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デンソーの技術セミナー「DENSO Tech Links Tokyo」レポート。自動運転の進化を支える最新のAI研究開発を紹介
2020年6月16日 08:21
- 2020年6月9日 実施
「人のために考え、人を支えるAI(人工知能)」を目指し、研究開発を行なっているデンソーが、毎回テーマを絞り「DENSO Tech Links Tokyo」と題して日々の研究結果などを紹介するイベントを2019年2月から不定期で開催。6月9日には新型コロナウイルス感染拡大の影響により初のオンライン開催となった「DENSO Tech Links Tokyo #7~人とAI/人間特性から考える自動運転~」が行なわれた。
このオンラインイベントにはデンソーの先進モビリティシステム事業開発部 Vシステム開発室 室長の伊能寛氏、先進技術研究所 AI研究部 AI応用研究室 室長の伊藤直紀氏の2名が登壇し、新しいモビリティ社会の実現に向け、人の特性を考慮した自動運転技術の開発やAI研究について説明を行なった。
人を理解した自動運転
まずVシステム開発室の伊能室長は、「今から10年くらいかけて、地球に優しく、すべての人が安心と幸せを感じられるような、新しいモビリティ社会の実現に向けて価値を創出し続けるために、環境の技術と安心の技術の2つを考えながら未来の扉を開けていきたい」と、デンソーの2030年に向けた長期方針を紹介。続いて「サーマルシステム」「モビリティシステム」「パワトレインシステム」「エレクトリフィケーションシステム」「電子システム」とデンソーの5つの製品事業を紹介。また、世の中のほとんどの自動車にデンソー製品が使われていて、実は身近な存在でもあると解説。また、今後は「電動化」「コネクテッド」「先進安全/自動運転」「非車載事業(FA/農業)」の4つの分野に注力していくことも紹介した。
続いてビデオを見ながら「先進安全/自動運転」事業に関しての解説が始まった。デンソーは部品メーカーではあるが、実際にテスト車両を開発し、レベル4の自動運転の実証試験を行なっている。そして、そのためには多くのセンサーが必要になり、複数の組み合わせを考えながら少しずつ進めていて、対向車がいる交差点での右折や信号のない交差点、一般道で前車がガソリンスタンドやコンビニに入るシチュエーションなどは、非常に難しいセンシング技術や処理が必要になるという。また、車載センサーだけでなく通信機器も連動させ、クルマと道路が通信する「路車間通信」やクルマ同士が通信する「車車間通信」といったインフラ協調も開発しているという。
映像を見ると技術的にはかなりの部分を自動で動かせることが分かる。自動運転技術には「認識」「予測」「判断」「操作」といったポイントがあり、ただ走らせるのではなく、安心で快適な自動運転を実現するにはまだまだ課題があり、それを実現しなければ商品性も出てこない。「人間は運転しているとき、何を感じて運転しているのか?」これを解明して、しっかりとエンジニアリングに落とし込んで、システムを鍛え上げていくことが次世代への大きな課題だという。
その解決策の1つとして、単純な機械学習や従来の最適化手法だけではなく、人間特性そのものの理解がある。人は運転しているとき、実は歩道橋などを直接知覚しているのではなく、景色そのものを理解して運転している。こういった物の流れで自分がどのくらいの速度を出しているとかが分かる。旋回状態もこの物の流れの歪み方で理解している。この人間が感じているビジョンの情報を「どうにかして自動化システムに入れられないか?」という取り組みは、1940年代にアメリカ空軍が行なっていて、戦闘機の着陸の精度を高めるために人間特性の解析を行ない、その特性を操作系が向上するようなファクターに落とし込めないかと研究していたという。
続いて「接近制御」についての解説。前車との距離などに応じて制御する機能だが、人が接近を知覚する仕組みは、目の網膜像に映る物の大きさと、物の広がり方そのものを見て「あと何秒くらいで対象がぶつかってくるか」を理解する。そのため、システムでも接近を制御しているのは距離でも速度でもなく、内的な接触時間という。
さらに目以外の部分だと「運動知覚」つまりG(重力)のコントロールがある。「人間が気持ちよくコントロールしているGの感覚とはどんなものなのか?」ここではタイヤの摩擦円を例に説明が行なわれた。
図の半球体はタイヤのグリップ力を表していて、前後左右に大きなGがかかり中のボールが半球体から外に飛び出すと、タイヤはグリップ力を失っていることになる。これまでは図の上のように、ボールが上のほう(限界値)まで来たら無理矢理戻していたが、今は限界領域まで行かないように効率的にコントロールを行なっている。さらにボールが小さく円を描くようになるほど、人の運転に近づくという。このようにして人間の感覚をエンジニアリングに落とし込んでいるのだ。
「デンソーは自動運転システムそのものを売る企業ではなく、売るのはあくまで生産のコンポーネント。とはいえ、先進技術を鍛え上げるためには、限界領域での自動運転や、人間に親和性のある運転を自主的にしっかり進めて、現場で汗をかきながら研究することで、安全・安心なモビリティシステムを実現できると思う」と伊能氏は締めくくった。
自動運転に向けたAI R&D(Research&Development=研究開発)
続いてAI応用研究室 伊藤室長が登壇し、自動運転のレベルについて解説した。レベル1は基本的にドライバーが主体で運転して、機械がサポートする。レベル2は自動車がステアリングと加減速操作の両方を制御するが、ドライバーが運転席に座っていつでもクルマを操作できる。レベル3になると機械が運転できないような場合に人間が運転するシステム。レベル4はドライバーがいない完全な自動運転。無人で街中を巡回するような小型のモビリティなどが該当する。また、自動運転の定義からは外れるが自動駐車(バレーパーキング)も必要な技術になってくると言われている。
