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木野龍逸のフォーミュラE選手権 第1戦、第2戦香港観戦記(その1)

2017-2018年のフォーミュラE選手権が開幕

香港の市街地で開催された、フォーミュラE 2017-2018シーズン 第1戦、第2戦香港

 音がしない、スピードが遅い、パッションがないなどなど、見る人によっては物足りなさ満載のEV(電気自動車)レース、FIA フォーミュラE選手権だけど、長いことEVを取材してきた身からすると、テレビではなく一度は実物を見ておきたいと、ずっと思っていた。

 すると、2017-2018シーズンからアウディがワークスで参戦し、2018-2019シーズンからメルセデス・ベンツ、ポルシェ、BMWなどが順次、参戦してくるというニュースが流れてきた。第1戦の行なわれる香港なら近いし、開幕戦を見ておかねばと思ったのが夏の盛り。今後のEVの潮流を感じることができるかも、という思いとともに、単に大都市のど真ん中でのレースがどんなものなのかを見たくて、2017年12月1日、初めての香港に足を運んだ。

 中国は、ウイグル自治区をはじめ内陸部にも行ったことはあるし、上海ではF1も見たし、F1のために建設中だったサーキットも見たことがあり、そのスケールの大きさにたまげたものだけど、すべてのものを一点に凝縮して上に上にと積み上げたような香港での市街地レースがどんなものなのか、いろいろな意味で楽しみだった。

 そして、2014年のスタートから4シーズン目にようやく見ることのできたフォーミュラEは、レースとしてもなかなかおもしろかっただけでなく、多分にひいき目であるし、また公式コメントだということも分かりつつ、関係者の言葉に期待感があふれていたのが印象的だった。同時に、これは単なるレースではなくて、自動車の今後を考える哲学を含めて見ていくと、もう1つおもしろさが加わるんじゃないかと思ったのだった。

 期待感は、報道陣の数にも表れていた。開幕戦のために香港に集まった報道陣は450人超。メディアセンターの受け付けの人にメディアの会社数を尋ねたら、名簿を一所懸命に数えてくれて、160社だと教えてくれた。フォーミュラEをスタート時から見ている知人のモータースポーツジャーナリストは、こんなに多いのは初めてだと目を丸くしていたし、「F1だってこんなにいないよ」とも言っていた。

 レースに期待していたのは香港市民も同じ。3万7000席分のチケットは第1戦、第2戦ともに、インターネットのチケット販売サイトを見る限り完売だった。メインストレートのグランドスタンドの1日券は2380香港ドル(1香港ドル=14.47円として約3万4439円)となかなかの高額。香港市民の期待が伝わってくるようだった。

 とはいえ、そこもやっぱり中国。フォーミュラEは1日で練習走行2回、予選、決勝をこなし、その間にドライバーのサイン会やスポンサーイベントなどが入るためスケジュールは目白押しだが、会場から少し離れているグランドスタンドにほとんど人が見えず、「ほんとにチケット売れたのか?」という疑問がムクムクとふくらんだ。

 それでも、決勝がスタートする時刻には、8割方埋まっているのを見て少し安堵。もしかするとチケットの半分くらいを、売らないでばらまいているんじゃないかという不安は解消された。加えて、コース周辺を歩いてみると、グランドスタンドよりずっとレースを楽しめそうなポイントが街中にあることを発見。人が集まって熱心に観戦している姿を見るにつけ、市街地レースの楽しみを改めて実感することになった。

 フォーミュラEの最大の特徴は、なんといっても音の静かな電気駆動を活かして大都市のど真ん中で開催していることだ。

 コーナー10個、全長1.86kmのコースは、555mのメインストレートが終わるそのすぐ先に、洋服や時計、バッグなどのブランドショップが多数入居している巨大なショッピングモールがそびえ立ち、グランドスタンドのすぐ裏には香港議会や中央郵便局が並ぶ。

 サーキットは通常、騒音の問題もあって都市部からは離れたところに作られている。そのため食事や宿まで遠いこともしばしばだが、フォーミュラEなら街中のうまい、安い、早いの3拍子揃った食堂まで、歩いて10分程度。ちょっと外に出ていってランチを取ることもできる。

