ニュース
デンソー、東日本大震災から10年の節目に「V2H」など“防災×テクノロジー”を紹介するWebセミナー開催
タブレットを地域コミュニケーションに活用する「ライフビジョン」の事例も
2021年3月4日 12:55
- 2021年3月3日 開催
デンソーは3月3日、日々の研究結果などを紹介するWebセミナー「DENSO Tech Links Tokyo #10 地域と社会の防災をテクノロジーで支える~デンソーの挑戦~」を開催した。
東日本大震災の発生からまもなく10年が経過する節目となることを受け、今回のセミナーでは「地域と社会の防災をテクノロジーで支える」をテーマに設定。地震だけでなく、台風による豪雨や強風といった自然災害に見舞われることの多い日本において、安心・安全な社会作りに向けてデンソーが取り組んでいる“防災×テクノロジー”の技術開発について説明が行なわれた。
Webセミナーでは最初に、「地域の非常時と平常時の安心・安全を実現にむけた取り組み」のタイトルで、デンソー 自動車&ライフソリューション部 住設&エネマネ事業室 室長 平井靖丈氏がデンソーの取り組みについて解説。
平井氏はデンソーが地域の安心・安全に取り組む理由について、デンソーでは事業活動として自動車部品などの開発・生産を行なっていることに加え、会社としての使命を「世界と未来をみつめ、新しい価値の創造を通じて“人々の幸福に貢献する”」と位置付けていると紹介。現状では「交通事故のない世界の実現」に向け、クルマで使われている自動車部品を通じてドライブ中の安心・安全をサポート。さらに今後については「家・店舗・街」といったシチュエーションに寄らず、クルマから出たあとも安心して暮らせる世界の実現を取り組みの拡充を行なっているという。
具体的な取り組みとして、「防災・行政配信システムを活用した安心・安全ソリューション」「EV/PHVとV2H充放電器を活用したレジリエンス強化」「UAVを活用した橋梁点検サービス」の3点を紹介。
「防災・行政配信システムを活用した安心・安全ソリューション」では、デンソーが「ライフビジョン」の名称で全国40以上の自治体に提供しているアプリを活用した情報サービスを展開。平常時は地域の情報やニュースなどをスマートフォンやタブレットの画面に表示。災害発生時には自治体が用意する避難情報などを高齢者などでも分かりやすいよう配信する。これにより、ITリテラシーの有無という垣根を越えて必要な情報を入手してもらえるサービスとなっている。
「EV/PHVとV2H充放電器を活用したレジリエンス強化」では、EV(電気自動車)に搭載したバッテリーを車両の走行だけでなく、家庭やオフィスなどの電力需要に使用するデンソー製の「V2H(Vehicle to Home)-充放電器」を紹介。デンソーのV2H-充放電器は、一般的な充電器(3kW)と比較して2倍近い最大5.9kWの出力でEVやPHV(プラグインハイブリッドカー)に充電できるほか、一般的な蓄電池(2kW)の3倍近い最大5.9kWの出力でEVやPHVの走行用バッテリーに蓄えた電気を放電可能。これに加えて充放電管理も緻密に行ない、タイマー設定を使って電力需要のピークカットを行なったり、日中に太陽光発電で余剰になった電力を夜間に利用するといった活用ができるという。
V2Hによるレジリエンス強化の具体例では、「蓄電池として活用」「移動手段として活用」の2つを挙げ、避難先でスマホの充電や施設の照明、冷暖房などに蓄電池として活用するほか、かつての大規模災害でクルマの燃料不足が注目されるようになり、復旧が早い電力で人の移動や物資の運搬に活用するという。
利用ケースのイメージでは、災害の被害を受けていない地域で充電したEV/PHVで被災地域に向かい、V2Hによって避難所などに電力供給するシミュレーションを紹介。デンソーでは本社施設にV2H機器を設置して、地域の防災ステーションとして活用する計画を立てているとのこと。
「UAVを活用した橋梁点検サービス」では、プロペラピッチと回転数を各自で独立制御して安定した飛行を実現する「定位性能」、風速10mでも安定飛行できる「耐候性能」、対象物と1.5mまで接近して撮影できるカメラを搭載した「近接性能」といった特徴を持つデンソー製のUAV(無人飛行体)を活用。安定した飛行でクリアな撮影が可能なUAVをただ販売するだけでなく、実際の運用までセットにしたソリューションとして提供している。
UAVで撮影した映像をディープラーニングを用いた損傷解析にかけ、損傷具合を分かりやすく色分け。また、高精度3Dモデル、高精度オルソによる損傷UIなど、国が進めている予防保全への対応も開発中とのこと。ソリューションとしての提供により、交通インフラの安心・安全に貢献している。
これらにより、「どこまでも安全に、いつまでも心地よく、すべての人へ」という目標に到達し、レジリエンス分野の拡充を目指すと平井氏は締めくくった。
全国40以上の自治体で導入されている「ライフビジョン」
