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日産「アリア」を生産する「ニッサン インテリジェント ファクトリー」を詳説 マイクロソフト「製造/自動車業界DXフォーラム2021」

2021年11月30日 開催

新型クロスオーバーBEV「アリア」を生み出す日産自動車のDX戦略などについてオンラインセッションで解説された

 製造・自動車業界で幅広く活用されるようになったDX(デジタルトランスフォーメーション)における最新テクノロジやユーザー事例を紹介するマイクロソフト特別協賛のオンラインイベント「製造/自動車業界DXフォーラム2021」が11月30日に開催された。

 このイベントでは、製造・自動車業界のDXを支援するマイクロソフトのテクノロジや採用事例などについて解説されたが、この中で日産自動車の生産現場におけるMR(Mixed Reality、複合現実)活用例などを紹介する「日産自動車が進める生産現場のDX~Mixed Realityを活用した早期作業習熟の実現」と題したセッションが行なわれた。

日産の担当者3人かスピーカーとして登場。「日産自動車が進める生産現場のDX~Mixed Realityを活用した早期作業習熟の実現」と題したセッションが行なわれた

「ニッサン インテリジェント ファクトリー」の先進性を解説

日産自動車株式会社 常務執行役員 パワートレイン生産技術開発本部長 村田和彦氏

 セッションでは最初に、日産自動車 常務執行役員 パワートレイン生産技術開発本部長 村田和彦氏が登場。今年度から栃木工場で導入した新しいクルマ作りのコンセプト「ニッサン インテリジェント ファクトリー」(NIF)で進めている次世代のクルマ作りについて解説を行なった。

 村田氏は現在、自動車業界では生産事業を取り巻く環境が大きく変化しており、かつてフォードがモデルTの生産において作業員を工場に集約し、流れ作業で作業していく「フォード生産方式」を生み出したことは画期的なできごとで、自動車産業にとどまらず製造業の基礎になっていると紹介。しかし、時代の移り変わりによって現代ではこういった仕事に従事したくないと考える人も増えており、加えてパンディックの発生により、こういった「労働集約型」のスタイルを維持することが難しくなっていると説明した。

 さらに、日本社会で少子高齢化が進んだことによって工場での労働環境を改革する必要があり、新型コロナウイルスの感染拡大によるパンデミックで予期せぬ事態の発生に対する柔軟性が求められていると述べたほか、COP26での取り決めを実現してCO2を削減し、気候変動に対応する具体的な施策は最も重要な点であり、自分たちも貢献していかなければならないと強調した。

 製品となるクルマは加速度的に進化が進み、日産では「電動化」「知能化」「コネクテッド」といった技術を「ニッサン インテリジェント モビリティ」のコア技術に位置付けて注力。こうした複雑化、高度化を遂げたクルマの生産に対応し、さまざまなバリエーションのあるクルマ作りを実現するには生産体制の強化が要になるとの考えを示した。

 NIFで最初に生産されるモデルとなる新型クロスオーバーBEV「アリア」は、2種類のバッテリ容量と前輪駆動、e-4WDを用意する駆動方式を持ち、計4種類のパワートレーンをラインアップ。さらに高速道路でのハンズオフ走行を実現する「プロパイロット 2.0」、2つのワイドディスプレイを駆使するコネクテッドサービスにも対応する先進的なモデルとなっている。

自動車産業を取り巻く環境は大きく変化しており、主に4点について対応が必要
複雑化、高度化を続けるクルマに生産現場も対応が迫られている
アリアは「ニッサン インテリジェント ファクトリー」(NIF)で最初に生産されるモデル

 こうした高度化した車両生産を実現するNIFでは、「未来のクルマをつくる技術」「匠の技で育つロボット」「人とロボットの共生」「ゼロエミッション化生産システム」という4つの柱を用意。

 具体的な内容では、生産技術で「SUMO」と日産で呼称するパワートレーンの一括搭載システムについて紹介。これまでパワートレーンの組み付けは作業員が手作業で行なってきたが、不自然な作業姿勢が求められて作業員に高負荷を強いる工程となっていた。SUMOでは組み付けるパワートレーンの種類に合わせて使い分けられるよう、フロント、センター、リアで分割された3つのパレットを全車共通のパレットに載せる2層構造を採用。3×3×3で27通りのモジュール構成が可能になり、実際にアリアで求められる4種類のパワートレーンについても1つの設備で対応できる。

