驚異的だった7月のアロンソ
7月はイギリス、ドイツ、ハンガリーの3戦が開催され、フェルナンド・アロンソはドライバーズランキングトップを守り抜いた。しかも、ランキング2位との得点差40ポイントまで広げることに成功していた。
イギリスGPとドイツGPは、金曜、土曜日が雨模様となり、日曜日の決勝が晴れとなった。そのため、ドライコンディションへの準備が整っていない中で各車はスタートを迎えなければならなかった。
イギリスGPでアロンソはハードタイヤでスタートし、さらにハードタイヤに交換した。この選択がうまくいき、終始トップを守り抜いた。しかし、37周目にソフトタイヤに交換し、これで終盤タイムが落ちはじめた。
一方、マーク・ウェバーはソフトタイヤでスタートし、序盤にアロンソとの差が広がってしまった。ウェバーは14周目と33周目にハードタイヤを選択。これが功を奏した。
ソフトタイヤで苦しいアロンソ。ユーズドながらハードでハイペースのウェバー。38周目に4秒あまりあった両者の差は、46周目には0.4秒まで縮まった。そして48周目にウェバーがアロンソを抜き、勝負がついた。
この両者のバトルは見事だった。「勝ちたい」という2人のドライバーの情熱がはっきりと出た戦いだった。しかも、最後のオーバーテイクでも互いにラインを残しあった正々堂々としたフェアなバトルだった。そこには、トップドライバー同士の敬意と信頼があり、まさにグランプリドライバーの長い伝統を受け継ぐにふさわしいバトルだった。
イギリスで2位だったアロンソは、ドイツでは圧勝した。スタートから抜群のリアクションでトップを守り、1回目のピットストップで一瞬3番手に落ちた以外、終始トップでゴールしてしまった。これでアロンソは今季唯一の3勝ドライバーになった。
一転、ドライコンディション主体となったハンガリーGPでは、アロンソは5位だった。フェラーリF2012のパフォーマンスがコースと合わず苦戦する中で、ライバルが得点差を縮めてくるのを最小限にとどめる戦いを目指していたが、結果は望み通りランキング2位のウェバーとの点差を40ポイントに広げ、大成功だった。
アロンソは勝つこと、結果を出すことにおいて卓越した能力を見せている。自身も「これまでキャリアの中で最高」という程コンディションもよい。フェラーリもF2012をかなり戦えるレベルにまで仕上げてきた。ここにアロンソの強さが見えた。半面、ドライ主体に戻ったハンガリーGPでは、これまでアップデートが雨で不発だったマクラーレンなどライバルチームが実力を取り戻したことで、アロンソのランキングトップが決して安泰ではないこともうかがわせた。
■力を取り戻しはじめたマクラーレン
6月の段階でマクラーレンのルイス・ハミルトンは、イギリスGPからMP4-27にアップデートが施されると発言していた。その言葉どおり、マクラーレンはイギリスとドイツでフロントウイングやサイドポンツーンなどを大きく変更してきた。だが、いずれも金曜日、土曜日が雨がちだったため充分なテストができず、その効果を発揮できないか、または限定的にしか発揮できなかった。
ハンガリーGPは、日曜日も予報が外れて晴れたことで、金曜日からドライとなった。そして、MP4-27はアップデートの効果を発揮し、ハミルトンも非の打ちどころがない走りとレース展開で優勝した。序盤から中盤はロマン・グロジャンと最速タイムを更新しあうバトル、終盤はキミ・ライコネンの猛追を受けた。しかし、ハミルトンは相手のペースとタイム差を見ながら、タイヤを上手く使いながらトップを守りきった。
MP4-27はかなり速さを取り戻した。だが、ハンガリーGPではロータスE20も速かった。さらにレッドブル、フェラーリなどライバルチームの動向も合わせて、夏休み明けの後半戦での展開をより興味深くさせてくれそうだ。
■レッドブルをめぐる規制と発想力
チームごとのシーズン前半については次回扱うことにしたいが、ここではレッドブルについて1つ触れておきたい。
今年のレッドブルは昨年のような圧倒的な速さはない。その要因の1つは、排気ガスを空力の性能向上に利用したエクゾーストブローへの制約が大きいだろう。
