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トヨタ、水素エンジン搭載車の市販化を視野に 富士登山に例えると4合目、後席のある水素カローラクロスを世界初公開

世界初公開された水素カローラクロス(左)。右は水素エンジン開発用のGRヤリス

 トヨタ自動車は6月3日、富士24時間レースの行なわれている富士スピードウェイ内に新設したルーキーレーシングガレージ棟内で会見を実施。トヨタ自動車 代表取締役社長 豊田章男氏、同 GAZOO Racing Company President 佐藤恒治氏の2名が出席し、前回の富士24時間レースから始まった水素燃焼エンジン搭載カローラ(水素カローラ)での、カーボンニュートラルの選択肢を増やす取り組みについて紹介した。

 ちなみに会見の開催されたルーキーレーシングガレージ棟は、豊田章男氏が代表を務めるレーシングチームのガレージになり、3月3日に竣工したばかりの建物。この24時間レースでは、ルーキーレーシングガレージ棟からの富士24時間レース見学ツアーチケットも売り出されるなど一般公開も始まっている。今回の会見は、そのガレージの報道陣へのお披露目も兼ねているものだった。

ルーキーレーシングガレージで開催された会見。トヨタ自動車 代表取締役社長 豊田章男氏(右)、同 GAZOO Racing Company President 佐藤恒治氏(左)

 豊田社長は冒頭、「本日はルーキーレーシングの新ガレージへ、ようこそお越しくださいました。昨年の富士24時間から水素カローラで参戦し、スーパー耐久で記者会見をするようになってから1年が経ちました。この1年、トヨタもカーボンニュートラルの取り組みが進み、ともに挑戦する仲間も増え、 そしてクルマも進化してまいりました。これまでの会見では新たな仲間が増えたことを発表してまいりましたが、今回はせっかくの機会でもございますので、普段グリッドやピットであわただしくしているドライバーの話をゆっくり聞いていただきたいと思います。今日はあえてテーブルを円卓にし、あえて披露宴の二次会のような雰囲気で、レースの見どころや普段聞けない裏話などを遠慮なく聞いていただきたいと思います。この1年でルーキーレーシングのスポンサー、ドライバー、レースクイーンも多様化してまいりました。一人一人紹介したいところでございますが、今日は時間の関係でそれぞれの使う『ありがとう』の言葉で、紹介をさせていただきます」と語ると、ドライバーの出身地、レースクイーンの出身国の「ありがとう」の言葉を紹介。アジアの会社がルーキーレーシングのスポンサーになったことを紹介しつつ、ルーキーレーシングとともに働く人が多国籍化している現状を印象づけた。

 この冒頭発言で豊田社長は「これまでの会見では新たな仲間が増えたことを発表してまいりましたが」と、今回は暗に仲間が増えなかったような発言を行なっていた(と、記者は理解してしまった)。

 実際は翌日(6月4日)、日産自動車が新型Zベースのレーシングカーでカーボンニュートラル燃料を使ってST-Qクラスに参戦することを発表するため、カーボンニュートラルの選択肢を広げる仲間は増えていることになる。改めて豊田社長の発言を確認すると、決して「仲間は増えていない」とは言っておらず、6月3日の時点では日産が仲間になるという事実を発表できなかったということを意味していた。

 豊田社長はルーキーレーシングのガレージ棟を建設したきっかけの一つとして、10歳の誕生日に父に連れれられて訪れた富士スピードウェイ開催の第3回日本グランプリ(1966年5月2日~3日開催)を挙げている。この第3回日本グランプリは、トヨタ2000GTとプリンスR380が(同年プリンス自動車工業が日産自動車に吸収合併)争った大会として知られており、TN対決の原型が見られたレースでもある。そのTN対決を富士スピードウェイで現地観戦していた豊田少年が、「これまでの会見では新たな仲間が増えたことを発表してまいりましたが」と語り、トヨタと日産が日をずらして富士でカーボンニュートラル会見を行なっていることを考えると、日本の自動車史の一端を感じられるような気がした。

 もちろん、トヨタと日産は仲がよくないわけではなく、お互いにライバルと認める間柄であるということ。6月4日に日産グプタCOO/NMC片桐社長はモリゾウ選手こと豊田社長とサーキットで歓談し、新型Z、GRスープラを交換して乗り合いすることを約束している。

 本筋から外れたが、豊田章男社長の発言は注意して聞かなければならないと反省したしだいた。

水素燃焼エンジン搭載車の市販化は富士登山の4合目、水素カローラクロスを世界初公開

佐藤プレジデントが示した市販化までのロードマップ。単なる道ではなく登山道となっているのは、それだけたどり着くのが険しいことを示しているのだろう

 豊田社長の冒頭あいさつを受けて佐藤恒治GRプレジデントは1年の活動を振り返った。その振り返りの中で佐藤プレジデントは、「今回は、(水素エンジンの出力は)ガソリンエンジンをしのぎ、上回ることを実現できている」と、水素燃焼をある程度手の内に入れたことを示唆。ここで佐藤プレジデントがいうガソリンエンジンは最高出力200kW(272PS)/6500rpm、最大トルク370Nm(37.7kgf・m)/3000~4600rpmのGRヤリス搭載エンジンを差す。一方、今回の富士24時間で搭載した水素エンジンは、最高出力224kW(304PS)/6500pm、最大トルク400Nm(40.8kgf・m)/3250~4600rpmを発生しているようだ。GRカローラ モリゾウエディションスペックと特性がそろえられており、水素カローラの開発をしつつ、GRカローラボディの開発もしている。