 ルーフ部分の内張トリムであるヘッドライニングの取り付けも、これまでは作業員がラインに設置されたクルマの車内に入り込んで不自然な姿勢で作業する肉体的負荷の高い工程だったが、NIFでは国内工場で初めて自動組み付けを採用。ヘッドライニングはエンジンなどとは異なり、ボルトではなく柔らかい樹脂製のクリップを使って車体に固定しており、作業員は指先の感覚で固定完了を確かめていた。自動化のロボットではアーム部分に力覚センサーを設置。挿入力の変化値をデータ化することで自動組み付けを実現している。

 世界初の技術となった「ボディ&バンパー一体塗装」では、塗料メーカーと共同開発したまったく新しい水系塗料を採用。これまでは塗装後の焼き付けで樹脂製のバンパーは85℃、鉄製のボディは140℃の熱を加えており、別々に塗装してから組み付けていたが、一体塗装ではすべての焼き付けが85℃で可能になったことからボディにバンパーを組み付けた後の塗装が可能になった。一体塗装によってボディとバンパーの完全な色合わせを実現することに加え、使用するエネルギーを25%削減。ゼロエミッション化に向けたエネルギー削減を推し進める技術となっている。

NIFで掲げる4つの柱
パワートレーンの一括搭載システム「SUMO」
ヘッドライニングの自動組み付けでは、ロボットのアーム部分に力覚センサーを設置して作業を可能にした
ボディの塗料焼き付けもバンパーと同じ85℃で実現可能にする新たな水系塗料を開発

 アリアの駆動力を生み出す「新世代EVパワートレーン」についても解説を実施。日産では2010年に初代「リーフ」を発売して以来、心臓部である「e-パワートレーン」を進化させ続け、エンジンと組み合わせる「ePOWER」にも採用を拡大してきた。しかし、アリアではNIFでの生産を視野に入れたまったく新しいパワートレーンを開発。滑空走行時などに磁力調整が容易な磁石レスの「8極式巻線界磁ローター」を採用して静粛性、高速走行性能を高めている。

 新世代EVパワートレーンを構成するローター、ステーター、ハウジング、PEB(インバータ)などは専用の組み立てラインで一括生産。車載用モータで量産世界初となる8極式巻線界磁ローターでは、従来品で使っていたレアアースを必要とする永久磁石を高精度の巻線技術に置き換えてローターから排除。ローターには直径1.2mmの銅線を118周させて350m分巻き付けた極を8個組み合わせて使用する。銅線の巻き付け作業には「ノズル式巻線装置」を使い、8極分の計944周を20分で巻き上げ、モータ8基分を同時に作業できるという。

アリアの駆動力を生み出す「新世代EVパワートレーン」では磁石レスの「8極式巻線界磁ローター」を採用
新世代EVパワートレーンの組み立てライン
8極式巻線界磁ローターではレアアースを使う永久磁石を不要とした

 こうした先進技術を取り扱う難しい作業について、従来は紙資料やビデオを使って作業員が工程などを学んでいたが、NIFではマイクロソフトと共同開発した「IOSS」(Intelligent Operation Support System)を活用。「HoloLens 2」によるMRなどのデジタル技術を活用し、実際のラインで現物を見ながら作業訓練ができるようになり、直感的な操作で早期の作業習熟が可能になっている。

 なお、IOSSなどについて村田氏は「この後、デジタルを担当するメンバーから、『デジタル活用での業務革新』『MR技術を活用した作業支援システム』について説明を行なわせていただきます」とバトンタッチして解説を終えた。

NIFではマイクロソフトと共同開発した「IOSS」(Intelligent Operation Support System)を採用している
栃木工場で培った技術を国内外の工場に順次展開していく

日産の生産現場におけるデジタル技術導入について

日産自動車株式会社 パワートレイン生産技術開発本部 主管 村井勇一氏

 続いて、日産自動車 パワートレイン生産技術開発本部 主管 村井勇一氏が登壇。デジタル活用推進の取りまとめを担当しているという村井氏は、自動車メーカーである日産の業務は、製品となるクルマを企画・開発し、工場で生産できるようにする「生産準備」、量産を行なう「工場」の2つに大きく分けられると説明。デジタルを活用する業務変革では、「業務の前倒し」「アウトプットの質向上」「業務の短縮 効率化」の面でそれぞれに進められると述べた。