続いてデンソー 自動車&ライフソリューション部 地域ITサービス事業室 室長 杉山幸一氏から、「地域ITサービスの取り組み」として、平井氏の紹介にも出たライフビジョンについて解説。ライフビジョンは災害情報、地域情報、広報といった「基本機能」、見守り、デマンド予約、買い物といった「地域サービス」など多彩な機能を用意しているが、今回は災害情報の面にフォーカスして説明された。
これまで地域情報を伝達する手段としては、防災無線や回覧板、定期発行される広報誌などが一般的だったが、ライフビジョンの災害情報は防災無線などに近いサービスになる。このほかにも多彩なサービスを提供可能なポータルサービスであるライフビジョンは、すでに40以上の国内自治体で活用されており、とくに高齢者でも使いやすいUI(ユーザーインターフェイス)をコンセプトとして開発されている。
デンソーでは実際の災害現場でしっかりと役に立つサービスを実現するため、これまでにも現場に足を運んで調査を実施しており、実例として2016年に発生した熊本地震での実態調査について紹介した。
熊本地震の発生直後には、住民から寄せられる被災連絡に対応するため職員が現場まで足を運び、結果として役所に誰もいない空白状態になることもあったという。また、独自に運用している防災無線やWebページなどのほか、テレビやラジオといった各種媒体に正確な情報を発信しきれなくなるケースが出たり、SNSなどでデマが流れたりといった情報の錯綜が起きてしまった。このほか、高齢者や障害者、外国人などに情報が届きにくいことも問題として挙げられている。これについて杉山氏は「情報発信者である自治体がパニックになっている」ことが理由だと分析した。
これを受けてデンソーでは、地震発生の3週間後から市役所にある災害対策本部と避難所に20台のライブビジョンを設置。災害支援と開発を兼ねたものだったが、文字や画像を使った情報発信、テレビ通話機能による情報共有などが現場で好評を得たという。
こうした実体験などを背景に、デンソーでは「住民に正しい情報を伝える」「自治体職員の支援」の2点が重要になると考え、情報発信では「公式情報を時系列で見られる」「文字や写真を使って聞き逃しや間違いを防止」「情報弱者の方にも伝えられる」「避難行動へ誘導する」、職員支援では「公式情報の発信で問い合わせを減らせる」「1回の入力で複数の媒体に情報発信できる」「気象情報などの緊急情報は自動入力できる」「現場に行かなくても情報収集できる」といった観点を整理した。
具体的な対策としては、発信した情報をアプリによって日本語以外に変換する「多言語対応」、聴覚障害者の人でも新情報の着信を分かりやすくする「点滅表示機能」などを設定。また、正常性バイアスに対応するため、避難勧告などが出た場合には画面表示を通常時と切り替え、“逃げどき”をアピールする機能も与えている。
自治体職員の支援では、サービスで用意している「ライフビジョンCMS」で情報の一元管理を実現。入力した情報をライフビジョンのアプリだけではなく、防災無線や防災メール、Webページ、Twitterなどに一括配信して、複数ある媒体のいずれかから住民が情報を得られるようにした。
現場情報の収集の面でも、職員だけでなく消防団員、行政区長などが災害対策本部に情報を届けられる環境を用意。情報が滞ることなく効率的に住民に届けられる仕組みが整備されている。さらに今後も取り組みを続けていく中でアップデートを続けていきたいと杉山氏は語った。
“防災×テクノロジー”についてクロストーク
両氏による解説に続き、モデレーターとしてデンソー 自動車&ライフソリューション部 地域ITサービス事業室 井上明氏も参加した3人でクロストークが行なわれた。
――デンソーという自動車部品の会社がなぜこういった事業に取り組んでいるのか、その意義についてもう少し詳しく教えてください。
平井氏:会社の使命ということで、「すべての人に安心・安全を」というところで、まずはクルマの運転における安全を考えています。しかし、企業体として考えた場合、災害が起きたときに、起きたあとの復旧が進まないとクルマは売れません。そうなればクルマの部品も売れず、企業体として営利目的でもやらざるを得ません。ただし、われわれはそういったところよりも、「すべての人に安心・安全を」といったところを大事にしています。
また、事業体として、ほかの事業にも好影響を与えると思っています。これまで、クルマの部品を生業としているときには、BtoB、いわゆるカーメーカーさんがユーザーさまのニーズや困りごとをリサーチしてクルマに反映する。それを私たちはクルマの部品で実現していくといった立ち位置でした。これからは移り変わりの早い世の中で、ユーザーさまの声を直接聞く姿勢は、こうしたレジリエンス活動だけではなく、私たちの本業であるクルマの部品開発、設計、そういったものに好影響を及ぼすものじゃないかと考えています。
――このあいだも福島沖で地震がありました。日本に本社を構える日本の会社としては災害の特徴を捉えて対応していく必要があると思います。日本での防災に限った場合に、特徴と言えるようなところはありますか?
