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小野測器、電動車両のベンチマーキングレポート第2弾はBYDのバッテリEV「シール」 国内トップレベルを誇る「Acoustics Lab.」など実験施設も公開

2023年10月5日 開催

プレス発表会で登壇した株式会社小野測器 代表取締役社長 大越祐史氏(右)と株式会社小野測器 執行役員 開発設計本部 P&S ブロック長 安地隆浩氏(左)

 電子計測機器の製造、販売、各種エンジニアリングサービス事業などを行なっている小野測器は10月5日、新たな基盤事業として取り組んでいる「ベンチマーキングレポート販売」について紹介し、神奈川県横浜市にある「横浜テクニカルセンター」の内部を公開するプレス発表会を開催した。

 ジェットエンジンの回転数を計測する回転計を国内初開発して1954年に創業した小野測器は、2輪車・4輪車といった車両や自動車部品、その他建設機械に加え、食品や医療検査など幅広い分野で研究開発のサポート、製造工程での測定技術を提供している。

 6月からスタートしたベンチマーキングレポート販売では、自動車メーカー各社が新型車開発にあたって参考とする「競合他社の車両データ」について、NV性能を評価する同社の「Acoustics Lab.」、動力性能を包括的に評価する「Automotive Testing Lab.」などを活用して詳細にデータ化。「電費・航続距離」「出力特性」「パワーユニット効率」「出力制限特性」など、多彩な試験項目でベンチマークデータをレポートにまとめている。また、8月には「モーター・インバーター振動」「モーター・インバーター音」「パワーユニットマウント振動」といったNV(音響・振動)性能に関連する8項目のレポートメニューを追加するアップデートを実施した。

発表会が行なわれた横浜テクニカルセンターでは、ベンチマーキングレポートの計測を行なったBYDの「元PLUS(日本名:ATTO 3)」と「海豹(日本名:シール[SEAL])」も展示。どちらも中国で購入して日本に運んできた車両

 現在はレポートの第1弾として、BYDのミドルサイズSUV「元PLUS(日本名:ATTO 3)」についてまとめたベンチマーキングレポートを販売中。第2弾には同じくBYDのハイエンドセダン「海豹(日本名:SEAL)」を選定し、すでにデータ計測を開始。2023年中の販売開始を予定しており、2024年以降は年間3~4車種のペースで計測データを拡充していく。

どちらの車両にも計測で必要となるセンサー類やブラケットなどが取り付けられていた

ベンチマーキングレポート販売は“データを生み出す会社”に生まれ変わる第一歩

株式会社小野測器 代表取締役社長 大越祐史氏

 発表会では最初に小野測器 代表取締役社長 大越祐史氏が登壇して、新たに取り組んでいるベンチマーキングレポート販売の意義や狙いなどが説明された。

 大越氏は、現代の自動車産業ではカーボンニュートラルに対応することが求められるようになっており、このキーになるのは電動化技術で、各メーカーでBEV(バッテリ電気自動車)やハイブリッドカーの開発にリソースを投入していると説明。これにより、競合他社から発売されるベンチマークとなる車両について調査していくことに各社のリソースが追いつかない現状が出てきていると述べ、同社ではこれまで行なってきた「依頼を受けて計測したデータをレポート化して販売する」というビジネスから1歩前進して、自分たちで顧客となるメーカー各社と同様の計測を実施することを決断したとのこと。

 このために、ベンチマークになると目される車両を自分たちで調達。長年の事業で培ってきた計測技術、保有する計測施設などを活用して、自動車メーカーなどが求めるデータを計測してレポートにまとめ、販売することになったという。

 事業面では、これまで同社では計測機器などの製品を販売するフロー型ビジネスを中心としてきたが、今後は製品販売に加え、データやサービスなどを商品とするストック型ビジネスにも注力していく考えを示した。自動車業界では2030年代に温室効果ガスの排出削減達成、2050年にカーボンニュートラル実現といった目標に向け、猛スピードでモデルベース開発が進められており、ここではデータが非常に重要となる。

 このため、同社はデータを生み出す会社に生まれ変わっていき、ベンチマーキングレポート販売はこうした変化に向けた第一歩になるという。また、これまで培ってきた計測機器についても、これからは自分たちで計測を行なうことで「顧客目線に立った計測機器の新製品」のヒントを得られるようになることも視野に入れた取り組みになっている。

