レビュー
【タイヤレビュー】ブリヂストンの2輪用スポーツラジアル「BATTLAX HYPERSPORT S21(バトラックス ハイパースポーツ エスニーイチ)」
アブダビのF1コース“ヤス・マリーナサーキット”で実感した「余裕の性能」
(2016/3/10 00:00)
ブリヂストンは3月5日(現地時間)、アラブ首長国連邦(UAE)の首都アブダビにある「ヤス・マリーナサーキット」において、2月1日から販売を開始した新しい2輪用スポーツラジアルタイヤ「BATTLAX HYPERSPORT S21(バトラックス ハイパースポーツ エスニーイチ)」(以下、S21)の試乗会を開催した。本稿では試乗会の会場となったヤス・マリーナサーキットの概要と、実際にサーキットを走行して得られたタイヤのインプレッションをお届けしたい。
フラットな地形ながら逆カントもある難しいコース
ヤス・マリーナサーキットは、UAEの首都アブダビにあるヤス島の南側に位置するレーストラック。名前にマリーナと入るところからも分かるとおりクルーザーの停泊地となっており、そのマリーナ脇や、コースの一部に覆い被さるようにそびえ立つ「ヤス ヴァイスロイ アブダビ ホテル」などのあいだを縫うようにレイアウトされている。F1の開催地としても知られ、レース期間中はホテルの各部屋やレストランのバルコニーからもF1マシンが走る様子を間近で堪能できるという趣向が凝らされているのも特徴だ。
レースが開催されていないときは、レーシングドライバー養成プログラムのトレーニング用トラックとして使われるほか、自分の車両で走行できる体験走行プログラム、助手席に座ってドリフト走行が体験できる観光客向けの「ドリフトタクシー」といった体験型アトラクションなどが実施されている。
レーストラックは21個のコーナー、最長1.2kmのバックストレートなどで構成される全長約5.5kmのコース。いくつかのショートカットポイントも設けられ、ショートコースに変更することもできるが、今回の試乗会はF1と同じフルコースに近いレイアウト。ただし、最も長いバックストレートの中間地点にあるシケインを利用する形として、トップスピードが出すぎない設定になっていた。
コースは直線と直角コーナーが繰り返され、全体的には起伏が少ないフラットな印象。ところが実際に走行すると、コーナーのイン側が盛り上がって逆カントになっている箇所があることにも気付く。オートバイで走行する際には特に気を払わなければならないポイントと言えるだろう。なお、ヤス・マリーナサーキットはFIAにおける安全基準をクリアしたレーストラックではあるものの、エスケープゾーンが十分に取られていない箇所が多く、2輪レースの最高峰である「MotoGP」などが開催される予定は今のところない。
30台以上の試乗車で6時間に渡るナイトライディング
試乗会には世界各国のジャーナリスト、タイヤディーラーといった関係者が多数招かれていた。地域ごとに開催日が分けられ、初日は欧州各国、2日目は日本、米国、スペイン、ポルトガルというように、数日間に渡って試乗会を実施。日が暮れる夕方から深夜12時近くまで、合間にディナーを挟みながら20分間の走行を5セッション繰り返すタフなナイトライディングとなった。
用意された試乗車は、各メーカーの最新リッタースーパースポーツモデルを中心に30台以上。ヤマハの「YZF-R1M」やカワサキの新型「ZX-10R」に加え、ホンダ「CBR1000RR」、スズキ「GSX-R1000」、BMW「S 1000 RR」「S 1000 R」、ドゥカティ「959 Panigale」「1299 Panigale」、さらにはカワサキ「ZX-6R」、ヤマハ「YZF-R6」、トライアンフ「Daytona 675」といったミドルクラスも揃えられた。
