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デンソーが挑む「空の移動革命」とは? 第11回 DENSO Tech Links Tokyoレポート
2021年6月10日 06:30
- 2021年6月4日 開催
空飛ぶクルマが新たなモビリティ社会の象徴的な存在になる
デンソーが定期的に開催している「DENSO Tech Links Tokyo」の第11回目が6月4日に開催された。今回のテーマは5月24日に「アメリカのハネウェルと電動航空機用推進システム事業におけるアライアンス契約締結と共同事業としてまずは都市型エアモビリティ分野に注力を入れる」と発表したばかりの内容の核心となる「空飛ぶクルマ」について。
デンソーは、電動化と自動運転の技術を搭載した「空飛ぶクルマ」が加わることで、移動に革命が起こると提言。今回のDENSO Tech Links Tokyoでは、電動航空機のモーターやインバータの開発を通して実現する「空の移動革命」についての解説などが行なわれた。登壇したのは、エレクトリフィケーションシステム開発部 空モビ開発室の中田真吾氏、エレクトリフィケーション機器技術1部 開発室の木村光徳氏、エレクトリック機器技術部 開発2室の山田洋次氏の3人。
デンソー、米ハネウェルとのアライアンス強化 電動航空機用推進システムの共同事業スタート
https://car.watch.impress.co.jp/docs/news/1326676.html
まずは中田氏からデンソーが電動航空機に取り組む理由と、デンソーが定義する「空飛ぶクルマ」についての解説が行なわれた。ここ数年よく耳にする「自動車業界は100年に1度のパラダイムシフト(変革期)」と言うフレーズ。なぜ100年に1度なのかを説明するにあたり、中田氏は1900年の馬車が走るニューヨーク5番街の様子と、1907年にT型フォードが発売され、移動手段が馬車から自動車へと様変わりした同じく1913年のニューヨーク5番街の様子を当時の写真で比較しながら紹介。ここがまさに100年前の移動手段の変革期であり、そこから現在までの約100年間、自動車はその本質を維持したまま進化してきたと説明。
この内燃機関で走り、閉ざされた環境の中でドライバーが所有し、自らが運転するという本質はおよそ100年続いているが、地球環境の変化(温暖化・大気汚染・都市化)やテクノロジーの進化(情報化、知能化)、価値の多様性と消費行動の変化(所有からシェアへ)といった社会環境の変化によって、今大きく変わろうとしている。
これまで閉ざされていた運転席はインターネットで外部とつながり(Connected)、自ら運転していたのが自動運転になり(Autonomous)、所有しなくてもシェアできる環境が生まれ(Shared&Services)、内燃機関は電動(Electrification)と、この技術革新(CASE)と社会環境の変化により、100年前のT型フォード以来の革命期を迎えているという。
さらに、自動車だけでなく地上全体の交通をみると、カーシェリングを含め、交通手段がすべてシームレスにつながり、すべての人が自由で快適で、安価に移動できる仕組み(MssS)の社会実装が始まっている。しかし中田氏は「このモビリティ社会の進化は地上だけにとどまらず、やがては空の移動にも広がっていくと考え、最適化された地上交通を手軽で身近な空の移動がつなぐことで、家から目的地までがより快適で短時間でつながるようになる。モビリティ社会を新しくする肝となるのが空の移動革命で、それを実現する空飛ぶクルマこそが、新たなモビリティ社会の象徴的な存在になる」という。
この空の移動が実現すると、点から点への直線移動が可能となり、移動距離と時間の短縮はもちろん、無駄に時間を費やす渋滞の回避も可能となる。ここでは例として、徳島市から和歌山県にあるアドベンチャーワールドへ行くとした場合、自動車だとぐるりと湾をまわる必要があり、時間にしておよそ3時間43分。電車だとさらに大回りする必要があり、もっと時間がかかるという。しかし、これが空の移動なら一直線で15分で到着。アメリカの移動サービスを提供するウーバーも同様のデータを公開していて、サンフランシスコのマリーナからダウンタウンへの移動が、自動車だと1時間40分かかるが、空の移動なら15分で行けるとしている。この「移動時間を短縮できることが、空の移動の嬉しさである」と中田氏は言う。
そしてデンソーでは、ユーザーに求められる「利便性」「低コスト」、社会に求められる「クリーン」「低騒音」、そして両方に求められるもっとも重要なポイントが「安全」であり、中田氏は「これらすべてを担保できる乗り物が電動垂直離着陸機『eVTOL(イー・ブイ・トール)』で、これが空の移動を身近な移動手段へと変えてくれる空飛ぶ乗り物である」と解説した。