それでもレッドブルはさまざまな方法を繰り出し、奪われた速さを取り戻そうとしてきた。リアタイヤの前のフロア部分に空気取り入れ口を設けて、車体底面に空気を取り込むことで空力性能を上げようとした。これは他チームから異論が出て、カナダGPから禁止。ドイツGPではエンジンマッピングを規定で許される範囲よりも大きく変更していることがFIAの技術委員から指摘され、ハンガリーGPではこれを修正させられた。このマッピング変更は、エンジンの回転数が中速エリアのときにトルクが小さくなるようにしていたと言う。
ここから考えられるのは、ドライバーはエンジンの回転を上げてトルクを増そうする。その結果、排気ガスの量と勢いが増えるということになる。つまり、コーナーからの立ち上がりなどでより回転数が増すことで、排気ガスの量が増え、リアまわりの空力性能に貢献させることが可能だったのだろう。
さらにハンガリーGPでは、車高調整装置を規制された。驚くのはこうした規制を受けても、レッドブルが上位にきちんと残っていることだ。RB8というマシンの素性のよさをうかがわせる。また、同時にレッドブルチームの技術スタッフ達の発想力の豊かさにも感心する。ただし、それが合法かどうかはまた別のこととしてだが。
■ランオフエリアとペナルティ
レッドブルついでに言うと、ドイツGPでベッテルがペナルティを受けたことにも言及しておきたい。
それは、決勝も残り2周となった66周目のターン6(ヘアピン)でのことだった。2位を争い、ベッテルがバトンに並びかけた。バトンはコーナーの立ち上がりでラインをアウトに膨らませる。アウト側のベッテルは完全にアスファルトのランオフエリアに出てしまい、それでも加速して2番手になった。だが、レース後にベッテルはこれが原因で20秒加算のペナルティを受けて5位になってしまった。
スポーティングレギュレーションでは次のように定められている。
「20.2 ドライバーは常に走路を使用しなければならない。疑義を避けるため、走路端部を画定している白線は走路の一部と見なされるが、縁石は走路と見なされない。車両のいかなる部分も走路と接していない状態である場合、ドライバーは走路を外れたと判断される」
ベッテルは4輪とも白線の外に出てしまっていた。そこでこの規定違反となり、上記のペナルティとなった。
アスファルトのランオフエリアは、FIAインスティテュートによる安全研究と実験の結果、グラベル(小石)によるランオフよりもコースアウトしたマシンを減速させる効果が大きいことが分かり、F1用コースでは必須アイテムになった。だが、このアスファルトランオフが、コースを外れてもマシンにダメージがなく、上手くすればタイム向上や追い抜きに利用しやすいこともはっきりしてきた。
しかし、これではアスファルトランオフは、危険な状況を生みだすか、不正に有利な状況を与えるようになってしまう。そこで、上にあるスポーティングレギュレーション20.2ができた。
FIAはこの規定の厳格な運用を目指していると言う。だが、4輪が白線の外に出たかどうか完全に判定するのは難しい。ルールを厳格に適用させるなら、ラインについて厳正な審判方法が必要だ。オーバルのようにコースレイアウトがシンプルなら監視カメラで充分機能するだろうし、必要ならテニスやフットボールのようにライン審判員を配置することも可能だろう。しかし、F1のコースではこうした監視はきわめて難しい。ルールの厳正な適用は素晴らしいことだが、それが公正に適用されるようにするにはまだ課題がありそうだ。
一方で、ドライバーも安易に白線の外を使いすぎだった。白線の外はそこが走りやすいところであっても「コース外」であり、「走れないところ」ということを厳格に把握すべきだろう。
■結果が激しく動いた小林
7月の小林可夢偉のレース結果は、イギリスGPでは11位、ドイツGPでは自己最高位の4位、ハンガリーGPでは18位。相場用語を借用すれば「乱高下」だった。
イギリスGPでは、予選12番手どまり。ヨーロッパGPでのマッサとの接触から5グリッドペナルティがあったため、グリッド位置は17番手になってしまった。本来なら、このペナルティがあったので予選でトップ10に入っていたかったはず。予選でアタックに出るタイミングとタイヤ選択をチームが失敗したのがすべてだった。決勝はこのグリッド位置から追い上げたが11位でポイントに届かなかった。予選での失敗がすべてだった。
