【連載】橋本洋平の「GAZOO Racing 86/BRZ Race」奮闘記

第22回:装いを新たに、2016年もレースやります!

2016年シーズンも出場します

 石の上にも3年……。「86」に乗り始めてもう3年の月日が経過してしまった。これまで21戦を消化。全国転戦に自走で駆けつけ、そのままレースをして再び自走で帰ってくるという生活を続けたため、走行距離は3万5000kmオーバー。1回目の車検を2月にユーザー車検で受けてきた。それでもなお、退役させようなんて思えない。相変わらずこのクルマを今季もまたレースに参戦させようとしている自分がいる。ちなみに残りのローン回数は48回。レースを終わらせてたまるかっていうくらい残っている(笑)。

1回目の車検を2月にユーザー車検で受けてきた。このときは旧カラーリングでした

 このように残債があることはもちろんだが、思いとしてはコイツとともに1回は勝ちたいし、ポールポジションだって取ってみたいのだ。レースカーなど勝敗を考えれば使い捨て同然と考えて戦うべきなのかもしれないし、実際にライバルチームは新車を投入しているところもある。だが、ハッキリ言ってこの86はもはや運命共同体。あと少し頑張ってくれ。2位は何度も味わったのだから。

 そんな状況だからして、クルマはハッキリ言ってボロい。昨シーズン戦った時についた接触の後が痛々しく残り、左フェンダーと右ドアは大きく凹んでいる。今季もまた有り難いことにカラーリングを一新していただけるという話があり、まずはその凹みだけでも直さねばと、ネットオークションでパーツを調達。ドアとフェンダー合わせて3万円也……。さらに右後部にあった凹みは板金に出さねばならず、簡単に修理してもらったものの、7人の諭吉様が天に召されてしまった。

こちらが2016年の新カラーリング

 ただ、リフレッシュはそれだけで終わらない。エンジンを載せ替えることも視野に入れたが、それをやるには少なくとも60万円以上が必要となる。当然そんなことに踏み切れるわけもなく、とりあえずイグニッションコイルとプラグ、そしてフロントのブレーキローターを交換してお茶を濁す。これだけでも合わせて7万円である。

 車検、板金、そして軽いリフレッシュだけでもおよそ25万円也。シーズン前は何かとお金がかかる。

 だが、それで終わらなかったのが今シーズンならでは。参戦しているクラブマンクラスでも、TRD製の機械式LSDの装着がようやく認められたのだ。2015年までは2戦に1回交換が必要だったトルセンLSDだったが、機械式になればそんな心配もなくなるはず。ネットオークションにかじりつき、出物が出るのを待ちわびたり、読者の方から譲っていただくなんていう必要はもうないだろう。これで心底走りを楽しめるようになるのか!? ちなみにここでの出費は10万円也。

 ただ、その機械式LSDを手に入れるまでが一筋縄ではいかない。2月中旬、部品屋さんに注文を出したところ「次回入荷は4月20日ごろになります」との返答が。えーと、開幕戦は4月頭なんですけれどねぇ。出遅れ感満載。それをFacebookで嘆いてみると、なんとライバルチームから「ウチに在庫あるよ」とのコメントが! 感謝感謝であります。

本番直前にテスト

 そんなこんなでようやく走り出す我が愛車。メカニックが情報をかき集め、程よくセッティング変更をしてくれてはいるが、一体どう走るかは分からない。そこで、今回は初戦が行なわれるツインリンクもてぎで、レース1週間前にテストを行なった。

 走ればコーナー進入から立ち上がりまでの動きが、今までとはまったく違う感覚。コーナーアプローチ時は旋回することを邪魔され、立ち上がり時はトラクションがかかる分、アクセルワークがシビアになった。こりゃ練習せねばと1時間ほど走り、ガレージへと帰還。走った状況を伝えると、メカニックは「もっと走り込んでLSDを消耗させたほうがいいかも。それでもダメなら最後はオイルの添加剤でも使ってみるか」と楽観視している。そんなんで大丈夫???