 生産準備では3D活用による「コミュニケーション活性化」、シミュレーションによる「業務の質向上」や「情報の不整合の解消」、「プロジェクト情報管理」を行なっており、工場ではリアルタイム見える化による「気づきの早期化」、「正しいデータの活用」、転記レス&集計レスによる「業務効率化」などを実施。また、工場のサイバーセキュリティ対策も昨今は重要になっているとした。

「生産準備」と「工場」の両面でデジタル活用による業務変革を推進

 実際の生産では、デジタル情報を製品設計から量産品まで連続させる一気通貫の取り組みが重要だと紹介。データをすべてリンクさせることによって整合性を確保し、工場での品質の安定化、生産効率向上に貢献するという。

 生産準備で活用されるエンジニアリングデータは、当初の製品の設計図データに生産準備情報などが次々と付与され、末広がりに拡大していくことから「ラッパの絵」と呼ぶ状態になると村井氏は説明。工場ではエンジニアリングデータを使って設備や作業員にダイレクトに指示を行ない生産を実施。工場で発生した各種データは日常的な生産で活用されると同時に次期プロジェクトの製品設計、工程設計に反映する取り組みも行なわれるようになっている。

デジタル情報を製品設計から量産品までリンクさせ、品質の安定化や生産効率向上を図る
日産が考えるスマートファクトリーの模式図。人や製品、設備、型、工具などのセンサー類で得られた情報をリアルタイムで見える化して活用。既存の各種情報とデータを連係させ、エンジニアリングデータベースと工場のデータをリンクさせ、「今まではやりたかったができなかったこと」を順次実現させていく

 工場に対するデジタル技術導入は加速させてるものの、3つの課題に直面していると説明。まず、「システム開発コストが膨大であり、リードタイムがとても長い」という面では、初期投資が高額で、新規プロジェクト以外に導入する障壁になっていることに加え、開発期間が長いことで現場からの改善要求に対して迅速なPDCAサイクルを回せない点も課題だとした。

「システム導入後の保守、運用」では、システム導入後にトラブルが発生した時に役割分担が不明瞭で対応が遅れ、維持管理が継続されずにデータの信憑性が担保されなくなってシステムの利用が減るケースも起きているという。また、現在行なわれているデジタル化は「現状よりさらによくしていく活動」ということで、仮に使われなくなっても生産活動を継続できてしまう面もある。せっかく高額な初期投資を行なって導入したシステムでも使われなくなれば効果の刈り取りができず、予算をドブに捨てたも同じことになってしまうと語った。

「データフォーマットの標準化が不十分」という点については、ラインごと、設備ごとで取得するデータにばらつきがあり、データを2次活用する際のデータ加工に手間がかかってしまい、開発のリードタイムやコストに大きく影響しているとのこと。こうした課題の解決に取り組んでデジタル技術導入を進めているという。

工場のデジタル技術導入で発生している3つの課題

 具体的な取り組みとして、アリアに搭載する新世代EVパワートレーンを生産するNIFで導入した新しいデジタル技術を紹介。設備に異常が発生したときに発生数分前から設備内の録画データを残し、発生原因の究明に活用する「設備版ドライブレコーダー」、手作業工程の作業をすべて動画で記録して定められた手順どおりに進めていることを保証する「作業記録用カメラ」、異常発生を担当者に通知して即時対応できるようにする「スマートウォッチ」など、10種類のデジタルアイテムを活用して徹底した品質管理、ライン管理を実施。安定した品質のBEVをユーザーと約束した納期で届けられるようにしているという。

 また、新導入のデジタルアイテムでも特に新しい試みとなっているIOSSについては、開発担当者から直接説明するとバトンを渡した。

NIFの新世代EVパワートレーン組み立てラインでは10種類のデジタルアイテムを活用

マイクロソフトと共同開発した「IOSS」のメリットとは

日産自動車自動車 パワートレイン生産技術開発本部 設備・システム技術グループ 清水一樹氏

 マイクロソフトと共同開発したIOSSについては、日産側の開発担当者である日産自動車 パワートレイン生産技術開発本部 設備・システム技術グループ 清水一樹氏が解説。

 清水氏は最初に、仮想世界を体験できるVR(Virtual Reality、仮想現実)と現実世界にデジタルコンテンツを合成するAR(Augmented Reality、拡張現実)を組み合わせたものがMRだと説明。そんなMRを実現するツールの1つがマイクロソフトのHoloLens 2で、オールインワンかつワイヤレスで動作するウエアラブルデバイスとなっており、現実空間を認識することでデジタルコンテンツを現実世界と融合させられるほか、「ハンドトラッキング機能」「アイトラッキング機能」「音声認識」などを活用してハンズフリーで操作できることもポイントだとした。