ドイツGPでも予選Q2でウェットになると、ザウバーチームは作業がもたついて最適のタイミングで、最適のタイヤ選択でドライバーを送りだすことができなかった。結果、トラフィックにもひっかかり、Q1で見せた好ペースも出せないまま予選Q2敗退となった。12番手スタートとなった小林だったが、ドライの決勝では小林が驚異的な速さを見せて、4位に入賞。ファステストラップこそ、終盤にタイヤ交換して飛ばしたシューマッハに取られたものの、レースの大半のラップで最速タイムをたたき出し続けていたのは小林だった。マシンの性能差を考えれば、トップのアロンソ、2位のバトン、3位のライコネンに優るとも劣らない見事な走りとレースぶりだった。もしも、予選でチームが失敗せずに、グリッド位置がもっとよければ表彰台も確実というものだった。
ハンガリーGPでは、ザウバーのマシンがまったくコースに合わず、タイヤの性能を出すことができないまま決勝を迎えた。15番手でスタートし、終盤も15位を走っていたが、油圧系統の液漏れからゴールの1周前にピットに入り、ストップ。18位扱いだった。
振り返れば、レース結果の乱高下は予選での判断ミス、マシンのセットアップ不良、マシントラブルなど、チームによるところが極めて大きかった。一方、マシンがうまく決まればドイツGPのように小林はザウバーのマシンでもトップクラスの速さを出せることもはっきりと示していた。
イギリスGPでは、2回目のピットストップの際にコントロールを失い、メカニックと接触するミスもあった。これは、ギリギリまでブレーキを遅らせることで、ピットストップで失われる時間をできる限り短くしようとしたもの。だが、それでタイヤがロックしてしまい、ミスにつながった。これは小林のミスだった。そのため、2万5000ユーロの罰金処分も受けた。だが、上位チーム並みの速くて短いピット作業時間なら、ここまで頑張りすぎなくてもよいはずだった。
このミスを巡って、スイスのメディアが報じたことが日本でも翻訳されてインターネットなどで掲載された。それは、「ドライバーとしてやってはいけないミス」というニキ・ラウダの談話を引用したものだった。このラウダの叱責は正しいと言えるし、チーム全体のパフォーマンスを考えながらチャンピオン獲得したドライバーという経歴からも間違った指摘ではなかった。
だが、それをまとめた記者と掲載した新聞は問題ありだった。それをまとめた記者は、ザウバーは現在のドライバー2人を更迭すべきと主張する。この記者についてスイスのベテラン記者と紹介するところもあったが、実際はただ長くやっているだけ程度のものでしかない。これまで書いてきたことと言えばゴシップ的なことばかりで、誰かのトラブルを針小棒大に書くのが専門だった。
ドライバーの○○は、東京で寿司とてんぷらを食べてお腹を壊し、鈴鹿では予選中に○回トイレにかけこんだ。
○○○チームのモーターホームは、ポルトガルで広報用の写真撮影中にピットレーンのガードレールに接触。リアまわりを大破した(実際にはFRP製のバンパーがちょっと壊れた程度だったが、その記者は実際のダメージの数十倍にもおよぶ推定損害額まで記していた)。
このように、くだらないか信憑性のない記事の連続という記者だ。
この記者の書くことを真に受けるものはいない。その新聞もかなり低級なタブロイド紙で、F1に関する記事は件の記者が書き続けているので、地元スイスはもとより、ドイツでも多くの人が馬鹿にしている。こんな記者と新聞の書くことは無視してもよいレベルだ。ただ、日本のいくつかのメディアが、ベテラン記者とかスイスの地元紙とか、あたかも信憑性や権威を持たせるような紹介で惑わせているようだったので、改めてここに記しておきたい。大したことない記事だったと。
その記者とペーター・ザウバーが個人的に親しいから、件の記事は要注意とする説もあるようだが、チーム運営の実権はモニシャ・カルテンボーンが移っている。また、個人的に親しいからといって、こんな的外れなことを書いている記者の言葉をチーム運営に反映するような愚かなことはしないだろう。
■7月は熱戦続きだった
7月は日米でも熱いレースがいっぱいだった。
インディカーでは第11戦エドモントンで、佐藤琢磨が2位になった。レース終盤、佐藤はトップのエリオ・カストロネベスを猛追。だが、ベテランのカストロネベスは巧みなラインどりで佐藤の攻撃をしのいだ。結果は2位だったが、佐藤はクリーンでフェアなバトルでレースの見せ場を作った。
国内では富士スピードウェイでフォーミュラ・ニッポン第4戦が、菅生でSUPER GT第4戦が開催された。
