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【インタビュー】メルセデス・ベンツが日本に初導入したEV「EQC」開発責任者のミヒャエル・ケルツ氏に聞く

新型SUV「EQC」と開発責任者のミヒャエル・ケルツ氏

 メルセデス・ベンツ日本は7月4日、EV(電気自動車)の新型SUV「EQC」を発表。同日に東京 六本木にあるブランド発信拠点「Mercedes me Tokyo」で記者発表会を開催した。

 発表会の模様は関連記事「メルセデス・ベンツ、SUVスタイルの新型EV『EQC』発表会」ですでに紹介しているが、会場では発表会終了後、EQCの開発責任者であるミヒャエル・ケルツ氏とのグループインタビューも行なわれた。本稿ではその内容を紹介する。

10月以降に順次納車がスタートする、日本におけるメルセデス・ベンツ初のEV(電気自動車)「EQC」

グループインタビューに対応したEQCの開発責任者 ミヒャエル・ケルツ氏。1987年5月からメルセデス・ベンツAG テストエンジニア担当となり、1997年12月からはダイムラー・クライスラーAG Cクラスコックピット担当 アシスタントマネージャーに就任。2014年7月からダイムラーAG 全モデル開発 ディレクター Eクラス/CLS/GLC/EQC開発責任者を務めている

――EQCはSUVのボディタイプになると思いますが、この新しいピュアEVのボディにSUVを選んだのはどのような理由からでしょうか。

ミヒャエル・ケルツ氏:SUVは現在世界で最も成長しているセグメントで、SUVを選ぶことで多くのお客さまを満足させることができる需要のスイートスポットだからです。もう1つの理由はお客さまの利便性を高めることができるということです。とくに市街地で利用される場面では、全長が短めで高さがあるSUVのボディが好まれていると思います。

――SUVのEVでは、ジャガーの「I-PACE」やテスラの「モデル X」などもあります。これらのライバルに対して「これぞメルセデスのEV」といった差別化のポイントはありますか?

ケルツ氏:競合モデルとの差別化ですが、それは「クラシックなメルセデス」「ウェルカムな感覚」を提供するところです。それぞれのメーカーで固有のアイデアがあると思いますが、EQCについては「明確なメルセデス感覚」を打ち出しています。具体的には静粛性や乗り心地のよさ、バリューのある価値を提供するといった部分になります。最大の差別化は洗練された“メルセデススタイル”で、エクステリアにおいても、インテリアにおいても洗練されたスタイルが最大限に表現されています。

――走行性能ですが、競合他メーカーではEVとエンジン搭載車で異なるテイストを演出していたりします。EQCについてはいかがでしょうか。エンジン搭載車の「GLC」などと比較して、共通したものを目指しているのか、もしくはEVとして独自の魅力を提供したいのでしょうか?

ケルツ氏:EQCでも典型的なメルセデス・ベンツのドライビングフィーリングを実現しています。メルセデスではサスペンションやステアリング、静粛性といった部分で差別化を図ってきましたが、これらはドライブトレーンが変わったからといって変更させるようなところではありません。EVでも内燃機関でも、同じ標準が適用されることになります。その結果、EQCに乗った場合でもメルセデス・ベンツ特有の“ウェルカムホーム”の感覚を得ることができます。それに加えて、快適性については最大化を図りたいと考え、それとともに、「SLC」などのようなスポーティな感覚を味わいたいという人に、EQCは適したモデルと言えるかもしれません。

「EQCでもメルセデス・ベンツ特有の“ウェルカムホーム”の感覚を得ることができる」と語るケルツ氏

――EV開発では、エンジン搭載車と比べて難しいところはどのような点でしょうか。例えば重量や静粛性、外気温などの面でEV開発ならではの難しさはあるのでしょうか。

ケルツ氏:EQCは4輪駆動となっており、モーターはアクセル操作に対する反応が非常に速いので、ホイールに対するダイナミクスの対応が必要で、トルクレギュレーションシステムでトルクをいかに制御するかが重要になりました。そのため「マイクロトルクマネージメント」を採用しています。EVのモータートルクはブレーキよりも速く反応するので、それをどのように制御するかのが大きな課題でした。トルクマネージメントという面だけを見ると、伝統的なESP(横滑り防止装置)よりもかなり迅速に作動するものになっています。