 そして、街に行くまでの間には、コースの上を横切るスカイウォークや、オーバーテイクポイントを横目に見るエスカレータ、ストレートを見下ろすショッピングモールのテラスやアップルストアなど、無料の観戦ポイントがたくさんあり、地元の人たちが集まっていた。通路はさすがに立ち止まることはできないけど、行ったり来たりすれば、コーナーの続くエリアのバトルを文字どおり俯瞰することもできる。

 それは、日本でいえば箱根駅伝や各地で開催しているマラソン大会、あるいは自転車レースのジャパンカップなどを沿道で観戦するような雰囲気かもしれない。そんな身近さが、フォーミュラEにはあった。

 スタンドで見れば距離はさらに縮まる。チープな言葉だけど、「ライブ」感っていうのはこういうことなのだろうと思う。確かにF1をはじめとするこれまでのレースのように、脳みそをぶん殴られるような排気音や、遠くから見ていても空を飛んでるんじゃないのかというようなスピード感はない。

 それでも、スキール音を伴ってタイヤをロックさせつつコーナーに入っていく様子、「キーン!」というか「ヒューン!」というかは人によるが、コントローラーのパワーデバイスが発する高周波音、ミッションからのメカニカルノイズが、手を伸ばせば届くようなところを走り抜けていくのは、なかなかの迫力だ。

 加えて、フォーメーションラップで「客席から叫んでるのが聞こえた」(小林可夢偉)という距離感は、フォーミュラEならでは。F1をスタンドで見るときは耳栓をしてることもあるが、フォーミュラEなら、仲間で話しをしながら賑やかに観戦もできるだろう。

 低速コースだからこそのバトルも見どころだ。市街地コースのレースではコース幅がないために抜きどころがほとんどない。ところがフォーミュラEでは、速度域が低いためか、とにかく仕掛けるドライバーが多い。香港でも、メインストレートからの右直角コーナーや、セクター2のシケイン付近、ヘアピンなど、少しでもイン側にスキがあればノーズを突っ込んでいく場面が何度もあった。

 マシン間の性能差がそれほどないことも、バトルの激しさにつながっている。香港の第2戦のレース中のラップタイムは、トップのディ・グラッシだけが1分3秒台で、2位から18位までが1分4秒台という接戦。そして小林は、ピットでのタイムロスで結果は17位だったものの、ラップタイムでは2位になっている。

 コースがコンパクトなので、1分おきにどんどんマシンが走ってくるのも楽しいし、練習走行から決勝まで1日で行なう密度の濃さは、地元の住民だけでなく、忙しい観光客にとってもメリットだ。

 フォーミュラEが始まった背景には、環境、エネルギーの両面で大きな負荷源になっている自動車が、これからどこに向かうのかというとても難しいテーマがある。でも目の前で見たフォーミュラEのレースは、そうした難しい話題はさておき、クルマ同士の戦いがあるという部分では、あたりまえだが「モータースポーツ」になっていた。

 レースが始まってまだ4年目。100年の歴史があるエンジン車のレースに比べれば、よちよち歩きをしているところだ。だからこそ進化の速度は速く、競争は激しいのかもしれない。

 開催地は観光地。コースは街のど真ん中。旅行のついでにちょっと足を伸ばして、間近で見てみることをお勧めしたい。

フォーミュラE スケジュール

第3戦:2018年1月13日 マラケシュ(モロッコ)
第4戦:2018年2月3日 サンティアゴ(チリ)
第5戦:2018年3月3日 メキシコシティ(メキシコ)
第6戦:2018年3月17日 サンパウロ(ブラジル)
第7戦:2018年4月14日 ローマ(イタリア)
第8戦:2018年4月28日 パリ(フランス)
第9戦:2018年5月19日 ベルリン(ドイツ)
第10戦:2018年6月10日 チューリッヒ(スイス)
第11戦:2018年7月14日 ニューヨーク(アメリカ)
第12戦:2018年7月15日 ニューヨーク(アメリカ)
第13戦:2018年7月28日未定
最終戦:2018年7月29日未定