MR(Mixed Reality、複合現実)はVR(Virtual Reality、仮想現実)とAR(Augmented Reality、拡張現実)を組み合わせたような技術だと清水氏
IOSSでは「HoloLens 2」「Dynamics 365 Guides」などを利用している

 続いてインテリジェント作業支援システムであるIOSSの具体的な説明に入り、従来は作業訓練をするときに紙のマニュアルやビデオを見て作業内容を覚えており、監督者は正しく作業が行なえるようになるまで長い時間を指導に充てる必要があった。これがIOSSを使うようになると、作業員の習熟期間は50%減となり、監督者の工数は90%減と大幅な削減を実現。実際にNIFで導入している新世代EVパワートレーンの目視検査においては、習熟期間が10日から5日に、指導工数は10時間が1時間に削減できているという。

 IOSSを使ったトレーニングでは、作業員は1人で訓練を進めることが可能で、監督者は後からでも作業員の目線ビデオで訓練内容を確認できる。また、トレーニング内容をしっかり覚えられているか作業員が自分でテストできること、現物がなくても3Dデータを使ってどこでもトレーニングできることなどもIOSSのメリットになるという。

IOSSによる作業指導のポイント
作業員が自分で習熟確認テストできること、3DデータでどこでもトレーニングできることなどもIOSSのメリット

 さらに新世代EVパワートレーンの目視検査にIOSSを使った場合のトレーニングデモをムービーで解説。「作業訓練」「習熟確認テスト」「3Dモデルによる教育」の3項目でデモが行なわれ、「作業訓練」では検査する場所と検査内容などが矢印表示や文字、写真を使って指示されることを説明。「習熟確認テスト」では訓練で学んだ内容について、正しい検査位置を選べた場合に「正解」の文字がポップアップ表示されるシーンを紹介し、「3Dモデルによる教育」では、実際には何もない空間に新世代EVパワートレーンの3Dモデルが浮かび上がり、どこでもトレーニングできることをアピールした。

3つのシチュエーションでIOSSを使ったトレーニング内容を解説
解説ムービーではIOSSを利用する作業員目線で使い方を紹介した

 ムービー後には、現場でIOSS導入に携わった千代田正義氏、井出正人氏のコメントを紹介。千代田氏は導入にあたり、現場の作業員からMRとVRを混同されて「VRは酔って気持ちわるくなってしまう」という先入観から受け入れてもらうことに苦労したというエピソードを取り上げたほか、現実空間とホログラムを融合させるMRの操作は、コツを掴むまで扱いづらさがあるとの声もあったという。しかし、現場で作業員と共にトライアンドエラーを重ねながらIOSSの開発を進め、無事導入に至ったと語った。

現場でIOSS導入に携わった千代田正義氏、井出正人氏
ウィンドウを掴みにくいシーンがあるところを改善してほしいと井出氏は要望した

 実際に使った感想について、井出氏は「第一印象としては、装着した時の軽さや取りまわしのよさに驚かされました。1日中使っていても疲れを感じないほどです。ただ、かなり慣れてきましたが、作業ガイドを移動させたりするシーンでなかなかウィンドウを掴めないシーンもあるので、改善してほしいところです」「コンテンツは思っていた以上に簡単に作成できるので、現場でも容易に作成できると思います。パワーポイントを扱える人であれば誰でも作れると感じています」「簡単にできるので、ほかのラインでも活用を進めやすいと考えています。今回導入したのは組み立てラインですが、次は加工ラインでも展開していく予定です」と説明した。

村井氏が再び登場して今後の展開について解説

 今後の展開については村井氏が再び登場して解説を実施。NIFではパワートレーンの外観目視という、作業項目が多く、作業員の視点が非常に重要な部分にIOSSを導入。取得したデータは即座にグラフなどに変換して可視化が可能になっており、データの2次活用による作業改善などにも利用できると期待しているという。今後はリアルタイム作業ガイダンスとして、検査ではなく実作業にも活用を広げていきたいと展望を述べた。

 また、HoloLens 2はリモートアシストを活用した遠隔地からの作業支援、Microsoft Meshを活用した仮想会議など、さらなる発展の可能性があるデバイスだと評価。今後の改良で事務所や現場にいる新入社員、高齢スタッフなど、誰でも利用できる分かりやすいユーザーインターフェースに進化することを期待していると述べてセッションを締めくくった。