 レースウィークになり、ちょっとの変更で再び走り出すと、何だか先週よりもスムーズに走れている自分に気づく。新たに投入したMETEORオイルの添加剤が効いたのか、クセが強かった愛車が手足のように動き出してくるから面白い。

 ただ、速さが増してきただけに、ブレーキへの負担が大きくなってきたようにも感じていた。今までのイメージでは止まらないし、スピードが抑えきれずに曲がれない感覚もある。今シーズンから車体裏側にある車輪の前の板を取り除くことがレギュレーションで許され、ブレーキに少しは風が当てられるようになったが、連続周回するとフェードしていく感覚があることが心配の種だった。

ENDLESS 技術開発部 高木誠氏

 今シーズンも変わらずにサポートしていただけることになった、ブレーキメーカーのENDLESS 技術開発部の高木誠さんは次のように答えてくれた。「もてぎは他のサーキットとは違って、ブレーキの温度がかなり高くなってしまいます。実際には他が450℃くらいのところ、もてぎは700℃をオーバーするくらいまで温度が跳ね上がります。それでタイムが向上しているのだから、今のままでは持たないでしょう」とのこと。

 そこでまずはフロントパッドの材質を変更した。それで走るも、今度はフロントばかりに荷重が乗り過ぎてしまう傾向があり、リアのパッドも変更することを迫られた。最終的にはクルマが前のめりになることなく、フラットに近い状態でブレーキングすることが可能になり、「これならイケる!」と思えるまでに信頼のおける仕上がりになった。ノーマルのブレーキキャリパー&ローターでありながら、ブレーキパッドだけでその問題を克服してしまったのだから恐れ入る。

信頼性の高いエンドレスのブレーキパッドでレースに臨みます

0.056差が明暗を分ける

 短期間でかなり熟成された我が86。果たして予選はどうだろう? 今季のクラブマンクラスも大盛況で52台が出走することになり、2組に分けてのアタックとなる。開幕戦はゼッケン順に並べられたエントラントが、上から順に1組2組1組2組……と組み分けされていく。僕は1組となったが、そこは強豪ぞろいといっていい状況。2組だったらなぁ、なんて思うほど若干雲行きが怪しい。

 アタックを始めると、朝9時ということもあってか、かつてないほどのエンジンの吹け上がり! 今季もまた足下を支えてくれるブリヂストン「POTENZA RE-71R」のグリップも最高潮といった感じで、練習日とはひと味違うグリップを発揮。コーナリングスピードはかなり高まっている。おかげで練習時には1コーナーと5コーナー手前は4速吹け切りが精一杯だったのに、5速に入れる必要に迫られるほど。これは好タイムが期待できそうだ。そんな中、1周をソコソコまとめて回ってくると、2分20秒2をマーク! 昨年のコースレコードをコンマ7秒も上回るタイムである。これならポール? と思ったら大間違いで、この時点でトップは2分20秒067。記録したのは昨年2勝を収めている松原怜史選手である。僕のタイムは2番手という結果だった。

 だが、そこで諦めてはいなかった。実はアタック中に1台若干引っ掛かったクルマがあり、まだまだイケそうだということが分かっていたからだ。クーリングラップを2周はさみ、再びアタックに入る。すると今度は2分20秒123。0.056差で順位変わらず。あと少しだともう1ラップアタックを続けると、運転席に取り付けてあるロガー表示には、セクター3まで前のラップよりもマイナス0.3秒速いとの表示が! これなら19秒台だって夢じゃない。ピットにあるタイムモニターを見ていたメカニックや友人達も、この時ばかりは興奮したらしい。遂に念願のポールポジションか? 誰もが期待した一瞬だった。しかし、欲望に色めき立った人間は冷静さを失うらしく……。最終セクターでブレーキングミスをしてしまい、ポールポジションは夢に終わってしまった。結果は1組目の2位。2組目のトップにもタイム的には勝っているが、翌日の決勝は3番グリッドからのスタートとなる。

 それにしても悔やまれる。0.056秒差なら、もう少しダイエットしておけば。さらにはもう少し引っ掛からなければ。1000分のいくつかでかつても争ったことがあるが、いつもそこで負けることばかり。それだけシビアな戦いになっている楽しさはあるが、一度くらい勝ててもいいと思うんだけれどな、神様~! 後厄だから無理か!?

開幕戦の練習走行のようす

後厄の影響が決勝にも?

 やるせなさこの上なしだが、まだまだレースが終わったわけじゃない。決勝レースは前日の事を忘れ、行くだけ行くしかない! けれども、ここでもすんなり行かない感じはどうしてだろう? お祓いだって行ってきたのに……。レース当日は完全なるウェット。まだ一度も試したことのない状況が目の前に迫っている。LSDの効果は雨でどうなるのか? そして新たなブレーキとウェットとの相性だって気になるところである。

 タイヤの空気圧をいつもより高めにセットし、前半からガンガンいってやろうと目論んでいた。レッドシグナル点灯。回転数を低めにして、さらには半クラッチを多めに、そして2速へのシフトアップはクラッチの繋ぎを丁寧に……、なんてやってみたら、みるみるポールポジションのクルマが近づく感じ。右前方にいた2番グリッドの小野田貴俊選手を1コーナーでアウト側からかわして、2コーナー立ち上がりで2位へと浮上する。ここまでは計画通り。あとはトップに食らいついていき、後半勝負できればいいかもしれない。