 同社は2024年1月で創立70周年を迎え、100周年までの30年は社会全体がカーボンニュートラルの実現に向けた挑戦の期間に重なり、事業環境の大きな変化も予想されるが、大越氏は、「社員1人ひとりが変革にチャレンジしながら、楽しく笑顔で働ける会社を作っていきたい。そして当社が日本の自動車産業を支える存在であり続けることを目指していきます」と意気込みを語った。

ベンチマーキングレポート販売は1項目につき50万円(税別)

株式会社小野測器 執行役員 開発設計本部 P&S ブロック長 安地隆浩氏

 続いて登壇した小野測器 執行役員 開発設計本部 P&S ブロック長 安地隆浩氏は、ベンチマーキングレポート販売を行なうことになった自動車産業市場の動向について説明。

 国内の自動車産業は長年、自動車メーカーを中心としたグループを形成して、系列企業を囲い込む形で全面的に競争を続けてきた。こうしたスタイルによって切磋琢磨され、世界でもトップレベルの自動車技術を培っていく源泉となっていたが、グローバルで燃費や排出ガスなどの規制が厳しさを増しており、「1000万台クラブ」などとも呼ばれるような生産規模による量産効果、先進技術であるCASEへの対応など、広範囲に亘る課題が大きな負担になっているという。

 こうした社会情勢を受け、日本でも10年ほど前から産学官の連携を図りながら「競争領域」と「非競争領域」を切り分け、共通する課題には力を合わせて開発に取り組む「CIP(技術研究組合)」というスキームが複数の領域で結成されている。

日本の自動車業界では垂直統合型のビジネスモデルによる激しい競争で技術力を磨いてきたが、課題が増大した現代では「非競争領域」で力を合わせて取り組んでいる

 しかし、ベンチマーキングは現在でも個社で行なわれており、さらに同じグループ内でも自動車メーカーと部品を生産するサプライヤーが情報共有することなくそれぞれに実施するケースも出ている。また、優秀な技術者や高度な設備が新型車開発ではなくベンチマーキングで占有されたり、サプライヤーの企業規模ではコストの問題で計測し切れないなどの課題が発生したことから、産学官の連携のイメージで同社が共通課題として取り組むことになった。

 同社ではこれまでも、自動車メーカーなどから依頼される形で部分ごとのベンチマーキングを数多く手がけてきているが、新たに取り組むベンチマーキングレポート販売では「日本の自動車開発で注目されることになりそうな車種」を検討して自分たちで入手。データ計測した内容を項目別にレポートとしてまとめ、自動車産業の幅広い企業に利用してもらうことで、新製品開発のリソース確保や自社製品の性能アピールなどに使ってもらうことを目指している。

同社のベンチマーキングレポート販売で新製品の開発にリソースを集め、日本の自動車産業全体の競争力を高めていくことを目指している

 ベンチマーキングレポート販売の第1弾として6月からスタートしたBYD 元PLUSでは、これまでに13項目でレポートを発売。さらに計測を続けており、今後も限られたエネルギーをいかに効率的に使っているのかを解析する「熱マネジメント」のレポートを追加予定となっている。また、第2弾であるBYD 海豹でも同じように項目別のデータ計測をすでに進めており、2023年中の販売開始を予定。

 プレゼンテーション後に行なわれた質疑応答では、ベンチマーキングレポート販売の価格は1項目につき50万円(税別)と明らかにされた。これはさまざまな企業の人に利用してもらえるよう、項目を分けて金額を抑えた結果とのこと。従来のように自動車メーカーなどから内容を指定されてベンチマーキングの依頼を受けた場合には、2桁金額が高くなっていたという。

 また、第1弾、第2弾がどちらもBYD車になったことは偶然で、それぞれ検討を行なったタイミングでどの車種をベンチマーキングするべきか考えた結果として選定されている。日本仕様ではなく中国の現地仕様車でテストを行なっているのは、それぞれの車両の主な販売地域が中国になっていることを受け、主力市場向けの車両でベンチマーキングすることが重要だと考えた結果となっている。第3弾については検討を始めた段階で、いろいろな人から意見を聞きつつ決めたいと語られた。