現在はレベル1~2で、衝突回避ブレーキ、アダクティブクルーズコントロール、高速道路におけるレーンキープアシストといった予防安全機能が普及期に入っている。今後は一般道でのレベル2~3、限定区間を走るサービスカー向けのレベル4の技術開発が必要になってくると考えられていて、現在はレベル3~4の実現に向けた研究が伊藤氏たちのミッションだという。
自動運転技術の研究で難しいところは、トンネル出口の逆光や豪雨や濃霧といった悪天候でのセンシングが挙げられる。たとえうまくセンシングできても、場合によっては普段は交通参加者(車両・自転車・人)ではないもの(動物、パイロン、段ボールなど)が道路上に出てきたときに、どうやって検出するのか? または、昨日通れた道が今日は工事中で回り道をしなければならないなど、いろいろな難しいシーンが考えられる。人間はこういったことをうまく感知して的確な判断で運転しているが、これを完全に自動車にやらせようとすると難しい。実際としては自動運転レベル1、2、3、4と順々に進化させていき、運転支援も高速道路のような簡単なところから、一般道へと普及していくと思われる。R&Dの視点で見ると、課題がまだまだたくさんあり、AIの技術を自動車に適応していくことに日々取り組んでいる。
機械の進化を測れるのが「ILSVRC(The ImageNet Large Scale Visual Recognition Challenge)」という、2010年から行なわれている画像認識の速さや精度を競う大会だ。2012年にディープラーニング(人工知能技術)が採用され、認識エラー率が約10%も改善するなど機械の認識力が大きく進化した。さらに年々止まることなく進化し続けていて、2015年にはついに人を超える画像認識性能にたどり着いている。伊藤氏はこのディープラーニングを自動運転における、対象物の認知、軌道予測、行動計画、軌道計画などに利用しようと研究を進めている。
AIを自動車へ適応させるためには「アルゴリズム」が重要となり、このアルゴリズムをより高性能にしていくには大量の「データ」が必要になる。そしてデータが大量になると学習時間が長くなるので、それを短くできる高性能な「計算機」が必要となる。このアルゴリズム、データ、計算機といったカテゴリーは世の中で活発に研究開発が行なわれている分野で、デンソーはこの分野に関しては論文発表などを見て、車両システムに利用できそうなものがあれば、スピーディに適用させることを考えている。もちろん性能のよいアルゴリズムのものがあったとしても、クルマに適用させてみたら、うまく動かず改良が必要となるような場合もある。
また、アルゴリズム、データ、計算機の3つの技術だけではクルマにAIを適用させるには足りず、他に「半導体」の組み込みの技術、AIの「品質」をどのように保証していくのかも大事で、総合的にこれらの要素技術に取り組むことが重要になると伊藤氏は語る。
アルゴリズムの研究内容としては、カメラや光技術を活用したセンサー「LiDAR(Light Detection and Ranging=ライダー)」から得られた3D情報などを活用した物体の検出、さらにそのデータのトラッキング(移動の軌跡を辿る)による認知がある。特徴としてはフレームごとに切り取っている情報の一部が欠落しても、過去の情報から推測して補完できるという点。この技術に関しては2019年に「インテリジェント ビークル」として学会で発表している。この過去データを用いて軌道が見えてくるようになると、今度は未来の軌道を予測したくなると言い、歩行者の軌道予測などにも取り組んでいると説明した。
半導体の研究では、ディープラーニングを使ったネットワークのアルゴリズムをクルマの車載コンピュータに実装しようとすると、コストが高額になる、消費電力が増える、演算時間も長くなるといった問題があるという。そこで、DNN(Deep Neural Network)アクセラレータという回路を開発。これは、いくつかの小さなCPUを並べて、接続を切り替えながらいろいろなネットワークに対応しつつ、省電力で演算速度を早く処理するような回路で、東芝と共同開発して東芝のSoC(System-on-a-Chip=集積回路)に実装したのちにデンソーのADASシステムを開発中という。
続いてデータに対する取り組み例として、AIの学習にはいろいろなデータが必要となるため、自由視点画像生成という技術を使い、エッジケースを含むようなさまざまなデータを効率よく取ることに取り組んでいる。例えばデータ収集車の屋根に18台のカメラを搭載し、少し右からだったり、少し左からだったりと自由視点画像データを収集。すべての映像をしっかり同期させたり、大量のデータを保存したりと技術的に難しいものになるため、バージニア大学と共同研究している。
計算機に対する取り組みでは、特長抽出したあとに機械学習を行なうという機械学習のアルゴリズムを学習させるときの処理は、1台の計算機だと時間がかかるので、複数のコンピュータを使いながら学習することで効率化。機械学習の部分は効率よく並列化ができないので、巨大な情報を小さく分割して負荷を分散させて効率をあげている。
品質については、AIは学習することによってアルゴリズムを得られるので、それをどのように車載で保証するのか方針を考え、方針を成り立たせるようにソフトウェアの開発プロセスに落とし込んでいく必要があるという。また、可視化や説明可能なAIなども取り入れることで商品として成り立つのではないかと取り組んでいるところだとした。
伊藤氏は最後に研究リソースを紹介。AI研究部では自分たちで研究用データを収集する用に、LiDARやカメラ、各センサーを搭載した実験車両を所持していて、収集したデータは内製ツールによって学習データを作成している。データが集まってきたら学習用計算サーバに入れ、新たにできたアルゴリズムを再度実験車両に移してデータ収集を行なうといった、一連のサイクルを単独で動かせる設備が整っていると説明した。
「DENSO Tech Links Tokyo」の第8回の開催はまだ未定だが、自動運転など先進テクノロジーに興味がある人は、参加してみてはいかがだろう。なお、事前応募制で応募多数のときは抽選となる。