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ルーキーレーシング、トヨタ生産方式をモータースポーツへ 豊田章男オーナー代行山中繁氏に聞く
2021年4月5日 00:00
2021年シーズンの注目チーム ルーキーレーシング
2020年からSUPER GTやスーパーフォーミュラ選手権に「ルーキーレーシング」(ルーキーレーシング)という一風変わった名前の「謎のレーシングチーム」が参戦を開始した。当初は「謎のレーシングチーム」だったルーキーレーシングだが、徐々に詳細が公開され、チームオーナーはなんとモリゾウ選手ことトヨタ自動車社長 豊田章男氏であることが明らかになった。
もちろん、トヨタのモータースポーツ活動としてはTGR(Toyota Gazoo Racing)がワークスチームとして、WEC(世界耐久選手権)や、WRC(世界ラリー選手権)に参戦している。このルーキーレーシングはトヨタ自動車の子会社ではなく、あくまで豊田章男というチームオーナーが運営するプライベートチームになっているという。
トヨタのワークスチームはあるのに、なぜルーキーレーシングが必要なのか、その辺りの事情について2021年から豊田章男チームオーナーに代わる、オーナー代行 兼 副工場長という立場でチームを牽引している山中繁氏に話を聞いた。
豊田オーナーのチームではあるが、トヨタワークスではないルーキーレーシング
ルーキーレーシングとは何かと問われれば、その名のとおりレーシングチームになる。レーシングチームといえば、古くはメンテナンスガレージが発展したり、往年のドライバーが独立したりして発足したチームというのが一般的だ。それに比べルーキーレーシングは一風変わった成り立ちをしている。
というのも、このチームを実質的に作り、2020年5月に株式会社にして会社組織にしたのがファウンダー(創始者)兼オーナーとなるモリゾウ選手こと、豊田章男氏であるからだ。
本誌の読者には説明するまでもないが、「モリゾウ(MORIZO)」のレーシングネーム(レース時の愛称)で活動している豊田章男氏は、日本を代表する企業であるトヨタ自動車の社長であり、2020年3月末時点で7万4132名、連結子会社も入れると35万9542名という世界に冠たる大自動車メーカーのトップであり、約550万名が働く自動車業界を代表する日本自動車工業会の会長でもある。
豊田氏は走りに徹底的にこだわるトップとして知られており、自分でステアリングを握って自社の製品をチェックしたり、モリゾウのレーシングネームでレースに参戦したりしている。自動車メーカーのトップとしては、世界的にもユニークな存在だといってよい。
では、ルーキーレーシングはそのトヨタ自動車の子会社や関連会社なのかといえば、ルーキーレーシング オーナー代行 兼 副工場長で、チームの管理運営を担当している山中繁氏によれば「あくまで豊田章男個人が所有するレーシングチーム」とのことで、直接の関係はないという。
いってみれば、トップが同じなので兄弟会社という扱いだろうか。もちろんトヨタ自動車は連結子会社まで入れると社員数十万人の超のつく大企業であり、従業員数30名程度のレーシングチームとは規模の点では比較にならないのだが……。
そうしたルーキーレーシングが昨年5月の法人化を経て、2021年シーズンから活動を本格化している。2021年シーズンは「SUPER GT」「全日本スーパーフォーミュラ選手権」「スーパー耐久シリーズ」「TOYOTA GAZOO Racing Rally Challenge 2021」の4つのシリーズに参戦することをすでに発表している。
豊田章男オーナーのもと、ルーキーレーシングが14号車 ENEOS X PRIME GR Supra(大嶋和也/山下健太)でSUPER GT参戦
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1310464.html
山中氏によれば「ルーキーレーシングというチーム名でスーパー耐久に参戦してから今年で3年目になる。昨年はスーパーフォーミュラやSUPER GTにも参戦していたが、多くの活動を外部に委託していた。今年はルーキーレーシングとしててチーム運営も含めてスーパーフォーミュラやSUPER GTにも参戦する」と述べ、自社で体制を整えてスーパーフォーミュラやSUPER GTに参戦する。
チームオーナーが豊田章男氏ということもあってルーキーレーシングをトヨタ自動車のワークスチームとみる向きもある。しかし、山中氏によれば「ワークスチームではない。あくまでプライベートチームで、豊田章男のモータースポーツへの思いを実現するチームがルーキーレーシングだ」。TOM'SやセルモといったほかのSUPER GTやスーパーフォーミュラに参戦するチームと同じプライベートチームだというのがルーキーレーシングだと説明した。
トヨタ野球部の日本一監督からタイトヨタの工場長に、そしてモリゾウ選手に請われてモータースポーツ界へ転身
トヨタ自身としてはTGR(Toyota Gazoo Racing)という組織でモータースポーツのワークス活動を行なっている。WEC(世界耐久選手権)やWRC(世界ラリー選手権)への参戦が例となるが、そのトヨタの社長である豊田章男氏が「プライベートチーム」を作ってモータースポーツに参戦する意味はどこにあるのだろうか?