すべての車両にはそれぞれの標準タイヤと同サイズ、または標準サイズに近いS21が装着された。試乗会では1日ごとに新品タイヤに履き替えられ、スタート時の最初の“皮むき”のみをガイド役のプロライダーが行なった。そのため、筆者らが乗車する際には走り始めからほぼ100%のタイヤ性能を発揮できるコンディションとなっている。
試乗会を主催したのは、日本のブリヂストン本社の子会社であるブリヂストン ヨーロッパ。「2輪ジャーナリストが最も楽しめる環境で」との計らいで、このヤス・マリーナサーキットでの開催となった。ご存じのとおりS21は公道走行をメインとしたスポーツタイヤであり、ブリヂストンのプロダクションレースタイヤである「RS10R」や「R10」のようにサーキット走行でのタイムアップにフォーカスした製品ではない。
それでもサーキットで試乗会を開催したのは、「公道を自走してサーキットに行き、そこでスポーツ走行を楽しんで再び公道を走って帰る」というS21のターゲットユーザーにおける想定用途のなかで、タイヤの最大限の性能を見極められる舞台を用意したいと同社が考えた結果と思われる。実際に試乗した筆者は、おそらくその期待どおりにS21のポテンシャルを心ゆくまで味わい、そして驚くこととなった。
ちなみに、筆者が試乗したのはGSX-R1000、YZF-R1M、ZX-10R、ZX-6R、BMW S 1000 RRの5車種(並びは乗車順)。S21の技術的な詳細はS21発表会の記事を参考にしていただきたい。
不満や不安なく走れる“学び”にも最適なタイヤ
走り出して最初のコーナーを迎えたとき、S21が温度に敏感なレース用タイヤではないことをすぐに思い知らされた。身体とマシンをなじませるのに慎重に走る必要はもちろんあるものの、プロダクションレースタイヤでマシンを徐々に倒していくときに感じる、神経を尖らせて感触を確かめるような気遣いは、S21では一切必要ない。
少しずつペースを上げていくと、ブレーキングで前輪に加重を移してマシンを倒し込み始め、路面をぐっとつかみながら立ち上がりまでしっかり粘って踏ん張るところに、単なるスポーツタイヤの枠に止まらないグリップ力を予感する。
今回のヤス・マリーナサーキットのレイアウトでは、バックストレート後のシケインをクリアしてから次のシケインまでの、ゆるやかに左にそれる全開区間がトップスピードを出しやすいポイント。メーター読みで240km/hを超えたところからフルブレーキングし、一気に70~80km/hまで減速したときにも、不安定さはもちろん、フロントのグリップが破綻しそうな気配もなかった。
また、若干オーバースピードでコーナーに突っ込んでしまうケースでも、なすすべなくコース外に追いやられてしまうようなアンダーステアは、ごく一部のマシン固有のキャラクターとして現れることを除いて出ることはなかった。フロントブレーキを一定の力で握り込み、マシンを寝かし始めてコーナーにアプローチして、そこでオーバースピードに気付いたあとでも修正を効かせやすい。これは、公道においてやや突っ込み気味で交差点やワインディングのコーナーに進入した場合でも、冷静に対処すれば安全に向き変えして復帰できる余裕が残されていることを意味する。
さらにペースを上げてみる。バックストレートに設けられたシケインをクリアしたあとに全開加速していく区間では、路面がわずかに山なりになっているせいかフロントが浮きやすく、着地でフロントが一瞬振られることもあったが、怖さを感じる前にぴたっと収束するのも印象的だった。こうしたフロントタイヤの高い操縦安定性、信頼性のおかげで、自信をもって加速し、ブレーキを積極的に使える。サーキット初心者が戸惑うであろうこれらの基本操作を力強く後押しして促してくれる、“学べるタイヤ”としての一面もS21は見せてくれる。
一方のリアタイヤも、最新リッターバイクが持つ200PSを超えるパワーをしっかり受け止める高いグリップ力を発揮する。コーナーからの立ち上がり時、まだマシンが直立していない段階で、よほどラフにアクセルを開けない限りは唐突に滑り出すことはなく、もし滑ったとしてもその感触がシートをとおして如実に伝わってくる。