このデンソーが空飛ぶクルマと定義するeVTOLの特徴は、垂直離着陸が可能なのでポイントからポイントへ最短距離での移動ができ、また電動なので、燃料費やエンジンのメンテナンス費なども不要となり、低コストの移動を実現できるほか、排気ガスが出ないのでクリーンで低騒音も可能となる。また、最大のポイントとなる安全面でも、ヘリコプターのように1つのローターのみだと異常が起きたさいに通常飛行が困難となるが、eVTOLは1つのプロペラに2つのローターを内蔵するマルチローター化させることで、1つのローターに異常が起きても、もう1つのローターで通常通り飛行でき、2つのローターに異常が起きても他のローターで姿勢を制御して安全に着陸できる性能を持たせられるという。このマルチローター化も内燃機関では重量が重すぎて不可能だが、電動化により実現できるようになったという。つまりeVTOLは電動化が肝になっているという。
社内で一貫して開発している高性能インバータ(電力変換器)
続いて木村氏より空飛ぶクルマの肝となる「インバータ」についての解説が行なわれた。このインバータとは直流の電気を交流に変換したり、その逆も行なえる電力変換器のこと。インバータで課題となっているのが「発熱」で「この発熱をいかに押さえられるかが、インバータ開発で重要なポイントになる」と木村氏。
車両向けのインバータは通常、ラジエータの冷却水を利用する水冷方式を採用していて、デンソーでは従来からある「片面冷却方式」を進化させ、「両面冷却方式」のインバータを開発。両側から冷やせることで、小型化・高出力密度を実現させている。この両面冷却方式の開発は、熱交換機の技術、半導体モジュールの技術、生産技術を自社内で揃えられるからこそできたという。
また、HEVやBEVといった電動化自動車はモーターやインバータを2台で50kg程度しか搭載していないのに対し、eVTOLはマルチローター化のため20台350kg程度を搭載することになる。車体および機体総重量をどちらも2000kgと想定した場合、eVTOLでは17.5%程度がモーターとインバータとなり、ここをいかに「軽量化」するかが重要となってくるという。そこでデンソーではこの軽量化を実現させるためのブレイクスルーポイントとして、自動車では水冷式の冷却が主流となっているが、水を使わず軽くできる空冷式にすることと、車両向けではSi(シリコン)デバイスが主流となっているが、自社製SiC(シリコンカーバイド)による低損失化の実現を掲げている。
このSiCは、Siと比べて「低損失・高耐圧」「大電力動作」「高耐量」「高速動作」「高温動作」と5つの特性においてすべて上回っていて、木村氏は「SiCを利用することでSiよりも導通損失およびスイッチング損失を低減できる」とSiCの優位性を解説した。
特にデンソー製のSiC「REVOSIC(レボシック)」は、業界最高品質(超低欠陥)を誇る低欠陥RAFウエハ(6インチ)から、高効率を実現するパワーモジュール、インバータまで総合的に技術開発を一環して社内で行なっていて、複数のSiCセルを並べることで低オン抵抗、低導通損失を実現している。
最後に木村氏は「これまで車両向けの開発を通じてさまざまな技術を磨いていて、SiCの技術や空冷の技術を総合して、空モビにチャレンジしている」と締めくくった。
自動車用モーターと空用モーターの違い
続いて自動車用と空用の違いを交えながら、モーター内部に関する説明が山田氏より行なわれた。まず、自動車用と空飛ぶクルマ用の大きな違いは、木村氏のインバータ解説でも出てきたが「機体総重量に対してのモーターとインバータを含めた推進装置(EPU)の重量の割合の大きさ」であるという。
このEPUの総重量が大きくなると、準じて機体総重量も大きくなってしまい、大きな機体で航続距離を伸ばそうとすると搭載するバッテリーを大きくしなければならなくなる。大きなバッテリーにすれば重量も重くなると、とにかくEPUをいかに軽くするかが肝となる。また、機体総重量が大きくなると、乗客数や積載容量が削られることにつながり、ビジネス面でも競争力で劣る要因になってしまう。さらに、空用のモーターは比較的、高トルクで連続駆動するので、モーターから発生した熱をいかに効率よく逃がしていくかの冷却性も重要になる。
そして空に関してはもっとも重要な課題となるのが安全性。「自動車なら退避行動として路肩に止まるなどできるが、空の場合は止まるという選択肢はないので、特に安全性確保、つまりEPUの信頼性が重要になる」と山田氏は言う。
モーターの駆動領域については、自動車は急坂路では高トルク、高速走行では高回転と幅広い駆動領域が必要になるのと、メインとなる市街地走行時は省燃費にするため高効率が求められる。一方、eVTOLの場合、ホバーで離陸、クルーズで巡行、ホバーで着陸と決められた運行パターンとなるので、比較的高いトルクでの連続駆動が必要となる。また、1つのモーターに異常が発生した場合、もう1つのモーターがカバーする場合、ホバーよりも高い出力が必要となる。