BYDの元PLUSに続き、海豹のベンチマーキングレポート販売に向けてデータ計測が進められている

国内トップレベルの性能を有する「Acoustics Lab.」も見学

「Acoustics Lab.」の施設外観

 両氏によるプレゼンテーションが終わったあとには横浜テクニカルセンター内にある実験施設などの見学会が行なわれた。

 国内トップレベルの性能を有するという音響実験室「Acoustics Lab.」(アコースティックス ラボラトリー)では、棟全体の外箱の防振ゴムを敷き詰め、その内側に各実験室を内箱として浮かせた2重構造を採用。建物の外部で発生している騒音、地面の震動による固体伝播音などを遮断して、高精度な計測を可能としている。今回はこの内部にある「残響室(受音側)」と「無響室」の性能を体感した。

「残響室(受音側)」

 残響室は音源側、受音側と呼ばれる2つの部屋を音響的な遮断が可能な鉄製ドアの開閉で接続する実験室。ほぼ完全反射に近いとされる壁面に加え、天井から吊り下げられた樹脂製の板で音をさらに乱反射させることにより、音があらゆる方向から伝わってくる「拡散音場」を実現している。

 実験では鉄製ドアを開けた部分に遮音材や吸音材を設置して、遮音、吸音の効果や受音側でのパワーレベルの測定・評価などを実施。当日は室内に持ち込んだピアニカを使い、短音を連続して鳴らしたあと、反響によって和音のように聞こえるという効果や、照明をOFFにして暗闇にすると、説明員の声やピアニカの音が長時間にわたって反響し続けることで、実際よりもはるかに広い空間にいるように錯覚する感覚のズレなどが紹介された。

ほぼ完全反射に近いとされる壁面に加え、天井から吊り下げられた樹脂製の板で音をさらに乱反射させて「拡散音場」を実現
鉄製ドアを開けて隣にある音源側とつなぎ、あいだに遮音材や吸音材を設置して評価を行なう
説明員氏が残響室の構造や実験内容などについて詳しく紹介してくれるが、猛烈な残響音で内容を聞き取るだけでも大変な作業になってしまう
ピアニカを「ド」「ミ」「ソ」と1音ずつ鳴らすだけだが、残響によって混ざり合い、和音のように聞こえてくる
残響室の出入り口も分厚い鉄製ドアとなっており、ハンドルを回転させて開閉させる
残響室の解説と性能
「無響室」

 残響室とは逆に、音の反響を極力抑え込んで「自由音場」に近い環境を実現しているのが無響室。グラスウールを接着剤によってくさび形に成形した「吸音楔」を4面の壁と天井、床面に計1400本設置して40Hz以上の周波数の音を吸音。

 最近の製品は技術の進歩で作動音やノイズがどんどん小さくなっており、このような厳格に反響を抑えた静かな場所に持ち込まないと静音性を計測できなくなっている。また、そのような静かな製品の音をチェックする計測機器を開発するときにも無響室が必要とされるという。また、反響が抑えられていることで、スピーカーなど音を発する製品が持つ音の指向特性の評価にも利用されている。

 無響室でもピアニカを使ったデモを実施。鍵盤を操作する指先の動きとピアニカから出る音がリニアに連続して瞬時に収束するほか、音の分離についても分かりやすくなっている。照明をOFFにした暗闇状態では解説している説明員の立ち位置などは分かりやすい一方、反響がないことで開けた野原にいるような雰囲気も感じられ、こちらでも実際との感覚のズレが発生した。

4面の壁と天井、床面にグラスウール製の「吸音楔」を計1400本設置
足下からの反響が出ないよう、ピアノ線を格子状に編んでフロアを構成
ピアノ線のフロアから腰の高さほどの位置が天井と床の中間地点となり、この高さを基準として計測などを実施する
無響室では余韻とは無縁な淡泊なピアニカの演奏が聞こえてくる
無響室は前室を挟んで2つの扉の先にある
無響室の解説と性能
Acoustics Lab.の平面図
小野測器から販売されている最新の計測機器などの製品展示
BYD 元PLUSのベンチマーキングレポートも一部を抜粋して紹介された
横浜テクニカルセンターの2回には歴代製品の展示コーナーも用意されている
小野測器で最初に製品化された「デジタル回転計」(UT-45)も内部を見ることができる形で展示している