平井氏:日本は10年に1度、50年に1度と言われるような災害が、最近は毎年のように起きています。台風は毎年来る、地震は頻発している。そんな国や地域というのはかなり限られると思います。その上で日本には四季があって、寒いときもあれば暑いときもある。そこで災害のパターンも多岐にわたっていて、そんな日本でレジリエンス活動に取り組んである程度完結されれば、それは世界的に見ても“超フルスペック”だと。それをほかの地域などに持ち込むとき、「この地域、この文化ならこういった活動ができるんじゃないか」といった切り出しで、世界中の人たちの安心・安全につなげていくことができるんじゃないかと考えています。まだ勝手な妄想のようなところもありますけどね。
――平井さんが大きなところを語ってくれましたが、実際に現場に行って聞き取りをしてといった活動をしている杉山さんの思うところはどんなものでしょうか。
杉山氏:阪神大震災、東日本大震災とあって、先ほどもお話しした熊本地震など、大きな災害や大雨などいろいろな災害をこれまで経験してきました。私たちはいろいろな経験をするたびに、次はどうすればいいのかという情報が蓄積されているんじゃないかと思います。今日のテーマであるレジリエンスといったところでも、対応力というところで、技術では災害を防げないですが、そのときにどう対応していくか、そこが必要だと思います。
私が取り組んでいるのは、情報というものをキーワードにいろいろな技術をつなげていくところです。先ほどと同じ熊本地震の資料で、調査をいろいろさせていただいたわけですが、熊本地震では前振と本震の2回でかなり大きな災害になったわけですが、東日本大震災の当時は(携帯電話の回線が)3Gで回線自体がかなり弱かったことと、津波の災害で情報が遮断されました。それが熊本地震では携帯の回線がある程度生きていたことと、すでにLTEになっていたことで、一部はかなり破壊されてしまったものの、かなり利用できた地域があったのが特徴でした。
そこで調べたことですが、熊本地震の地域でGoogle検索で何を調べたのかというキーワードで、グレーのグラフが2014年7月から毎月の検索数です。赤くなっている2016年4月は地震直後で、「熊本市」「避難所」「風呂」「シャワー」といったキーワードが突出して増えています。これはネットワークが生きていたからこそ、必要とした情報を検索できたということです。それが関連キーワードが多く検索されたという記録として残りました。
さらに経過時間とともにニーズが変化していることも記録されており、検索キーワードで、地震直後は「水」「避難所」「風呂」「ガス」などが特徴的ですが、これが約1か月経つと「罹災証明」という言葉が2位になっています。つまり、すでに1か月経過すると復興に向けた準備が進んでいたことが分かります。このように時間経過で分析するといろいろなことが実態として分かってくるのです。
また、約6か月経過したあとに約400人の被災者にアンケートした結果では、「支援物資の情報がほしかった」「避難所の情報がもっと必要だった」「どこが通行できるかといった交通情報がほしかった」といった回答がありました。こういった結果の1つひとつが次の災害に向けたヒントになるんじゃないかと分かってきました。
同じ400人に自由記述のアンケートをやってもらって、その言葉を「テキストマイニング」したものでもいろいろと分析できます。そこから4つの感情が見えてきました。地震に対する恐怖や不安、この先の生活に対する思いなどです。また、自分がいかに災害に備えていなかったのかという反省、災害時には近所付き合いが大事だといった認識も出てきました。さらに物資の支援などに加え、情報不足などに対しての要望・不満などがある一方、自治体やボランティアの人、さまざまな支援に対する感謝。こういった感情が見えてきました。
これらのアプリを開発している立場で言うと、UIを語るうえで被災者の感情を織り込んでアプリを開発するにあたり、手にした情報を分析して、どういったサービスにしていくかを考えられるようになっているんじゃないかというところです。
最後には質疑応答も行なわれ、「V2Hは個人需要と法人需要のどちらが先に普及すると考えていますか?」という質問に対し、平井氏は「地方自治体などを含めて法人需要の方が先に走っていくかなと思います。個人需要はまずEVやPHVといった充放電できるクルマの普及速度に比例して上がっていく形になるのかなと考えています」と回答。
また、防災アプリは他社でも製品化したものが多数存在しているが、ライフビジョンはどんな長所があるのかを問われ、杉山氏は「ほかのアプリともよく比較されますが、まず、ライフビジョンは防災アプリではないのです。例えばYahoo!の防災アプリは広域情報が中心です。しかし、ライフビジョンで流れてくる情報は、例えば『避難所で2時から物資が配られます』『罹災証明の発行を○時から行ないます』といったピンポイントでそこに住む人に必要な情報だったり、消防団に所属している人だけに届く情報があったり、そういった点はほかのアプリではできないので、かなり自治体に密着したサービスができるアプリになっています」。
「それから、防災だけではなく、いろいろなサービスとつなげることもできます。また、高齢者でもめちゃめちゃ使いやすいというところは自信を持って言えるところです。触っていただければ分かりますが、ボタンを1回操作したら情報にたどり着けます」と答えている。
このほか、ライフビジョンは2014年にサービスをスタートさせて直近で44の自治体に導入されており、2022年には50以上になっていく見込み。実績を積み重ねることで徐々に拡大していることも紹介された。