そこで高トルクを多用する空用モーターを軽量化するためにデンソーでは、表面に磁石を貼りつけたSPM(Surface Pemanent Magnet)型のローターを採用。磁石使用量を増やすことで積極的に磁石磁束を活用し、高トルク特性を実現。さらには磁石の数を増やし多極化したり、ローターの磁石の配置を工夫することで磁石磁束を向上させ、それを高性能なコア材を採用することで高密度に磁束を流せるようになり、より軽量化が見込めるという。
また、モーターに使用する構造材料については、自動車用はコストの面もあり「鉄」「SUS(ステンレス)」「アルミ」がメインとなるが、eVTOLのような空飛ぶクルマには、自動車用よりも強度が高いチタンや、強度に加えて熱伝導率を上げた金属複合材、強度と軽量を両立させたCFRP(プリプレグ)などを使用することで軽量化を実現させる。
また冷却方式については、一般的な自動車は水冷か油冷が主で、モーターだけでなく、冷却用の水や油を循環させるためのポンプ、水や油が通る配管、水や油が蓄えた熱を冷ますための熱交換機などが必要となり、システム自体の重量が大きく増加してしまう。同時に部品点数が増えるため、信頼度も低下する。そのためデンソーが考えるeVTOLに搭載するモーターは空冷とした。
空冷式のモーターであれば、シンプルなシステム構成で重量低減にも安全性向上にも貢献してくれる。しかし、100kW級のモーターとなると熱問題は無視できず、いかに放熱を空冷で実現させるかが大きな課題になっているという。
その課題に対してデンソーは、ローターの半径方向の速度分布や軸方向の速度変化を解析してシミュレーションを実施。ローター下流の速度分布を解析することで、モーターの配置によってモーターが得られる冷却風の定量化を計算。この解析と研究で、より高効率な空冷設計に反映させていくという。また、ローターからの流入風はモーター搭載位置や運転条件、プロペラの仕様によって異なるため、モーター自らにファンを搭載し、外部の環境の影響を受けない強制風をモーター側面へと送り込む研究も並行して行なっているという。
山田氏は「現在すでに空用モーターの試作品のベンチテスト(モーターを台座に固定した状態で行なうテスト)を行なっていて、空冷仕様でクルマ用のモーターの3倍以上の出力密度を達成する目途が立っている」という。また「出力密度が3倍にできるということは、重量を3分の1にできるということで、今はさらなる出力密度の向上を目指し日々研究を続けている」と語ってくれた。
すべてのモビリティの電動化を目指す「エレックスコア」
今回説明された技術は、デンソーが2018年に創設した電動化製品に関するブランド「エレックスコア」に含まれるもので、よりよい製品を開発・普及させることでサスティナブルな移動の実現を目指しているという。もちろん、これらはすでに空のモビリティにも活用されていて、eVTOLの電動推進ユニットへの搭載も前提として研究・開発が続けられている。
ただし、デンソーはモビリティ本体を手掛けることはなく、電動推進ユニットなどモビリティのコアとなる部分を中心に今後も研究開発を行なっていき、「最終的には空だけでなく、空飛ぶクルマで磨いた技術をさまざまなモビリティに展開していくことを目標に掲げ、すべてのモビリティの電動化を実現することによって、クリーンで安心安全なモビリティ社会を築いていけると考えている」と中田氏は締めくくった。
空飛ぶクルマ「eVTOL」とは、どんな乗り物なのか?
説明会の後には講演者とのクロストークの時間が設けられ、事前に集められた視聴者からの質問への回答を行なった。
空飛ぶクルマに対する質問が多く、中田氏は現在イメージしている空飛ぶクルマについて、「SF映画に出てくるような翼の生えた自動車ではなく、決められたポートから決められたポートまで、しっかりと管理された状態で安全に移動するモビリティで、個人的な乗り物と言うよりは公共機関の乗り物に近い」と回答。搭乗人数については、モビリティ本体は開発しないと前置きしたうえで、「ベンチャー企業などが現在手掛けている機体の事例を見ると、1人乗り、2人乗り、最大でも5人乗りくらいではないか」という。また、欧州では最大離陸重量を「3175kgまで」と制限を定めている場所もあり、この値からも機体の重量を想定すると搭乗人数はMAXで5人くらいだろうと持論を展開した。さらに、どのくらいの速度を出せるのかという質問に対しては、翼のあるタイプなら200~300km/hくらい。翼のないドローンのようなタイプだと100km/hではないかと回答した。
この空飛ぶクルマが普及したらどんな社会が実現すると思うかという質問について、中田氏は「移動や景色を楽しみたい」と回答したのに対し、木村氏は「家までさまざまなサービスを届けてくれると嬉しい」と回答、山田氏は「インフラの整っていない地域への往復ができるようになり、田舎から通勤したりするようなこともできるようになるのではないか」と、自分で乗ることもあれば乗らない利用方法もあり、空飛ぶクルマの可能性の幅広さが垣間見れた。