S21ではリアタイヤのクラウン半径が前モデルである「S20EVO」と比べて大径化され、フロントのクラウン半径の小径化と合わせて最適化された。この形状変化のおかげか、あるいは同社が手がけてきたF1マシンやMotoGPマシンのタイヤ開発で培われた独自技術「ULTIMAT EYE(アルティメット アイ)」の成果である、スリップ域の縮小と粘着域の拡大のおかげなのか、滑り出しの感覚がつかみやすく、そのときにアクセルをキープするか閉じ気味にするか、瞬間的に判断して対処する余裕も生まれている。
コーナーの進入直前、意図的にエンジンブレーキを利かせるようにシフトダウンしていくとタイヤが断続的に鳴り、リアがホッピングする。そこでグリップが負けていきなり左右に流れ出したりすることはもちろんない。逆に、プロダクションレースタイヤのような、滑らせつつコントロールできるフレキシビリティはわずかに欠けているようにも感じたが、確実に止まって、曲がり、加速するというスポーツ走行の基本に忠実なライディングにおいては、実に適切で素直なタイヤだとも強く感じる。
適正空気圧でさらなる安定感。公道以外も楽しみたくなる性能
試乗会当日はブリヂストン ヨーロッパによる判断で、すべての車両のタイヤ内圧は温間でフロント230kPa、リア210kPaにセットされた。ただ、ストリート向けスポーツタイヤとしてこの数値は“抜きすぎ”の感がある。プロダクションレースタイヤではグリップを可能な限り稼ぐため、200kPa以下の適切な内圧まで落とす場合があるが、それが可能なのは、エアをある程度抜いても剛性感を保てるタイヤ構造になっているからでもある。
しかし、構造や使っている素材がプロダクションレースタイヤとは異なるS21で同じように内圧を下げてしまうと、踏ん張る力が削がれ、グリップが低下する可能性がある。とはいえ、今回の試乗会では低い内圧でも乗りにくくなるような違和感はなく、加速時のリアの滑り出しがむしろ把握しやすくなる気もしたが、同一車両(ZX-10R)でタイヤ開発時の想定内圧に近い前後250kPaに調整したパターンも試してみると、全体のしっかり感が明らかに増し、コーナリング時の回頭性が高まっているという手応えが得られた。個人的には前後250kPaのセッティングがより楽しく、軽快に走れたように思う。
ためしに2周走行後にタイヤの表面温度を確認すると、47℃前後を示していた。走り込んだところで温度がさほど上がらない点も、レース用タイヤとは大きく異なる。つまり、公道走行のように走り始めの温度が低い環境でも即座に本来の性能を発揮し、サーキットにおいてはタイヤウォーマーなしにファーストラップから攻められるわけだ(そもそも高温状態の使用を想定していないストリートタイヤにタイヤウォーマーを用いるのは、タイヤ構造に致命的なダメージを与えるため厳禁とされている)。
S21は十分すぎるほどのグリップ力とハンドリングを実現し、サーキットでもスポーツ走行を楽しむレベルであれば全く不満も不安もなく、クラス概念を超える性能を備えたタイヤであると確信する。筆者としては、ストリート向けには過剰と感じるほどの性能を実感して、「これでサーキットも楽しまないと損ではないか」と思わざるをえなかった。2輪用市販タイヤとしてS21で初めて採用された「アルティメット アイ」や、その周辺技術は今後もアップデートを続けるだろう。その第1弾製品がこれほどの完成度であるなら、タイヤ性能は将来的にどこまで到達するのだろうか。
試乗会の最中、空いたスペースでフルロックUターンを繰り返してみたところでは、ハンドル切れ角の少ないスーパースポーツとはいえ、フロントタイヤのナチュラルな切れ込みと“転がり”のよさもきっちり感じ取ることができた。サーキット走行だけではなく、自身のオートバイで市街地の走りも試してみたいと思わせてくれる、上質なタイヤに出会えた試乗会だった。