スタート直後の1コーナー進入。いいスタートが切れたのだが……

 だが、ウェットの中で効くブレーキはかなりシビア。ちなみにまわりの2人も同じブレーキとタイヤを使っているから、完全なるワンメイク状態である。そんな中で最初にミスったのが僕だった。ヘアピンコーナーのアプローチ時にブレーキングで突っ込み過ぎ、あわやコースアウトかという状況までアウトにはらんでしまった。そこで松原選手との差は広がり、小野田選手に突かれる展開に。これはイヤな流れである。ただ、空気圧を高めにしたことが功を奏し、ウェットの中ではコチラのほうが有利そうなことは理解していた。

 しかしレース終盤、レコードライン上がやや乾き出したころからその展開は逆転。今度は小野田選手がみるみる元気を取り戻して背後にピッタリ。ハイビームをくらいながらプレッシャーを受けることに。結果としてレース終盤にはアッサリと抜かれてしまった。高めの空気圧で前半引き離すだけ引き離すことができなかった僕のミスである。それを実行した松原選手は、何とかトップを死守して最終ラップまで走っていることを背後から見ていた。

 だが、これでレースが終わるほど単純ではなかった。ナント、最終ラップの5コーナー立ち上がりでガス欠症状が出て失速。実は数週前から電子制御で失速しているような感覚が強かったのだが、ひょっとしたらガス欠症状だったのかもしれない。クルマはファーストアンダーブリッジをくぐった先で息絶えてしまった。

 これはガソリン量の計算ミスなのか? はじめはそう疑っていたが、ピットに戻った後にガソリンを抜いてみたところ、5L以上残っていることを確認した。たしかにギリギリではあるが、かつてこの残量で止まったことがなかっただけに、どうにも納得のいかない最後だった。

 噂によればこの症状、他にも何台か発生しているようで、一番ひどい例ではガソリン残量を半分以上入れていなければガス欠症状が出てしまうというクルマまで存在していたのだ。それを後日電話で教えてくれたのは昨年チャンピオンを獲得した遠藤浩二選手。そのトラブルはタンクまわりを一新することで解決したらしいが、ハッキリ言って何がわるかったのかは不明とのことである。

開幕戦を制したのは松原怜史選手。2位は小野田貴俊選手、3位は手塚祐弥選手という結果に

 現在聞こえてきている話では、マイナーチェンジ時に燃料タンクが一度変更されていること。そしてフロートが違うのか、はたまたコンピュータが変わったのか、燃料メーターの動き方がスムーズになったということも分かっている。86 Racingの初期型である僕のクルマが一体どの仕様になっているのかは調査中だが、後日判明した事実はきちんとお伝えしたいと考えている。

 もちろん、そこまでガソリンをカツカツに削らず、シッカリと多めにガソリンを入れて戦えばよかったという意見もあるだろう。だが、いまは前述した通り1000分の数十秒差で戦っている状況である。少しでも搭載量を削りたいという思いが、僕にもメカニックにもあるのだ。結果としてチェッカーを受けられなかったことは、支えてくれる皆様に申し訳なく思っているが、そこまでシビアな戦いになっているということだけはご理解いただければ幸いだ。

 4年目、そして22戦目というご老体のクルマなら、何が起きてもおかしくはないだろう。現在は燃料タンクをクルマからおろし、ポンプやフィルター、そしてフロートまわりを交換して再テストを予定している。次戦までに直るかは定かではないが、できるだけの対策を行なって復活を果たしたい。あと少し。お立ち台の頂点を獲得するために。

ピットに戻った後にガソリンを抜いてみたところ、5L以上残っていることを確認。これまでこの残量でガス欠になったことがなかっただけに、とても悔やまれるレースになってしまった
後日燃料タンクをおろしてみたところ。今後どう対策していくか検討中です

Photo:高橋 学

橋本洋平

学生時代は機械工学を専攻する一方、サーキットにおいてフォーミュラカーでドライビングテクニックの修業に励む。その後は自動車雑誌の編集部に就職し、2003年にフリーランスとして独立。走りのクルマからエコカー、そしてチューニングカーやタイヤまでを幅広くインプレッションしている。レースは速さを争うものからエコラン大会まで好成績を収める。また、ドライビングレッスンのインストラクターなども行っている。現在の愛車は18年落ちの日産R32スカイラインGT-R Vスペックとトヨタ86 Racing。AJAJ・日本自動車ジャーナリスト協会会員。