 佐藤プレジデントは、ガソリンエンジンの仕様を超えるまでになった水素エンジン搭載車の市販化にも言及。「水素エンジンを市販化、量産化するにあたってどのくらいまで来ているか、富士スピードウェイということもあり富士登山になぞらえて絵にしてみました。いろいろ書いてあるのですが、ざっくり言いますと4合目くらいのところにきているのではないかなと思います」(佐藤プレジデント)と語り、市販化へのロードマップを提示した。

 そのロードマップによると、以下のようになっている。

1合目 燃焼開発、要素技術開発
2合目 性能開発、機会信頼性課題出し
3合目 燃費開発
4合目 排気開発
5合目 機能信頼性
6合目 タンク小型化
7合目 実証評価
8合目 ドラビリ作り込み
9合目 NV作り込み

 登山の出口としては、登山口1として商用、登山口2として乗用を提示。商用のほうが先に登山出口が設定されており、まずは商用から市販化していこうとしているのが分かる。

 これは商用トラックなどであれば、70MPaの高圧水素タンクを搭載するスペースがあり、水素燃焼エンジン車を実現しやすいことにある。乗用であれば、現状の水素カローラがそうであるように後席を水素タンクでつぶさねばならず、商品性に疑問が付く。それが、富士24時間以前の考え方だった。

 ところがトヨタ自動車は、この24時間レースで「6合目 タンク小型化」の解決方法として、液体水素タンクの導入と、SUVパッケージによる高圧水素タンク搭載の2つ解決方法を展示。いずれも世界初公開した。

水素エンジンを搭載した水素カローラクロス。後席がある

 液体水素タンクの導入については関連記事を参照していただくとして、SUVパッケージによる高圧水素タンク搭載については、後席のある「水素カローラクロス」を世界初公開。具体的には、カローラクロスに水素カローラに搭載してあるG16水素エンジンを移植。後輪車軸の前後に新型MIRAI(ミライ)に搭載している70MPaの高圧水素タンクを搭載した。高圧水素タンクを横に搭載する関係で前後にドライブシャフトを通す余地がなく、4WDではなくFFとなっているが、後席やラゲッジルームがきちんと確保されているのがポイントだろう。

水素カローラクロスのボンネット内に収まる水素エンジン
水素カローラクロスには後席がある
ラゲッジルーム。補機類の関係でここには出っ張りが
後輪の前に取り付けられている高圧水素タンク
後輪の後ろに取り付けられている高圧水素タンク
水素充填口。こちらは規格部品で新型ミライのものを流用

 商用車、それもトラックレベルが必要と思われていた圧縮水素タンク搭載を乗用車で実現し、後席やラゲッジルームを確保していた。

 担当者に航続距離などを聞くと、タンクの大きさ次第の部分があるためまだ答えられないとのこと。担当者からは「市販化の際は~」という言葉が何度も出てくるなど、この水素カローラクロスは完全に市販化を見すえて開発されているように見えた。

 カローラクロスは、TNGAのGA-Cプラットフォーム。しかも、リアサスペンションはカローラスポーツのダブルウイッシュボーンと異なり、トーションビームのためリアサスペンションまわりに圧縮水素タンクを搭載する余地があるのだろう。

水素カローラクロスの航続距離は不明。どの程度の高圧水素タンクを積むのか、実用域での水素燃費改善など、それらによって実用的な距離に持っていく必要がある

 市販化に向けての6合目「タンク小型化」の課題に対して、液体水素タンク搭載カロラーラ、圧縮水素タンク搭載カローラクロスと2つの世界初公開を用意した。

 佐藤プレジデントは6月4日のラウンドテーブルで、「抽象的な話になるのですが、富士山の絵を描いているというのは、本当の山登りを意識していただけるとよいかと思います。5合目くらいまではなんやかんやで行ける。5合目から先を目指すのは、富士山などはそうですが、とくに大変です。8合目、9合目、頂上まで行くには、空気が薄くなるなどだんだん苦しくなる。これまでのように比例で伸びていくのではなく、山登りをしていくという覚悟がいるなと思っている。安全・安心なモビリティでない限りは世の中に出せないので、品質保証まで含めて考えると4合目、5合目には来ているのでしょうが、まだまだ険しい登山が続くのだろうなと思っています」と語り、市販化・量産化を見すえつつ厳しい見方を示した。

 しかしながら、「ただ、去年のこの場(2021年富士24時間レース)では、我々が登るべき山がどんな山かも分からなかった。今は、富士山なら富士山という形が見えている。去年1年間の成長は登る山の形が見えたということと、今我々がその山の何合目にいるのかが分かっているというのが非常に大きいと思っています」と続けて述べ、克服すべき問題はしっかり把握できているとの自信を見せた。