――発表会で「2つのモーターが異なる働きをする」と紹介されましたが、モーターは異なるものになるのでしょうか、もしくは制御で使い分けているのでしょうか。

ケルツ氏:2つのモーターは、ハウジングなども含めて基本的に同じものです。異なるのは「作動するワーキングポイント」で、回転数が違います。フロント側のモーターが動くのは比較的負荷少なく、ひたすら前進し続けるようなあまりパワーを必要としないシーンです。より高速で走るようなパワーが求められるシーンでリア側のモーターも動き始めます。どうして2つのモーターを使い分けているのかといえば、まず、なるべく航続距離を伸ばしたいという理由。なるべくフロントのモーターを使い、必要とあれば2つ目に切り替えることが可能なシステムを構築しています。つまり、フロントモーターで効率を追求し、リアモーターではパワーを追求するということです。モーターが1つしかなければこのような使い分けはできません。選択肢を持たせるため2つのモーターを使っているのです。

――競合他社では独自の充電システムを用意しているケースもありますが、御社ではいかがでしょうか。

ケルツ氏:メルセデス・ベンツでは他社と協調して充電システムを構築しています。欧州では「IONITY(イオニティ)」という会社で、そこで一緒にチャージングステーションなどを作っています。将来的にEVが広く普及していくことを考えると、グループやメーカーなどが個々にチャージングステーションを作っていくことは、スペースが無用に必要となり、異なるものが並んだりして理に適わないと思います。その理由から、標準化という方向で進めています。

――競合メーカーではV2H(Vehicle to Home)などによって電気を有効活用する取り組みを行なっているところもあります。EQCはV2Hに対応するのでしょうか。

ケルツ氏:検討はしましたが、今回のEQCでV2Hのアイデアは導入していません。EQCは1つの国で行なうビジネスではなく、世界を見渡すとインフラが未整備な地域もあります。また、エネルギーサプライヤーとの関係もあり、国によっては提供できない国もあります。おそらく日本はこの点で少し特殊なケースなのかもしれません。

EQCはチャデモ方式の急速充電と6kW(30A)対応の普通充電の2種類を利用可能

――バッテリーにシリンダー型ではなくパウチ型を採用した理由は? また、バッテリーの耐用年数はどれぐらいですか?

ケルツ氏:パウチ型にした理由はエネルギー密度の観点からです。バッテリーをどれぐらい使い続けることができるかは使い方にも大きく左右されるのですが、保証期間としては8年間、または走行16万kmと設定しています。EQCでは充電について設定変更が可能で、例えば常に100%のフル充電を行なうとバッテリーの寿命は短くなってしまいます。これを90%、80%と充電の上限を制限することで、バッテリーの寿命を伸ばすことも可能です。あまり長距離ドライブせず、市街地で日常的に走るだけでしたら80%ぐらいまでの充電レベルがお薦めです。ただし、バッテリーの保証は100%充電で使い続けた前提での数字になります。

――EQCにしてもライバルとなるSUVのEVにしても車両重量が2tを超えています。とくに出力の大きなバッテリーを搭載するEVはそれだけバッテリーも重くなり、エフィシェントな(効率のいい)クルマではないように感じます。この点についていかがでしょうか。

ケルツ氏:それには2つの側面があるかと思います。一般的に考えればEVは重いと言えるでしょう。ただ、EVは必ず回生発電するシステムを備えているので、重さで使った分のエネルギーを回収できる部分があります。もう1つ、重さの原因になるバッテリーシステムですが、とくに側面からの衝撃に対して高い保護性能を備えています。そうした衝突保護性能といった面も視野に入れてインテグレートされたシステムとなっているのです。また、乗り心地という面では重い方が快適に過ごせる側面もあります。

ケルツ氏はアクションを交えながらEQCについて解説

――インテリアで「これまでに使ったことのない新しい素材を用いている」との説明がありましたが、具体的にはどんな材料をどの部分に使って、それによってどのような効果を得られているのでしょうか。

ケルツ氏:新しい部分は3点あります。まずはドアパネルの上の方に「マイクロクラウド」という、タッチの柔らかい素材を使っています。それとインパネに「スペースラックス」という、メタリック素材のような効果を持つ特殊な素材があります。また、メーターをぐるりと1周するような部分があって、それは1つのパーツで構成されています。これらが新たに用いられた素材です。

――メルセデス・ベンツではEVのフォーミュラ―カーレース「フォーミュラ E」の参戦を控えています。レースマシンのEVと市販車のEQCで関連する部分などはあるのでしょうか。

ケルツ氏:今後、市販車のEVとフォーミュラ Eのつながりが強くなっていくことはあると思います。今回のEQCについてはまだ開発段階だったので、関連付けのようなものはなかったですが、将来に向けてはコネクションを図っていくことができると思います。

ドアパネルの「マイクロクラウド」、インパネの「スペースラックス」など、内装材でも新しい素材を使って先進性をアピールしている