そのヒントはオーナー代行である山中氏自身の経歴にある。実は山中氏、モータースポーツ界ではまだキャリアが始まったばかりだが“スポーツ”という観点で言えば、数十年のキャリアがある。
元々山中氏は同志社大学を卒業後、トヨタ自動車の硬式野球部(いわゆる社会人野球)に所属する形でトヨタ自動車に入社。その後コーチ、次いで監督と指導者に転向し、2007年~2008年と社会人野球日本選手権大会で連覇を果たすなどの結果を残している。
その後、実業に転身し、トヨタが限定販売したレクサス LFAの立ち上げに関わり、限定500台の生産ラインの立ち上げの責任者として関わった。
レクサス、2シータースポーツ「LFA」を発表 世界500台限定。価格は3750万円程度
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/323207.html
その後、タイにある工場の工場長に赴任していたそうだが、「トヨタの中にGRカンパニーを作り、トヨタの社員が開発したスポーツカーをトヨタの工場で造り続けたい!」という社長の思いを実現するため急遽帰任した。LFAの開発のときに知り合った脇阪寿一選手や飯田章選手からのアドバイスもあり、欧州のスーパーカーメーカーを訪問したりして勉強した。そしてGRファクトリーという工場を立ち上げた」とのこと。GRファクトリーでは、現在GRヤリスなどのトヨタが自社生産するスポーツカーの製造を行なっているという。
このように、初めはスポーツで、そしてその後はGazoo Racingでトヨタのスポーツカー生産の立ち上げを担当してきたのが山中氏のキャリアになる。
目指すことはモータースポーツの地位向上、働き方改革、そしてトヨタ生産方式の導入
山中氏がルーキーレーシングで行なおうとしていることは、チームの活動を円滑にしていくということであり、それと同時に外部の視点でモータースポーツ業界に新たな変化をもたらすことだ。キーワードはモータースポーツ業界のポジション向上、働き方改革の導入、TPS(Toyota Production System、トヨタ生産方式)の導入による効率改善がある。
山中氏は「自分が関わっていた野球で言えば、プロ野球では年齢に関係なく数百万円から2億、3億まで報酬に開きがある。それだけ厳しい競争をしている。翻ってモータースポーツ界を見てみると、スーパーフォーミュラは確かにF1に近い速いクルマですごいレースをやっているけど、お客さまにたくさん来ていただいている訳ではないという現実もある。それではドライバーの地位も上がっていかないし、子供たちが将来夢見る職業にはなり得ない。そこで、例えばドライバーの報酬も年功序列ではなく、若手でも結果を残せば上がっていく、そういうシステムに我々のチームからでもやっていきたい」と述べ、プロドライバーの待遇改善や社会的地位の向上も課題の1つだと指摘した。
また、同時にドライバーだけでなくモータースポーツ業界で働く従業員の「働き方改革」も重要だと指摘した。「メカニックの仕事も子供達の憧れの職業となるような環境にしていきたい。労働時間を管理して、残業申請や振り替え休日などをきちんと取ってもらい、年間の稼働日は規定の日数内にするなどしている」と述べ、これまでなんとなく見過ごされてきた側面があるメカニックやチーム関係者の労働時間管理も厳格に行なっていくとした。近代的な労務管理を導入して、その上できちんとほかのチームと競争していくという考え方だということができるだろう。
また、働き方改革という観点では、チームのガレージの近代化も目指していくと山中氏は説明した。現在ルーキーレーシングは御殿場に仮のガレージを構えているが、将来的には富士スピードウェイの近隣に設置される計画のモータースポーツビレッジに移転することも考えているという。
