだろうか。けっして軽くない車体をものともせず引っ張り、そしてウルトラスムーズ。これを味わえるのもドライバーの特権だ。しかも高速巡行時の燃費は10.0km/hを超えることも珍しくなかった。

 安全装備の充実ぶりも言うまでもない。「レーダーセーフティパッケージ」ももちろん装備しており、これにより「部分自動運転」をピュアショーファーカーの世界で初めて実現したのもマイバッハならでは。また、後席にはサブマリン現象防止のため座面に内蔵した「クッションエアバッグ」や、シートベルト幅を約3倍に膨張させる「SRSベルトバッグ」などを装備するのが特徴だ。

 このとおりメルセデス・マイバッハSクラスは、そのコンセプトどおり“五感で感じる極上の快適性”と“未来へつながる知能”を備えたショーファーカーなのだ。

岡本幸一郎

1968年 富山県生まれ。学習院大学を卒業後、自動車情報ビデオマガジンの制作、自動車専門誌の記者を経てフリーランスのモータージャーナリストとして独立。国籍も大小もカテゴリーを問わず幅広く市販車の最新事情を網羅するとともに、これまでプライベートでもさまざまなタイプの25台の愛車を乗り継いできた。それらの経験とノウハウを活かし、またユーザー目線に立った視点を大切に、できるだけ読者の方々にとって参考になる有益な情報を提供することを身上としている。日本自動車ジャーナリスト協会会員。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。

Photo:原田 淳