富士スピードウェイでのフォーミュラ・ニッポンは、決勝直前まで全セッションがウェットコンディションだった。ところが、決勝前には路面はドライ。しかも、雨が降りそうな難しい状況だった。スタートしても小雨が降ったリ止んだりで、時には雨足が強くなるという、さらに難しい状況になった。何人かは途中、ウェットタイヤに換えて雨が強くなることに賭けた。だが、上位勢はスリックタイヤで頑張り続け、タイヤ交換なしで走り切る戦略をとった。
こうした中、序盤から大嶋和也と中嶋一貴が激しいトップ争いをした。だが、この激しいバトルが2人のタイヤに終盤厳しい状況を招いた。そして、このトップ争いの直後でタイヤをいたわりながら状況を伺っていたアンドレ・ロッテラーが、最後にトップを奪った。中嶋は2位、大嶋は3位となり、ともに「悔しい」と語っていた。
菅生のSUPER GTでも、終盤のトップ争いは大嶋対中嶋のバトルになった。そして中嶋の猛追をかわした大嶋が優勝。大嶋はゴール後、涙だった。
大嶋と中嶋は常にライバルで、昨年のフォーミュラ・ニッポンのオートポリス戦でもウェットからドライへ変わる難しいコンディションの中、熱戦を展開。中嶋が勝利を収めていた。大嶋にとって中嶋は絶対打ち負かしたい相手。中嶋にとっても大嶋は負けたくない相手だった。富士でのフォーミュラ・ニッポンでも菅生のSUPER GTでも、「アイツには負けたくない、絶対に勝つ!」というような激しい気迫が伝わってくるバトルを展開した。大嶋にとって菅生での勝利は、今まで前に行かれていた中嶋を全力で打ち負かしたもので、感涙にくれるのも当然だった。
さらに、今季フォーミュラ・ニッポンに復帰してきた松田次生とロイック・デュバルも、開幕戦から毎戦のように激しいバトルを展開している。この2人は、松田が2007、2008年に2年連続チャンピオン、デュバルが2009年にチャンピオンと、ずっとフォーミュラ・ニッポンでライバルだった。そのライバルがフォーミュラ・ニッポンに今年復帰し、徐々に順位を上げながら激しいバトルを繰り返している。
2輪では「鈴鹿8耐」で知られる伝統の鈴鹿8時間耐久レースが開催された。途中、転倒炎上(ライダーは無事)など波乱とドラマがいっぱいの展開だったが、秋吉耕佑/岡田忠之/ジョナサン・レイ組のF.C.C. TSRホンダ(ホンダCBR1000RRW)が優勝した。秋吉はシーズン開幕前のテスト中にクラッシュし、左大腿骨を骨折。少なくとも今季前半は絶望的とされ、8耐参戦も不安視された中での復活優勝だった。
国内レースも、熱い戦いがいっぱいで目が離せない展開になっている。
■F1は夏休みだけど
8月、F1は夏休み期間に入る。しかし、インディカーはミッドオハイオとソノマのロードコース戦があり、国内ではフォーミュラ・ニッポン第5戦ツインリンクもてぎ、SUPER GTは第5戦鈴鹿1000㎞もある。8月19日決勝を迎える鈴鹿1000㎞は、1966年から続く伝統レース。2009年からは700kmや500kmで行われていたが、今年は4年ぶりに1000kmが復活。これは、通常のSUPER GTのレース距離の3倍以上を一気に走るもので、暑さの中ドライバーとマシンの極限まで試される。2輪の鈴鹿8耐と並んでドラマと感動がある必見のレースだ。
また、鈴鹿では8月にソーラーカーレースと電動車両によるエネルギー効率競技「Ene-1GP(エネワンGP)」も開催。一般チームや学生チームが未来の自動車技術とその可能性に挑む。ソーラーカーはFIAのワールドチャンピオンシップ戦であり、そのステイタスはF1と同格となる。Ene-1GPは、今年から中学生も参戦できるようになり、一般、大学、高専、高校のチームとともに、創意工夫を凝らしたマシンで挑むことになる。
8月もまた興味深いレースがいっぱいだ。レースをライブで見に行こう! でも、行く時は陽射しと暑さ対策をお忘れなく。
■URL
FIA(英文)
http://www.fia.com/
The Official Formula 1 Website(F1公式サイト、英文)
http://www.formula1.com/
■バックナンバー
http://car.watch.impress.co.jp/docs/series/f1_ogutan/
(Text:小倉茂徳)
2012年 8月 10日