山中氏は「このままではファンも減ってくるし、関係者の収入も減っていくことになり、じり貧になりかねない。そこで、中から変えていくことで、モータースポーツを魅力のある職業にしていきたい」と述べ、モータースポーツ産業全体の底上げをルーキーレーシングが「隗より始めよ」の言葉通りまずは自分達で始めて、ほかのチームもそれはいいとなれば後に続く、そうしたことがほかのプロスポーツと肩を並べる業界となり、関係するすべての方が幸せになる、と説明した。
そうした働き方改革の第一歩として、トヨタ自動車の生産に用いられ、今ではあらゆる業種の生産効率改善に応用されているTPS、いわゆるカイゼンの積み重ねによる効率改善の導入を、チームの運営に採り入れていると説明した。
「例えばトレーラーからの荷物の上げ下げ1つをとっても、積み方を工夫すれば4つ乗るところを3つだけ上げ下げして無駄に時間がかかったりしている。そういうちょっとの積み重ねが10秒、1分、1時間という効率の改善になっていく」(山中氏)とのとおり、モータースポーツ業界にTPSを持ち込むことで、働き方改革につなげたいということだ。
そしてTPSの考え方はレースのピット作業にも導入されていくという。具体的にはスーパーフォーミュラでのジャッキアップが、トヨタ陣営はホンダ陣営よりコンマ数秒時間がかかっていたという。そこで、ジャッキを改善してホンダのスピードを抜くものを作り上げた。さらに野球部時代のアナライザーが動画を利用した動作解析を行なって、タイヤ交換を行なうクルーの動きを解析。「今年から参加した新しいメカニックは、一般的に一人前になるまで数年かかると言われているが、半年で一人前になるようにするとオーナーに約束した」とのことだ。今後、ルーキーレーシングなどトヨタ系チームのジャッキアップには要注目だ。
\いよいよ今日は決勝戦/
— ROOKIE Racing (@ROOKIE_Racing_)April 3, 2021
天気が少し心配☁️ですが、
14時頃からの決勝に向けて、朝からメンバー全員で準備を進めています🔨💻
チームミーティングでは、あの謎の合言葉で心をひとつに✨#ROOKIERacing#SFormula#大嶋和也#ジャンボpic.twitter.com/T0pYTZAmZW
GT公式テストで2番手のタイムをマークした14号車 ENEOS X PRIME GR Supra
ルーキーレーシングは、2021年のSUPER GTに14号車 ENEOS X PRIME GR Supraで参戦する。ドライバーは大嶋和也選手、山下健太選手のコンビ。言うまでもなく2人は2019年にGT500のチャンピオンを獲得しているチャンピオンコンビとなる。ベテランの大嶋和也選手と、トヨタの若手ドライバーの中で速さではピカイチとされる山下健太選手の組み合わせは筆者が言うまでもなく強力な組み合わせとなる。
そうした2人が新チーム体制の中で、どのような結果が残せるかが気になるところではあるが、シーズン開幕前の最後の公式テスト(SUPER GT公式テスト富士)では、総合2位というタイムを残している。
SUPER GT 公式テスト富士、GT500はGR Supra勢が、GT300はGT-Rがトップタイム
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1314913.html
その意味では、十分期待できる戦闘力を備えていると考えられる。豊田オーナーの思いを乗せて走る14号車 ENEOS X PRIME GR Supraの戦いには要注目だ。